「木炭の話 きもの」


木炭が身近にあった時代、日常の風景
幸田露伴の娘の幸田文さんに「きもの」という小説があります。
自伝的小説と言われていますが、大正の頃の日本人の生活が
4人兄弟の末娘の視点から書かれています。
その中で心臓を患い伏せっていた母が、自分の気付かぬうちに
息をひきとる場面があります。抜粋してみます。

「やがてるつ子(主人公)は震え、責任感と悔しさと恐れの渦に巻かれて、
我を失ってわめきだした。おばあさんに手を引張られていき、
長火鉢の横にすわらされたのも知ってはいるが、気がはっきりしたのは
「命令だよ」と茶碗をだされたとき。
「いいかい、これは煮え湯だよ。やけどするから気をつけて、少しづつ、
残さずみんな飲むんだよ。さあおあがり、さましちゃいけない、
煮え湯だからこそ、効くんだよ。命令だよ。」
少量の砂糖と丁子の実が入っていて、ほの甘く、いいにおいがした。
はっきりして病室へ戻った。

突然気付いた母の死にパニックをおこす孫娘に命令という強い言葉で
甘く熱い飲み物を勧めることで落ち着きを取り戻させる。
その時も長火鉢には鉄瓶がかかり、シュンシュンとお湯の沸く音がしていたでしょうし、
パチパチと炭の爆ぜる静かな音も気持ちを落ち着かせたのかもしれません。
「きもの」という題だけに「きもの」が小道具として、
いやむしろもっと大きな象徴のように出てきますが、
洗い張りや、修繕、火のしをすることで大切に大切に使っている様子が
当時の日本人の姿勢と重ね合わせて描かれています。
物語は母の死や関東大震災を乗り越えて結婚するまで続きます。
現代の私たちが忘れかけている美意識や、心配りに背筋が伸びる思いがしました。
ご興味のある方はお勧めです。

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