とらいあんぐるハート3SS
春のひだまりの中で
第1話
「ん〜、ごっつぅええ気持ちですなぁ〜、お師匠?」
「・・・あぁ、そうだな」
春独特の、柔らかな日差しが振りそそいでいる、ある日曜日の昼下がり。
高町家の縁側で、ウチとお師匠は並んで座り、何をするわけでもなくぼ〜っとしていた。
ここ最近では、ウチの一番幸せな時間帯。
今までだったら、「このお天気だから片っ端からお洗濯しようかな?」とか、「今日の晩御飯は
思いっきり手の込んだものを作ってみようかな?」なんて考えて結構動き回っている事が多かった。
ただ、去年のいろいろな出来事の結果、えっと、お師匠と、その、つ、つきあうっていうのか、
そういった関係になったという事で、最近はこうしている時間も少なからずあったりする。
といっても、お師匠と美由希さんの稽古は相変わらずだから、こうしていられる時間というのは、
実のところそれほど多くなかったりするけど。
だから、お師匠がちょっと空いている時間を見つけたりすると、ささっと駆け寄っていって
縁側にさそっている。
・・・ただ、師匠のほうも、ウチに気を遣ってくれているのか、以前よりも時間に空きを作って
近くに居てくれるような気もする。
もちろん、そういったコトにあまり気の廻らないお師匠のコトだから、おそらくなのちゃんとか
美由希さんに言われての結果なのかもしれない。
・・・どちらにしろ、ウチのことをお師匠が気にしていてくれるのは凄く嬉しいとこに変わりは無い。
あ、もちろん、家事やひとりでごろごろする事がそれらが嫌いになったというわけでは無い。
今でもそれらは大好きな事に変わりは無いし、誰かにその役目を譲ろうなんて言う気持ちも全然無い。
・・・とは言うものの、桃子さんの後を継ぐ本命とされているなのちゃんあたりが、もう少し
するとウチや晶を追い越すんじゃないかな、とは思っているけど。
まぁそれまでは頑張らせてもらう予定でいたりする。
あ、なのちゃんが家事ができるようになることには、ウチは高校を卒業して、もしかしたら大学、
あるいは就職、もしかすると結婚なんて事になってるのかな・・・?
「・・・そういえば、そろろと誕生日が近いんだな」
そう言われた時は、びっくりして目の前にある顔を思いっきり覗き込んだ。
あれこれと考え事をしていたので、突然のお師匠の言葉にものすごくおどろいた。
「・・・・・お、おししょ・・・」
「ん? どうした?」
「覚えててくれたんですか、ウチの誕生日?」
実はそろそろ近付いていたのにはウチは当然気付いてたけど、おそらくお師匠は覚えてないと
思っていた。
だから、どうやってお師匠にこの話を切り出そうかとちょっと迷っていた。
・・・と思ったら、まさか覚えていたなんて。
「・・・忘れるわけが無いだろう」
そういったお師匠はちょっと不機嫌な表情を見せてから、おもむろにウチのあたまをがし、と掴む。
そしてそのままぎりぎりと・・・
「痛い痛いイタイですおししょ〜っ!?]
毎日通常の人間では考えられないような鍛錬をひたすら行っているお師匠の握力で握られたら、
きっと痛くない人なんているとは思えない。
あ、ホントにちょっと怒っているのか結構力が入ってるんですけど・・・
「痛くしてるんだから当たり前だ」
あまり冗談を言わないお師匠がそう言いながらするのだから、ホントに痛い。
「ひぃぃっ、痛いですホントめっちゃ痛いですゴメンナサイっ!」
すこし涙目になって謝ると、ふっと力を緩めてくれた。
「・・・・・・・・・・」
見上げるようにお師匠を覗きこむと、まだ不機嫌な顔は変わっていなかった。
何でこんな痛いことされたのか良くわからなかったりする。
「・・・?」
「レンの誕生日を忘れているわけが無いだろうが。少しは信用しろ」
「おししょ・・・」
言葉の後半は、お師匠はウチのほうから視線をそらして庭のほうを見ながらだった。
相変わらず、知らない人が見たら無愛想と思われてしまうような表情。
でも、その奥に隠れた強さと優しさがある事は、この高町家に住んでる人達をはじめ、お師匠と
深く付合うようになった人達は、みんな知っている。
「明日、いっしょに買い物に行くか。レンの誕生日プレゼント」
「ホ、ホンマですか!?」
思わず飛びあがって、縁側に向いていた身体をくるっとお師匠のほうに向き直る。
そんなウチを見て、不機嫌だったお師匠の表情に笑みが浮かぶ。
「ああ。今年は2人でゆっくり見てまわろうか。
今年はどんなものが欲しいんだ?」
実はすでに欲しい物は決めてあるんだけど、今言ってしまうともったいない気がする。
「えっと、じつはまだはっきり決めてません」
(お師匠、ごめんなさい)
心の中で謝ってごまかす。
やっぱり、買い物だけでなく、ゆっくりとお師匠といられる時間を作りたいという気持ちに勝てなかった。
・・・ホントは嘘はいけないんだけど。
「・・・確か去年はカメのぬいぐるみだったから・・・今年はタヌキあたりかな?」
「な、お、おさる!?
いつから盗み聞きしてたんや?」
不覚にも、晶が直ぐ後ろにいる事にまったく気が付かなかった。
にやにやと嫌な笑みを浮かべているから、いままでのお師匠との会話を聞いていたのは間違い無い。
ただ、お師匠はまったく驚いた様子を見せなかったから、きっと晶がいるのは知っていたみたいだ。
晶が、お師匠に憧れ以上の気持ちを持っていた、いや、いまも持っていることには気が付いてない
みたいだけれど・・・・・。
「盗み聞きとは言いがかりも良いところだぞ、このミドリガメ。
おまえが目と鼻の下をでろ〜んと垂らしてみっともない顔をさらしてただけじゃないか」
「なっ・・・」
ほんとはいくらでも反撃用の台詞が浮かんでいたが、ぐっとこらえる。
それを目の前のおさるは言い返せないと思ったのか、にやりと嫌な笑みを浮かべる。
(う〜っ、むっちゃ悔しい。悔しいけど・・・
あかんあかん、なんとしてでもここはじっと我慢だぞ、レン)
自分に言い聞かせるように心の中で繰り返し呟く。
「あははははっ」
鼻歌を歌いながら歩いていく晶のうしろ姿を、悔しさで拳を握り締めながら睨むことしかできなかった。
そんなウチの頭をを、それまで何も言わなかったお師匠がぽんと軽く叩く。
「今日はレンの負けだな」
「う〜・・・むっちゃ悔しです」
確かに悔しいけど、今までだったら間違いなくそのまま晶とケンカになっていたけれど、何とかそれを
今日は我慢できたことが少し嬉しくもあった。
第1話 終わり
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