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現在親方3名・力士17名・行司2名・呼出し2名・床山1名・若者頭1名・マネージャー2名

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6600000番目のお客様はメールを下さい。高砂部屋チャンコご招待&粗品を進呈致します。
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今日の高砂部屋
平成30年8月20日
土俵はできたものの、砂がない。隅田川の底をあさろうか?浦安まで行っては?いろいろ意見はでるが、海砂は使えない。さぁ困ったと頭を抱えていると、呼出し松之助が「あったぜ!あったぜ!」と興奮して飛び込んできた。お隣回向院の大金庫の焼けた下に大量の砂をみつけた。大喜びで運び込んだ。砂が解決したと思ったら、今度は塩がない。塩は戦時下で厳しく制限されていたらしく、まず入手できない。そこで呼出し小鉄は、オガクズで代用してもらうことを藤島理事長に納得させ、昭和20年6月7日初日開催にこぎつけた。

平成30年8月17日
荻窪へ疎開していた呼出し小鉄が両国へ来てみると、多賀之丞(高砂部屋)等6人の呼出しが集まっていた。しばらくして小田原にいた太郎、厚木にいた寛吉とも連絡が取れ、土俵づくりがはじまった。幸い古い土俵は残っていたが、天井が穴だらけだから、雨を考慮して土俵を行司溜り側に移動した。土はあるが、俵がない。手分けして農村に出かけ、サツマイモを入れていた古俵と縄をもらい、焼けた土や小石、レンガ屑を包んで縛る。縄が足りないから、7か所縛るところを4か所か5か所にした。縄を着るナイフがないので、近所の焼けあとの台所からさびた包丁を掘り出して使った。

平成30年8月16日
軍部はもともと本場所開催を容認していたから、管轄の警視庁から許しを得て明神宮外苑相撲場で開催することになった。5月23日初日の予定が宮様の葬儀が入り25日に延期になったところへまた空襲。すべてが焼かれ相撲を取る場所を失った。さぁどうする?そこで、再び国技館案が浮上した。昭和19年2月から軍に接収され風船爆弾工場となっていた国技館だが、空襲で爆撃を受け穴だらけになり軍にも不要なものとなっていた。「6月7日から国技館で夏場所開催!」関係者へ通達が飛んだ(電報?)。まずは、土俵をつくらなければならない。各地に散らばっていた呼出しに召集がかかった。

平成30年8月15日
戦時下の大相撲については、元力士で相撲・演芸評論家として著書も多い小島貞二氏の『本日晴天興行なり』(読売新聞社)に詳しい。昭和20年に入り空襲が激しさを増し、部屋は焼かれ力士達は勤労奉仕のため各部屋や一門毎に全国各地に散らばっていた。東京の協会には元横綱常ノ花の藤島理事長を筆頭に元阿久津川の佐渡ケ嶽理事、元出羽ノ花の武蔵川理事等、役員が少人数残るのみ。賛否両論あったものの、「東京が焼け野原になったこういう時期でも本場所が行われているという気概を内外に示さなければならない」と藤島理事長が主張して開催することとなった。

平成30年8月14日
あす8月15日は終戦記念日。73年前の今頃、日本中が焦土と化したが、相撲界も大きな危機的状況にあった。国技館が軍に接収され、東京大空襲で焼かれ、各部屋も焼かれ、すべてが灰塵となった。しかし、そんな状況下の昭和20年6月、天井に大きな穴がいくつも空いた国技館で非公開ながら7日間の本場所を開催していた。

平成30年8月9日
先場所膝の怪我で途中休場した村田、痛めた膝の靭帯を手術。先週無事に退院でき部屋にもどってきた。まだ装具をつけ松葉杖での歩行だが、復帰へ向け歩みだしている。同じ東洋大学卒の寺沢は椎間板ヘルニアの手術を無事終え、リハビリしながら相撲教習所通いの毎日。朝弁慶も膝の手術を終えリハビリ中。怪我はつらく苦しいが、普段意識しづらい自分の心身と向き合うチャンス。くさらず、あせらず、うけいれ、深く感じ、真摯に向き合えば、自分をより高めてくれる。

平成30年7月31日
29日(日)に残り番の力士全員帰京。巡業組(朝乃山、朝心誠、~山、朝天舞)は28日(土)に約一カ月の巡業に出発。今日31日は福井県勝山市で、あすの小松を経て、8月2日(木)は富山県魚津市での巡業。名古屋場所11勝4敗で敢闘賞の朝乃山にとっては凱旋巡業となる。その後、北陸、東北、北海道をまわって25日(土)埼玉県春日部市より帰京、26日(日)KITTE場所を行い8月27日(月)が9月場所番付発表。今年の平塚合宿は8月24日(木)〜26日(日)までです。

平成30年7月22日
異常な暑さと波乱と世代交代とが織り重なり動きだした名古屋場所の千秋楽。朝乃山は新入幕だった昨年9月場所に次ぐ敢闘賞受賞だが、有終の美を飾れず祝賀会会場に来ても今一つ晴れない表情。師匠の挨拶にもあったとおり、一番の重みが、これから先どんどん増してくる。朝乃山本人も痛感したからこそであろう。玉木5勝目、朝鬼神と朝虎牙、朝東が自己最高位で3勝目。負け越したものの来場所につながる一番。何はともあれ今晩から一週間が力士にとっての至福のとき。

平成30年7月19日
序二段24枚目朝心誠(あさしんじょう)、地元名古屋市名東区の出身。相撲経験はまったくなく体にもさほど恵まれないものの稽古熱心で2年足らずで三段目49枚目まで番付を上げた(今年1月場所)。さすがに家賃が高かったようで、一勝しか上げられず、その後も負越しつづきだったが、ご当所名古屋で半年ぶりの勝越し。2年前の場所中に亡くなったお父さんへもいい報告ができる。朝乃丈も勝越し。朝乃山3敗目を喫するも、御嶽海も敗れて2差変わらず。

平成30年7月16日
7月22日(日)栄の中日パレス(中日ビル5階会場)で行なわれます高砂部屋千秋楽祝賀会のご案内です。中日ビル建替えのため、同会場での開催は今年が最後になります。来年からは千種区覚王山通8丁目「ホテル ルブラ王山」(地下鉄東山線池下駅2番出口徒歩3分)での開催となります。朝乃山9日目での勝越し。朝の稽古場にも日に日に記者の数が増えてきた。稽古後の囲み取材も日に日に長くなっていく。

平成30年7月15日
東洋医学では、“気”を生命のエネルギーとか宇宙を満たしているものだという。空手道禅道会の西川道場主は、気はエネルギーだとし、心と体をつなぐのが“気”で、心が弱いからうまくいかないのではなく、気(エネルギー)が弱いから、心と体がつながらないのだという。四股・テッポウは、単なる準備運動や足腰を鍛えるためのトレーニングではなく、気(エネルギー)の流れを高め、心と体をより強くつなぐためのものなのであろう。だから、毎日、何百、何千とくり返さなければならない。気を入れて。朝乃山7勝目。朝大門、朝心誠3勝目。勝越しまであと一つ。

平成30年7月14日
相撲は「心技体」とよく言われるが、もともとは「心気体」とされていた。戦前に元阿久津川の佐渡ケ嶽理事が著した『相撲道教本』には、「正しい相撲道とは、修心・養気・齊体の三者を以て修練の要諦とし、相撲は心・気・體(体)一致の力によるもの」、とある。心気体が一致してこそいい技が生まれる。朝乃山、少し攻め込まれるも、左上手を引き反応よく右から突き落として6勝目。心気体そろった思い切りのいい技。

平成30年7月13日
元明徳義塾相撲部監督浜村敏之氏が、7月10日入院中だった地元高知の病院で亡くなられ、本日告別式が行なわれた。浜村氏は、現師匠と近畿大学相撲部の同級生で、明徳義塾相撲部の監督として、横綱朝青龍、大関琴奨菊、関脇朝赤龍、栃煌山等、数々の力士を育て相撲界に送り込んでくれた。ここ数年体調がすぐれないという話は聞いていたが、62歳でのご逝去はあまりにも早い。心よりご冥福をお祈りいたします。幕下西筆頭村田、昨日の取組で膝を怪我して今日から休場。

平成30年7月11日
中日新聞は名古屋場所共催だけに相撲の記事が連日満載。スポーツ面に『きょうの一番』と題したコラムがあるが、今日は呼出し邦夫特集! 呼び上げの美声はもちろん、呼び上げの長さが通常7秒ほどなのに12秒もある等、データに基づいた観察が細かくおもろい。呼出しの声にのせられて力士の気合や館内の雰囲気も高まっていく。ご当所玉木2連勝上げるも、朝乃山に土。

平成30年7月10日
邪気、無邪気、雰囲気、元気、気力、病は気から、・・・。気を使った言葉は日本語の中に無数にある。それだけ気を感じていたのだろうが、現代人にとっての気は非科学的な印象が否めないであろう。また、気遣いと心遣い、気配りと心配り等、似たような表現も多いから、心とも混同されやすい。ただ心は、誰もがその存在を認め、心理学や脳科学、神経科学等の科学的研究も盛んに行なわれている。メンタルトレーニングも一般的になっている。気と心は似て非なるもの。気合の入った相撲で朝乃山3連勝。朝天舞も2連勝。

平成30年7月9日
豪雨による被害が日に日に大きくなり誠に心痛ましい。亡くなられた方のご冥福をお祈りし、一日も早い復興を祈るばかりだが、相撲界としては真摯に相撲に取り組み、内容ある相撲をお見せすることが一番であろう。そのためにも、力士ひとり一人が、四股・テッポウを、力強く、丁寧に、くりかえしてほしい。四股はもともと大地の邪気を鎮めるためのものであり、土俵にまっすぐ立つテッポウ柱を突くことが天の気に通ずるように思う。満員御礼の2日目。玉木初日。朝乃山2連勝。

平成30年7月8日
久しぶりの青空がのぞいた名古屋場所初日。高砂部屋序二段全力士5人と、つづく三段目下位2人まで、番付下位力士全員が取組と珍しい割りだったが、朝阪神こけて4連敗、朝心誠が初白星を飾るも、その後もパッとせずに3勝7敗のスタート。あすの三段目、幕下連に期待したい。 朝弁慶と寺沢は、先場所後に手術を行ない現在リハビリ中で休場。大子錦も療養のため休場。本職のちゃんこに専念して力士達の食を支えている。

平成30年7月7日
茨城県潮来市の木村洋氏が7月1日に突然亡くなられ、本日潮来で告別式がおこなわれた。木村さんは、6代目のときから高砂部屋を応援してくれ、7代目になってからも変わらず部屋を物心両面から支えてくれた。膝に痛みを抱えているのに、いつも笑顔で、まるで隣町へ来るかのように肉や野菜やお米等を潮来からわざわざ部屋まで届けてくれた。先日の下妻大宝八幡の合宿にも元気に顔を出してくれたのに。潮来でも、ボランティアや地域の活動など、いつも人の世話をやきつづけていて、潮来市長はじめ多くの方が告別式に参列。享年74歳。心よりご冥福をお祈りいたします。

平成30年7月6日
本日の中日新聞夕刊、6〜7面の見開きでは、“突き進め 地元の星”と題して、中部(愛知、三重、静岡、長野、富山、石川)出身力士を写真入りで紹介。番付順に、御嶽海、輝、千代の国と大きく紹介され、その横に少し小さくなって遠藤と朝乃山、それに十両志摩ノ海と明瀬山、そして幕下上位として村田、玉木の写真も。その村田、名古屋場所からはマゲを結う予定と紹介されていた通り、昨日5日の高砂部屋激励会で、ちょん髷姿を初披露。

平成30年7月4日
今日の中日新聞夕刊の裏面中央は“呼出し利樹之丞特集”。TV番組欄の下、紙面中央の大相撲特集vol5〜大相撲仕事人インタビュー〜が今日は「呼出」で、利樹之丞へのインタビュー記事。多くの写真と共に、呼出しの仕事の紹介、小学校6年生の時に郷里の山形での巡業で呼出し寛吉さんの声と姿に衝撃を受け入門に至った話、ホームシックにかかり小錦さんに助けてもらった話、これからのこと、伝統継承のこと、・・・ 語っています。20歳の頃の写真も出てます。

平成30年7月1日
初日1週間前日曜日恒例の龍照院境内でのちゃんこと餅つきの会。以前は、町役場で「ちゃんこ教室」という形で地元の方々にちゃんこを振舞っていたが、平成19年から現在のように宿舎龍照院境内でおこなうようになった。炊き出し用の大鍋2つに、300人前以上のちゃんこをつくるので材料の野菜も箱単位。材料切りは地元の主婦連が手伝ってくれるが、かれこれ10年も泥ゴボウのささがき専門の方も。「ゴボウ専門で、60歳のときからやっとるわ〜」と、包丁さばきも鮮やかに年に一度のちゃんこ祭りを楽しんでいるよう。まことにありがたい。

平成30年6月29日
陸奥部屋霧馬山が3日前から出稽古に来ている。霧馬山(きりばやま)はモンゴル出身の22歳で、入門して3年と少し。先場所幕下で7戦全勝の優勝を飾り。今場所は幕下3枚目まで番付を上げてきたホープ中のホープ。その幕下優勝を決めた7戦目の相手が高砂部屋朝鬼神であった。決定戦を戦った朝鬼神はもちろん、朝興貴、玉木、村田r等の幕下勢との申し合いや朝乃山にも胸を借り、連日泥まみれになっている。

平成30年6月26日
名古屋場所稽古はじめ。新しくつくり直された土俵は、四股を踏んでいても実に気持ちがいい。土俵から、大地から、エネルギーを、気を、体に通してもらえる心地よさがある。7時からはじめた稽古の途中、土俵を上げ(砂を中央に集め御幣を立て)、午前8時半より木村朝之助による土俵祭り。土俵祭りの日は、稽古場の北側のお家の方が、お祝いにとお赤飯を届けてくれる。これも、何十年とつづいていることで、誠にありがたい。場所前恒例の7月5日(木)に行なわれます激励会のご案内です。

平成30年6月25日
名古屋場所番付発表。7勝8敗だった朝乃山は、一枚落ちて西前頭13枚目。十両朝弁慶は幕下4枚目で、村田が西の筆頭。玉木東9枚目、朝鬼神25枚目、朝興貴は51枚目。三段目では朝大門が4場所連続勝ち越しで東10枚目。4勝すれば幕下昇進が濃厚な位置。三場所連続勝越しの朝虎牙も46枚目まで上げてきた。高砂部屋全力士の新番付です。6504000番目と6505000番目のお客様、送り先を書いてメールください。7月名古屋場所新番付と高砂部屋便り84号をプレゼントいたします。

平成30年6月17日
先発隊名古屋入り。名古屋駅には例年のごとく鈴木さん(7月5日)が車で迎えに来てくれて、一年ぶり(いや3月大阪でも会ったが・・・)の賑やかな再会。蟹江龍照院の宿舎に着いて、苦労しながら古いプレハブのカギを開け、しまってある自転車を出し、荷物を出し、畳を敷いてバルサンを焚いてといつもの作業。1年ぶりの自転車はほとんど空気が抜けているので、お隣の寺西さんの倉庫のエアーコンプレッサーをお借りして空気入れ。これも30年近くつづいていること。

平成30年6月16日
翌日晴れるといいが、翌日も雨だと、その翌日にもう一度触れ太鼓を廻さなければならなかったという。開催は、3日間も延びてしまう。それゆえ、10日間の相撲が一カ月かかることもあった。時は明治となり近代化がすすみ、相撲も梅ヶ谷・常陸山という両豪の台頭で人気を博したが、あの小屋掛けではという声が大きく、国技館建設へと機運が高まっていった。あす名古屋へ先発隊出発のため、荷物出し。大きな段ボール40個余り、ちょっとした引っ越し並みの荷物がトラックで名古屋へ。先発隊は明日朝新幹線にて移動。

平成30年6月13日
屋根付きの相撲常設館が出来たのは、明治42年6月。それまでは回向院内相撲場での晴天10間興行だった。相馬基著『相撲五十年』にその情景が記されている。「相撲場の周囲は戸板で囲み、天井には丸太を組み。その上に天幕を張り渡した。場内は13尺の土俵を囲んで、いわゆる砂かぶりから、雛段が一段ずつ高く築かれ、・・・(中略)・・・途中で雨が降ると、天幕の間から雨だれが落ちてきた。そして見物人が雨よけに騒ぎだし、取組が不能になると、入れ掛け(中止)になって、お客に翌日通用する「丸札」を渡した、とある。

平成30年6月12日
巡業は、今でこそ体育館でしか行なわないが、昔は露天(野外)が多かった。露天興行で一番心配なのが雨。何とか持ちそうだと強行するが途中から雲行きが怪しくなり、ポツリ、ポツリ。 一応土俵の上は囲ってあるものの大雨が降ると、土俵も客席もたまったものではない。そういう場合、“逆どり”といって、通常結びの一番となる横綱から、大関、三役と逆順で取組を行ない、雨が激しくなったら打ち止め、ということもあった。実際新弟子の頃、夏巡業で茨城辺りだったか、一度経験したことがある。

平成30年6月10日
茨城県下妻市大宝八幡宮合宿稽古初日。あいにくの雨模様にもかかわらず土俵を取り囲む観客席は満席。ちゃんこ場で300人前のちゃんこをつくる大子錦の補佐として力を発揮してくれるのが、"大宝のきみまろ"こと清ちゃん(6月9日)。毎年仲間数人でお手伝いしてくれていたが、みなさん体調を崩されたりして年々減っていき、今年は清ちゃんひとり。と、思ったら若手主婦連がお手伝いに来てくれ材料切りも短時間で完了。みなさんの協力で、それほど手を動かさなくてよくなった清ちゃん、口の動きはますます滑らかになって、ちゃんこ場は以前にも増す賑わい。

平成30年6月9日
第8回わんぱく相撲下妻場所。近隣の小学1年生から6年生まで60名ほどが集まり、個人戦と学校対抗の団体戦を行なう。4年生以上の4位までの選手は県予選へ出場して、8月に国技館で行われる全国大会を目指す。土俵際でくるくるもつれ合う攻防や水入りの大相撲もあり、捌く行司木村悟志は「本場所よりつかれます」との談。朝ノ島、朝虎牙がわんぱく相撲助っ人で大子錦がちゃんこ作りで先発隊として参加。午後3時半全員のりこみ先代宮司のお墓参り。夜、えびすやにて歓迎会。あす明後日7時半より稽古。

平成30年6月6日
今日から関東地方も梅雨入り。アジサイはしとしととした雨に映えるが、お相撲さんにとってはつらい季節。汗がしみこんだマワシが乾かずに固くなりすぎて締め心地が最悪になる。稽古マワシは、雲斎木綿(帆布)と呼ばれる厚地の木綿製なので、湿気を含むとガチガチに硬くなってしまう。天日干しをすると元の柔らかさを取り戻すが、梅雨時は干せないのがつらい。雨の季節、高下駄に番傘を差したお相撲さんの姿はアジサイに負けず雨に映える。ただし番傘を差せるのは幕下以上だが。

平成30年6月3日
今日で1週間の場所休みも終わるので勝越して実家に帰っていた力士も戻り、ガランとしていた大部屋がいつものにぎわいに戻っている。明日から再開される稽古にそなえ、土俵に浮いた砂を掃き取り、水を撒いてと稽古場にも日常がもどってきた。6月は巡業がないのだが、来週10日(日)11日(月)と下妻大宝八幡宮合宿のため土曜日から茨城に出発し、翌週17日の日曜日には名古屋場所先発隊が出発と慌ただしい。

平成30年5月28日
昨日千秋楽。残念なことに朝乃山の勝越しならず。10日目安美錦戦で足を痛め、後半戦の土俵にひびいた模様。朝弁慶、13日目の相撲で、場所前から調子の悪かった膝を悪化させ14日目から休場。今場所序ノ口デビューだった寺沢(腰の怪我で途中休場)ともども、焦らず怪我を治して再起を図りたい。幕下村田が昇進の可能性もわずかに残す6勝目。朝大門、4場所連続の勝越しを5勝で締め、幕下へ大きく近づいた(来場所は三段目10枚目台?)。打上げは、いつもの両国KFCホールアネックス。大勢のお客さまで賑わった。

平成30年5月24日
近大相撲部卒で三重県伊勢市出身の玉木、お父さんも近大相撲部であった。お父さんの影響で小学生のころから相撲をはじめ、地元の中学を卒業後、大阪の近大付属高校、近畿大学と相撲部で活躍した。師匠や若松親方の影響はもちろんだが、2年前に亡くなった世話人の總登さんとお父さんが仲が良く、高砂部屋入門に至った。子どもの頃から世話になった總登さんに早く化粧回し姿をみせたいところだが、今日の勝越しならず。~山、朝乃丈も3勝3敗。朝乃山、7勝目。残り3日間、幕下以下は残り一番。

平成30年5月23日
幕下57枚目の朝鬼神、今日も勝って6連勝。学生時代は剣道部で、その後ボディビルダーとして大阪のトレーニングジムでトレーナーをやっていた。ジムはコノミヤ鴫野店の近くにあり、コノミヤの芋縄社長(おかみさんの実弟)に見染められ、社長の熱心なスカウトに口説かれての入門。相撲はまったくの素人だったが、入門3年と少しでのこの躍進は特筆すべきものがある。あさって13日目に7連勝そして幕下優勝をかけた一番に臨む。序ノ口朝東、入門後初の勝越し。幕下7枚目村田5勝目。三段目朝天舞も勝越し。

平成30年5月22日
埼玉県羽生市出身の朝大門(だいもん)、高校まで柔道や空手をやっていたが相撲経験はなかった。卒業後に就職した警備会社で高砂部屋OBが働いていた縁で部屋のもちつきに誘われ入門に至った。いわば脱サラ力士。器用な方ではないが、力が強く、性格的に調子に乗りやすいタイプで自己最高位の今場所も早くも10日目での勝越し。これで4場所連続勝越しとなり、幕下も近づいてきた。残り2番。幕下7枚目村田と、序二段25枚目朝乃土佐勝越し。

平成30年5月20日
朝弁慶、うれしい初日。場所前から古傷の膝の調子が今一つで苦しい土俵がつづいていたが中日8日目にしての初白星。体の不調はすぐには良くならないが、昔から、白星が何よりの薬という通り不調をのりこえる力が湧いてくることであろう。幕下朝鬼神、4連勝での幕下初勝越し。序二段朝ノ島にも初日。

平成30年5月19日
幕下12枚目の玉木、今日の相手は荒汐部屋若隆元で、昨日対戦した若元春の実兄。若元春とは同学年で高校相撲でしのぎを削った仲。三兄弟共に力士で、一番下の弟が今場所新十両の若隆景。その若隆景は、東洋大学で村田の同級生と高砂部屋とも縁がからみあっている。小学校から同じ相撲道場で稽古してきた玉木、村田共に3勝目を上げ、後半戦の土俵へ弾みをつける白星。朝大門も自己最高位で3勝目。寺沢、腰の怪我のため今日から休場。

平成30年5月18日
幕下朝鬼神、今日の相手は幕下上位経験もある実力者。その実力者相手に臆せず、回転のいい突っ張りをくりだして3連勝。持ち前のパワーに回転が加われば鬼に金棒。1月場所の初幕下のときは2勝しかできなかったので、すでに1月場所の白星を上回り、地力をつけたことを示している。勝越しまであと一つ。玉木は3連勝ならず。朝乃山4勝目。

平成30年5月17日
幕下7枚目の村田、三重県志摩市の出身で地元の道場で相撲をはじめ、高校は相撲どころの石川県に行き、金沢市立工業高校から東洋大学へとすすんだ。金沢での高校時代、同学年でしのぎを削ったのが金沢東高校の中村選手。その中村選手が今日の対戦相手の炎鵬。同じく昨年3月場所に入門して、今年初場所での対戦では村田が敗れ、関取昇進と先を越されたが、今日の対戦では雪辱を果たした。これからお互い番付を上げていって対戦をくりかえしていくことであろう。

平成30年5月15日
5月27日(日)千秋楽恒例の高砂部屋千秋楽祝賀会のご案内です。朝乃山、今日も攻める相撲で3連勝。その朝乃山と場所前いい稽古を行っていた幕下玉木、稽古場通りの力を発揮しての2連勝。三段目朝大門、序二段朝童子も2連勝。

平成30年5月14日
幕下に上がると博多帯を締めることが出来る。高砂部屋では師匠の方針で2場所目から許される。幕下2場所目の朝鬼神、場所前におかみさんからプレゼントされた帯を締めての場所入り。得意のパワー溢れる突っ張りがさく裂しての白星スタート。幕下に上がると、外套やマフラー等も許され普段の装いは関取衆と変わらなくなる。また、ちゃんこ番からも解放される。仲間内では一人前とみなされる所以。朝弁慶、重戦車相撲で貴ノ岩を攻め込むも白星ならず。朝乃山、前に攻め右差して会心の2連勝。2日目後半戦場内アナウンスは高砂部屋幕下格行司木村悟志。

平成30年5月13日
序ノ口寺沢から朝東、序二段朝童子と三連勝の好スタートだったが、朝ノ島がつまずいたあと5連敗と、今日の天候と同じに湿りがち。最後は朝乃山が快勝して締めてくれたが。解説の北の富士さんが話していたように、昔は雨の日は高下駄に蛇の目の傘で場所入りという姿が定番だったが、最近は雨の日でも雪駄のままの力士のほうが増えた。蛇の目の傘を差せるのは幕下から。高砂部屋十両格行司木村朝之助が初日後半戦の場内アナウンス。

平成30年5月12日
初日をあすに控え、関取二人は締め込み姿で稽古場へ。明日からの本場所に備え、体に締め込みを馴染ませるため。およそ一年半ぶりの関取復帰の朝弁慶、一年半前よりも体が絞られ、締め込みの後ろがずい分あまっている。稽古後、長くなった分を切ってもらい、切り口がほつれないようミシンをかけ直して久しぶりの十両での土俵に臨む。呼び上げる呼出しは邦夫。これも久しぶりのこと。午前10時半過ぎ、土俵祭りを終えた触れ太鼓が、稽古場であすの取組を呼び上げる。

平成30年5月11日
取組編成会議。横綱稀勢の里と大関高安が休場と寂しい割り(取組)となったが、朝乃山の初日は石浦、再十両朝弁慶は矢後との対戦。幕下は、十両土俵入りの前に玉木が登場して湘南乃海と、上位五番の2番目に村田が錦戸部屋極心道との対戦。取組開始は8時30分。序ノ口で寺沢、朝東が出場。その後序二段朝童子、朝ノ島、朝乃土佐、朝心誠、三段目で朝乃丈、朝虎牙、朝天舞とつづく。朝乃土佐は入門してすぐの平成12年7月場所以来となる序二段での取組。大子錦が休場。十両土俵入りは2時5分、幕内土俵入りは3時30分の予定。

平成30年5月6日
昨日5月5日は、地元の後援会である本所高砂会の総会と懇親会。若松部屋時代から部屋を応援してくれる地元の会で、今年で25〜26年にもなる。食卓を囲み、高砂部屋グッズの当たるジャンケン大会や撮影会、カラオケと、懇親を深めた。朝弁慶の十両復帰を祝い、最近ではめったに聞く機会がなくなった朝乃山の歌を聴き、最後は師匠とおかみさんのデュエットで和気あいあいのうちにお開き。歌といえば、今日の愛知県稲沢市からのNHKのど自慢に元朝闘士(朝小畑)が予選を勝ち抜いて出演していた(鐘ふたつ)。

平成30年5月3日
明徳義塾相撲部が合宿に来て、昨日と今日の稽古に参加。高校相撲でも上位の常連校だけに、序ノ口で3勝4敗の朝東は後輩たちに分が悪いが、何番かはめをだしてプロとしての意地をみせることができた。10月に予定されている高知合宿までには、互角に戦える地力をつけたい。3年間指導した監督は、「顔が明るくなった」と、元気そうな朝東の様子に安心の笑顔。毎年恒例、湘南高砂部屋後援会の稽古見学日。

平成30年5月1日
土俵祭りで稽古はじめ。朝弁慶、昨日(番付発表の日)から晴れて関取身分に戻り、稽古場でも白マワシ。白マワシが二人いると、稽古場が華やいでみえる。巡業の稽古で三段目力士をまわした(勝ち抜いた(二人だけらしいが・・・))と豪語している朝童子、久しぶりの部屋での序二段申し合い稽古(勝ち抜き稽古)。序二段相手にそんなに回せなかったが、横への動きが素早くなり、元三段目の朝心誠にもめをだしていた。朝乃山は玉木、村田と三番稽古。足の具合もさほど心配なさそう。

平成30年4月30日
5月場所新番付発表。朝乃山、一枚上がって西前頭12枚目。朝弁慶は、一昨年9月場所以来の十両で、西12枚目。幕下、村田7枚目で玉木12枚目。朝鬼神、一場所での幕下復帰。三段目で三場所連続勝越し中の朝大門、自己最高位を大きく更新して33枚目。朝虎牙も自己最高位の62枚目。朝心誠は、まさかの序二段落ちで、西の筆頭。番付の上げ下げには常に運不運がある。運を味方につけ不運を乗り越えるのも実力のうち。あすから稽古はじめ。3日は、一般公開の横審総見稽古、国技館土俵にて。6473500番目と、6474000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。新番付と高砂部屋便り82号(朝弁慶特集)をプレゼントいたします。

平成30年4月23日
三段目に上がって雪駄を履けるようになるのが最初の目標であり喜びでもあるが、幕下に上がるとさらに身につけられるものが増える。幕下になると、博多帯が許される。冬場寒い時に外套を羽織ることができる。また、マフラーが許されるのも幕下から(もっとも、暑がりのお相撲さんはマフラーを巻くこともないが)。蛇の目の傘も幕下からで、三段目以下は、“顔じゃない”と怒られてしまう。

平成30年4月22日
畳(畳表)の雪駄を履くときは、白足袋をはかなければならない。それゆえ、白足袋をはけるのは関取衆だけになる。幕下以下は黒足袋。もっとも以前は、足袋をはいていいのは三段目からという慣わしもあったようだが、現在では新弟子が入ると黒足袋も必ず用意しておく。力士の足袋は二種類あり、普段着物を着るときに履くキャラコの足袋と、木綿製の厚地の稽古足袋が白足袋にも黒足袋にもある。稽古で足の裏がすれたときに足袋をはくが、黒足袋の幕下以下は片足のみしか許されない。関取に上がると、白の両足袋(両足の足袋)も許される。

平成30年4月21日
履物も、番付によって違いがある。入門して前相撲、序ノ口、序二段までは下駄だが、三段目に上がると雪駄がはけるようになる。但し、2場所目から(部屋によってちがうが)。高砂部屋でいうと、5月場所序ノ口の寺沢、朝東、序二段の朝阪神、朝童子はまだ雪駄が履けない。朝心誠は先場所から履けるようになった。関取衆の正装である黒紋付の時はエナメルの雪駄はダメで畳の雪駄を履かねばならない。したがって、畳の雪駄を履けるのは関取衆のみ。両国岡田屋が力士ご用達の店。

平成30年4月20日
場所入りのときの身だしなみについて、協会から通達が出されている。幕下以下は、場所入りの際も浴衣だが、関取になると正装で場所入りしなければならない。夏場(5月、7月、9月)は夏用の着物に羽織、もしくは夏用の着物に袴となっている。場所入りのときは裸足が許される。公式行事のときは黒紋付に袴を着け白足袋を履かなければならない。その他公行事では、 色紋付に袴で、足袋は黒足袋になる。また、場所入りや巡業での飛行機や列車の乗り降りの際には、幕内に上がると染め抜き(自分の四股なの入った着物)が可となる。

平成30年4月19日
肌寒い日がつづいたと思ったら、一転して初夏の陽気。一般的には、まだまだ衣替えには早いのだろうが、おすもうさんにとってはすでに浴衣の季節到来。真夏になると浴衣はかなり暑いので、今頃から5月場所にかけてが浴衣に一番いい季節であろう。一般人にとって略装である浴衣は、幕下以下の力士にとっては正装になる。関取りにとっては略装で、本場所の帰りや普段着としてしか着ることはできない。力士は、浴衣のときは必ず裸足でなければならない。

平成30年4月8日
RCC中国放送の「カンムリ」という番組の取材。ドロンズ石本、横山雄二アナ、花田虎上の3人で「おちゃんこ倶楽部」というものを結成していて、部屋を訪ねてちゃんこを食べながら話をきくという企画。師匠と鍋を囲みながら、師匠のお母さんが花田氏の父親である大関貴ノ花のファンで、巡業中お願いして写真を撮ってもらった話や曙や若貴入門の頃の話、これからの相撲界についてなどなど様々な相撲談議に花が咲いた。放送は5月頃?はきりしたらまたお知らせします。

平成30年4月6日
帰京しておよそ一週間。大阪から送った荷物をほどき整理して、稽古が始まり、ちゃんこも再開してと、しばらくは何かと慌ただしい日々がつづくが一週間たつと、だいたい落ち着いてくる。新弟子朝東と寺沢は相撲教習所通いの毎日。そして錦島親方も久しぶりの相撲教習所通い。教習所指導担当の親方に任命されたためで、幕下時代に現役指導員として通ったこともあるはずだが、それでも17〜18年ぶりのこと。親方も7時にはマワシを締めて土俵に下りるので早起きも久しぶりであろう。土曜日は相撲教習所が休みのため、あすは新弟子も部屋での稽古。

平成30年4月2日
3月31日(土)に巡業組(朝乃山、朝童子、~山)は伊勢神宮へ向かい、残りの力士達は相撲列車(新幹線一部車両)にて帰京。今日から稽古再開。巡業は伊勢神宮を終え、今日は岐阜県中津川市。明日また大阪堺へもどり、京都舞鶴から姫路、宝塚を経て愛知県刈谷市へ。その後、静岡、信州から関東近県をまわり、4月16日(月)が靖国神社奉納相撲。一日休んで18日から千葉県柏2日間、町田、八王子、青梅、取手、笠間とまわり27日(金)越谷までの長丁場。4月30日(月)が番付発表。

平成30年3月27日
一昨日25日(日)が春場所千秋楽。幕内朝乃山は残念ながら8勝止まりに終わったものの、西幕下3枚目の朝弁慶が、実質の入れ替え戦となった十両天風との一番に気合溢れる取り口で勝利をおさめ十両復帰をほぼ確実なものとした。あすの番付編成会議で正式に発表される。幕下上位で次の関取の座を狙う村田、玉木ともに5勝2敗の成績で、37枚目の朝興貴も勝越し。三段目18枚目の朝鬼神、5勝を上げて幕下復帰を濃厚にした。千秋楽パーティーは今年からのニューオータニ大阪にて開催。朝乃山の活躍を祝って富山からも大勢お客様が駆けつけ会場溢れんばかりの大賑わい。

平成30年3月21日
三段目18枚目の朝鬼神勝越し。先場所、朝山端から朝鬼神と改名。入門丸3年になるが、入門前は大阪市内のトレーニングジムでトレーナーをやっていた。デッドリフト(バーベルを腰の位置まで持ち上げる競技)300kgの記録を持ち、ボディビルでも活躍していた。そのジムの代表者がプロレスラーのゼウス。幕下昇進を機に、敬愛する全能の神ゼウスに因んでの改名。残る一番、鬼神の如く突っ張って幕下復帰を果たしたい。朝弁慶、関取復帰を濃厚にする5勝目。

平成30年3月20日
地元大阪は阿倍野区出身の朝虎牙。先の1月場所で朝森本から朝虎牙(あさこが)に改名。朝阪神ほどではないが、虎が入っているので大阪に因んだ四股名ともいえる。こちらは、十両格行司木村朝之助の命名。改名場所を4勝3敗と勝越し、今場所も勝越しまであと一つ。近畿大学出身だが、相撲部ではなくウエイトリフティング部出身。毎年大阪に帰ってくるたびに大きくなって親戚の叔父さんを驚かせている。朝乃山右四つ攻めの相撲で6勝目。

平成30年3月19日
愛知県名古屋市出身の朝横道、今場所から朝心誠と改名。あさしんじょうと読む。2年前の3月場所入門で、相撲未経験ながら早くも三段目中堅で相撲を取っている。入門に際してお父さんが心強く送り出してくれたそうだが、そのお父さんは息子の活躍を見届ける間もなく入門の年の7月に他界された。天国から見守るお父さんの名前「誠」を心に刻む朝心誠(あさしんじょう)の四股名。今日の勝越しはならなかったものの三段目での勝越しを天国の誠さんに届けたい。幕下3枚目の朝弁慶勝越し。13枚目の村田5戦全勝。残り2番に、再十両と新十両をかける。

平成30年3月18日
ご当所大阪は泉大津市出身の朝塩本改め朝阪神、今日の取組に勝って2勝2敗と五分の星。数日前、北日本新聞社が取材したいといっていたので、「取材きただろう?」と尋ねたら、「はい、けっこう来ました!」とのこと。「え!なんで」と驚いたが、ネットのニュースを観て納得。「朝阪神が“竜虎対決”制し、勝率5割復帰 勝越しまで”マジック2”」の見出し。対戦相手が竜輝という四股名だった。大阪のスポーツ紙の一面は阪神記事一色だから、勝越したら一面に載るかも・・・

平成30年3月17日
ちゃんこ長大子錦が体調不良のため帰京したので、ちゃんこ長代理に~山が就き、朝ノ島、朝虎牙の二人が補佐としてちゃんこのメニューや買い出し等に奮戦している。大子錦不在となって一週間余り、ようやく新体制のリズムにも慣れてきたようで相撲の方も初日を出し、高砂部屋伝統の味を引き継いでいく。朝大門(だいもん)、“破竹”の4連勝。村田も4連勝。朝弁慶、十両の土俵で3勝目。朝乃山、栃煌山相手に会心の相撲で4勝目。3月25日(日)に行われます高砂部屋千秋楽打上げパーティーのご案内です。今年から会場がニューオータニ大阪に変更になりました。

平成30年3月16日
兵庫県三木市出身の朝達家、今場所から朝童子と改名。四股名だけでなく下の名前も変えて朝童子三木(あさどうじみき)。入門して丸三年になるが、3月31日生まれなのでまだ17歳。童子なりにスピードと力もついてきて先場所序二段での初の勝越し。今日改名後初の白星を勝ち取り、2場所連続の勝越しを目指す。幕下村田と玉木ともに3連勝.。

平成30年3月15日
前相撲寺沢、今日2勝目を上げ一番出世披露。朝乃山に借りた緑色の東京バスグループの化粧回しを締めての晴れ姿。部屋に帰ってきて「おかげさまで、一番出世できました」「化粧回し重かったっす」と挨拶すると、村田が「俺だけ、化粧回ししめたことないんですよねぇ」とのこと。確かに三段目附出の村田は出世披露をやってなく、早く自前の化粧回しを締めなければならない。朝大門(あさおおかど)改め朝大門(あさだいもん)自己最高位で3連勝。改名効果か?

平成30年3月13日
昨日2日目から前相撲開始。3月場所は他の場所に比べ人数が多いため2班に分かれての取組。高砂部屋寺沢は、B班で奇数日(3日目、5日目、7日目、9日目)に土俵に上がる。3月場所は2勝すると出世となるので、今日3日目の初土俵を白星で飾り、次回5日目に勝つと一番出世となる。朝乃山2勝目。玉木、村田2連勝。朝阪神初白星。

平成30年3月11日
天気晴朗なれど冷え込みはまだまだ厳しい大阪場所初日。今場所から改名の朝阪神、初日の土俵に上がったら、すごい声援がおくられたという。「はんし〜ん、がんばれ〜」「あさはんし〜ん」という声に交じって、「きょじん〜」や「やくると〜」という声も聞こえたそう・・・。朝阪神の命名者は、若松親方だろうという噂が広まっているそうだが、今回は本人による改名。大阪の熱狂的阪神ファンのためにも今場所は是非とも勝越さなければならない。

平成30年3月10日
午後12時半ころ宿舎久成寺の玄関先に触れ太鼓が響き渡り、あすの割り(取組)が呼び上げられる。朝乃山には大翔丸、栃ノ心には宝富士。高安は遠藤で、結びが鶴竜に千代大龍。取組開始は8時35分で、三番目に朝東が登場。前相撲は2日目から開始だが、2班に分かれ高砂部屋寺沢はB班なので3日目から。大子錦が体調不良で休場。いろいろ周りが騒がしいだけに、より一層集中していい相撲を見せてほしい。

平成30年3月9日
双葉山は69連勝の金字塔を打ち立て、その土俵人格は神のようだと崇められ、国民的英雄だった。また、時津風理事長としての功績も数知れない。こんなにすごい人が、50年前まで日本に生き相撲協会にいたことを誇りに思い、多くの方々に双葉山を知ってもらいたいという想いが強い。数々の記録や強さ、業績の素晴らしさはもちろんだが、一番すごいと思うのは、その静かさである。あれだけの人気にもかかわらず人気に酔わず、驕らず、高ぶらず、静かさを貫いた。69連勝中の双葉山と会食した『宮本武蔵』を執筆中の吉川英治が、その場で色紙にしたためたのが、「江戸中で一人さみしき勝相撲」の一句。双葉山本人も、わたし自身の心の奥に秘められた、ひそやかな心情の一端に触れるものを含んでおり知己の感を禁じえない、と語っている。

平成30年3月8日
双葉山の著書『横綱の品格』は、生い立ちから入門の経緯、新弟子時代の思い出、相撲に対する思いや考え、弟子のこと、各界の人々との交わり、信仰、・・・ 双葉山の人生と思いが語られている。全編を通じて印象的なのが、淡々と静かに語られていることである。それだけに読めば読むほど深く沁み入ってくるものがある。今日も十両の水戸龍はじめ錦戸部屋力士達が出稽古にくる。2月10日の日記でご案内したように、明日9日(金)午後7時〜BS−TBSの大相撲スペシャル2時間番組に高砂部屋も出ます。

平成30年3月7日
ベースボール・マガジン社から双葉山が著した『新版 横綱の品格』が出版された。双葉山は寡黙で知られ、自らについてはおよそ語ることのない人だったが、年寄時津風として理事長に就任する前年の昭和31年、『相撲求道録』を黎明書房から刊行している。その本を昭和54年にベースボール・マガジン社が復刻。その後、平成20年に同書は新書『横綱の品格』というタイトルで出版された。双葉山没後50年にあたり、装丁新たにその名著が復刊された。表紙は神々しく若々しい双葉山の横綱姿。帯には、人生に誠実たれー横綱とは。人間とは。生き方の本質がここにある。と、いう文字。相撲に関わる全ての人に、相撲に何となく違和感を持っている人に、ぜひ一度は手にとって読んでもらいたい。

平成30年3月6日
ここ数日暖かな日がつづいていたが、全国的な寒の戻りで夕暮れからは寒風吹きすさぶ大阪。きのう今日と、朝乃山はじめ半数近くの力士が近大へ出稽古に出かけ、少しさびしい稽古場となったが、今朝は錦戸部屋から二人、関西大学アメフト部の学生が6人来て賑やかになった。コノミヤ芋縄社長が関西大学アメフト部OBの関係で毎年稽古に参加している。

平成30年3月4日
昨日3月3日、3月場所新弟子検査。高砂部屋からも寺沢樹(いつき)が受験して43人が体格検査に合格。初日に発表される内臓検査の結果を待って正式な入門となる。寺沢は、新潟県佐渡市出身。金沢市工から東洋大学へと進み182cm125kgと、さほど恵まれない体格ながらスピード感あふれる取り口で団体戦レギュラーとして2年連続の全国学生選手権団体優勝に貢献した。選抜宇佐大会での個人優勝もあるものの主要大会では結果を残せず、前相撲からのスタートとなる。昨晩は恒例の高砂部屋激励会。1000人近いお客様が集い、春場所での高砂部屋の活躍を期して祝した。

平成30年3月2日
全員乗り込みの18日(日)からほぼ1週間。この1週間あまりが一番忙しく落ち着かない日々がつづく。乗り込みの日のちゃんこ会に番付発表。土俵祭りにちゃんこの開始と、行事が次から次へと続き、一年ぶりの大阪宿舎での日常生活も始まったばかりでまだ軌道に乗れない。あすの激励会と土日の大勢のお客さんをのりきると、日々の生活も落ち着いてくる。宿舎久成寺下、高津神社横の梅の花が咲き誇り、春近しと告げている。

平成30年2月26日
春場所番付発表。朝乃山は、ちょうど3枚上がって西前頭13枚目。幕下では、朝弁慶が一枚半の降格で西3枚目。村田13枚目、玉木19枚目とつづき、先場所5勝の朝興貴が37枚目まで番付を戻す。初幕下から陥落した朝鬼神に代わり朝天舞が一年半ぶりの幕下復帰。三段目62枚目と自己最高位に番付を上げてきた朝大門、あさおおかどをあさだいもんと地味に改名。改名ばやりで朝横道が朝心誠(あさじんじょう)、朝達家が朝童子(あさどうじ)、朝塩本が朝阪神(あさはんしん)と改名。6441000番目と6442000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。春場所新番付と高砂部屋便り80号をプレゼントしたします。

平成30年2月25日
全員大阪乗り込み。午後6時より、ちゃんこ朝潮徳庵店にて大阪場所乗り込みの日恒例の大阪高砂部屋後援会特別会員とのちゃんこ会。一年ぶりの旧交をあたためる。三月場所で初土俵を踏む東洋大学出身寺沢樹(いつき)君も仕着せを着て新幹線の相撲列車での大阪入り。寺沢は、新潟県佐渡市の出身でレギュラーとして全国学生相撲選手権団体優勝に貢献し、選抜宇佐大会での優勝があるものの主要大会で結果を残せなかったため前相撲からのスタート。あす番付発表。

平成30年2月24日
あす25日は東京マラソンが行なわれ共催の読売新聞には注目選手が紹介されている。昨日23日は旭化成の市田孝選手(25)の紹介で、興味深い話が載っていた。チームにケニア人選手が加入して合宿でいろいろ話を聞く機会があり、朝練の仕方を変えたのだと。何も食べずに空腹状態で、それまでより長めのジョギングをくり返したら、40キロ走でもスタミナ切れを起こさなくなったという。相撲の稽古を朝飯を食べずに行うとき、エネルギーが体の芯から湧き出てくるのと同じ回路が体のなかで動き出すのであろう。あしたの走りに注目したい。

平成30年2月22日
先発隊で入った18日(日)から朝晩の冷え込みはあるものの雨に降られることはなく、先発隊の仕事も順調な進み具合。今日稽古場が完成して、各部屋のセッティングもほぼ出来上がり、皆を迎え入れる準備はおおよそ完了。そろそろ番付発表の日に発行する高砂部屋便りの作成にとりかからなければならない。今月は朝赤龍引退相撲特集号の予定。その錦島親方は2月25日(日)の新幹線相撲列車の引率親方として大阪入りする。

平成30年2月20日
大阪場所前恒例の大阪場所高砂部屋激励会、今年は3月3日(土)午後6時半より上六のシェラトン都ホテル大阪にて開催。出席いただくと、大阪高砂部屋後援会一般会員となり一年間番付が送付されます。

平成30年2月18日
先発隊大阪宿舎久成寺(くじょうじ)入り。20数年前から恒例になっている師匠の大学の後輩である嶋川さん(2月17日)に新大阪駅まで迎えにきてもらい、お昼過ぎに宿舎入り。寝る部屋のゴザをはり、荷物や布団を入れ込み寝床を確保する。迎えに来てくれた皆さまとちゃんこ朝潮鴫野店で一年ぶりの再会を祝しながらの晩飯。先発隊は今日から6週間に亘る大阪での生活のはじまり。

平成30年2月15日
初場所初日が遅かった分、千秋楽は月末となり引退相撲ありと、あっという間に大阪行きが近づいてきた。今度の日曜、2月18日から先発隊が大阪へ出発する。今週は大掃除と荷づくりに追われる日々。例年通り、全員乗り込みの2月25日(日)に大阪高砂部屋後援会特別会員のちゃんこ会、翌26日(月)が番付発表。3月3日(土)が新弟子検査と場所前恒例の高砂部屋激励会(上六都ホテルにて)が行なわれる予定です。大阪の皆様、今年もよろしくお願い申し上げます。

平成30年2月10日
昨年来、頻繁に密着取材にきていたBS−TBSの番組、放映日が3月9日(金)夜7時〜9時とのことです。タイトルは『長期密着取材!!大相撲〜新時代を担う力士たち〜」(仮題)。番組は3部構成で、尾車部屋(新旧力士が揃う相撲部屋の力士たち)、出羽海部屋(大関を狙う期待のホープ)、高砂部屋(相撲部屋の成り立ちとその力士たち)と、3つの部屋に焦点を当てての番組になるようです。乞うご期待。

平成30年2月5日
昨日の朝赤龍引退相撲、みなさまのご協力で大盛況のうちに無事おえることができました。ありがとうございました。最後の土俵入りの雄姿や小学校三年生の長女のサプライズなお手紙に国技館内は感動と涙につつまれました。当日の忘れ物(ソニー黒デジカメ、ミズノ筆入れ(koizumi名入り)、黒色小物入れ(庄司ハンコ入り)、帽子)を部屋で預かっています。お心当たりのある方ご連絡下さい。また、コート(ポケットに手袋と帽子)を間違えて持って帰られた方ご連絡下さい(03−5608−3223もしくはtakasago@kub.biglobe.ne.jp)。

平成30年2月3日
“お好み”とは、巡業や花相撲で行われる余興のこと。あす最初の“お好み”は「幕下・三段目決勝正五番」。高砂部屋チーム5人(朝鬼神、朝興貴、玉木、村田、朝弁慶)VS高砂一門チーム5人(千代の勝、海士の島、池川、極心道、千代の海)による5人抜き。つづいて「相撲甚句」。その後十両土俵入があり、朝乃山がモデルになっての「大銀杏実演」。十両取組後に木村朝之助先導による「朝赤龍最後の土俵入り」はマワシ姿の長男も一緒。高三郷と勝武士による「初切」のあと断髪式に入り、断髪式後に花束贈呈、横綱鶴竜の「綱締め実演」、幕内・横綱土俵入りとつづき、「櫓太鼓打分実演」は呼出し利樹之丞。幕内取組と弓取式で打ち出しとなります。午前10時ころより自由席当日券(1000円、15歳未満200円)も400枚販売されます。マス席、椅子席もいくらか残席があります。♪ご油断で〜は 詰まりますぞ〜え♪

平成30年2月2日
朝赤龍引退相撲がいよいよ明後日に迫り、準備も最終段階。断髪式でハサミを入れるお客様の座席を決めリボンにチケットや土産引換券をクリップで止め花をつける。引退相撲終了後に行なわれるパーティーの引き出物とお礼状をセットにして紙袋に入れと、今週月曜日からおこなってきた作業の仕上げ。錦島親方(元朝赤龍)は、最後の土俵入りの手順ををうす暗い本土俵下でリハーサル。当日は、午前11時半より幕下・三段目決勝正五番(五人抜き)、相撲甚句、髪結い実演、初切などのお好みから横綱土俵入りや取組まで。涙と感動と笑いが満載の一日となります。当日も国技館窓口にて入場券を販売しています。お見逃しなく。

平成30年1月25日
序二段45枚目の朝ノ島、2連敗のあとの4連勝で勝越し。これでようやく5人目の勝越し。幕下以下は残り1番となって負越しがすでに8人。3勝3敗で最後の一番に勝越しをかける力士が3人。全員勝ち越してくれると五分の成績になるのだが。朝乃山、今日の勝越しならず。朝乃土佐、膝の怪我を悪化させて今日から休場での不戦敗。

平成30年1月17日
1月28日(日)におこなわれます千秋楽打上げパーティーのご案内です。みなさまの参加お待ちしております。好調朝乃山、4連勝。朝乃丈、~山も2連勝。

平成30年1月16日
今日から前相撲。注目の大型新弟子納谷の相手は高砂部屋朝東。白星ならずだったが、NHK総合TVでも朝東の取組が紹介され全国デビュー。地元高知では新聞等でもかなり紹介されているらしい。富山の地元紙の一面を連日飾っている朝乃山、今日も会心の相撲で3連勝。あすも大きな見出しで紹介されるであろう。久しぶりに大銀杏を結って十両での取組だった朝弁慶は白星ならず。

平成30年1月14日
満員札止め、晴天の初場所初日。朝乃山、はじめて大銀杏を結っての幕内での土俵。記念すべき日を、得意の右四つ左上手から休まず攻め会心の上手投げでの初白星。今場所の、今年一年の活躍を予感させる白星スタート。幕下は、朝興貴が白星を勝ち取るも、上位三人は黒星スタート。

平成30年1月13日
初日をあすに控え、土俵祭りがおこなわれ、午前11時前高砂部屋稽古場にも触れ太鼓の高らかな響き。初日の割り(取組)を呼び上げられ、中入り後最初の取組が、朝乃山には大奄美。横綱3番、鶴竜には北勝富士、稀勢の里には貴景勝、白鵬には阿武咲。取組開始は8時35分、十枚目(十両)土俵入りが2時5分、土俵入り後の幕下上位5番に玉木、村田と登場し最後は朝弁慶。平成30年戊戌の初場所、どんな幕開けとなりますか・・・。

平成30年1月11日
現在稽古は、朝達家と朝塩本の三番稽古からはじまる。そこへ今日から朝東も参戦。相撲を取るのは久しぶりだろうが、それほど息をきらせることもなくそこそこ番数をこなし、最初はなかなかめが出なかったが(勝てなかった)、さいごの方は双差しから朝塩本を寄りきる相撲を2番見せた。朝達家と朝塩本にとっても兄弟子の意地をみせるべく、気合の入った稽古がくりひろげられた。関取は、幕下相手に迫力ある稽古をみせ順調な仕上がり。全力士、大きな怪我もなく3日後の初日を迎えられそう。

平成30年1月10日
新弟子検査が行われ高知県出身明徳義塾相撲部の東(ひがし)君も受検。身長、体重等の体格検査は無事合格。血液検査などの診断結果を経て正式な入門決定となる。9名の受検者がいたそうだが、横綱大鵬の孫であり関脇貴闘力の息子である埼玉栄高校3年生の納谷君が注目の的で大勢の報道陣がつめかけたそう。あさって金曜日に心電図検査や体脂肪測定も行なわれ、3日目から序ノ口取組前に前相撲が取り組まれる。朝東(あさあずま)の四股名で土俵に上がる。成績に関わらず8日目に出世披露。

平成30年1月9日
2年半前の平成27年9月場所後に十両昇進を決め、一年間関取として土俵を務めた朝弁慶、昇進を決めた2年半前頃から蜂窩識炎を患い、さらに膝の悪化等も重なり、稽古らしい稽古ができずに苦しんでいた。先場所あたりからようやく四股の力強さも戻ってきていたが、今場所は久しぶりに関取とも稽古できる状態まで良くなってきた。久しぶりの朝乃山との稽古の感想を聞くと、「重い」。以前と体重はさほど変わらないが、重さが格段に増したという。重さが増した朝乃山との稽古で重戦車ぶりを磨き、1年半ぶりの関取復帰を目指す。

平成30年1月8日
成人の日。高砂部屋では、朝横道が今年成人式を迎える年齢。成人の日を迎えた力士は、おかみさんに履物をかってもらうことになっていて、三段目昇進を決めている朝横道は雪駄がプレゼントされた。ただし履けるのは今場所勝越すか、負け越しても三段目に留まる2場所目から。2年後には朝達家と今場所入門する東君が成人式。朝塩本は3年後。それまでに、雪駄をもらえるようになっているかどうか。

平成30年1月6日
横審とは、横綱審議委員会のこと。昭和25年春場所後、当時の横綱(東富士、照國、羽黒山)の成績不振がつづき非難ごうごうの事態を受け横綱格下げ論まで起こり、相撲に造詣の深い有識者に横綱推挙をしてもらおうと設置された。初代委員長は無類の相撲好きで姫路藩酒井家を継ぎ「相撲の殿様」と呼ばれた酒井忠正氏。委員として石井光次郎、石井鶴三、阿部真之助、舟橋聖一、成瀬無極、小笠原道生、辰野隆、西野忠次郎、尾崎士郎の各氏が選ばれた。

平成30年1月5日
今日から高砂部屋に新しい顔が一人加わった。東(ひがし)恒汰君で、高知県出身の18歳。現在明徳義塾高校3年生で相撲部に在籍。実家は高知県四万十市で、相撲は高校入学後にはじめたという。高砂部屋高知合宿にも参加しているから、力士たちともすでに顔なじみ。180cm117kgの体格で、来週水曜日1月10日の新弟子検査を経て正式入門となる。

平成30年1月4日
昨日1月3日が稽古はじめ。但しきのうは、四股やすり足等とぶつかり稽古のみで、新年恒例のお墓参りに行ったので、本格的な稽古は今日から。何かと行事の多かった12月から正月にかけ慌ただしい日々がつづいたが、今日から日常の生活にもどった感じ。初日が14日と一番遅い日程なのも気分的に余裕をもって稽古をはじめられる。あす5日は横審総見稽古。幕下10枚目以内、十両・幕内は8枚目以内が参加。1月場所は相撲教習所土俵で行われ一般には非公開。

平成30年1月2日
60年前の戊戌は昭和33年。1月場所は、栃錦、吉葉山、鏡里、千代の山の4横綱に若乃花、朝汐、松登の3大関の番付。大関若乃花が13勝2敗で2回目の優勝を飾り場所後に横綱昇進。途中休場の吉葉山と9勝6敗だった鏡里が引退。3月場所後に琴ケ濱が大関昇進。7月名古屋が本場所となり、この年から年6場所制となる。行司の年寄襲名制がなくなり、65歳定年制が発足。確かに、繁栄と終焉がはっきりあらわれている。

平成30年1月1日
あけましておめでとうございます
旧年中は高砂部屋を応援いただき誠にありがとうございました。本年もよろしくお願いします。平成30年は戊戌(つちのえいぬ)。戊(つちのえ)は茂に通じ繁栄を意味し、戌(いぬ)は枯れた木を表し滅亡・終わりを表すという。陰陽五行では、戊も戌も「陽の土」で、同じ気が重なると良いこと悪いことがはっきり分かれるのだそう。大相撲も陰陽五行のなかにあり、土俵が「土」。戌年生まれの朝乃山が土俵上で陽の活躍をみせてくれる一年になってもらいたい。

平成29年12月31日
29日稽古終了後、力士は稽古場土俵内に、力士以外(親方、裏方)は上り座敷に全員集合して師匠から訓示。さいごは朝乃山音頭での三本締めにて平成29年の稽古納め。その後、おかみさんからひとり一人お年玉をもらい、ちゃんこを食べそうじして、銘々時間に合わせて帰省。毎年恒例の若者会年間最多勝は、1位が村田の27勝(8敗)。同率2位に25勝(17敗)の朝天舞と朝横道。上記3名が賞金を獲得。元々実力のあった村田や番付を落としている朝天舞は当然の成績として、朝横道の27勝は称賛に値する成績。

平成29年12月26日
新年初場所番付発表。朝乃山は西前頭16枚目。幕下、朝弁慶は東の2枚目で村田が東8枚目。玉木は西10枚目。朝興貴が54枚目で新幕下昇進の朝山端は四股名を朝鬼神(あさきしん)と改名して57枚目。新三段目昇進の朝横道は自己最高位を大きく更新する49枚目。三段目99枚目に残った朝森本は朝虎牙(あさこが)と改名。序二段では朝塩本が自己最高位を更新する40枚目。あす土俵祭りで年内は29日まで。新年は3日が稽古はじめ。高砂部屋全力士の新番付です。6405000番目と6406000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。初場所新番付と高砂部屋便り78号をプレゼントいたします。

平成29年12月19日
昨日18日(月)が年末恒例の高砂部屋激励会&クリスマスパーティー。一年前は、明治11年創設以来つづいた関取が途絶えることとなり寂しさもあったが、今年は朝乃山の入幕と幕下力士の躍進で集まった大勢のお客様も笑顔あふれる会場。正面舞台横には、朝乃山の5本の化粧回しが飾られ宴に花を添えた。相撲甚句やゲストの歌、高砂部屋グッズやおかみさんセレクトの豪華おもしろクリスマスプレゼントが当たる抽選会などで盛会となった。24日(日)がお餅つきで、26日(火)番付発表。今年ものこりわずか。

平成29年12月13日
下半身の筋肉に負荷をかけ筋肉を太く強くするためのスクワット。負荷を全身で受けるように膝を開き上体をまっすぐに立てる腰割り。似たようなものにおもえる両者は根本的に違う。足を上げ下げする四股は、スクワットに近い前傾姿勢で踏むのと、上体をまっすぐに立て腰割りの構えのまま踏むのとでは、使う筋肉、骨の並びやねじれ、あらゆることが違ってくるであろう。下半身の筋肉を鍛えるのには有効なスクワットの構えや動きは、相撲にとっては“型はずれ“になるのではなかろうか。

平成29年12月11日
“四股は羽目板の前で踏め” という格言がある。上体を前傾させないための言葉である。双葉山は著書のなかで怪我をしなかったことについて触れ、「平素から“基本の型”に則った相撲をとろうと心にかけ、ひそかに“型はずれ”を戒めてきた」と語っている。上体をまっすぐに立てると腰は膝の高さでとまってしまう。骨格の構造上、それ以上深くしゃがみ込むことはできない。“四股は羽目板の前で踏め”という言葉は、体の大きな力士が怪我をしないための基本の型を骨身にしみさせるための言葉なのではないかと思う。
年末恒例の高砂部屋激励会、今年は12月18日(月)に紀尾井町ホテルニューオータニにて行われます。

平成29年12月10日
筑波大学白木教授の「腰割りとスクワットの違い」の様々なデータ(11月18日、19日の日記)は大変興味深い。もし、四股を踏んでいる双葉山と現代の力士の筋電図がとれたら、白木教授のデータのような違いがみられるはずである。腰割りの構えのまま重力を使ってなめらかに足を上げ下げする双葉山の四股に対し、現代の力士の四股は、軸足に負荷をかけて足を上げ、足を下ろした後さらに深くしゃがみ込み前傾姿勢になる。双葉山は、およそ20年間にわたる現役生活のあいだ、怪我らしい怪我をしたことがなかった。

平成29年12月7日
再度、「腰割りとスクワットの違い」について。双葉山が四股を踏む姿は映像に残っている(DVDやユーチューブ等)。稽古場の四股も横綱土俵入りの四股も、腰割りの構えから始まり、腰割りの構えにもどる。深くしゃがみ込むことはない。当時の力士は、みなそういう四股を踏んでいる。腰はあくまでも膝と同じ高さで、腰が膝より下がることはない。一方、現代の力士の四股は、足を下ろした後さらにしゃがみ込む。深くしゃがみ込むから腰は後ろに逃げ、スクワットに近い構えになる。

平成29年12月6日
2015年1月に新しく刊行された『相撲ファン』(大空出版)は、年2回ほど不定期に出され今書店に並んでいるのが6号目(九州場所前に発売)。写真満載かつ相撲愛に溢れた記事もディープで興味深い。特集は「角界の愛情。絆の物語」と題して「相撲がある町」のなかで高砂部屋平塚合宿が紹介されている。また「相撲ある町ー唐人町」では藁巣坊や唐人町商店街が魅力たっぷりに。紹介が遅くなりましたが、必見です。

平成29年12月2日
稽古休みの1週間はあっという間で、今日は家財道具一切を大牟田の倉庫へ引っ越し作業。巡業組は長崎大村市へと出発。高砂部屋からは伊予櫻、木村朝之助と付人朝大門(初巡業)、木村悟志、横綱鶴竜の付人として~山が参加。朝乃山は足の怪我治療のため巡業を休んで帰京。治療と部屋での稽古(準備運動程度になろうが)に専念する。お世話になった唐人町成道寺を後片付けして明日お昼過ぎの相撲列車(新幹線一部車両)にて残り番も全員帰京。


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