Piaキャロットへようこそ!2  

   Short Story#2  嵐の下見旅行っ!?

  注1:これは、葵さんとのEDから1年後の夏休みという設定です。
     現在別に創作している「GoGoウェイトレス!」とは全く
     別のお話です。
     ちなみに、主人公の耕治は大学へと進学し、葵さんは引き続き
     Piaキャロット2号店に勤めています。



 第5話 窓辺には夜の歌


 ミーン・・・ミンミンミン・・・・・・・

 遠くから、蝉の鳴く声が聞こえてくる。

 すでに陽はとっぷりと暮れ、星空が空には広がっていた。

 さすがに夜ともなると、この地域ではあまり華やかな雰囲気は見られず、店などは

すでにほとんど閉まってしまい、見えるのは所々の電柱のてっぺんに着いている蛍光灯1本の

街灯と、ささやかな民家の灯りだけだった。

 その為、夜空に広がる星の数が、日頃見慣れたあの街とは比較にならないほど多かった。

 (星って、こんなにたくさん見えるものだったんだ・・・)

 旅館の窓辺からその景色を見ながら、何となくそんな事を考えてしまう。

 あの後、葵さんが倒れてしまっから、あわてて背中に背負って旅館まで戻ってきた。

 僕の必死な形相を見て、旅館の人もかなりあわてて近所の病院に電話して、医者に来て

欲しいと頼んだ挙げ句、診察して貰ったが、特に病気とかではないらしい、という診断だった。

 どこにも悪いところは見られないので、おそらく疲れが溜まっていたのではないか、との事。

 しばらくすれば意識も回復するだろうから、それまでは静かに寝かせておくように、と

指示を受け、旅館の部屋に葵さんを寝かせることにした。

 見て貰った医者とそれから旅館の人にお礼を言って、僕は一人で葵さんの看病をしていた

訳だけど・・・つまりは、そばで葵さんの寝顔を見ていただけだった。

 「疲れていた・・・か」

 医者の言っていた言葉が心に重くのしかかる。

 海辺で様子のおかしくなった葵さん。

 その時まで、正直言ってまったく葵さんが疲れていたなんて事には気が付かなかった。

 普段と変わらない、そう思っていた。

 急に倒れてしまうほど疲れていた事に、全く気が付かない。

 一体、僕は葵さんの何処を見ていたのか・・・

 もしかしたら僕の前では無理をして、普段の葵さんとは違う状態にさせるような、何か

負担をかけていたのでは無いのだろうか?

 さっきから同じ事をずっと考えている。

 既に、葵さんがこの部屋に寝かされてから、8時間は過ぎていた。

 クーラーの冷たい風はあまり良くないだろうと言うことで部屋の窓は開けられ、

網戸になっている。そして、そこから夜の風が、まだ昼間の熱気を微かながら残しながら

入ってきていた。

 未だに目を覚まさず眠り続ける葵さんの横で、出口のない迷路に迷い込んで、

ひたすら答えの光明すら見えないまま考え続けている自分が、とてつもなく

情けない。

 (葵さんにはっきりと言って貰ったらどれだけ楽だろうか・・・)

 最近なにかあったんですか、とか、僕にたいしてなにか辛いところでも有るんですか、

そう口に出して聞いてしまいたかった。

 「んっ・・・・・」

 葵さんの微かな声が静かな部屋に響く。

 あわてて葵さんを見ると、閉ざされていた瞼が微かに震えるのが見える。

 葵さんは、少しずつ瞼を開いていき、やがてその瞳が焦点を取り戻していく。

 「あ、葵・・・さん?」

 「・・・・・・・」

 葵さんは答えず、ただ、顔をこちらに静かに向けた。

 「・・・気分はどう?」

 出来るだけ、内心を隠すように、努めて穏やかな声で尋ねる。

 「・・・・・はい、大丈夫です・・・・・」

 それは、意識を失う前と同じく、普段とは明らかに違ったひどく落ち着いている声だった。

 (まだ、元に戻ってないんだ・・・)

 ただ、この声を聴いた今でも冷静でいられる自分に驚いた。

 本当は、はやく元の葵さんに戻って欲しいはずなのに・・・

 今の、普通じゃない彼女になら、尋ねてみても・・・

 そんな考えが頭の中を占めていた。

 思い切って尋ねてみようか、と思った矢先、葵さんが先に言葉を発した。

 「ごめんなさい・・・」

 「え?」

 最初、どうして葵さんが謝ったのかが判らず、聞き返してしまった。

 葵さんは、視線を下げて俯いたまま、かけられていた薄手の布団の端を握りしめている。

 「・・・本当にごめんなさい。

 また耕治さんに迷惑かけてしまって・・・」

 「・・・葵さん」

 「本当に私って駄目ですね。

 年上なのに、いつも足を引っ張ってばかりで」

 じっと俯いた葵さんの横顔を見つめた。

 というか、どういう言葉をかけていいか思いつかなかった。

 ふと、店長の顔が頭をかすめる。

 (こういう時、あの店長だったら、きっとなにか良い言葉をかけてあげられるんだろうな)

 羨ましいと思うのと同時に、すこし悔しさが沸いてくる。

 (いつか、追いつくことが出来るんだろうか・・・)

 今は、葵さんを黙って見ていることしかできなかった。

 「いつもいつも、迷惑をかけて、それでも助けて貰って・・・

 今回は、私がしっかりしようと思ってたのに。

 涼子みたいにしっかりとしなきゃいけない、そう思ってたのに」

 そこで、葵さんはため息を付いて肩を落とした。

 「涼子が耕治さんの事を今でも気にしているのは知っています。

 だから、涼子が耕治さんの近くにいると、どうしても落ち着かなく

 なっていました。」

 言われるまで、葵さんがそんなことを思っていたなんて気が付かなかった。

 「最近、とくに自分を涼子と比べるようになってきて・・・

 耕治さんが涼子と楽しそうに話しているから、もしかしたら、私にはない、

 何かが涼子にはあるんじゃないかと思ったりしました。

 そして、私自身に何か無い物、悪いところとかがあって、それで私から

離れていったらどうしようって、ずっと思ってました」

 普段見慣れているはずの葵さんが、今日は凄く細く、折れてしまいそうに見えた。

 初めて見る、憔悴した葵さんの表情。

 「今回持ってきた水着、実は涼子と同じ物です。

 耕治さんがどう思うかなんて、気持ちを確かめようとして・・・」

 「・・・・・・・」

 あぁ、そうだったのか。
 
 その瞬間、いままでの胸にたまってた厚い雲が急に晴れていった。

 そうか、葵さんも同じだったんだ。

 お互い、相手の全てが、ありのままが好きだったのに。

 けれど、自分は相手にどうやったら受け入れられるんだろう、と悩んで、

無理に自分を変えていこうとしていた。

 そこに生じる“ひずみ”が全ての原因だった。

 本当はもっと早く気が付かなければいけないのに。

 「葵さん」

 上半身を布団から起こしている葵さんの横に、同じように座った。

 「僕は、葵さんが、Piaキャロットで働いていて、ちょっとそそっかしいけど、

 優しくて、でも、ちょっと涼子さんに隠れてパチンコやって、お酒が好きで、

 次の日の朝二日酔いで苦しんでるような、そんな葵さんをずっと見てきました」

 葵さんは顔を赤くして縮こまっている。

 「正直言って、葵さんがそこまで悩んでたのに気が付かなくって、本当に悪いと思ってます。

 ただ、これだけははっきり言えるけど、葵さんは葵さんなんだから、どんな葵さんになっても、

 僕は全てを受け入れられる・・・と思う。

 けど、だからといって、無理に変わって欲しいなんて事は全然思ってない」

 並んで座っている体を引き寄せるように、片手で葵さんの腰に手をかける。 

 「今まで一緒の時間を過ごしてきた葵さん、僕の前で見せてくれた“皆瀬 葵”さん、

 その葵さんが、僕は好きになったんだし・・・ね」

 1年も遠回りしていたのに気が付かなかった。

 ただ、時間なんて問題はそれほど無いと思う。

 肝心なのは、気が付くかどうかなんだから・・・・・

 肩にもたれてくる葵さんの、服越しに感じる体温の暖かさが心地よかった。

 リーン・・リリリ・・・

 静かな部屋に聞こえてくる虫の鳴き声が、今ではとても心地よいBGMになっていた。
 
 〜〜第5話 終わり〜〜



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