Moe 〜萌黄色の町〜

雪村奈津美SS#1  誰が為に鍋は鳴る


 注意1:このSSは、奈津美EDから2,3ヶ月後という設定です。

 注意2:まさかいないとは思いますが、食事をしながら見るのは控えた方が無難です(謎)

その4

 (完全に忘れていたからなぁ・・・)

 走りながらも、ひたすら後悔する聡史。

 あれを見るまでまったく思い出せなかった事にに情けなさを感じながらも、とにかく出来るだけ

奈津美のいる場所に急ごうとして、運動不足の体に鞭打って走る。

 商店街を抜け、通学路を抜け、駅前を越えて民家がまばらになってくる。

 そして、次第に傾斜がつき始めた道になったところで、体力が尽きかけた。

 「はぁはぁ・・・はぁ・・・」

 ペースはかなり落ちてきたがそれでも気合いで歩かずにその坂道を聡史は走りきった。

 既に足が言うことを聞かなくなりかけているが、それでも石の階段を一段飛ばし・・・というよりも

飛ばすほどの勢いではなく一段またぎではあるが登っていく。

 「ふぅ・・はぁ・・・ひぃ・・・」

 そして、階段の終わりにある朱い鳥居をくぐってようやく目的地に到着した。

 さすがに気力も体力も底をついてしまい、鳥居の下で両膝に手をついて呼吸を整える。

 1,2分だろうか、そこで呼吸を整えてようやく視線を前に向けると、社の縁側でじっとこちらを

見ている奈津美と目があった。

 「あ、奈津美」

 思わず呟いてしまった聡史とは対照的に、奈津美は無表情でこちらをじっと見ている。

 そして、その横には大きな猫も同じ様にじっと座ってこちらを見ていた。

 ただ、何故か聡史にはその猫が面白がるような視線で自分を見ているような気がして仕方がなかった。

 「・・・・・」

 「な、奈津美・・・」
 
 「・・・・・何か言うことは?」

 咄嗟にどう話を切り出すか思いつかないまま、奈津美の方から質問をしてきた。
 
 「・・・・・・・・・ごめん」

 奈津美の目の前で、思いっきり頭を下げた。

 結局、どう話して良いのか判らなかった。

 だから無理に言い訳とか、あれこれと言うことは辞めた。

 自分自身が悪いことは、この自分が一番よく判っていたから。

 「ごめん。“作ってくれ”って言ったのは、俺自身だったんだよな」

 その言葉に、ふぅ、と大きく奈津美の溜息が聞こえてくる。

 「・・・まぁ、忘れっぽいのは今に始まった訳じゃないからしょうがないんだけどね」

 頭を上げると、そこには両手を広げて肩を竦める格好をしている奈津美の姿があった。

 そこには、怒っているという表情はなく、呆れというか、諦めに近い表情が表れている。

 「できれば、大事なことくらいは覚えておいてよね。

  特に、あたしと聡史の事では、ね」

 そして、“最初に素直に謝ったから許してあげる”と、そう言いながらバン、と背中を平手で叩く。

 ちょっと痛そうに顔をしかめるのを面白そうに見る奈津美は、もう普段の彼女と変わらなかった。

 ニャァァァオ・・・

 その音につられたのではないだろうが、それまでじっとしていた猫が、ひとつ大きく鳴いた。

 まるで“はいはい、お熱い事で”とでも言いたそうな鳴き声だった。



 それから数日後、今日も奈津美に呼ばれて来夢来人のカウンターに聡史は座っていた。

 (さて、一体今日はどんな物が出て来るやら・・・)

 「でも割と好評で、“作って欲しい”って言われたりすることもあるのよ?

  今日も、あそこのカップルから、“カル○スラーメン”の注文があったし・・・」

 そう言って指を示す先には、奈津美の言うように制服を着たままのカップルがラーメンを食べている。

 「うげ・・・冗談だろ?

  いくら何でも、あの“カ○ピスラーメン”をわざわざ頼むなんて」

 しかし、視線の先では今まさに置かれたばかりのドンブリに手を付けようとしていた。

 男の方はボザボサの短めの髪で、あんまり目立つ様な格好ではなかったが、女の子は、薄黄色を下地にした

セーラー服を着ていて、まっすぐ伸ばしたら結構な長さになる髪を、頭の両端で簡単に留めていた。

 よく見ると、その留めた髪がまるで動物のしっぽのように小刻みに揺れている。

 ・・・というか、肩を震わせて何かを耐えているかのようにも見えなくもなかった。

 ちょっと耳を澄ませてみると、その二人の会話が聞こえてきた。

 「・・・・・で、コレは何なの?」

 「何なのって言っても、ラーメンだ」

 「そんなことは判ってるわよ!

  私が聞きたいのは、これは一体どんなラーメンなのかって言う事よ!!」

 「・・・・・カル○スラーメン、だ」

 「カ、カル○ス・・・?

  コレって、ラーメンに使うともしかして凄く美味しいの?」

 (いや、そんなことはないと思うぞ)

 本当は、その場に言ってどんな味だったか説明したい聡史だったが、そんな事をした日には、

後で奈津美にそれこそどんなことをされるか判ったものではないので、心の中で叫ぶだけに留めた。

 「少なくとも俺は聞いたことはないぞ。

  ただ、前におまえにキムチラーメン奢ったときに、物凄く怒った事があったろ?

  だから、てっきり辛い物は駄目かと思って、ちょっと知り合いに調べて貰ったら、ココで

 “変わった”ラーメンがあるって教わったんで誘ったんだが・・・・・」

 びし。

 気のせいか、聡史の目には女の子の持っていた箸が、一瞬握られたかと思った後に粉々になった様に見えた。

 「ということは、浩平、あんたコレ食べたことは・・・無いの?」

 「もちろん、無い」

 そう浩平と呼ばれた男がきっぱりと言い切った瞬間、ガシッと早業で女の子はその襟首を掴んだ。

 「・・・先に食べてみなさいよ」

 女の子の声にしてはかなり低くドスの効いた声で囁いた。

 そして襟首を掴まれたまま、男は箸を取って麺をずるずるっと一口、レンゲを使ってスープを一口、

やけにゆっくりとした動作で食べた後、きっかり一分じっと身動きを止めた。

 「辛党のオレにはちょっと甘みが強くて口に合わないけど、きっとおまえなら完食できるはずだ」

 そして、開口一番そう言ってポン、と女の子の肩を叩く。

 「・・・・んな訳あるかぁぁぁっ!!」

 バキィィッ!

 掴んでいた手を一瞬引っ込めた後で、そのまま見事なストレートが男に命中した。



 「あら? あのカップルケンカでもしたの?」

 音に気が付いて、厨房かか顔を出した奈津美は、男が殴られているのを見て驚いたようだった。

 「あらら。店に入ってくるときはアツアツっぽかったのに、どうしたのかしら?

  デート中に女の子怒らすなんて、酷い男ね。

  聡史は・・・そんな事しないわよね?」

 そう言って悪戯っぽく微笑む奈津美が、一瞬小悪魔に見えたのは聡史だけの気のせいだろうか?


 「はい、おまちどうさま。

  今日は、普段中華ばっかりだと飽きると思って、ちょっと和食も取り入れたこの奈津美特製、

 “納豆チャーハン”、食べてみて!」

 そう言って、ドン、と置かれた皿の上には、大粒納豆がちりばめられたチャーハンが湯気を立てて

置かれていた。

 (まぁこういうのも、端から見れば“アツアツ”っていうように見えるのかな?)

 厨房から出てきて、聡史の隣に座ってニコニコと自分を見ている奈津美。

 (ただ、その度に胃袋に負担がかかるのはちょっと辛いけど、ね)

 そう思いながら、聡史は今日のメニューに挑戦するべく割り箸を持った。

 〜誰が為に鍋は鳴る 完〜


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