市町村の紹介

大樹町

大樹町歴舟川

歴舟川(れきふねかわ)(1999.11.07)


 北海道東部、十勝支庁。以前には広尾線が通じていたが、今はもうない。十勝平野南部を占め、火山灰土と寒冷な気候のため生産がふるわない。約半分の世帯が農業を営みダイズ・採豆・じゃがいも飼料作物を生産し、乳製品・でんぷん工場があり、十勝南西部の農産加工の中心地です。
町の中心を流れる歴舟川は、日本一きれいな川として紹介され、上流では、毎年夏には砂金堀探訪会が行われています。昔は100人近くの砂金堀師達で賑わったそうです。
海岸線には太平洋を眺めながら温泉を満喫できる「晩成温泉」、カヌーなどのアクアスポーツが楽しめるオイカマナイトー、ホロカヤントー、原生花園があります。また、浜大樹には多目的航空公園があり、宇宙にむけてシャトルの実験も行うという話もありましたが、いまはその話も聞きません。どうしたのでしょうか。
 シャトルといえば、「タイキシャトル」どこかで聞いた名前です。競走馬名であたまに「タイキ」とつく馬は、この町の大樹ファームで生産された馬なのです。


砂金の歴史

砂金の始まり

 大樹町では、寛永12年(1635年)から、アイボシマ付近の海岸で行われたのが最初といわれています。アイボシマは歴舟川から流れ出た砂金が長い間に堆積したもので「浜砂金」といい、川で採れる「川砂金」と分けていました。
 その後、歴舟川をはじめその周辺の川で盛んに砂金採取が行われ、砂金堀師たちは、全国各地から一攫千金を求めて集まってきました。最盛期には数百人を数えたともいわれています。いつの時代にも人を魅了する「金」とはなんと不思議な存在でしょう。

ゴールドラッシュ時代

 明治30年代には、歴舟川、当縁川、紋別川、アイボシマ川などを中心に100人近くの砂金堀師たちがいました。この当時はまだ砂金の埋蔵量も多く大粒のものもたくさんとれました。
大きなもので1粒5gというものもあり、最盛期には1日100g、それが1週間続くこともありました。
堀師の中には動力を使って大量に手広く採取する者もおり相当の利益をあげたものもいるといわれています。しかし、堀師の大半は「流し堀り」といわれる方法での採金でした。
 最盛期は明治30年代から大正にかけてで、昭和に入るとその数はぐんと減り、30数名となりました。それも戦前までで、戦後は数人だけが残り、最後の堀師も昭和46年に引退、大樹町での砂金採取は、一部の好事家による採取となりました。

夢づくりの時代

 1日に100gもとれた、というのは昔の話ですが、今でも砂金をとることができます。砂の中から砂金を見つけたときの、なんともいわれぬ喜びは、体験したものにしか味わえないものです。
 めぐるましく変化していく現代、時間におわれての毎日ですが、ゆったりと自然のリズムに身をまかせて、自然の声を聞いてみることも、今では本当に贅沢なこととなってしまったようです。
 砂金を通して、夢を探す時代となりました。

 日本一きれいな川として紹介された歴舟川。昔ほどではありませんが今でも砂金堀りが楽しめます。毎年「歴舟川砂金探訪会」を行っています。町内外から多くの参加者があり、遠くは東京方面からという人もいます。
 自分で探した砂金、小さなものでも、その喜びは言葉でいいあらわすことができません。ぜひ一度体験してみることをおすすめします。
 
〈お問い合わせ〉
大樹町観光協会 Tel(01558)6-2111


みどころ

リンク

晩成温泉

大樹町のホームページ