博士の愛した数式

小川洋子

新潮社 2003.8.30 初版 \1500(税別)


 帯に書かれているように「本屋大賞」なるものを受賞したということで、本屋さんに平積みになっていたところを買っていたのですが、いつものように積ん読状態になっていました。まぁ、ゆっくりと読めばいいやという気持ちでいたわけなのですが、去年の秋ごろに映画館で映画化チラシを発見!まさか、映画化するほど、流行っているとは露知らず。とにかく、映画公開までに読まなきゃなぁというわけで、急いで読んでしまいました。映画化と合わせて文庫化もされたようですが、ちょっと文庫化、映画化のペース速すぎの感も・・・。

 交通事故の後遺症で「80分しか記憶がもたない」数学者の博士と、家政婦さん、そして彼女の10歳の息子の交流が描かれています。
 博士は記憶がもたない部分を数字を使って他者との交流の方法としています。友愛数、完全数と、初めて聞くような数字の名前が出てきますが、それらがもつ不思議な意味あいは、博士と家政婦親子をしっかりと結び付けていくようです。

 博士は、事故の前の記憶ははっきりと憶えています。完全数28を背番号にもつ江夏の大ファンだった博士は、だから、今でも江夏が現役で活躍していると思っています。タイガースのエースとして。何故、博士が野球が好きなのか。それは、野球が数字のスポーツだからということです。これはよく言われる言葉なのですが、本当に野球は数字がたくさん出てきます。博士の野球の楽しみ方は、新聞に出てくる成績表を見ることで、それだけで実際に見たことはなくても、非常に野球に詳しいようです。
 確かに、野球というスポーツは、他のスポーツに比べて、明らかに数字で表現されることが多いですね。しかも、それだけでも、十分に語ることができるくらい奥が深いスポーツなのです。決して実際にプレーしなくても、極端な話、博士のように競技自体を見たことはなくても、その数字の意味あいを知れば、十分に理解ができるんですよね。

 そして、博士と家政婦の息子は、タイガースファンということでも共通項で結びつきます。この辺りの描写は、タイガースファンなら、思い切り感情移入できることでしょう。ストーリーは、ちょうどタイガースがスワローズと優勝争いを演じた1992年です。随所に、あの年の試合の出来事が出てきます。かなり正確に書かれているので、あの年のタイガースを経験したファンにとっては、ちょっとした「追体験」になりますね。
 ある日、家政婦が2人のためにタイガースの試合のチケットを手に入れます。たまにしか来ない地方の球場、カープとの試合、中込があわやノーヒットノーランかという好投を見せた試合・・・明らかに1992年6月2日、岡山県営球場の試合です。おぼろげにも記憶がある試合ですから、もちろんノンフィクションなのですが、何かその場にいたかのような感覚におそわれます。3人にとって、初めての球場観戦だったようですが、初めてスタンドに足を踏み入れたときの感動の様子が、まさに目に浮かびました。
 3人の関係は、この日の試合で大きく変化していきます。それは、この年のタイガースの戦いぶりと歩調を合わせるかのような軌跡をたどっているかのように感じます。八木の幻のホームラン、そして結局優勝ができなかった試合。
 万人の心に残るストーリーなのですが、それでも数学好き、タイガース好きなら、さらに楽しめること請け合いです。

(2006.1.15記)


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