実は、3/26に、穂高に頼んで、タイアをスタッドレスから標準に戻した。
納車が16インチのスタッドレスだったので、 もちろんステアリングの切れも増し
「おー、18インチは最高だぞー」と喜んでいたら
その後、3/29、3/30、そして昨日と連日の積雪!
もう、外は完全に1月の光景で、しかも、この時期特有の春先の「かみ雪」ではなく、さらさらの粉雪。
毎朝起きて外を見て、「なんじゃいこりゃぁーーー!!」と叫んでいたのである。
まあ、幸いと言うかこの車の標準タイアはブリのデューラー(マッド&スノー)なので、
聞いた噂によると、完璧な凍結路以外のある程度の積雪なら走ってしまうらしい。
で、こわごわ(この時期、一度事故っているからな。(^^;;)家を出て行くのだが、
なるほど、ある程度ブレーキを「ガツン」と踏み込んでも、グリップするではないか。
特に昨日は積雪20センチ、路面圧雪状態で、「ほんとにこの上走れるんかー?」という感じだったが、難なく走ってしまった。
おー、これはいいぞ。
「減りが早いなー」と思っていたスタッドレスタイアも、早めの交換で長く持たせそうだ。v(^^)
ん?
つーか、18インチのタイアのほうが16インチのスタッドレスより高価じゃん(馬鹿)。
で、わさび園。
昨日まで積雪していた北とは違い(それでも距離にして30キロ弱なのだが)
完全な春の様相である。
わさびの白い花が咲く中、別の場所では収穫が行われていた。
一周する散策路を、野鳥の声を聴きながらのんびり歩く。
ふざけ合って叩き合う子供たち。
仲が良いのはいいことです。
さて、そろそろ買い物でもして帰ろうか。
安曇野の春。
2006年4月6日「新学期」
兄貴は勝負の3年。
弟はドキドキの1年。
二人ともガンバレ!!
2006年4月10日「立山黒部アルペンルート開通」
平日の、しかも月曜日に黒部ダムの上でナニをしているかというと
実はこの「佐々成政軍団」の一員として、オープンカーニバルに参加しているのだ。
毎年、軍団のエキストラを一般募集するのだが、昨年は連絡を忘れていて不参加。
なので今回は「何が何でも」と意気込んで電話したら、あっさりOK。
で、トチローは何をやっていたのかと言うと、槍衆の一人。
画像が小さくていけないのだが、ちょうど「佐々成政」の旗の手前に
右手に槍を持ったおっさんがいるが、その人と同じ格好である。
朝の6時半に信濃大町駅前に集合して、駅舎の部屋を借りて着付け。
われわれは一番下っ端なのだが、それでも格好は本格的。
それもそのはず、NHKの大河ドラマでもお呼びが掛かると言う
専門業者の器材とスタッフが来ているのである。
駅で出発のセレモニーのテープカットをしたあと、バスで扇沢へ。
ここでまたテープカットしたあとにトロリーバスが出発。
黒部ダムまで上がり、ダム上で神主さんの御払い。
今回の隊列なのだが、トチローのポジションは、殿、大姥様(野口の西正院に奉納した大姥様の像を担ぐ人)、小百合姫、腰元、
そしてそのすぐ後ろの位置。
つまり、一番カメラ写りが良い、美味しいポジションとなっているのだ。
案の定、ダム上で行進している時、デジカメやビデオが殺到してくるのがわかる。
ちょっと恥ずかしい。(^^;;
ダム上を行進し、再びケ−ブルカー駅でテープカット。
うーむ、テープカットばかりだ。(開通式なのだから仕方ない)(^^;;
天候は小雨の降る寒い日で、ダム上は吹きさらしなので
最悪の状態だった。
着物を着て袴を履いているだけなので、下が「すーすー」するのだ。
地下足袋と藁靴の組み合わせも足が冷たくて嫌になる。
ケーブルカーで上がった黒部平では、実際に雪の上を歩く
「雪中行軍」が再現されるが、例年の3倍(!)という積雪に、
広い場所が準備できず、狭い広場をみんなでグルグル行進しただけ。(笑)
軍団はそこここで「勝ち鬨」をあげることになっている。
殿(成政公)が刀を抜き、「皆の者、勝ち鬨じゃあ!」と叫ぶと、
皆の衆もそれぞれ腰から刀を抜き、それを掲げて「おー!」と応える。
そして、全員で掲げた刀を空に突き上げ、「えい! えい! おー!!」と
3回叫ぶのである。
最初は恥ずかしかったのだが、やっているうちに慣れて来て、
しまいには楽しくなってくるのだからこの馬鹿はまったくしょうがない。(^^;;
挙句は叫んでいるうちに頭の中が「かー」と熱くなってきて、殿がそのまま「皆の者、かかれーい!!」などと
叫ぼうものなら、「おー!」とか叫びながら、目の前のカメラマンや一般参加者に切りつけそうな雰囲気になってしまう。(笑)
あー、危ない。(^^;;
ダムを降りたら雨はますます本格的。
家の近くの西正院(通称「大姥堂」)で休憩。
ここでは、山を降りて来た成政一行を地元の百姓衆が手厚くもてなした
と言うことで、これを再現している。
焼いたイワシやスルメ、日本酒やビールが振舞われ
くたびれた身体に心地よい。
そして、既にダム上で鏡割りの樽酒を飲んでいる軍団は
勝ち鬨にも更に力が入ってくるのであった。
そして軍団は大町の街中に戻ってきて、そこから再び隊列を組んで駅まで行進。
ここから殿は、実際に馬にまたがって先頭を行く。
見に来ると言っていた女房が一向に来なくて(実際、来なかった)、せっかく撮影してもらおうと思ったのに
その画像すら無し。(もしあっても掲載しませんがー)
全員びしょ濡れで大町駅前で最後の勝ち鬨。
そして解散。
暖かい駅舎の部屋で器材を外すと、もう「くたー」となってしまった。
雨のため時間が前倒しになり、16時から駅前間居酒屋で慰労会。
宴席の目の前に、今回の綺麗どころが偶然座ったため、つり目逆上化した酔っ払いオヤジは
あろうことか腰元のひとりをナンパして、隣のカラオケボックスに誘うと言う暴挙。(^^;;
殿に見つかったら、即刻その場で成敗されるところなのだが、殿ももう普通のおっさんに戻っちゃっているので
大丈夫なのだ。(笑)
そして、女房までも呼び出し、こうして長く辛い日が、楽しく終わっていくのであった。。。
この話を聞いて小麦さんが「来年は絶対行く」と言ってます。
来年は二人で槍持っているかも。
ご期待ください。v(^^)
2006年4月22日「社員旅行。種子島〜屋久島、2泊3日」
今年は泊まりの旅行(泊まりは隔年。ちなみに前回はグアム)の年。
アンケートの結果、種子島〜屋久島と香港に決まったが、そんなもん考えるまでもなく、
行くなら世界遺産の屋久島に決まっとるやろー、と言うことで、出発ー!
セントレアから鹿児島へ一旦飛び、そこから乗換えで種子島を目指す。
我々が乗ったのは、退役間近のYS−11
そう言えば、昔、松本〜伊丹を飛んでいたっけ。
子供たちだけで一度乗ったことが(乗せたことが)ある。
タキシー中の窓から他の機材を見る。
ボディには、「ありがとう日本の翼 YS−11」のロゴが。
しかし、窓からデジカメで外の風景を撮っていられるのもここまでで、このフライトは、
「おー、そうなった場合、今夜は霧島温泉辺りで泊まって、名物のカツオ料理と芋焼酎で宴会ですなー」
旅行会社の添乗員のA氏の顔も、心なしかこわばっているような気がする。(笑)
そして、上空に上がった機内は、さっそく縦揺れ横揺れの連続攻撃。
飛行機というよりは、もはや絶叫マシンと化した機内は、実際にゲ*袋を片手に握り締める人も数名出てきた。
そんな中、開港して間がない新種子島空港に強行着陸。
だが、機内から一歩外へ出たら突風が吹き、横殴りの雨。
で、土砂降りの中、種子島観光のスタート。
まずは、「ぐー」と北上して、西之表の鉄砲記念館へ。
しかも、これまた世界遺産で観光も力を入れているお隣の屋久島と違い、観光には全然力を入れていないらしい。
つまり、「なーんにも無い島です」と、ガイドさん自ら言っているのだ。(笑)
そんな何も無い島の鉄砲博物館だが、入場料がこれがまた大人420円と微妙。(^^;;
中は種子島の歴史から文化を人形を使ったセットを組んで再現し、
そして、ガイドさん曰く「島で唯一の土産物屋らしい土産物屋」と言う、博物館向かいのお店。
「ええわいええわい、そのうちどこかで買うわい」と、次の目的地、宇宙科学技術館へ。
ここから先日、観測衛星「だいち」を乗せたH−UAロケット8号機が
こんなに遠く離れていると言うのに、発射の時は立ち入り禁止の区域。
中は、実物のエンジンやロケットのモデルの展示。
売店では、オリジナルのグッズから宇宙食まで売っていたので、
その味は、、、
これで今日の予定は終了。
「あ、ビールは?ビール」と考える時間も無く、バスに乗って一瞬でホテルに着いてしまった。
同じ部署のおっさんと同室だったが、恐る恐る空けてみた部屋の冷蔵庫の中には
「宴会でいっぱい飲むじゃん」と、とりあえず、一人1本の缶ビールで乾杯したのであった。
そして、無礼講となった夕食の席では、ビールから早々と芋焼酎にシフトし、夕食後はバーでバーボンのロック。
2006年4月23日「屋久島へ」
それでもしっかり朝食を食べ、ホテルを出発。
なんでも、満潮だったら入っていけないらしいが、
が、中が暗い上に洞窟内がいろいろ分岐しているのでちょっと怖い。
このあと移動のバスの中で、先ほど洞窟内で撮った数枚の画像をデジカメでプレビューした時、
偶然にも同じ場所で同じアングルで撮った画像が2枚連続していたのだが、1枚目は普通で、2枚目には
例の「オーブ」でした。(−_−;;
しかも、デジカメ本体でも確認できた非常に明るくて大きな玉以外にも、薄くて大きい奴とか小さい奴とか
この画像以外の画像も試しに色調補正を掛けたら、、、写っていました。(−_−;;
さて、そんなオーブな洞窟を後にし、次の観光地の門倉岬を回り、バスガイドさんの鉄砲伝来にまつわるお話を聞きながら
鹿児島〜種子島航路のトッピー4が航行中に原因不明の物体と衝突し、
今回、たかが30分の船旅とは言え、やはりちょっと緊張する。
鉛色の海上を時速78キロで疾走するトッピー2。
「本船はただいまより着水します」と言う船長のアナウンスで(着水と言うのも格好いいな)、普通の船に戻ったトッピー2は
温室の中では、確かにマレイシア時代に食いまくったスターフルーツや
あとは電気バスで園内を回り、レストランで昼食。
あー、個人的には水族館とかそんなとこが良かったなー。
しかし、売店でモルツの半ダースパックを目ざとく見つけたので
次に向ったのは、屋久島観光メインの屋久杉ランド。
昨日居た平坦な種子島とは違い、真冬には雪も積もる九州最高峰の宮之浦岳(標高1936m)始め、
バスもどんどん山道へを登っていく。
園内へ一歩入ると、、、そこはシシ神の森だった。。。
映画「もののけ姫」で、アシタカが故郷を離れ、シシ神の森に入ったあたりの光景そのもの。
川で溺れた甲六たちを助けた後のシーン。
この園内もたくさんの屋久杉(基本的に樹齢1000年を越えて表面にコブができたものを
ただし、ここからだとかなりの山越え。
近寄っても一行に逃げないので不思議だったが、ガイドさんによると
で、名前までついている。しかもオスなのに「キャサリン」(笑)
周囲に遊歩道が整備されているので杉の周りを見ることができる。
ここを最後にホテルへ。
今夜は温泉なのだ。(^^)
2006年4月24日「旅の終わり」
あそこまでカメラを担ぎ上げたのかー。すごいなー。
2段の滝になっているが、上のほうの滝でかつて
そして、最後は土産物屋で土産を買い占め、冷えた缶ビールを買って試食コーナーへ陣取り、早くも馬鹿たちが宴会モードへ突入。(笑)
小さな屋久島空港で飛行機を待っていると、うちの若い奴がブレザーを着たどこかのおっさんと一緒に写真を撮っていたので
となると、、、おー、アヤパンもアイコちゃんも居るではないか。
九州に入り、窓の下に偶然見えていたのは、海上自衛隊の鹿屋基地。
種子島はおいといて(笑)、屋久島、楽しかったなー。
今度は個人で来るしかないなー。
2006年4月29日「GW突入」
現地の天候は西糸屋のライブカメラで確認済み。
「さて、出かけるか」と外へ出たら、家の上に気球が浮かんでいた。
いったいどこから飛んできたのだろう?
朝早い時間なのか、さほど人は多くない。
トイレでシッコを済ませて、さあ、歩くぞ!
昨年は全然だったのに、やはり今年は残雪が半端ではないらしい。
雪上だと言うのに、上はパーカー一枚の兄貴。(笑)
滑る足元を気にしながら歩く。
ザックを担ぎ、ビノキュラーを首から下げてやる気満々の大地。
五千尺ロッジの2F食堂から、雪に埋もれてしまったとの噂の
開山して間もないのか、思ったよりも人が少ない。
食後はビジターセンターで過ごしたあと、小梨平のキャンプ場周辺を散策する。
いつも変わらぬ風景に別れを告げ、下山。
次はまた(今年は10月7日の予定)秋に岳沢アタックだ。
また来ます。
種子島が悪天のため、着陸できない場合は鹿児島へ引き返すという条件付のフライトなのである。
などと言う輩が若干1名居た他(←マテ)、誰もその話題には触れようともしない。
映画「レッドオクトーバーを追え」で、ジャック・ライアンを乗せたC−2が、悪天の中を空母に着艦するシーンがあるが
まさに、アレである。
このわたしでさえ、気持ち悪くなってきた。
しかし、着陸はまるで羽根が舞い落ちるがごとく、タイアの着地のショックが全く感じられなかった。
このパイロット、只者ではない。
種子島は、明日渡る隣の屋久島と違って、平坦な島であると言う。
最高地点でわずか海抜282m。
したがって、土産物屋も少ないし、販売機まで少ない(笑)らしい。
種子島スタンダードか?(笑)
圧巻はポルトガル伝来の火縄銃を始め、国内外の古式銃が展示されているコーナー。
結構楽しめた。
入ってみたが、大した物は置いていない。(爆)
ビールでも買おうと思ったが、それすら無い。(笑)
相変らず土砂降りの雨の中、宇宙センターの敷地へ入り、
バスの中から現在メインで使われている大崎射場を望む。
打ち上げられた。
発射時は、落下物、万一の事故に備えるため、射場から半径にして
3kmは立ち入り禁止となるらしい。
で、宇宙科学技術館。
ロケット発射の仕組みから、どうやって軌道へ乗せるのかとか、
かなり自分的には興味深い内容であった。
エントランスには、松本先生寄贈の巨大な絵画が掛けられていた。
あー、これ欲しいなー。(笑)
面白半分に「アイスサンド」と「プリン」を買ってみた。
今でもダイニングの片隅に封が開いた「アイスサンド」の袋が。
もちろん、中身入りで置かれている。(笑)
さ、どこかでビール買って、ホテルに突入やー、と思いきや、
なんと、ホテルはほとんど宇宙センターの敷地内ちゃうん?と言う距離であった。
なんてこった・・・
1本420円の缶ビールが3本だけ。(−_−;;
夜食にうどんまで食べて、長かった一日が終わっていくのであった。。。
朝、酷い二日酔いであった。(−_−;;
夕べ、アホみたいに飲んだからなー。
最初に連れて行かれたのは千座(ちくら)の岩屋と言う洞窟。
たまたま干潮なのか、みんなでズンズン入っていく。
デジカメで洞窟内をフラッシュ撮影し、それをプレビューして見てから入っていかないと
足元が水なのか砂なのかよく解らない。
なんだか、その中の1枚が妙に気になってしまった。
なんだか光の玉のような物がはっきり移っている。
再生画像を拡大しても、それが何なのかちょっとよく解らなかったが、帰ってきてフォトショップで開いたら・・・
いっぱい写っているのだ。
しかもしかーも、色調補正を掛けてやると、更にむちゃくちゃ一杯写ってるやん!
怖いから、この画像はあえて掲載しませんです。ご了承ください。m(_ _)m
島間港に到着。バスとお別れする。
そう、いよいよワシらはこれに乗るのである。
怪我人多数のものすごい事故を起こしたのはつい先日のこと。
(ちなみに我々が乗るこれはトッピー2)
シートベルトは、やはり飛行機のように着用を強制させられた。
そりゃそうやわなー。
無事、屋久島は安房港に入港。
バスに乗り込み、向ったのは島の南にあるボタニカルリサーチパーク。
なんだかよく解らないが、熱帯の植物とか栽培しているらしい。
ジャックフルーツやマンゴーが生っていた。
時間の関係で仕方ないかー。
昨日の二の舞は踏むまいと、これだけは迷わず購入。
1500m越級の山々が、場所によっては海岸線から一気に立ち上がるのが、ここ屋久島。
そして着いた屋久杉ランド。
ちょうど雨上がりで霧が立ちこめ、幻想的な風景になっている。
今にもコダマの首を振る「カラカラ」と言う音がその辺から聞こえてきそうだ。
さすがに推定樹齢1000年級の屋久杉はものすごい。
見る者を圧倒するような太さである。
屋久杉と定義しているらしい)があるが、その中でも圧巻なのが、推定樹齢なんと7000年
と言われる(最近の調査では2500年とも言われるが)「縄文杉」である。
一般的なトロッコ軌道からの別ルートでも8時間の行程(!)
いつかは行かねば。。。
園を出てぶらぶらしていたら、突然藪の中から屋久鹿が現れた。
かつて人が餌を上げたためにこの辺りに住み着いてしまった鹿の子供らしい。
藪に向って「キャッシー」と呼ぶと出てくるとか。(笑)
園を出て、更に山道を進むと、今度は推定樹齢3000年と言われる
「紀元杉」がある。
この杉も、圧倒的な大きさである。
ほら、やっぱりビール買う時間無かった。買っといて正解!!
朝から快晴。
なんだか、テレビをつけると某番組が屋久島から中継しているではないか。
思わず長野の女房に電話。(^^;;
しかも、縄文杉からも中継が。
朝一番で「千尋(せんぴろ)の滝」へ。
「ファイトー1発」のCM撮りが行われたそうだ。(^^;;
もう帰るっちゅーてんねんげと。(笑)
「んー?」とよく見ると、先ほどテレビで中継していたオーツカさんでした。(笑)
アイコちゃん、可愛いなー。(*^_^*)
待合室で偶然、通路をはさんだ隣に座ったので、年甲斐も無くちらちら見てしまった。(^^;;
テレビに出る女の子は、さすがにこぎれいな格好しているわ。オーツカさんはそのまんまやけど。(笑)
そして、楽しかった島巡りも終わり、一路、鹿児島目指して飛び立つ。
駐機中のP−3Cが見える。
もっともっと歩きたかったし、もっともっといろんなとこ見たかった。
その時には絶対縄文杉まで行くぞー!!
仕事が詰まっているのだが、とりあえずこの土日は休もうと言うことで
家族も全員揃っているし、いい天気だし、上高地へ行くことにした。
しかも、何基も居る。
(方向的には北アルプスを越えてきたようだが)
沢渡からバスに乗り、大正池で下車。
焼岳も穂高もよく見えている。
しかし、遊歩道に続くルートはご覧の雪。
誰かの踏み後がなかったら、どこがルートかもわからない状態。
田代橋までの遊歩道も、歩道上に50センチほどの積雪が。
途中、パークレンジャーの方々が、歩道上の雪を除雪していた。
そろそろ「腹減った、飯!」と言い出す頃だ。(笑)
そして河童橋に到着。
今回は最初から食堂で食おうと言うことで、食料は最低限しか持ってきてない。
岳沢ヒュッテ方面を眺めつつ、豚汁定食と生ビール。(^^;;
天気もいいのになー。
さて、いっぱい歩いたし、そろそろ帰るとするか。
岳沢ヒュッテが無事なことを祈りつつ・・・
あなたの「Iターン計画」を応援します!
興味のある方、賛同していただける方、疑問などお持ちの方、ご遠慮なくご一報下さい。