トライアングル!
最終話 灼熱の恋
翌日の日曜日。
良く晴れた青空の下、芹香と綾香、そして僕の3人は近所の公園を散歩していた。
まだ午前中ということもあってか、公園に人影はほとんど無かった。
時折、ジョギング姿の人を見かける位だ。
朝の清々しい空気がまだ残っていて、久しぶりに自然と向き合ったからなのか、
何か新しいものに出逢ったような、そんな気分にさせられる。
そして、公園の中央にある噴水の手前に、並んで立つ二人の姿があった。
昨日の晩、芹香と綾香は久しぶりに実家へと帰った。
久しぶりに一人で朝を迎えた後、「話があるから」という綾香の電話を受け、公園で
待ち合わせていた。
昨夜、いろんな表情を見せた芹香と綾香だが、今朝の表情は・・・・・
まるで、この公園の空気のような、穏やかな笑顔だった。
「・・・・・・・・・・・・」(ぺこり)
「おはよ、浩之」
「ああ、おはよ。いい天気だな、今日は」
澄み切った青空を見上げながら挨拶をする。
「それで、話って何なんだ?」
視線を空から芹香と綾香に戻し尋ねる。
てっきり、昨日の一件で綾香が頭でも下げるのかと思っていたのだが・・・
つかつかつか・・・
綾香はそのまま僕に背中を向け、噴水の方に歩き出した。
「・・・綾香?」
一体これから何をするのか全く判らなかった。それで、芹香の方を見たのだが、
芹香は静かに穏やかな海のような表情でこちらを見ていた。
「・・・・・・・・・・・」
(綾香の話を、聞いてあげてください)
わずかに唇が動き、そしてそのまま視線を妹に動かした。
言われるとおりに、視線を綾香の背中に向けた。彼女はそのまま歩き、噴水を
中心として広がる円形の池の縁まで歩くと、そこで歩みを止めた。
そして、長い黒髪を大きくなびかせながら、こちらに振り返った。
昨晩以来に見た綾香の瞳は、記憶に残った憔悴したそれとは全く違っていた。
そう、どこまでもまっすぐ見つめるような、とても澄んだ瞳だった。
その瞳が一瞬細くなった後、笑顔と共に緩くなった。
「浩之、きのうはゴメンね。らしくないトコみせちゃったわね。
街中探し回ってくれたんだって?」
「別に気にしなくていいよ。 綾香も無事だった訳だしな」
もっとも、相手に大怪我をさせなかったのが「無事」という意味だったのは
お互いに承知していた。
そして顔を見合わせてクスクス笑う。
「あれから、家に帰って姉さんと明け方まで話したわ。
ほんとうに10年ぶり近くで同じ布団の中でね」
綾香がどんな話をするのか判らないので、芹香の方を向いて様子を見ると、
彼女はずっと同じ表情で綾香の方を見たまま動かなかった。
「浩之と会ってからの姉さんは変わったわ。
明るくなったとか、そういう”変わった”じゃ無くって・・・・・」
綾香の表情が非常に鋭くなる。
「そう、私が良く大会で出逢う表情をするようになった気がした。
私がエクストリームの中でしか見つけられなかった”何か”に、姉さんは
毎日出逢ってるんだ、そう思った。
そう考えたら、姉さんにそんな”何か”を持たせている・・・あなたの事が
とても気になりはじめた。
その先は・・・言わなくても判るわよね?」
さすがに言っていて恥ずかしくなったのか、顔を少し赤らめながら綾香は
目を逸らした。
しかし、それも一瞬のことで、また表情を引き締めてこちらをまっすぐに
見据えてくる。それは本当に、試合の時と同じ表情だった。
「けど、あなたの心の中には姉さんの為の場所しか無かった。
だけどね、私は諦めない。
あなたの心の中に姉さんの場所しか無いのなら、私がこれから作ってみせる。
あなたに私のことを好きになる気持ちが無いって言うのなら、私がこれから
育ててみせる。
私は諦めたりしない、それが、私の生き方だから。」
両手の拳を腰につけて、正面からこちらを見つめるその姿に、本当の綾香を
見たような気がした。
「・・・・・・・・・」
ふと、その視線を遮るように芹香が間に入ってきた。
こちらに背を向け、綾香と真っ正面から向かい合うように立つその姿は、表情こそ
見えないものの、なにか気力に満ち溢れているように感じた。
昨晩、どんな話を芹香と綾香がしたのかは判らないが、兄弟のいない僕には
とても羨ましかった。
「さぁ、帰るわよ」
「え? 帰るって来栖川の屋敷にか?」
綾香の言葉の意味が分からずそのまま問いかけてしまった僕に、綾香はそれまでとは
違い、呆れた表情になった。
「何ボケた事言ってるの、あんたのところに決まってるでしょ」
「・・・・・・」(ぴとっ)
綾香と会話している間に、芹香が横にやってきて手を握ってきた。
それを横目で見た綾香は、反対側にやってきて、いきなり腕を組んでくる。
交差する姉妹の視線。
それは、お互いに衝突もあるかも知れないが、それを全て理解した上で、同じ
道を選ぼうとする信頼の視線に見えた。
僕も、いずれは道を選び、歩んでいかなければならない。
その時、この僕の側に居てくれるのは誰なのか。
未来のことは見えるはずもないが、この二人以外にそれはあり得ないだろうと、
これだけは確信できる。
そして、パートナーに見合うだけの自分になっていこう、と、強く思った。
ジジジジジジ・・・・・
公園の木から蝉の鳴き声が聞こえてきた。
今日も暑くなりそうだ。
そして、僕たちの熱く激しい夏も始まる・・・・・・・・・・・
〜〜〜 トライアングル! 完 〜〜〜
最後までおつきあい下さい、本当に有り難うございました。
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