フルハウス−生命の全容− 四割打者の絶滅と進化の逆説

スティーヴン・ジェイ・グールド/渡辺政隆・訳

ハヤカワ文庫 2003.11.30 初版 \800(税別)


 基本的に「進化論」に関する本なのですが、サブタイトルにもあるように、「四割打者がいなくなったのは、どうしてか?」ということを進化論と統計的手法に絡めて説明しています。
 進化論を含むサイエンスの分野は、どうしても客観的なデータを基にして構築されていると考えがちです。この本では、まず、そこに「ある偏見」が介在することによって、我々が常識として認識している事柄が、見方を変えることによって実は全く違った側面を持つということを、それこそ「客観的な数字」で明示してくれています。
 例えば、「人間が進化・進歩の頂点である」という認識。それは、あくまでも人間の立場から見た偏見が介在し、そしてその裏づけのために恣意的に都合のいい統計的数字を持ち出しているということ。単純に平均をとれば、あるトレンドが導き出されますが、メジアン(中央値)やモード(最頻値)をとると全く違った解釈ができるという事実を実例を挙げて説明しています。そして、それは、分布の広がりを妨げる「壁」の存在により生み出されるというカラクリを明らかにしています。

 同じ考え方が、「何故、四割打者が絶滅してしまったのか?」という疑問に対する解釈にも応用できるとしています。それは、決して昔の打者に比べて、最近の打者の技術が低下したわけではなく、相対的に投手の技術の方が高くなったわけでもありません。結論として、野球の技術全般における向上が結果として四割打者がいなくなった要因としています。
 全打者の打率のヒストグラムを作ると釣鐘状分布となりますが、そのヒストグラムの右側(高打率側)には「人間の限界」という「壁」が存在しています。野球選手の質としてピンキリだった昔は、このヒストグラムが全体に広く、右側の壁に近い一部の選手が「四割打者」として記録を残してこれました。しかし、野球全体の技術の向上、さらにいえばルールの整備を通じて、平均的な打者のレベルが右側にシフトし、そして壁に押されるように全体のヒストグラムが狭くなってきているわけです。平均打率は昔も今も数字的に変わらなくても、その平均自体が右にシフトしているということを、実際のデータから暴露しています。

 平均打率の推移だけを見ていると、この結論は導き出すことはできません。野球は、記録で比較される競技ですが、単純に過去の数字と現在の数字を比較することはできないということですね。昔の最高レベルの選手と現在の最高レベルの選手を比べて、どちらかに優劣をつけるということの愚を感じます。数字だけで比較すれば、過去の四割打者と現在の最高レベルの選手を比較すると、そりゃ過去の選手の方が偉大だったという結論になってしまいます。逆の見方をすれば、昔の野球のレベルが低かったと言えば過去の数字など何の意味も持ちません。しかし、結局は、どちらも「右側の壁」に近いレベルの選手であるという見方をすれば、どちらに対しても同じ敬意を払わなければいけないということに気づかされるはずです。

(2004.2.22記)


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