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 ○部屋案内  ○親方紹介  ○力士紹介  ○裏方紹介  ○新弟子募集  ○チャンコ  ○相撲豆知識  ○今場所の星取表(UP1.24)
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現在親方2名・力士15名・行司2名・呼出し2名・床山1名・若者頭1名・世話人1名・マネージャー2名

いらっしゃいませ、 番目のお客様。
ご意見・ご質問のメールは、こちらまでお送りください。
6000000番目のお客様はメールを下さい。高砂部屋チャンコご招待&粗品を進呈致します。
takasago@kub.biglobe.ne.jp
件名(タイトル)がないとメールがとどきません。必ず件名を入れて下さい。

今日の高砂部屋
平成28年2月14日
『JAF Mate』は、JAF(一般社団法人日本自動車連盟)の機関誌で年10回発行。発行部数は何と12,002,900部。最新3月号の表紙を飾るのは、高砂部屋力士一同を後ろに従え軍配片手に勝負を捌く厳しいまなざしで正面を見据える十両格行司木村朝之助の雄姿。65ページには「表紙の人」と題して、記事と共に笑顔の朝之助や相撲字、稽古風景も紹介されている。今晩6時より都内ホテルにて朝赤龍結婚披露宴。

平成28年2月13日
青森で女子相撲をがんばっている中学1年生ひなちゃんの将来の夢は相撲部屋のおかみさんになること。青森朝日放送の番組『夢はここから・・・』の収録で、高砂部屋に来て今日一日おかみさんのもとでおかみさん修業。はじめは緊張して固まっていたが、だんだんお相撲さんとも馴染んできて写真撮影では満面の笑み。さいごはイケメンな(ひなちゃん曰く)朝弁慶や朝山端に見送られ、名残惜しそうに青森へ。3月12日(土)午後4時(?)放送とのことです。

平成28年2月8日
『夕刊フジ』で元大関朝潮高砂浦五郎「自伝」連載中。今日で6回目で、「見つけた武器」と題して、入門して一年、前頭筆頭に上がって9連敗、次の場所も、そのまた次の場所もと3場所連続の負越しで壁にぶつかったとき、出稽古に来た高望山(現高島親方)との稽古でひらめいた「ぶちかまし」の話。以後、部屋での稽古で立合いのぶちかましを磨いて壁を乗り越えていった。中央には、ぶちかましの激しさを物語る額から流血する写真。聞き手は、相撲記者歴が長い大見信昭氏。

平成28年2月4日
前記紙面からつづく。酒井忠正氏の随筆「今迄笑顔に満ちた場内が水を打ったように、異様な厳粛さに圧せられた空気になってしまった。(中略)歌が終わると爆発したような拍手が鳴り止まない。荒木さん(元陸軍大将)の目には涙が光っている」 米吉談話「それは相撲甚句だね。・・・ 戦争を経験した人が聞いたら誰だって泣くよ」「多賀之丞は三重の素人相撲から本職に入った人で、元は浪曲師。鬼瓦みたいな恐い顔してたけど声が素晴らしい。甚句を聞いた女は皆ほれてたよ。朗々とした声が巣鴨に響いたわけだ。声もいいし、節もいい、それでもって情緒がある。甚句ってのは60年、70年生きてきた、心のひだで歌うんだ。・・・ 」

平成28年2月1日
1月28日付けの読売新聞で“巣鴨プリズン慰問場所”が紹介されていた。巣鴨プリズンとは、大戦後に戦犯容疑者が収容された拘置所で、昭和27年1月9日戦犯慰問大相撲が開催された。横綱審議委員会初代委員長酒井忠正氏の「相撲随筆」の記述と実際に訪れた元立呼出し米吉さんの証言を織り交ぜ当時の模様を振り返っている。戦犯10名から送られた感謝状や当日の割り(取組表)と共に、高砂部屋呼出し多賀之丞作の甚句『新生日本』の歌詞が掲載され、中央には大きく元幕内島錦、元小結国登、多賀之丞の高砂部屋3人衆の姿がある。

平成28年1月25日
15日間の満員御礼がつづき琴奨菊の10年ぶりの快挙に沸いた初場所。高砂部屋は、前半戦調子が上がらず苦戦の土俵がつづきました。その中で、朝赤龍は白星先行で9勝6敗の好成績。朝乃土佐の5連勝も光りました。中日まで2勝6敗と心配された朝弁慶、追い詰められてようやくエンジンがかかり7勝7敗までこぎつけました。負越したものの関取の座は確保です。足の怪我を完治させて15日間重戦車相撲をみたいものです。朝興貴が幕下復帰。近大相撲部朝玉木は三月場所で序ノ口デビュー。もう一人の近大相撲部石橋君は、三月場所三段目附出しデビューの予定です。

平成28年1月18日
1月24日(日)午後6時30分から開催されます高砂部屋千秋楽打上パーティーのご案内です。高砂部屋グッズが当たるジャンケン大会や特製ちゃんこ、呼出し利樹之丞による相撲甚句も聞けます。みなさまの参加お待ちしております。

平成28年1月16日
十両の取組、今日は朝赤龍が先に東方から土俵に上がり4勝目。つづいて同じく東方から朝弁慶が土俵へ。勝った力士は次の力士に水をつけるので、勝った朝赤龍が朝弁慶に水つけ。初めての経験で、お互い胸に期するものがあったろうが、ふたり揃っての白星はならず。金指基『相撲大辞典』によると、仕切りに入る前に口をすすぎ身を清めるための水で、「力水」「清めの水」「化粧水」などと別称されるが、正式には「水」というとある。単に「水」が正式なのが相撲界らしくていい。

平成28年1月15日
“角界の風雲児”と呼ばれた初代高砂浦五郎は、千葉県東金の出身で江戸末期安政6年(1859)に21歳での入門。小島貞二氏の記事によると、当時は、「前相撲」から始まり「相中」「本中」とすすんで、ようやく「新序」となったという。東海の四股名だった初代高砂浦五郎は、初土俵から三年、本中の壁を超えられなかった。番付に名前が載らない本中力士は100人を超えていたという。朝天舞、危ない場面を2度残し我慢の3勝目。幕下復帰まであと2勝。

平成28年1月13日
現在前相撲は一番取れば(勝っても負けても)、翌場所序ノ口に出世して番付に四股名が載る。序ノ口での順番を決める勝負にすぎない。現行制度になったのは昭和40年代後半からのようで、それまでは前相撲のあとに本中という段階があって、そこで勝ち抜かなければ序ノ口に上がれなかった。それゆえ、番付に四股名が載るまで1年2年かかることはザラで、番付に名前が載らないままに廃業する力士もかなりいたそう。朝山端、朝乃土佐、2連勝。朝弁慶、うれしい初日。

平成28年1月12日
今日から前相撲。近畿大学在学中の玉木一嗣磨(かずま)君は三重県伊勢市の出身。お父さんも近畿大学相撲部出身で、小学生の時から相撲を始め、高校は大阪へ出て近畿大学付属高校で。突き押し相撲を得意として、今年度の西日本体重別選手権(無差別級)で優勝して、12月の全日本選手権ではベスト16の実績。今日の初土俵でも得意の突き押しを炸裂させ圧勝。三段目、幕下、十両へと出世の階段を駆け上ってほしい。

平成28年1月10日
昭和15年1月の雑誌(野球界増刊春場所相撲號)に部屋別力士一覧が載っている。三代目の頃で、27歳の前田山が大関。十両に富田濱という力士がいて関取2人で総勢30名。横綱双葉山の立浪部屋は41名。出羽ノ海部屋がすごい。横綱武蔵山を筆頭に幕内力士だけで18名。十両に7名。序ノ口までの総勢89名。二所ノ関部屋も70名。逆に力士一人のみという部屋も中川、片男波と2部屋ある。快晴の新春初場所初日。初場所初日は、いつにも増して華やいだ雰囲気があるが、力士にとっては緊張感も高い。2勝4敗の高砂部屋初日。

平成28年1月9日
世話人の總登さんは昭和46年1月場所の入門。入門したのは大山部屋だが、その当時一門は同部屋のようなもので、稽古は高砂部屋の稽古場でおこなっていたそう。ちょうど4代目から5代目に代変わりする頃で、弟子の数も減っていたようで20数名だったそう。總登さんの入門から半年後、元横綱前田山の4代目が亡くなり元横綱朝潮の5代目高砂となった。あすが初日。取組開始は午前8時25分で十両土俵入りが午後2時5分。十両朝弁慶は呼出し邦夫の呼び上げで東龍との対戦。その三番後、木村朝之助の裁きで朝赤龍が天鎧鵬との対戦。

平成28年1月8日
高砂部屋ができたのは明治11年(1878年)6月。明治6年に会所(協会)を脱退して改正高砂組として独立興行していた元高見山の初代高砂浦五郎が和解なって復帰したときから始まる。復帰時は幕内1人、十両5人、幕下9人、三段目3人、序二段4人、序ノ口3人の計25人だったもよう。それから138年間、栄枯盛衰をくり返し、多い時には100人近くいた時もあるそうだが、だいたい20〜30名という期間が多い。138年間、関取(十両以上)が途絶えたことは一場所もない。

平成28年1月7日
新弟子が一人加わり力士数15名となった。平成14年2月の合併時(高砂部屋と若松部屋)31人いたのが年々減っていき、23年から26年までずっと11名という時代がつづいていたので、ようやく回復してきたといえる。3月場所にも3〜4名入門予定で、相撲部屋として理想の20名まであとすこし。10人以下では少なすぎるし、30人を超えると目が行き届かなくなる。

平成28年1月6日
更新が滞ってしまいました。本年もよろしくお願い申し上げます。1月場所新弟子検査が行なわれ、高砂部屋から玉木一嗣磨(かずま)君が受検。三重県出身で近畿大学相撲部4年生で3月に卒業見込み。身長体重は申し分なく血液検査の結果を待って正式な入門となる。前相撲は3日目から。もう一人近畿大学相撲部の石橋広暉君(富山県出身)は、3月場所三段目附出しでデビューの予定。

平成27年12月31日
平成27年度の高砂部屋、1月場所こそ31勝54敗と負け越したものの、3月場所から9月場所までは4場所連続で5割超えの成績で、それぞれ番付を上げていった。中でも朝弁慶の躍進は皆様ご存知の通りで、1月場所幕下25枚目で3連敗からの4連勝で勝ち越し、以後6勝、4勝、4勝、6勝と勝ち越しをつづけ、11月場所で新十両昇進となった。刺激されるように朝赤龍も幕内復帰を果たし、新弟子4人入門という新しい力も加わった。29日に稽古納め、新年は二日に集合して3日から稽古始め。

平成27年12月24日
新年初場所新番付発表。5867000番目と5868000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。平成28年初場所新番付と高砂部屋便り54号をプレゼントいたします。高砂部屋一同の新番付です。

平成27年12月19日
お互いの気が合い、立ちあがった。笠置山は、いつものように真っ正面からぶつかっていった。そして、いつものように敗れた。しかし、すがすがしさ、満足感、気持のいい相撲が取れたという喜びでいっぱいになったという。あとになって、友人にいい相撲を見てもらったうれしさもわいてきた。あれほど構想を練り気持を固めた立合い変化の作戦が、仕切っているうちに雲散霧消してしまった。しかも、そのことに無上の喜びを感じる。小坂氏は、「感応した笠置山も偉いが、そうさせた双葉山はどうだ」と書いている。

平成27年12月15日
立合い変化の作戦をハラにきめ、「今日こそは!」と、絶対の自信を持って土俵に上がった笠置山。何度か仕切り直しをくり返すうちに、双葉山の仕切り姿、仕切る目に、だんだんと引き込まれていったという。変化しようとか、その後の動きとか、だんだん頭の中から消えていき、いつの間にか、仕切りそのものに没入していった。しかも、それがなんともいい気持ちで、気持がどんどん澄んでいき、浄化されていく。仕切りをしていることがすべてという無我の境に入っていった。(小坂秀二『わが回想の双葉山』より)

平成27年12月14日
関脇笠置山は早大出のインテリ力士で、出羽海部屋で打倒双葉山の作戦参謀としても知られていた。本人も打倒双葉山に闘志を燃やし、「双葉山に勝てたら、その場で引退してもいい」と公言していたほどであった。何度目かの対戦の時、あまりに勝てないので、立合い変化の作戦をたてた。その夜、故郷奈良から同級生が訪ねてきた。その同級生が訪ねてきた翌日の相撲は負けたことがなかったので、「いよいよこれは!」と、立合い変化の作戦に自信を深めたという。

平成27年12月10日
小坂氏は、14日目の豊嶋の立合いをみて、9日目の羽黒山との対戦が目に浮かんだという。羽黒山も昭和史に残る強豪横綱で、双葉山同様受ける立合い。その羽黒山に対し豊嶋は同じようにぶつかっていくのだが、全身を預けるような立合いではなかったという。羽黒山が双葉山に劣るという話ではなく、羽黒山という強い横綱だからこそ比較の対象に成り得るのであって、相手を信頼しきって全身全霊でぶつかっていける双葉山の存在は特別なのだと語る。

平成27年12月9日
対戦相手も、双葉山が「変化しない、ごまかさない」ことに全幅の信頼をおいていた。以下、小坂秀二『わが回想の双葉山』にある話。昭和18年夏場所、小坂氏は長期休暇をもらって戦地から帰国し15日間国技館に通った。14日目関脇豊嶋との対戦で、豊嶋の微塵の迷いもない全身をぶつける立ち合いを目の当たりにして、この場所の双葉山に、相撲の神髄をみたと語っている。

平成27年12月8日
双葉山は、新入幕の昭和7年2月から引退する昭和20年11月まで345番の取組がある。決まり手と取組内容が記録として残っているが、勝ち星276勝のなかで一番多いのは、「寄り切り」で68番。二番目が「上手投げ」の43番。三番目は「寄り倒し」の36番。もちろん、立合い変化は一番もない。そして、驚くべきことに、276勝の中に「叩き込み」が2番、「引き落とし」が1番あるのみである。それも、自ら叩きや引きにいった技ではく、相撲の流れのなかで、たまたま決まり手が「叩き込み」「引き落とし」になっただけである。

平成27年12月7日
横綱双葉山の立合いはどうだったのであろう。双葉山は、昭和7年相撲史に残る現役力士によるストライキ春秋園事件(幕内40人中29人、十両22人が脱退)で、十両から前頭4枚目に抜擢されての新入幕。体も力も足りないのに奇襲も立合い変化もやらずバカ正直な立合いを繰り返すばかり。評論家からは批判が多々あったそうだが、当時の第一人者横綱玉錦は、「双葉山は立合いに工夫がないとか、まずいとか言われているが、あれでいい。いまに力がついてくればわかる」と語ったという。(小坂秀二『わが回想の双葉山』より)

平成27年12月2日
立合いの変化や引き技、横綱相撲について、昔から何度も物議を醸している。先日、浅草で50年近くつづく飲み屋で相撲好きの女将さんと九州場所の話題になり、「三重ノ海も猫だましやったわねぇ」と言われ、「そう言われれば」と記憶が甦った。「横綱のときだったですかねぇ」と聞くと、「そのはず」という。調べてみると、昭和53年初場所、全盛を誇った横綱北の湖に当時の大関三重ノ海が“猫だまし”の奇襲に出たのだが、「パチンと音がした」というだけで横綱は猫だましには気づかず一気に押し出した、とある。昭和37年、横綱大鵬に対して前頭4枚目出羽錦が行なった記録も残っているそう。もちろん、相撲は大鵬の勝ち。

平成27年12月1日
年末恒例の高砂部屋激励会。今年は、高砂親方還暦祝いとして開催されます。一般参加の方にはチケットがあります。お問い合わせは 東京高砂部屋後援会事務局まで。

平成27年11月30日
何かと多用で、永らくお休みしてしまいました。昨29日(日)残り番力士も帰京。巡業組(朝赤龍、朝ノ島、~山)は昨日が鹿児島市での巡業初日。今日は移動日で、あすから大分の佐伯、別府、長崎から鹿児島に戻り4日が出水市、さらに宮崎市、熊本県南阿蘇村とまわり、再び鹿児島南さつま市、霧島市を経て熊本八代市、福岡直方市と北上。一日道中で、12日と13日は那覇市とめまぐるしい。那覇から帰京。新十両朝弁慶は、足の治療の為巡業お休み。

平成27年11月19日
序二段朝ノ島、朝金井が勝ち越し。これで4人目の勝ち越し。朝金井は、残りの一番に新三段目昇進をかける。7月場所、9月場所の好調を引き継ぐように前半戦は白星先行だったものの中盤戦で崩れ、すでに負け越し6人。朝弁慶を含め合い星が4人。初めての向こう給金相撲(負けたら負越し)で、ものすごく緊張したという朝山端、踏みとどまって3勝3敗。最後の一番に4場所連続の勝ち越しをかける。千秋楽打上で祝杯なるか。関取は残り3番、幕下以下は残り1番。

平成27年11月12日
朝弁慶、今日の対戦相手は徳真鵬。193cm・224kgと、大きな朝弁慶よりもさらにひと回り大きな相手。その大きな相手に、立合い真向から当たってすぐ右上手を引き電車道での4勝目。強い!!“湘南の重戦車”のキャッチフレーズそのまままの会心の相撲。溢れる笑顔でNHK中入りでの新十両紹介インタビューを受けた。十両という地位が自信をつくり、自信が心身に満ちあふれ、自信が全身をつなぎ、全身がうまくかみ合って相撲を取っている。

平成27年11月11日
先場所序二段で6勝して三段目52枚目まで番付を上げた朝山端、今日の相手は相撲教習所の指導員。入門以来半年間指導を受け、弱点も見抜かれているかと思うが、持ち前のパワーを発揮して三段目での初白星。九州に入って他の新弟子連が体調を崩し次々と稽古を休んだのに、一人休みなしで乗り切ってきた。内臓も大分逞しくなってきたよう。 新十両朝弁慶、桝席に“湘南の重戦車 朝弁慶”の横断幕が掲げられた前で相手を突き飛ばして3勝目。

平成27年11月10日
朝弁慶、今日も前に攻めていくも突き落としを食っての初黒星。NHK総合大相撲中継での新十両紹介は、あさって木曜日5日目の中入りの時間とのこと。乞うご期待!! 11月22日(日)午後6時半からの高砂部屋千秋楽祝賀会のご案内です。

平成27年11月8日
「ひが〜し あさべんけい〜」 十両呼出しとしてのキャリアも長い利樹之丞だが、ものすごく緊張したという。ちょうど国際センターに行っていて2階席から相撲を見たが、軍配を上げる木村朝之助の動きもいつもより素早く力強く見えた。「 あ さ べ ん け い 」という勝ち名乗りも、いつもより声を張り上げてしまい、幕内の場内アナウンスでときおり声が裏返ってしまったほどだという。雨予報だったが日が差し夏を思い出させるほどの陽気の九州場所初日。注目の新十両朝弁慶、部屋関係者の陽気を一気に揚げる関取として初白星。

平成27年11月6日
取組編成会議。明後日8日の初日新十両朝弁慶は、友綱部屋旭日松との対戦。土俵上に呼び上げるのは呼出し利樹之丞。裁く行司は木村朝之助。そして、NHK十両取組解説は若松親方と、高砂部屋勢揃い。朝赤龍は、幕内最初の取組で貴の岩戦。大砂嵐ー稀勢の里、照ノ富士ー逸ノ城、日馬富士ー妙義龍、栃ノ心ー白鵬、鶴竜ー嘉風。

平成27年11月4日
九州場所で初の三段目昇進なる朝山端、持ち前のパワーを武器に突っ張りの稽古に励む毎日。うまくはまれば兄弟子をもふっ飛ばすパワーを発揮するが、負けるときも豪快さが出る。今日の稽古、押し出された勢い余って稽古場の窓に激突。“バーン!!” “ザーッ”という音と共に窓ガラスが砕け、背中からタラタラと出血。幸い傷は浅く、すぐ病院で細かい破片を摘出してもらい大事に至らずに済んだが、プロレスラー大仁田厚を彷彿させるような、相撲の稽古場では珍しい光景だった。あす、場所前恒例の激励会

平成27年11月3日
朝弁慶、出来あがってきた締込を締めて稽古場に下りる。締込は、厚地の絹の繻子織で幅は80cm近く。それを6つ折り(3つ折りにして2つ折り)にして締める。厚地なので、折ったばかりはまだ折り目が定まらず、締めて体に馴染むのに時間がかかる。初日に向け少しでも体に慣らしていかなければならない。新調の締込で四股やスリ足をすると、キュッキュキュッキュと絹擦れ(衣擦れ?)の音がする。湘南の海をイメージした濃紺の締込。

平成27年11月2日
関取になって1週間の朝弁慶。はじめの2,3日は個室(真ん中をカーテンで仕切った朝赤龍との2人部屋だが)が落ち着かないらしく、ちょくちょく大部屋(本堂)に顔をみせていたが、個室暮らしにも慣れてきたようで、大部屋にもあまり来なくなった。化粧回し等の他にも身の回りのもので揃えるのが多く、付人(朝興貴、朝金井)を食事に連れて行ったりと、出費も多くなる。それなのに給料が出るのはまだまだ先のことのようで、経済的状況はまだ幕下時分とさほど変わらない模様。

平成27年11月1日
先発隊で福岡入りしたときは、晴れ間がつづきTシャツでも汗ばむほどの陽気であったのに、あれから2週間、すっかり寒空となり今日から11月。おまけに雨。初日までちょうど1週間だが、新弟子に胃腸炎が多発し、いささか寂しい稽古場風景。朝弁慶、着物に締込み、明け荷と化粧まわしと届き、本場所へ向けての準備はおおよそ整った。初日に向け体調を整え、白星を重ねることが諸々贈ってくれた方々への恩返しになる。

平成27年10月29日
大変遅くなりました。朝弁慶の四股名が東十両9枚目に黒々と輝いています11月場所新番付、5780500番目と5781000番目のお客様にプレゼントいたします。送り先を書いてメールください。 新十両朝弁慶特集の高砂部屋便り52号も同封します。朝赤龍、前頭16枚目に残る。朝山端、三段目52枚目と大きく弾みをつけての新三段目昇進。11月場所高砂部屋力士の新番付です。

平成27年10月20日
九州場所前恒例の高砂部屋全力士激励パーティーのご案内です。昨年までは仕着せの着流し姿だった朝弁慶、今年は羽織袴姿で皆様の前に登場します。晴れ姿を見にお越しください.。抽選会や大子錦特製ちゃんこもあります。

平成27年10月17日
先発隊7人(大子錦、朝乃丈、朝興貴、朝金井、朝山端、朝達家、松田マネージャー)福岡唐人町成道寺入り。お寺さんの本堂にゴザを敷きカーテンを張って、とりあえずは寝られるようにセッティング。おなじみゴーヤマン(11月2日)も登場して一緒にゴザ張り。福岡初上陸の朝山端、「空気が清々しいっすね〜」と、気に入った様子。作業を終え、晩飯は一年ぶりの藁巣坊。(11月19日)絶品餃子に普段は食が細い朝達家もがっついている。あすトラック2台で大牟田から家財道具一式の引っ越し作業。先発隊にとっては、今日から1か月半に及ぶ九州場所の始まり。

平成27年10月12日
高知合宿最終日。今日も地元の中学生が稽古に参加。中学生とはいっても相撲歴は長く体格もいいので、相撲歴半年の朝達家などでは、ふっとばされてしまう。この悔しさを糧に1年後には勝てるようプロとして頑張っていかなければならない。お世話になった合宿所を大掃除して、荷物を福岡や東京に送り、あす朝の飛行機で帰京。17日土曜日に九州場所先発隊が出発し、早一年納めの九州場所を迎える。10月26日(月)が九州場所番付発表。

平成27年10月11日
昨日10日は、午後から香美市土佐山田町の八王子宮で地元の小中高生約70人と稽古会。立派な山門をくぐると広場になっていて広場中央に四本柱の屋根つき土俵が建っている。昭和30年頃巡業も行なわれたそうで、秋祭りには奉納相撲も行なわれているという。参加の子供たちにはマワシを締めるのが初めての子供もいて相撲健康体操で基本の形を学んだあとに、朝興貴、朝乃丈、朝金井に向かってぶつかり稽古。稽古終了後、ソップ炊きちゃんこが振る舞われ、八王子宮にもこんなに人が集まったのは久しぶりというほどの賑わいだった。

平成27年10月9日
昨日にひきつづき夕方5時から相撲健康体操教室。きのう参加した子供は、さっそく動きを覚えたようで、先取りして四つ身の型で「ヤァー」。去年参加した2歳前の子が1年たって今年も参加。去年は、体操中も土俵の中を走り回ってまとわりついていたが、今年は一緒に体操できるようになった。上がり座敷では、女子中学生2人も参加。制服姿で腰割りや四股を頑張る。ハンドボール部の中学3年生らしく、朝達家と同じ平成12年生まれ。学年は一つ違いだが、同年生まれで記念撮影。相撲健康体操も高知で徐々に広まりつつある。

平成27年10月8日
高知合宿初日。平日にもかかわらず見学者が多く、テレビや新聞等マスコミ各社も取材多数。 稽古終了後10時半から高知市役所による歓迎セレモニー。高知市からカツオと地元のお酒が贈呈され親方から謝辞。夕方5時からは小中学生対象の相撲健康体操教室。朝興貴、朝金井、朝達家が先生になり、小学校低学年の子供たちに指導。男の子は裸足で土俵に入り、女の子やお母さんたちは上がり座敷の床の上で四股踏んだり、「ヤァー」と元気よく仕切りの型。あすも5時から行ないます。元祖スー女にしてすもうライターのどす恋花子が、中日新聞プラスで「新十両昇進は、かくも嬉しき みな笑顔」と、朝弁慶十両昇進の話を紹介しています。

平成27年10月7日
入門間もない頃の朝弁慶は、おとなしすぎて危ぶまれていた(5月14日)もよう。そんな第一印象を覆して部屋での生活に慣れていくが、初めて番付に名前が載った5月場所では初日に白星を飾るも勝ち負けをくり返しつつ3勝3敗となり、最後の一番で負越してしまう。部屋に戻ってきて、涙した(5月26日)。8年前、まだ朝酒井の四股名で18歳の春のこと。今日から高知合宿へ出発。稽古は明日から12日まで高知市営運動場相撲場にて。

平成27年10月3日
朝弁慶が入門したのは平成19年3月場所。横綱朝青龍が一人横綱として優勝20回を数え、まだまだ勢いのあった頃。ただこの場所千秋楽で皇牙が引退を表明。関取は横綱朝青龍と朝赤龍の二人だけになってしまった。高砂部屋所属の33代目木村庄之助最後の場所でもあった。新弟子の朝酒井は188cm155kgで新弟子検査合格。前相撲は2勝2敗で2番出世。一人だけの入門で、すぐ上の兄弟子も2年上と、かなり心細い新弟子生活だったはず。

平成27年10月1日
昨日9月30日水曜日、番付編成会議が行なわれ朝弁慶,の新十両昇進が決定。今朝5時半のNHKニュースでも紹介されていたが、神奈川県としては平成5年3月場所の朝乃翔以来22年ぶりの新十両。高砂部屋としては、平成18年5月場所の皇牙以来9年ぶり。昨日午前10時より行なわれた師匠と朝弁慶が並んでの喜び溢れる記者会見の模様も結構な時間放映された。新十両が一人しかいなかったこともあり、大勢の報道陣が詰めかけ、これも久しく見なかった懐かしい光景。若い力士達も晴れの会見を報道陣の後方から見守り、胸に期するもののあったろう。

平成27年9月23日
朝弁慶5勝目!!今日も迷いなく重戦車相撲で一気に出ての5勝目。新十両昇進が確定的となった。お相撲さんらしく、気は優しくて力持ちを地でいく朝弁慶、全国にファンは多く、早速マワシや幟、羽織袴などなど贈りたいとの申し出も相次ぎ、喜びが広がっていく。正式には、場所後の水曜日9月30日の番付編成会議で決定となり発表される。記者会見の準備も久しぶりのこと。序二段朝森本が5人目の勝ち越し決定。

平成27年9月22日
どこの世界でもいえることだろうが、無心になるのは本当にむずかしい。「なにも考えずに」と口で言うのは易しいが、「勝ちたい」と思うし、相撲を取りながらも「引いたら落ちそう」とか「出てくれ」とか「勝った」とか、邪心、雑念が起きてくる。そういうときは、心と体が離れてしまい、すぐ転ぶ。相手に力が伝わらない。無心で相撲が取れると、心と体が一致し、体が勝手に反応し、判断し、最適に動いてくれる。朝乃丈、5戦勝ちっぱなし。朝興貴勝ち越しで幕下復帰確定的。

平成27年9月21日
朝弁慶、勝ち越し!!引かれたり腰が入りそうになったりしたが、最近無心で取れているという通り体の反応が良く、残して相手を押し出した。取組後、大勢の記者に囲まれたそうで、こちらの方が頭がまっ白になったという。取組が終わると同時に大阪の知人からお祝いの電話。朝弁慶を入門当時から知る人にとっては感無量な一番となった。まだ十両昇進が決定したわけではないが、大きく近づいたのは間違いない。残りの2番も無心で、この勢いのまま大きく飛躍したい。朝山端も勝ち越し。こちらも入門半年での新三段目が期待される。

平成27年9月20日
元財務大臣塩川正十郎氏が亡くなられた。”塩爺”の愛称で親しまれた塩川先生には師匠は現役時代からお世話になり、若松部屋を継承した時には大阪後援会会長として部屋を支えていただいた。部屋の看板も塩川先生の書によるもので、稽古場を見守る神棚の横にも塩川先生書の「心技体」が掲額されている。お元気な頃は部屋のパーティーにも必ず顔を出して頂き軽妙で心温まるごスピーチをされたことも懐かしい思い出。心よりご冥福をお祈りいたします。朝乃丈、4連勝勝ちっぱなしでの今場所勝ち越し第一号。

平成27年9月19日
9月27日(日)に行なわれます高砂部屋千秋楽打上パーティーのご案内です。高砂部屋特製ちゃんこが食べられます。高砂部屋グッズ等が当たる抽選会もあります。皆様の参加お待ちしています。幕下朝弁慶、三段目朝興貴、序二段朝森本3勝目。

平成27年9月18日
三段目は100枚あり東西200人の力士が名を連ね、同じ三段目でも幕下に近い上位と序二段に近い下位では力の差がある。最高位が三段目11枚目の朝乃丈、今場所は74枚目と番付を下位に落としての場所。最近の成績を見ても三段目30〜40枚目位の地力はついているようで、この位置では3連勝と勝越しまであと一番。今場所は、相撲が長引いても、引かず、あきらめず、粘り強く相撲を取っている。いいかげんだけど真面目さもある朝乃丈、真面目さが相撲に出れば幕下も近い。

平成27年9月17日
ちゃんこ長大子錦の得意技は“死んだふり”。もちろんそんな技が決まり手にあるはずもないが、知る人ぞ知る必殺技(?)である。今日の相手は入門一年半の浅香山部屋ソップ型力士。立ち上がって動かれ二本差され寄られる。ここで、もうあきらめたかのような素振りをみせる。すると、双差しになり必死に寄っていた相手は思わず、「勝った」と喜んでしまう。俵に足がかかったところで、抱え込んだ相手を大きな腹に乗せ右に振ると、相手は思わず足を出してしまった。そのあと自分もこけてしまったが・・・。決まり手は“うっちゃり”なれど、まさに“死んだふり”での2勝目。

平成27年9月16日
懸賞金の提供元は1本6万円だったが、消費税率増加に伴い昨年5月場所から6万2千円になった。最低15本からの受付となる。詳細は日本相撲協会HP懸賞についてにあるように、協会が手数料として5300円とり、勝ち力士に残り56700円が渡される。その内の26700円は税金対策用に本人名義で協会が預かり、土俵上で渡される袋の中身は3万円。今日の朝赤龍の取組、東京バス、もち吉の他にブルーベリーアイからも3本付いて合計5本。合わせて15万円の懸賞金獲得。

平成27年9月15日
懸賞がかかるのは幕内取組のみ。同じ関取でも十枚目の取組には懸賞はかからない。今場所17場所ぶりの幕内復帰となった朝赤龍、今日の取組にも“あられ・お煎餅の もち吉”と”がんばりバス!!東京バス”の2本の懸賞。『もち吉』は、もち吉煎餅が有名な福岡県直方市の会社。『東京バス』は、師匠が現役時代からお世話になっている大阪バスグループの会社で、朝赤龍の取組に15日間懸賞をかけてくれている。

平成27年9月14日
相撲規則『力士規定』第3条に「十枚目以上の力士は、出場に際して大銀杏に結髪しなければならない」とある。幕下力士も十枚目(十両)と対戦する時には大銀杏を結う。昨日の初日白星発進の西幕下筆頭朝弁慶、今日2日目は十両の土俵で錦木との対戦。生まれて初めて大銀杏を結った記念すべき日となったが、土俵際で逆転され大銀杏での初白星ならず。今場所は、あと2〜3番大銀杏を結う機会も出てくるであろう。

平成27年9月11日
体のクセをとるためには表面の筋肉をゆるめなければならない。肩や腕、腹筋、背筋、太ももや足首、などなど。表面の筋肉をゆるめて四股を踏むと、軸や丹田がしっかりしてくる、体の重みがでてくる。取組編成会議。あさっての初日、朝弁慶は東龍との対戦、幕内朝赤龍は英乃海。照ノ富士に碧山、鶴竜に栃ノ心、結びが白鵬に隠岐の海。“秋場所や稽古の甲斐をかくも見せ”(久保田万太郎)。

平成27年9月10日
四股の目的や効用はいろいろあるが、体のクセをとることこそが四股なのだと思う。肩や腰、首などの力み、腰の浮き、アゴ、さまざまなクセをとり、骨と筋肉が重力に逆らわずスッとした姿勢をとれるようになるために踏むのだと思う。クセが少なくなればなるほど全身が働き大きな力や鋭い技になる。怪我をしなくなる。相撲に個性が生まれる。

平成27年9月9日
四股は、腰を割った構えから脚を上げ下げするだけの単純な運動だが、単純なだけに個性が出る。股関節研究の第一人者白木仁筑波大学教授も、はじめ四股を研究しようとしたが、あまりに個人差が激しいので腰割りの研究からはじめることにした、と語っていた。四股を踏む時にも、腰が引けてしまう、前傾してしまう、肩に力が入ってしまう、腰が浮いてしまう、足幅がせまくなってしまう、脇が開いてしまう、重心が後ろに逃げてしまう ・・・。それぞれに、個性というか、相撲と同じクセがでてしまう。

平成27年9月8日
今年3月場所入門の新弟子3人(朝山端、朝森本、朝達家)は入門半年経ち相撲教習所も無事卒業して部屋での稽古も本格的になってきた。半年経つと、相撲っぷりにもそれぞれ個性が出てくる。押したほうが力が出るタイプ、マワシを取ったほうがいいタイプ、動きの中に勝機を見出すタイプ・・・。相撲の中での動きのクセも出てくる。腰が引けてしまう、脇が開いてしまう、目をつぶってしまう、足がそろってしまう、腰が浮いてしまう、頭を下げすぎてしまう、アゴがあがってしまう・・・。同じような クセが四股のときにもあらわれる。

平成27年9月7日
角川書店から『どすこいダイアリー』が発売されている。著者は、相撲とネコ好きが高じて4コママンガ「すもうねこ」を書いた「はすまる」さん。現在も普通にOLとして働きながらとのことで、国技館や部屋の朝稽古、相撲教習所、チケット購入などなど、現場での取材ルポが、しろうと目線で描かれ新鮮におもしろい。“裏方さんコラム”には、高砂部屋行司木村朝之助と呼出し利樹之丞が登場。美少年チックに描かれている利樹之丞に対し、腹の肉をつまむ姿の朝之介は、「どうも扱いがちがうんですよね〜」と、ちょっと北向き(すねる)加減。隣にいた朝弁慶も、朝之介の反応に笑いながら、「おもしろかったっす」との弁。相撲のおもしろさが広がります。

平成27年9月6日
当時の高砂部屋近く本所緑町に妻子と構える借家で、まっ黒なクマの子のような犬を抱きながらのインタビューだったというから、他の幕下三段目力士よりは恵まれた生活といえるだろう。それでも、一時は三役目前まで行った身としては現在の境遇に対する鬱屈があったろう。北海にとって、相撲がプロスポーツというよりも、生きる糧としての稼業そのものだったことが伝わってくる。9月10日(木)午後4時50分からの番組『シブ5時』で「大相撲中継の楽しみ方」という特集をやるそうで、「呼出しの仕事」で利樹之丞が出演します。乞うご期待。

平成27年9月4日
明治40年頃の公務員初任給が14円ほどだったようで、北海の給金は現在でいうと40万円くらいになるのか。すでに妻子がいたようだから年2場所80万円ではやっていけない。別の新聞には、「細君に五色揚げにしめの一文店を出させ、・・・」とある。巡業に出ないときは、「夜相撲」で糊口をしのいでいたのであろう。国技館開館直前とあるから明治42年の5月か6月頃、「やまと新聞」に『北海の懐旧』という記事が掲載されたという。記者は、「純然たる津軽弁なので、わからないことおびただしい」と記しつつ北海談話を掲載している。22歳で入門して、32〜3歳の頃が一番強かったこと。給料は半分しかもらわない(半分は師匠に払うのだろう)が仕方なしにやっている・・・短いインタビュー中で「相撲っちゅう稼業は情けねぇもんだ」と3度もくり返している。「16になった息子は大丸呉服店に小僧にやっておきやす」とつづき、「いやまったくどう考えてもつまらねえもんです」と、最後まで無気力に語っている。

平成27年9月3日
明治42年1月の東京朝日新聞には、「・・・一番9円の相撲常陸山、梅ケ谷さえ総金を日割にすると1日金7円内外なるに、一番9円の相撲はだれかと聞けば、昔は高砂部屋四天王の一人たりし北海老骨にて、十日間に3番しか取らぬくらいなるに、給金は27円の高給なれば、一日9円に当たる。それゆえ私は死ぬまで取るといい居るよし」と紹介されている。当時は月給はなく、現在の褒賞金とよばれる持ち給金だけの支給で、幕下に落ちても給金の支給があったよう。一場所10日興行で幕下以下は5日間の出場だが、現在のように休みは負けにならなく、出世をあきらめた力士は2勝1敗や3連勝すると休んでしまったという。持ち給金27円の北海が3番しか取らないから、一番あたり9円。10日間取って90円の常陸山と同じだといっている。

平成27年9月2日
幕内上位で活躍した北海が幕下に落ちても相撲をとりつづけたことは、当時も関心をもたれていたようで、明治39年5月東京朝日新聞では、「・・・北海大太郎は、幕下格に落ちていく身分、早く年寄株をと思えども財無き身のいかんともすべからずとは、全く同人が剛直一方の人物とて、客に取り入ることの下手なるためなり」と同情し、かつての功績を讃え、立合いのきれいなことを讃え、「早く救済の途をつけてやるべし」と、結んでいる。明治末期の相撲界も、力士の給金だけでは年寄株を買えなく、タニマチに頼らざるをえなかった状況が浮かんでくる。

平成27年9月1日
平成元年に出版された『青森県郷土力士物語』(今靖行著・北の街社)に、「夜相撲」の大関北海(8月19日日記)の話がでていた。青森県平賀町の出身で明治16年高砂部屋に入門、165cm88kgの小兵ながら右四つからの腰投げを武器に29年には前頭筆頭まですすんだ。その後、36年5月40歳で十両に陥落、39年5月幕下に陥落とあるから、綾川が入門した明治38年は何とか十両にとどまっていたよう。43年1月47歳で廃業とある。廃業後、正直さを買われて協会の桟敷係に雇われるも、明治45年偽造入場券を作り売ったためクビになってしまった。昭和9年71歳まで長命した。稽古始め。8時半より土俵祭り。

平成27年8月31日
9月場所番付発表。朝赤龍、平成24年11月場所以来約2年半ぶりの幕内復帰。注目の朝弁慶は、思っていたより上がって西幕下筆頭。番付表でもすぐ隣は太字の十両で、何度か十両の関取との対戦も出てくるはずである。十両との対戦のときには、幕下も大銀杏を結うことになるから、それも楽しみ。序二段では、朝金井が5枚目、朝山端が14枚目と自己最高位を更新。ともに4勝すれば三段目昇進が可能な位置。高砂部屋全力士の新番付です。5728000番目と5729000番目のお客様、送り先を書いてメールください。9月場所新番付と高砂部屋便り50号をプレゼントいたします。


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