トゥインクルレビュー

Short Story#1  音羽早苗SS

 再び、輝く季節へ・・・



 最終話 夢の吹く頃


 注:これは、早苗さんED後まもなくという設定です。
   ちょっと本編のEDとは矛盾がありますが、その辺は
   ご容赦願います。


 「え・・・・・?」

 早苗さんから最初に聞いたのは、その一句だけだった。

 社長に辞職願を出し、いくつかの手続きを行って正式に退職した後、退職金の明細を

持って早苗さんのところに戻り、すべてを打ち明けた。

 内緒で早苗さんの足を治そうと病院を廻っていた事、そして、完全にとはいかないけれど、

また運動ができる可能性があった事。そして、治すためには長い入院とリハビリ期間が必要な事、

そして、それらの間の生活と当面の費用の為に、会社を辞めてきた事。

 そして、今までの仕事先の知り合いを通して、病院の近くにある会社に就職する予定である事・・・

 「そんな・・・そんな事をしてたんですか・・・?」

 早苗さんは口元に手をあて、眼を大きく見開く。

 その質問に素直に頷く。

 「7年前、早苗ちゃんから踊りを奪い取ってしまった俺にそんなことを言う資格が

 無いのは判っているんだけど・・・君の踊る姿がもう一度みてみたい。

  ステージの上で輝く姿を見たい・・・」

 パァンッ!

 一瞬、何が起こったか判らなかった。

 ただ、いきなり視界が横に逸れたのと、頬に走った痛みから、早苗さんに叩かれたのだというのが

何となく理解できた。

 また視線を戻すと、瞳に涙を滲ませながら叩いた平手を胸の前で押さえながら早苗さんは立っていた。

 「何で・・・何でそんな事するんですか!?

  あの時、はっきり言ったじゃないですか。

  憎んでも、恨んでもいません、って」

 確かに、あの初めて結ばれた日に、早苗ちゃんが言ったことは覚えている。

 ただ、自分自身では、とてもではないが納得できなかった。その事をあれから7年の間、ずっと後悔していた。

 早苗ちゃんに、自分がどう償おうとしても償うことのできない事をしてしまったのだから。
  
 「今の仕事も辞めてしまうなんて・・・

  あなたが今までやってきたこの仕事を、夢を諦めてしまうんですか!」

 握りしめていた手を大きく広げながら早苗ちゃんが叫ぶ。

 「僕の夢は、早苗ちゃんがステージの上で踊る姿を見ることだから・・・」

 その一言に、早苗ちゃんの涙を流している瞳が大きく見開かれた。

 「7年前のあの日まで、僕は早苗ちゃんが大きなステージで華麗に踊るシーンを夢見てがんばって来たんだ。

  結果は、僕の取り返しのつかないミスですべてが終わってしまった。

  早苗ちゃんがまた踊れるようになるんだったら、そのために僕は何だってする」

 「私は・・・嬉しくありません!

  あなたの人生を踏み台にしてまで、この足を治そうだなんて思いません!」

 そして、僕のシャツを両手で掴む。

 その手が細かく震えているのがシャツ越しに微かな温もりと一緒に伝わってきた。

 そして、ダンスルームでうずくまっていた早苗さんの後ろ姿が脳裏に蘇る。

 (あの時の背中は・・・泣いていたように見える)

 誰もいない、誰も見ていないダンスルームで何を考えていたんだろうか?

 シャツを掴んでうつむいたまま震えている早苗ちゃんを、そっと抱きしめる。

 一瞬、ピクッと早苗ちゃんはしたけれど、それ以上の反応はなかった。

 そして、抱きかかえるように体を縮ませ、早苗ちゃんの耳元で話しかけた。

 「早苗ちゃん、君は“憎んでいない”と言ってたけど、僕は、自分自身がどうしても許せない。

  それに何より、僕も早苗ちゃんの踊る姿がもう一度見てみたい。

  こんな事を言うのは僕には許されないのかもしれないけれど・・・

  ただ、少しでも早苗ちゃんに何かできることがあるんなら、絶対にやってみたいんだ。

  そのことだけは、わかってほしい・・・」


 
 結局、その日はそれ以上会話にならなかった。

 そして、一晩お互いに別々にもう一度ゆっくり考えようと、いったん別れた。

 「・・・やっぱり早苗ちゃんにはもう一度踊りができるようになって貰いたい」

 ベッドに寝ころんで天井を見上げながら、一人呟いた。

 ただ、問題はどうやって治療を受けることに納得して貰うかだった。

 優しすぎくるくらい優しく、周りに気を使う早苗ちゃんのことだから、僕が会社を辞めてまで、という

事に強く抵抗するというのは本当は予測しておくべきだったのに。

 「なんて言えば納得して貰えるんだろうか・・・」

 そのことを考えて全く眠れないまま、気がつくと夜中の12時を過ぎていた。

 (ちょっと気分転換に散歩してくるか)

 夜空を見ながら気分を鎮めようかと外へでようとすると、どこからか物音がするのに気がついた。

 「・・・?」

 毎日ハードなレッスンが続くここでは、夜更かしをする生徒はあまり多くはない。

 ただ、さすがに少し気になったので物音のする方向に行ってみた。

 暗い廊下を、月明かりだけで歩いていく。

 月明かりに照らされた廊下や教室が、昼間とはうって変わって何か神秘的な雰囲気にすら感じられる。

 昼間、明るい将来を夢見る生徒達が必死に汗を流しているというのが信じられないくらいに。

 その中で、ある教室だけがぽつんと明かりがついていた。

 ・・・ダンスルームが。



 「・・・よっ・・・と、痛っ!」

 早苗ちゃんの辛そうな声が聞こえてくる。

 廊下からのガラス越しに見ると、ピンクのパジャマ姿の早苗ちゃんが、前に見たときと同じように倒れていた。

 そして、起きあがり、何歩かステップを踏んでそのまま体を捻ろうとしたときに、小さく悲鳴を上げて

そのまま床に倒れ込んだ。

 僕は、今日はそのままドアを開けてダンスルームに入った。

 「誰?・・・あっ・・・」

 ドアの開く音に気付いた早苗ちゃんが振り返り、そのままの姿勢で固まった。

 そして、視線だけを床におとす。

 無言の空間。

 外から微かに聞こえてくる虫の音だけが、ダンスルームに響く。 

 「・・・ごめん」

 僕が謝ると、早苗ちゃんは驚いたように視線をこちらに向けた。

 「早苗ちゃんをこんなに苦しめてしまって。

  僕が取り返しのつかないことをしてしまったばっかりに・・・」

 早苗ちゃんの足下に座り込み、その足を抱えながら言った。

 俺がどうしようもない馬鹿だったから、この早苗ちゃんの足を駄目にしてしまったんだ。

 俺が、未来のあった女の子の夢をぶち壊してしまったんだ。

 そんな足にしがみついている俺の頭を、早苗ちゃんはやさしく撫でた。 

 「そんな・・・謝らないでください。

  むしろ、謝るのは私の方なのかもしれないのですから・・・」

 視線をあげると、再び視線が絡み合った。

 「私は・・・嫌な女です。

  あなたの人生を踏み台にしたくない、って言いながらも、

  “踊れるようになるかもしれない”って言われて、正直心ががちょっと揺れてしまいました。

  ただ・・・あなたがこの事で責任を感じて苦しむのを見るのも、私にはとても辛いんです。

  そのことも、どうか気付いてください・・・」

 早苗ちゃんは自分の足を見下ろし、白い手でその足を触りながら呟いた。



 結局、早苗ちゃんはトゥインクルの寮長を辞め、本格的な治療の為に本土に戻ることになった。

 ただし、これには早苗ちゃんの条件が付けられていたが。

 その条件とは、この治療が終わったら、僕にまた元の仕事に戻れということだった。

 これは、僕が会社を辞めたということを知った早苗ちゃんが、社長に直接電話して事情を話したところ、

特別に治療が終わったら復職を認めるという温情人事を社長から貰った結果だった。

 退職金については、給料の前借り、という事になったらしく、会社に戻ってもしばらくは

辛い生活が続きそうではあるが・・・

 ただ、社長はこの事についてはすべて予め知っていた節があり、最初からそのつもりでいずれ

俺に話をするつもりでいたらしいのだが。

 そして、早苗ちゃんにいたっては、もし軽い運動ができるまでに回復するのであれば、トゥインクルの

ダンスインストラクターとして採用するという事だった。これには早苗ちゃんもしばらく呆然としてしまっていた。



 とはいえ、やはり医者の言っていた通り楽な道程ではなかった。

 早く治したいという焦りの気持ちや、疲れなどからお互いの意見が合わなかったり、感情が

高ぶって感情的になってしまうことも何度かあった。ただ、その度に、僕たちを送り出してくれた社長や、

トゥインクルや会社の仲間達、そして、希ちゃんの暖かい励ましの手紙などを思い返し、何とか波を

乗り越えていった。

 何より7年前のあの時や、再会を果たし、トゥインクルでお互いの気持ちを初めて確かめた時の事を

思い出し、励まし合った。

 まだ、早苗ちゃんの治療は完全には終わっていないが、早苗ちゃんがまた元気に動ける姿が見られる日も

そう遠い日のことではなくなってきた。

 7年前、止まってしまった時間ががまた動き出す瞬間は、もうすぐそこまで来ていた。


 〜〜 再び、輝く季節へ・・・  終 〜〜 



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