トライアングル!
第3話 夕立
芹香と綾香、そして俺の3人での食事は、久しぶりに人数が増えたせいか、
とても賑やかだった。前に親父やお袋が帰ってきて一緒に食事したのが確か
3ヶ月くらい前のことだったから、ずいぶん久しぶりの事だ。
まぁ、賑やかと言っても、もっぱら会話するのは俺と綾香だけど。
「なんかこういう雰囲気ってやっぱり良いわねぇ〜」
「・・・・・・」(こくこく)
「あれ? でも二人ともいつも両親と一緒に飯食べてるんじゃないの?」
たしか前に芹香からそんな事を聞いた記憶があったので、不思議に思い尋ねると、
そろって複雑な表情になった。
「確かに一緒だけどね、とてもじゃないけど一家楽しくなんて雰囲気じゃないわね。
食事中は音を立てちゃいけない、会話をしちゃいけないとかばっかり言われてたわ。
学校に行って初めての給食の時は、本当にびっくりしたんだから。」
「・・・・・・」(こくこく)
「食事をすると言うより、とりあえず栄養を補給する、っていうようなまるで
ガソリンスタンドのような感じね、あれは。」
「ふ〜ん、お嬢様って言うのも大変だ。
俺はこんな雰囲気が普通だからなぁ〜。」
心底嫌そうに話す綾香の表情をみて、普通の家庭に生まれて良かったかな、と
妙な感心をした。
つん、つん・・・・
ふと気が付くと、芹香がテーブルの下で俺の服の袖を引っ張っていた。
「え?
・・・・・今は俺と一緒にご飯を食べられるから幸せです、って?」
「・・・・・・・」(こくこく)
言った後で頬を赤くなって俯く芹香。
俺も耳が赤くなっていくのが判った。
「うん、まぁ、その・・・」
「・・・・・・・・」(じぃ〜っ)
お互いに赤くしながら顔を向けあう。
言い様の無い、体が軽くなるような、空も飛べそうな感覚。
大騒動も、来栖川家からの圧力も、世間の好奇な視線も、この何とも言えない、
芹香と同じ時を過ごせるという事と引き換えなら何も惜しくはなかった。
「・・・コホン」
ふと我に返ってみると、綾香が隣で咳払いをしていた。
慌てて芹香とお互いに視線をそらす。
「ちょっとぉ〜、年がら年中らぶらぶ見せつけないでよ。
見せつけられる身のことも考えて欲しいわね」
大きく溜息をつきながら、綾香が目を細くしながらつぶやく。
「だったら、ウチに来なけれ・・・ば・・・」
つい思ったことをそのまま口に出した瞬間、テーブルの下の足に激痛が走った。
「〜〜〜〜・・・っ☆!」
臑を綾香に蹴っ飛ばされた。しかも足の甲で。
痛さに言葉もとぎれ、俯いたままの僕に芹香は「?」とした表情のままだった。
(この、凶暴女がぁっ!)
これ以上口に出して言うとさらに手酷い報復が待っているのはほぼ間違いないので、
ひたすら痛みを堪えるしかないのが悲しい。
「あら、どうしたの?
急いで食べるから舌噛んじゃった?」
何事も無かったかのように、綾香が言う。
「・・・・・・・・・・」(なでなで)
辛そうにしている僕を見て、芹香が頭を撫でてくれた。
痛いところは別だけど、痛みが引いていくように感じるのはもしかして本当に
魔法を使っているかの様だ。
ただ、そんな様子を綾香が複雑な表情で見つめていたのには僕も芹香も
気が付かなかった。
綾香が来てから1週間が過ぎた。
来栖川家からも何の連絡もないまま、芹香は僕と同じ学校へ、綾香もウチから
学校へと通っていた。
てっきり2,3日で帰ると思っていた綾香だったが、「居心地が良い」とか
言って長期滞在を決め込むつもりらしい。
本当は芹香と二人っきりでの生活・・・なんていうのに惹かれてたから、
家に帰るように説得しようとしたのだが。
「何よ何よ、私だけ邪魔者扱いするの?
そこまでして私を追い出したいわけ?」
頬を膨らませながら綾香に抗議された。
「いや、そうは言ってないけれど・・・」
「だったらもうしばらく居させてくれたっていいじゃないの」
腰に手を当てて憮然と抗議する。
「でも、家族だって心配してると思うし、さ・・・」
「心配なんかそんなにしてる訳無いでしょ。
ホントに心配だったらここからとっくに芹香姉さんを連れ戻してるわよ」
「いや、それはあの一件があったから・・・」
とりあえず思いつく言葉を挙げて説得しようとしたが、自分でも効果が無いのは
判っていた。
僕が言葉を探していると、綾香は急に首をうなだれた。
「ど、どうした、綾香?」
「・・・・・・・・・・・・・・・しょ・・・」
「え? 何だって?」
「私が邪魔なんでしょう!?
はっきり言いなさいよ!
芹香姉さんと二人っきりで居たいんでしょう!?」
「あ、綾香・・・」
突然の様子の急変に、呆然としてしまった。
今までの冗談半分の怒り方とは全く違う、本気で怒りをぶつける綾香。
どう声をかけて良いのか、全く判らなかった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
どれほどの時間が経ったろうか、お互いに無言のまま、部屋の中の時計だけが
カチカチと音を立てて時間の流れを証明していた。
「・・・私だって、こんなみじめな想いはしたくなかったわよ・・・」
先に沈黙を破ったのは、彼女だった。
「でも・・・、でも、仕方ないじゃない。
先に姉さんがあなたと出逢ってしまったんだから・・・」
そう呟くと、俯いたまま走り寄ってきた。
そして、両手を僕の首に廻して抱きついてきた。しかし、それも一瞬だけで、
そのまま腕をほどくと走り去ってしまった。
抱きつかれたときに僕の頬に付いた涙が、冷たく、とても悲しく感じられた。
綾香の気持ちに気付いていなかった訳ではない。
しかし、自分の答は決まっていたし、綾香もそれは判っていると考えていた。
けれど、3人で生活するこの雰囲気も悪くはないかな、などと甘い気持ちが
結果的に綾香を深く傷つけてしまった。
・・・自分自身が情けなく、腹が立った。
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