GoGoウェイトレス!

  最6話 永遠の夏(前編)



 「それじゃ、明日から一緒に働いて貰うアルバイトの方達を紹介しますね」

 週に一度のミーティングの日の夜、涼子は全員揃ったキャロットのスタッフを前にして、

別の部屋に待機していた女の子を呼び寄せた。

 そこに現れたいずれも真新しいメイドスタイルの制服を着た女の子が2人。

 涼子が全員と面接してじっくりと選んで、「この子ならきっと大丈夫」と思った女の子だった。

 結局のところ、いくら希望者が多くても本当に一緒にやっていけそうな子、というのは

それほど多くなかったのにはちょっと寂しい気持ちもしていた。

 「可愛い制服だから」という気持ちだけでやっていけるほど、仕事というのは甘くはない。

 面接では、「ウェイトレスの制服はすぐには着られない」とか、「最初は洗い物メインだから」とか

(本当は全然そんなつもりは無いのだが)言って表情の変化を涼子は観察したのだが、応募者の半分が

その言葉に露骨に表情を変化させたりして、中には怒りだす子までいた程だった。

 そんな中で、仕事内容に対しては嫌な表情一つ見せずに真剣にこちらの話しを聞いて、そして、

元気良く受け答えをしてくれた2人の女の子に、こちらから後日採用の電話をしていた。

 そしてその時の電話越しにも、「よろしくお願いしますっ!」と言われた時には、心底嬉しかった。

 涼子が「マネージャーをやっていて良かった」と本当に思える瞬間だった。

 しかし、涼子に選ばれるだけの女の子でもさすがに緊張するのか、いずれも表情はやや硬い。

 (でも、美奈ちゃんやあずさちゃんも最初はもっと緊張していたわよね・・・)

 涼子はふと去年の事を思い出しながら、ちょっと懐かしさを感じていた。

 (あの時は、あずささんと耕治さんが本当に仲が悪くって、正直どうしたらいいのかって

 かなり悩んだ事もあったし)

 そして、まさか一年前に自分が採用を決定したアルバイトが、今の自分にとって最愛の人物に

なろうとは夢にも思わなかった。

 そんな懐かしさも込めて、少し緊張した面持ちで立っている新しいこの2人の女の子を改めて見た。

 「・・・・・?」

 ただ、そこでちょっとした違和感に気付く。

 一人の女の子は、緊張した面持ちでスタッフの全員に視線を何度も巡らしているのに対して、

もう一人の女の子は、最初に一度同じように視線を廻しただけで、あとは一点のみをじっと

見つめていた。

 集まったスタッフの一番後ろにいる、耕治に向けられたその視線。

 それは、同じ女性である涼子にはすぐに理解できた。

 何よりも、自分と同じ気持ちを込めていたその視線に。

 次の瞬間、その視線に気付いたのか、耕治が一瞬だけその女の子に視線を向けにっこりと笑った。

 そして、その笑顔にすごく嬉しそうに微笑み返す女の子。

 (え? え?・・・どうして?)

 おそらく、一瞬だったので自分以外の誰も気付いていない。

 胸の奥が急速に苦しくなっていく。

 (な、なんでこの子と耕治さんが・・・?)

 どうして今日が初対面の筈の女の子が、耕治さんに好意を寄せているのか。

 そして、耕治さんがこの女の子の事を知っているのか。

 まったく判らなかった。

 先日の店内での光景が頭をよぎる。

 あの時も、知らない女の子から何かを貰っていた耕治。

 そして、新しいアルバイトの女の子との間のこのやりとり。

 (何が・・・何がいったい私の知らないところで、耕治さんは、私の知らないところで何を・・・)

 「・・・こ、涼子っ!」

 「涼子さん、どうしたんですか?」

 ふと気が付くと、葵とつかさちゃんがこちらを見て不思議そうにしていた。

 どうやら、先程の耕治と女の子のやりとりに気付いたのは当人達と涼子以外に気付いた者はいない。

 涼子はできるだけ表面上は冷静になろうと、軽く咳払いを2,3回する。

 「え、えっと、この2人には明日から早速シフトに入って貰います。

  最初の数日は誰かと一緒に作業して貰いますが、その人選は明日また連絡します」

 そして、「他に質問は?」と問いかけ、特に何も声が上がらなかったので、涼子はミーティングの

終わりを伝え、“また明日から頑張りましょう”と言って真っ先にテーブルから離れ、更衣室に向かった。

 それから後のことは、涼子は良く覚えていなかった。

 ほとんど上の空で帰り支度をして、着替えを終わってPiaキャロットの従業員出入り口から出て、

まだ中にいる耕治を待つことにした。

 涼子の頭の中ではいろいろな考えが渦巻いていた。

 “耕治さんを信じている”という気持ちの片隅で、また違う別の気持ちも浮かんでいる自分に対して、

とても嫌な気分になる。

 その堂々巡りの思考で完全に無防備な涼子の背後から、ポン、と白い手が置かれた。

 「きゃ、・・・あ、葵?」

 驚いて涼子が慌てて振り返ると、そこには優しい笑顔の葵が立っていた。

 「どうしたのよ。

 ミーティングの途中からなんか様子がおかしかったけど」

 「え、あ・・うん」

 なんて答えて良いか判らず、曖昧に苦笑で返す。

 その涼子の反応をどう思ったのか、葵はさらにもう一方の手も涼子の肩にのせて、体を軽く揺らす。

 「今日、耕治君が全部話をしてくれるんでしょ。

 それで全部すっきりするわよ、きっと」

 あとは2人で頑張りなさいよ、と言って葵が少し離れたところで集まっているあずさ達の所に行こうと

した時に、耕治が最後に店内から出てきた。

 「え・・・?」

 何気なく耕治の方を見た葵の目が点になった。

 店内から出てきたのは、耕治と、そのそばにぴったりとくっついていたもう一人。

 ミーティング中に視線を交わし合っていた2人組。

 少し顔を赤くして興奮気味に嬉しそうに耕治に話しかけている女の子。

 一方の耕治も、それに対してすごく優しそうな笑顔を向けていた。

 少し離れたところからも、「あれ、耕治くんと今日の新人さん?」と驚いたような声が涼子にも

聞こえてきた。

 それは、どちらかというとそういった事に鈍い涼子にさえ、どう贔屓目に見ても昨日今日

知り合ったとは思えないような雰囲気に見えた。
 
 続いて“ブチン”という、なにか綱のようなものが切れた音が涼子の近くから聞こえてきた。

 そして、タタタタッと走る足音が聞こえ、それが消えると同時に

 「この・・・大馬鹿っ!」

 ぱっちぃぃぃぃん、と葵が耕治の頬を叩く音が夜の空に響いた。

 一部始終を見いていたあずさや美奈が自分の事の様に、痛そうに眼をつぶる。 

 耕治はその勢いで地面に飛ばされた。

 「2人の事だから大丈夫と思って我慢していたけど・・・もう限界よ。

  耕治くん、あなたって本当に最低ね!」

 普段とは別人のような顔つきでびしっと指をさして厳しく耕治を非難する葵。

 「今までずっと騙されていた自分が恥ずかしいわ!

 こんな女たらしだったなんて」

 激怒している葵とは対照的に、ぶっ飛ばされた耕治は何がなんだか判らないような表情で

眼をぱちぱちとしながら葵さんをみていた。

 「え、あ、葵さん、一体何を怒ってるんですか?」

 「“何を怒っているか”じゃないわよ!

 新しいバイトの女の子にいつから手を付けてたの!?

 面接に来たときにいろいろナンパとかしてたんでしょ」
 
 「ナ・・・ナンパ?

 葵さん、ちょっと待って下さいよ、何がなんだか・・・・」

 「まだしらばっくれる気!?」

 許さないんだから、と額に血管浮かせそうな勢いでさらに倒れてる耕治に詰め寄る葵。

 涼子はただ目の前の光景を眺めていた。


〜〜第6話 終わり〜〜

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