SFMの年代別SF特集より、第1回「豊饒の1950年代SF」特集(1999年2月号/512号)の関連リストです。とりあえず掲載作品、掲載エッセイをリスト化しています。この他のリストが欲しいという方があれば、サイト管理者までご連絡ください。
- アルフレッド・ベスター「オッディとイド」"Oddy and Ido"(Astounding, 1950) 訳・伊藤典夫
- シオドア・スタージョン「墓読み」"The Graveyard Reader"(THE GRAVEYARD READER, 1958) 訳・大森望
- ジャック・ヴァンス「フィルスクの陶匠」"The Potters of Firsk"(Astounding, 1950) 訳・酒井昭伸
- ロバート・シェクリイ「静かな銃」"The Gun Without a Bang"(Galaxy, 1958) 訳・小野田和子
- フレデリック・ポール「世界を食べた男」"The Man Who Ate the World"(Galaxy, 1956) 訳・中村融
- C・M・コーンブルース「必要経費は宇宙持ち」"Cosmic Expense Account"(F&SF, 1956) 訳・浅倉久志
- アルジス・バドリス「めぐりあい……」"And Then She Found Him......"(Venture, 1957) 訳・田中一江
- ウォルター・M・ミラー・ジュニア「大いなる飢え」"The Big Hunger"(Astounding, 1952) 訳・米村秀雄
- シオドア・R・コグスウェル「壁の中」"The Wall around the World"(Beyond, 1953) 訳・南山宏
- ゼナ・ヘンダースン「アララテの山」"Ararat"(F&SF, 1952) 訳・深町眞理子
- 「SFとポーカーとピクニックの日々── ポール・アンダースン・インタビュー」インタビュアー・小川隆
- バリイ・N・マルツバーグ「50年代SFの宴のあと」訳・浅倉久志
- 水鏡子「SFが社会を信頼していた時代」
註:このリストは 対象作家 「エッセイタイトル」 著者の順で標記しています。
- アルフレッド・ベスター「ベスターと50年代SF風景」伊藤典夫
- シオドア・スタージョン「彼のように書く作家はいない」大森望
- ジャック・ヴァンス「陶芸的(?)なヴァンスの魅力」酒井昭伸
- フィリップ・ホセ・ファーマー「変な小説たちのさきがけ」小林泰三
- ロバート・シェクリイ「名人芸の『粋』」草上仁
- ポール・アンダースン「等身大の人間たちの決断」牧眞司
- クリフォード・D・シマック「自分の「人間嫌い」を自覚した本」村崎百郎
- フレデリック・ポール「50年代に予見された「食の病理」」風野春樹
- フリッツ・ライバー「東西冷戦に刺激された想像力」古沢嘉通
- C・M・コーンブルース「卓越した社会風刺の視線」浅倉久志
- アルジス・バドリス「『無頼の月』のようなSFが書きたい」鏡明
- ジェイムズ・ブリッシュ「時空の広がりを実感させる作家」中村融
- リチャード・マシスン「“敗者”を見つめる優しいまなざし」尾之上浩司
- ウォルター・M・ミラー・ジュニア「それは神の声かもしれない」水鏡子
- デーモン・ナイト「SF界ですべてをなしとげた男」浅倉久志
- ウィリアム・テン「ノスタルジー以上の「発見」」西澤保彦
- シオドア・R・コグスウェル「「壁」という「SF的記憶」」野阿梓
- ジョン・ウィンダム「コージー派の破滅・侵略SF」山岸真
- エリック・フランク・ラッセル「女の子に貸すなら、ラッセルの短篇集を」酒井昭伸
- ゼナ・ヘンダースン「恐るべき思春期」恩田陸
- ロバート・アバーナシイほか「現代SFの基盤をつくった作家たち」大野万紀
- ロバート・アバーナシイ
- チャド・オリバー
- キャロル・エムシュウイラー
- マーガレット・セント・クレア
- クリス・ネヴィル
- ワイマン・グイン
- J・T・マッキントッシュ
- エドガー・パンクボーン
- ジェローム・ビクスビイ
- チャールズ・L・ハーネス
- ウォルター・テヴィス
- マーク・クリフトン
- レイモンド・F・ジョーンズ