鈍い球音

天藤真

創元推理文庫 1995.6.16 初版 \660(税別)


 東京ヒーローズと大阪ダイヤの日本シリーズを前にして、東京の桂監督が東京タワーで、ベレー帽、マスク、そしてトレードマークのヒゲを残して消えてしまうところが物語の発端です。
 とりあえず、人間関係が複雑ですが、これを理解していないと最後の謎解きまで辿りつけません。桂監督と腹心の立花コーチは、前年まで東京でコーチを務めていて、特に桂監督は大阪の笹村監督の右腕とも言うべき存在でした。大阪が2年連続して日本シリーズでメトロポリスに敗れたことで、本来なら桂監督が大阪の監督になるという方向から、一転、責任を取らされるという形でチーム追放となり万年最下位の東京へ移籍したという経緯があります。つまり、この日本シリーズは、大阪・笹村監督と東京・桂監督の師弟対決ということに。
 さらに大阪の九鬼オーナーは重病で、実際には息子がオーナー代理として登場してきます。桂監督を追放したのも、どうやらこのオーナー代理のようです。
 そういうややこしいお互いの関係に、この不可解な失踪劇が絡んで、日本シリーズの行方にも影響を及ぼしていきます。

 桂監督の失踪を発端に日本シリーズが同時進行で進んでいきます。監督の消えた東京はいかに戦うのか。そこに野球賭博の影も浮かんできたりして、犯人の目的もいろいろと推理されます。

 この作品は、昭和45年発表ということで、古典的と言ってもいい作品なのですが、この監督失踪事件の背景には、球団経営に絡んだオーナー同士の暗躍もあったりして、なにやら一昨年の球団合併騒動と通じるものがあります。そういう意味では、むしろ新鮮な面白さがあります。
 オーナーによるプロ野球の私物化に対して、グラウンドで両チームは死力を尽くして戦います。そして、日本シリーズは周囲の思惑を裏切る結果で、まさに野球の意外性を見せて決着します。桂監督失踪の謎も、どんでん返しの結末。どちらかと言えば、散漫な形でいろいろな情報が溢れていた物語も、一つの筋が通ってスッキリします。この決着は非常に痛快。周囲の利己的な思惑に反して、グラウンドには野球に対する熱い思いが溢れていると感じさせる真相が明らかになります。本当に、一昨年のあの騒動が思い起こされて、本当に30年以上前の作品?と感じました。

(2006.1.5記)


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