バロック美術
 イタリアのルネサンスは,16世紀にはおとろえてしまった。それは宗教改革がおこり,今までのキリスト教(カトリック)の勢力が弱まったこと,イタリアにヨーロッパの列強が侵攻して,国土が大国に分割されたり,ローマ市をドイツ傭兵が荒らしたり(ローマ劫掠)したことなどが原因かもしれない。都市国家という形が,質より量の絶対王政の時代に合わなかったことが大きな原因かもしれないし,大航海時代にイタリアが乗り遅れたことが大きな原因かもしれない。とにかく,この荒れた時代に,安定した調和の芸術であるルネサンスはイタリアから離れアルプスの北へ行ってしまった。

 さて,これらの打撃から立ち直ろうとしたカトリックは,いろんなことを試した。イエズス会というグループが新大陸やアジアといった新たな市場の開拓に乗り出したり,反宗教改革をもくろんだ会議を開催したり,宗教裁判をたくさん行って風紀の引きしめを図ったり・・
 ところで,魅力あるカトリックを演出するためには,本拠地ローマもお化粧する必要がある。それも派手派手かつ宗教色濃く・・

 バロックとは,「ゆがんだ真珠」という意味だそうである。うーん・・新たな要望に応えるべく出てきた芸術作品は,ルネサンスと比べ,劇的というか不安定で,派手で,見栄えが良かった。例えばそれが,ミケランジェロが最も嫌っていた,パーツを別々に作ってくっつけた彫刻作品だとしても。

 現在のローマ市は,ギリシャ・ローマ美術やルネサンスの町という雰囲気ではなく,こてこてのバロック美術の町である。流動する彫刻をあしらった噴水も,教会の派手な前面も,全ては参拝者を迎え,信仰心を満足させるための,やり過ぎともいえる装飾なのである。理性と進歩と産業振興の時代になった当時の世界情勢とは,ちょっとずれていたかもしれないけれど。

 うーん,でも私はバロック美術は好きです。

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宗教改革
ルターは司祭だった頃,ローマへ出張に行って免罪符を家族の分まで買いまくったことがあるのだが・・

ローマ劫掠
(ごうりゃく)

ラファエロの描いた「アテネの学堂」のある部屋は占領軍の馬小屋にされた。法王宮を守るスイス兵は全員戦死した。法王は秘密の通路から近くのサンタンジェロ城へ脱出した。いやあ,数百年前のカノッサの屈辱とは大きな違いだ。あのとき法王は神聖ローマ帝国皇帝を3日も裸足で雪の中に立たせていたのに。

イエズス会
過激グループ・・日本ではザビエルが有名。そういえばアメリカでの布教は映画「ミッション」に描かれていたなあ。

ミケランジェロ
石との対話を説いたミケランジェロは,一木造りならぬ一「石」造りこそが職人芸とおっしゃった。でも・・バロックの彫刻には寄せ「石」造りが多い・・いやいや,その代わり,写実性はとても高い!だからいいじゃないか!