Last modified 2020,1,19


 ○部屋案内  ○親方紹介  ○力士紹介  ○裏方紹介  ○新弟子募集  ○チャンコ  ○相撲豆知識  ○今場所の星取表(UP1.19)
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現在親方3名・力士20名・行司2名・呼出し2名・床山1名・若者頭1名・マネージャー2名

いらっしゃいませ、 番目のお客様。
ご意見・ご質問のメールは、こちらまでお送りください。
7000000番目のお客様はメールを下さい。高砂部屋チャンコご招待&粗品を進呈致します。
takasago@kub.biglobe.ne.jp
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今日の高砂部屋
令和2年1月18日
近畿大学相撲部の伊東監督が亡くなられた。朝乃山と朝玉勢の恩師であり、師匠の後輩であり若松親方の先輩にあたり部屋とも付き合いが深く長い監督で、驚きと無念極まりない。監督として大相撲の世界に教え子を大勢送り込んだ指導力はもちろん、小さな体ながらアマチュア横綱を勝ち取った居反りの大技は今でも強烈に印象に残っている。まだ55歳という若さで、これからの朝乃山や朝玉勢の出世を楽しみにしていたであろうに。ご冥福をお祈りいたします。

令和2年1月17日
1月場所が初場所と呼ばれるようになったのは昭和28年からで、それ以前は春場所と呼ばれていた。それまで10月頃秋場所として行われていた大阪場所を三月に開催することにして春場所としたため、1月場所が初場所になった。江戸勧進相撲の頃は、1月春場所と10月秋場所が晴天10日間で興行されていたので有名な川柳が生まれた。〜一年を二十日で暮らすいい男〜  朝乃山、朝玉勢共に勝って4勝目。三段目村田3連勝。

令和2年1月16日
双葉山70連勝ならずの報は、日本国中を大きく揺るがせ新聞の号外も出た。安芸ノ海の左外掛けが決まったのだが、どの新聞も決まり手を右外掛けと間違えた。双葉山は掛けられた右足を跳ね上げ右から下手投げを打ったため、安芸ノ海の体は大きく飛び、双葉山は左肩からどっと落ちた。落ちた体勢を見ると右外掛けで倒れたように見え、相撲観戦歴数十年のベテラン記者も全員間違えた。それほど驚天動地のことであった。当時はVTRもデジカメもない時代、現像して焼きあがってきた写真を見ると左の外掛けである。記者連中は言葉を失った。その中で相撲記者重鎮の彦山光三が言い放った。〜写真必ずしも真ならず〜
朝乃山3勝2敗となって明日から中盤戦。

令和2年1月15日
昭和14年1月場所は、今年と同じく15日が4日目。この日が相撲史に残る双葉山70連勝成らざるの日。国技館は大鉄傘を揺るがす大興奮に包まれたが、負けた双葉山の態度は平素と変わりなかった。勝ち続けているときも同様で、12年5月玉錦を破った晩に同席した『宮本武蔵』を執筆中の吉川英治は、熱気と喧騒に包まれる中静かに酒を嗜む双葉山の姿に感銘を受け一句したためた。〜江戸中で一人さみしき勝相撲〜
幕下以下13人も土俵に上がったのに勝ったのは朝ノ島と朝乃土佐の不戦勝の2勝のみ。こういう日もたまにはある。朝玉勢、動きよく3勝目。朝乃山に土。

令和2年1月14日
大正5年1月場所は14日が初日。前日13日に夏目漱石が推理作家物集芳子宛てに次のような手紙を書いている。「明日から国技館で相撲が始まります。私は友達の桟敷で十日間此春場所の相撲を見せてもらふ約束をしました。みんなが変な顔をしてそんなに好きか/\と訊きます。相撲ばかりぢやありません。私は大抵のものが好きなんです」 漱石が贔屓にしていたのは横綱太刀山だそうだが、この場所は休場で残念がっていたであろう。〜相撲取の屈託顔や午(ひる)の雨〜漱石
朝乃山、会心の相撲で3連勝。明日は阿炎戦。朝玉勢2勝目。村田2連勝。

令和2年1月13日
2日目成人の日。高砂部屋では、序二段朝童子と朝東が成人式を迎える年齢。力士の場合は本場所中であり式典に参加することはできないが、部屋で女将さんから成人祝いのプレゼントをいただく(三段目だと雪駄、序二段は下駄)。朝乃山2連勝、朝玉勢に初日。1月26日(日)に行われます高砂部屋千秋楽打ち上げパーティーのご案内です。〜初場所の力士二十歳となりにけり〜 岸本尚毅

令和2年1月12日
太鼓の高い音が響く冬空の初日。よく響く高い声の呼び上げで定評のある呼出し利樹之丞、今場所から幕内格行司に出世。4年ほど前新聞に68歳の方から次のような投稿があった。「あの“栃若時代”に無類の美声の持ち主“呼出し小鉄”がいた。館内に響き渡る透き通った声。観客はせきひとつしない。その緊張感の中で、両力士は土俵に上がるのだった。(中略)そして半世紀以上を経た今、“小鉄”のごとく透る声の呼び出しさんが現れた。“呼出し利樹之丞”である。(中略)よもや“小鉄”のような呼び声を、二度と聞くことなどないと諦めていたのだが、再来してくれた」〜呼び出しの高き聲音や小名月〜常盤優
朝乃山、御嶽海を破っての白星スタート。

令和2年1月11日
午前10時より国技館土俵にて土俵祭り。三役以上の力士は、羽織袴を着て出席することになっており、朝乃山も先場所に引き続き参加。国技館正面玄関には大きな門松が飾られ、初日の日は「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と新年の挨拶があちららこちらで交わされ、お客さんも和装の方が多く、華やいだ雰囲気がいっぱいの初場所。一般的には7日までが松の内だが、国技館のお正月はあすからはじまる。〜初場所のすまねば松の取れぬ町〜石川星水女

令和2年1月10日
取組編成会議が行われ、初日と2日目の取組が決まる。新関脇朝乃山は、平幕に落ちた御嶽海との対戦。小結までは、前半戦に横綱大関との対戦が組まれるが、関脇になると前半戦は下位との対戦で、後半戦に上位との対戦となる。今朝は、締め込み(本場所用のマワシ)を締めての調整。白鵬に大栄翔、鶴竜に遠藤。明日朝10時から土俵祭り。触れ太鼓が初場所の始まりを告げ令和2年の大相撲がはじまる。〜初場所やひかへ力士のくみし腕〜久保田万太郎

令和2年1月9日
近年スポーツ界では科学的トレーニングが進化し、筋力はもちろん心肺能力、乳酸値、・・・さまざまな測定値がデータ化されパフォーマンスの向上に役立てている。そういう観点からすると、“相撲力”は、測定のしようがなく非科学的な代物になってしまう。測定できなく客観的なデータが示されないから非科学的になってしまうが、実は現代の科学水準で及ばないほど複雑で高度な概念だから測定できないのだと感じている。複雑なものを目に見えるように分析するのではなく、複雑なものを複雑なまま扱うのが“相撲力”という概念なのだと思う。朝乃山、今日から部屋で調整。

令和2年1月8日
横綱双葉山は、当時の幕内力士のなかで自他ともに認める非力の代表格で、腕相撲をやらせたら双葉山より強い力士は数多くいたという。ところが相撲を取ると、みんな簡単に投げ捨てられてしまう。著書の中で双葉山は、「いわゆる『腕の力』と『相撲力』とは違ったものです。力士のなかには、腕力の非常に強いものもあるのですが、ただそれだけでは、自分だけいかに力んでみても、相手にはさほど応えない場合があるのです。『相撲力』というのは、下腹と腰から出てくる力ー要するに体ぜんたいから出てくる力で、訓練により、体力の充実にともなって、備わってくるものです」と、記している。朝乃山、昨日から時津風部屋への出稽古。

令和2年1月7日
最近では耳にする機会がめっきり減ったが、“相撲力”(すもうぢから)とは、文字通り、相撲を取るのに役に立つ力こと。単なる腕力や筋力と違い、技術やメンタル要素も含めた総合的な力で、まさに心技体三位(さんみ)一体の力というとますますわかりにくいが、『相撲大辞典』によると、相撲を取るときに全身の動作によって作り出される全体的、統一的な力のこと、とある。運動科学者の高岡英夫氏は、パワーに粗雑なラフパワーと精制度の高いレフパワーがあるとし、レフパワーの代表的なものとして“相撲力”や合気道の“呼吸力”を挙げている。

令和2年1月6日
新関脇朝乃山、昨日は元横綱稀勢の里の荒磯親方から声がかかり田子ノ浦部屋へ出稽古。 「20番近くやったすけど1番しか勝てなかったです」(ネットによると16勝1敗)と完敗だったもよう。現役時代に胸を借りたことがあったが、ケガから再起を図っていた頃で、「のびのび取っていて現役の時より強いかったす」と舌を巻いていた。稀勢の里の“相撲力”(すもうぢから)を膚で感じたことは、これからの相撲人生にとって大きなプラスとなることであろう。今後も機会あるたびに続けていってほしいもの。今日は、一般非公開での横綱審議委員会総見稽古。朝乃山、朝玉勢、寺沢が参加。

令和2年1月3日
令和2年度稽古始め。といっても今日は、5代目と6代目のお墓参りに行くので、四股とぶつかり稽古のみで上がり、頭を直して大型バスで出発。部屋にもどって全員で記念撮影。朝、おたがいに「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」という挨拶を交わし、明日からは初場所に向けての本格的な稽古始め。2020年度高砂部屋の一年がスタートする。

令和2年1月2日
年間最多勝3位は、ダークホース的存在だった朝乃丈。これまでの最高位は5年半前の三段目11枚目で、1勝しか上げられなく、それ以降三段目中位と下位をうろうろしつつ序二段に落ちたこともあった。1年前の初場所三段目下位で負越したものの3月場所から5勝、4勝、5勝、5勝と4場所連続の勝越しで新幕下昇進を33歳にして果たした。史上二位のスロー出世記録。ネガティブな発言は相変わらずだが、「どうでもいいっすよ」と言いながら本場所では緊張するタイプだったのが、緊張せず地力を発揮をできるようになり昇進につながった。今場所も5勝すれば幕下復帰の可能性があり、博多帯(高砂部屋では博多帯は幕下2場所目から)を締めてヒタチを決められる(格好をつけられる)。

令和2年1月1日
新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。
令和になって初めて迎えるお正月。令和2年は庚子(かのえね)。ネットによると、庚は植物の成長が止まって新たな形に変化しようとする状態で、子も新しい生命が兆し始める状態とある。大相撲界での世代交代を予感させるが、まだ新たな芽が出てくるまでにはいかないのだろうか。何れにせよ、その変革の先頭に立つのが朝乃山になるであろう。部屋の稽古始は3日から。6日に横審総見稽古(一般公開なし)で、12日(日)が初日。

令和元年12月31日
幕下以下年間最多勝2位は27勝15敗の朝弁慶。昨年5月場所で1年半ぶりの再十両となったものの膝を怪我して二場所全休、三段目まで番付を落としていた。回復が長引き、歩くのもままならない状況だった昨年11月場所、強行出場して4勝3敗と勝越し。これで気分的に吹っ切れたようで膝が悪いなりの相撲を取り切って1月場所三段目優勝。その後も膝の状態は一進一退だが、幕下6枚目まで番付を戻してきた。年齢的にも30を超え、寺沢とは違った意味での勝負の年になる。大晦日。今年も一年お世話になりました。佳いお年をお迎えください。

令和元年12月30日
昨日29日が稽古収め。稽古終了後、手締めを行っておかみさんからお年玉を頂き、ちゃんこと掃除を終えて解散。解散の前に、幕下以下力士の年間最多勝の表彰が若者会からあり、上位3名の優秀力士に金一封が贈呈される。2019年の年間最多勝は寺沢で29勝6敗。前相撲はカウントしないから5場所での成績で、勝率8割3分の高率。序ノ口からの再起だから実績からすれば当然ともいえるが1年前前相撲で稽古も出来なかったのに、1年たって幕下15枚目まで番付を上げてきた。そして現在は、朝玉勢と共に朝乃山の稽古相手になり連日胸を借りるまでに回復している。2020年は勝負の年になるであろう。

令和元年12月28日
2019年は、1月玉鷲、3月白鵬、5月朝乃山、7月鶴竜、9月御嶽海と毎場所優勝力士が替わる一年であったが、納めの九州場所は白鵬が3月に続いて今年2度目の賜杯。新小結朝乃山は11勝を上げて初技能賞。朝玉勢が幕下2枚目で5勝2敗の成績を上げ、一場所での十両復帰決定。高砂部屋勢は1月三段目朝弁慶、3月序ノ口寺沢、5月幕内朝乃山、7月三段目寺沢、9月序ノ口村田と各段優勝が続き、11月も序二段村田が優勝決定戦に出場し年間グランドスラム達成かと期待されたが、敗れて成らず。

令和元年12月27日
2019年の大相撲、9月秋場所は両横綱の相次ぐ休場と大関陣の不振で大混戦。御嶽海が決定戦で貴景勝を下して2回目の優勝。後半戦まで優勝争いに加わった前頭2枚目朝乃山は10勝5敗で2回目の殊勲賞受賞。横綱鶴竜から初金星獲得。怪我から復帰の村田が序ノ口優勝を決め、高砂部屋は今年に入って5場所連続での各段優勝。新十両朝玉勢は5勝10敗の成績で幕下陥落決定。三段目16枚目の朝乃丈が5勝を上げ翌11月場所で新幕下昇進。33歳での昇進は史上2位のスロー出世記録。

令和元年12月26日
師走は行事や雑務に追われ、しばらく日記に空白ができてしまいました。今さらですが、振り返ってみたいと思います。16日(月)はホテルニューオータニにて高砂部屋激励会&クリスマスパーティー、朝乃山人気で例年より大勢のお客様にお越しいただきました。18日(水)19日(木)と東関親方の葬儀が高砂一門葬として行われ部屋一同も参列とお手伝い。あまりにも若すぎる旅立ちでした。20日(金)は東京富山県人会連合会を母体とした東京朝乃山後援会の発会式。22日(日)には部屋でおもちつき。24日(火)が番付発表で、新関脇昇進の記者会見。今日は2月に行われますフジテレビ大相撲トーナメントのパンフレット用の写真撮影とインタビュー。29日に稽古収めで新年の稽古始は3日より。今年も残すところあと5日となりました。

令和元年12月25日
昨日、新年初場所の新番付発表。朝乃山、東の新関脇に昇進。午前10時より師匠同席で記者会見が行われ、稽古場上がり座敷溢れんばかりの報道陣。注目度の高さが伝わってくる。再十両朝玉勢は東12枚目。少し余裕を持って取れそう。幕下は、朝弁慶6枚目、寺沢15枚目と上位に二人。22枚目に朝興貴、25枚目朝天舞とつづき、朝鬼神は49枚目。三段目は、幕下から落ちた朝乃丈18枚目、序二段から戻った村田21枚目。序二段朝童子49枚目、朝翔73枚目と自己最高位を更新。7032000番目と7033000番目のお客様、送り先を書いてメールください。令和2年初場所新番付と高砂部屋便り102号をプレゼントいたします。

令和元年12月12日
7月名古屋場所、5月場所の優勝で三役昇進が期待された朝乃山だったが、東前頭筆頭止まり。場所前宮城野部屋に出向き横綱白鵬の胸を借り、大関2人を破る活躍をみせるものの7勝8敗と負け越し。幕下3枚目の玉木、最後の一番に勝って勝越し。新十両昇進を決め、朝玉勢に改名を場所後に発表。三段目で朝天舞と寺沢が7戦全勝同士で同部屋対決。寺沢が勝って三段目優勝を決めた。訃報。昨晩、元潮丸の東関親方が亡くなりました。41歳という若さでした。ご冥福をお祈りいたします。

令和元年12月7日
令和初の本場所かつトランプ米大統領観戦という異例の場所となった5月場所。西前頭8枚目朝乃山が12勝3敗で初優勝を飾る快挙達成。高砂部屋からの幕内最高優勝は、平成22年1月場所の朝青龍以来。朝青龍引退以来、複数の記者が部屋に来ることはなかったが、5月場所6日目以降恒例となった。千秋楽や場所後の会見等、久しぶりの忙しさを味わった。6月の茨城下妻や富山射水での合宿も朝乃山フィーバーがつづく。お米や宮崎牛、ビール、野菜、・・・、数々の副賞の恩恵もおよそ10年ぶりのことだった。

令和元年12月5日
平成最後の場所となった3月大阪場所は横綱白鵬が全勝優勝で復活。栃ノ心が大関から陥落して貴景勝が昇進と入れ替わり。東前頭8枚目の朝乃山は、10日目まで7勝3敗と好調だったのに生ガキにあたり、まさかの5連敗で負け越し。師匠に不養生を叱責される。椎間板ヘルニアの手術から復帰の寺沢が序ノ口優勝。愛知県一宮しから15歳の朝翔が入門。力士数が久しぶりに20人になった。

令和元年12月4日
2019年も大相撲界にとっては激動の一年でした。一月場所横綱稀勢の里が4日目に引退発表。横綱鶴竜、白鵬が途中休場して優勝を飾ったのは関脇玉鷲。西前頭8枚目の朝乃山は、初日から5連敗するも中盤以降立て直して8勝7敗の成績。膝の怪我のため番付を三段目まで落とした朝弁慶が三段目優勝を飾り、腰のケガで一年を棒に振った寺沢が前相撲から再起の新年初場所となりました。高砂部屋全体では67勝60敗と勝越し。

令和元年12月3日
平成から令和となった一年、朝乃山にとって飛躍の年となりました。新年さらに飛躍できますよう、他の力士も続きますよう願い年末恒例の高砂部屋激励会が開催されます。以前にもご案内した通り今年は12月16日(月)午後6時より紀尾井町ホテルニューオータニ鳳凰の間にて。師走を迎えてご多忙の折とは存じますが、皆様のお越しお待ちいたしております。

令和元年11月30日
場所休みも終わり、今日から巡業へ出発。今日直方へ乗り込み、あす1日(日)の巡業。3日(火)下関市、4日(水)熊本県人吉市、5日(木)福岡県うきは市、6日(金)大分市。その後、熊本県小国町、鹿児島市、諫早市、佐賀市と回って、沖縄県うるま市で2日間興行して15日(日)に帰京。前回までは、朝乃山に付人一人だったが、三役に上がったので、朝鬼神と初巡業朝東の2人が付人として参加。十両格行司木村朝之助には朝大門が付人として参加。その朝大門、今日家財道具一式を大牟田の倉庫まで引っ越し作業だったが、トラックの荷台に自転車10数台を山高く積み込むのが上手く、さすが“チャリ門(カド)”と、褒め讃えられていた。残り番明日帰京。

令和元年11月22日
朝玉勢、大銀杏を結い十両の土俵で明瀬山との対戦。突っ張っていなし突っ張っていなし、張り手も交え激しく動き回ったあと左マワシを取って頭をつけ膠着状態。十両14枚目の明瀬山も負ければ負越しで幕下陥落必至なので、お互い譲れない攻防。熱戦に館内から拍手が沸き起こり、一呼吸おいて朝玉勢が出し投げを打ち後ろ向きにさせるが、勢い余って自分も飛び出してしまう。一瞬ヒヤリとしたが明瀬山の足が出ており朝玉勢5勝目。本人曰く、足が出たのは見えたそう。十両力士を引きずりおろし再十両昇進を濃厚なものにした。朝乃山、2ケタ10勝目。朝乃土佐、11人目の勝越し。序二段村田7連勝で千秋楽に優勝決定戦。

令和元年11月20日
東幕下2枚目の朝玉勢、あと一番残しての勝越し決定。残り4日間での十両下位の力士の成績次第だが、あと一番勝つと再十両がかなり濃厚になってくる。4勝のままでも可能性はあるので、最後の一番思い切り挑んでほしいが、最近そういう余裕も感じられる。朝乃山、今日も安定感抜群の力強い取り口で9勝目。いよいよ本物感が高まってきた。明日、御嶽海戦。序二段村田6勝目。対抗の大本命宇良が敗れたため、先場所に続いての連続優勝が近づいてきた。幕下寺沢、元小結を破っての5勝目。序二段朝阪神、序ノ口朝翔、嬉しい勝越し。

令和元年11月19日
朝乃山、今日の対戦は明生。稽古熱心で進境著しい期待の若手ホープで、先場所千秋楽に敗れて悔しい思いをした相手。お互い攻める相撲が持ち味で注目された一番は、朝乃山しっかり踏み込んで明生の激しい当たりをもろともせずすぐ左上手を引き、右を差しこんで万全の寄り切りでの勝越し決定。年間最多勝獲得にまた一歩大きく近づき、優勝争いで1敗の白鵬を1差でただ一人追う展開。部屋に戻ってきて「おかげさんで」と挨拶する表情もいつも通りで、新三役での勝越しも通過点に過ぎない感。幕下の朝弁慶、朝天舞勝越し。序二段朝童子も勝越し。

令和元年11月18日
序二段村田5連勝。先場所の序ノ口優勝につづいての連続優勝が近づいてきた。ただ今場所は、序二段下位で元幕内宇良が同じく5連勝としているので、千秋楽両者による決定戦となりそうで楽しみ。幕下2枚目朝玉勢3勝目。今日が通算100勝目だそう。今場所で通算成績を102勝に積み上げて水曜日の番付編成会議を待ちたい。解説の北の富士さんから横綱宣言が出た朝乃山7勝目。寺沢に土がつき、朝東負け越し決定。

令和元年11月16日
幕下38枚目寺沢、4連勝での勝越し第一号。先場所こそ負越したものの、今年に入って3月大阪序ノ口で7戦全勝、7月名古屋三段目で7戦全勝、そして11月九州4連勝と地方場所では負け知らず18連勝中。スピード感溢れ縦横無尽な動きが身上の寺沢。明治時代の大関荒岩亀之助は、機敏で激しい千変万化の取り口から「摩利支天の再来」と云われたそうだが、荒岩の相撲を彷彿させるのではないか(荒岩の相撲は見たことないが・・・)。朝弁慶4連勝ならず。朝乃山5勝目。

令和元年11月14日
愛知県北名古屋市にある宝寿司さんは、先代の頃から高砂部屋を応援してくれ、最近朝弁慶も随分お世話になっている。女将さんは定休日を利用して他の場所にも来てくれ、今日は成道寺へ来た時の話。女将さんが、東京の部屋を午後訪ねたときに玄関に出たのが電話番の朝翔。「弁慶に名古屋のお寿司屋さんが来たと伝えて」と言づけると、2階へ行き下りてきた朝翔、「弁慶さん今下りてきます。お寿司の出前取ったんすか?」と言われずっこけたと大笑い。各場所で初めて出会うたくさんのお客さんの顔は覚えられるわけもないが、今日の話で宝寿司さんを忘れないであろう。女将さんも店でネタとしてよく披露しているとのこと。その朝弁慶、3連勝。朝乃山も会心の相撲で4勝目。

令和元年11月13日
何度か紹介してきたと思うが、今年に入って高砂部屋から毎場所優勝力士を輩出している。1月三段目朝弁慶、3月序ノ口寺沢、5月幕内朝乃山、7月三段目寺沢、9月序ノ口村田。この九州場所で優勝力士がでると、年間制覇を実現できる。各段優勝では珍しい記録になるのではと思う。可能性があるのが、幕下の朝玉勢、朝弁慶、寺沢。序二段の村田、朝童子もまだある。朝乃山も大いにある。という楽しみが千秋楽まで続いてくれると期待したい。毎年年末恒例の東京高砂部屋激励会、今年は12月16日(月)に紀尾井町ホテルニューオータニにての開催です。

令和元年11月12日
九州場所3日目。11月も半ばになろうかというのに、朝夕の冷え込みは少しあるものの日中は相変わらずの小夏(?)日和。おすもうさんは未だに上半身裸かTシャツもしくはタンクトップで、季節感なし。部屋近くの散歩コースである大濠公園のコスモスも最近ようやく花がひらき始めた。稽古場でも、準備運動でみんないい汗をかいている。朝乃山に土がつくものの、関取復帰を目指す朝玉勢は2連勝。朝童子も2連勝。朝興貴、朝天舞、朝阪神、朝翔に初日。

令和元年11月11日
札幌に月下相撲同好会というハートの熱い方たちの集まりがあり、縁あって高砂部屋を応援してくれている。その月下主催で、今年の夏に北海道安平町の早来(はやきた)神社で相撲教室が行われ、赤ん坊から小中学生、大人まで男女共にマワシを締めて相撲体操や力士(朝乃丈、朝ノ島)とのぶつかり稽古で汗を流し大いに楽しんだ。以来、月下は二人の大ファンになり九州場所にもはるばる雪の札幌から飛んできてくれた。熱い応援を背に新幕下の朝乃丈、幕下としての初白星。今宵はわらずぼで祝杯中。新小結朝乃山も大関を破っての2戦勝ちっぱなし。あす横綱白鵬戦。

令和元年11月10日
秋晴れの初日。割り(取組)が珍しい偏り方で、序二段以下は全員2日目で、初日の今日最初の取組は三段目の朝乃土佐。三段目4力士が2勝2敗とした後、幕下も下位3力士が明日で、上4人の取組が続き2勝2敗。最後に登場の新小結朝乃山は横綱戦不戦勝の白星。はじまったばかりですが、11月24日(日)千秋楽高砂部屋打ち上げパーティーのご案内です。

令和元年11月9日
一昨日7日(木)が毎年場所前恒例の高砂部屋激励会。朝乃山効果であろうが、昨年より多くのお客様にお越し頂き、九州場所での高砂部屋力士の活躍を期す。明日から初日で触れ太鼓が初日の顔触れ(取組)を秋空高く呼び上げる。豪栄道には遠藤、白鵬に北勝富士、結びが鶴竜に朝乃山。

令和元年11月6日
朝大門等4人の三段目申し合い(朝阪神は序二段だが)が終わると、幕下力士による申し合い。朝玉勢、朝興貴、寺沢に新幕下朝乃丈も加わっての申し合い。1年前の九州場所は番付外まで落ちて休場中だった寺沢、幕下で申し合いに参加できるまでに回復した。30日には、学生時代以来何年かぶりに朝乃山の胸も借り、朝乃山に「幕下で負越した力士と思えない」と言わしめたそう。 高砂部屋と地元唐人町との交流の様子が今日夕方6時過ぎのNHK福岡版のニューズ番組で紹介されます。

令和元年11月5日
3人が仕上げのぶつかり稽古で上がると、朝阪神、朝心誠、朝虎牙、朝大門による申し合い稽古。3人だと順番通りに回ってくるが、4人になると少しランダムになって積極性や体調によって番数に差が出てくるので申し合い(勝ち抜き)稽古といえるように思う。最初は、ここに朝鬼神も加わっていたが脚を痛め2,3日戦列を離れている。少し前までは朝童子や朝東と同チームだった朝阪神、ワンランク上げて稽古できるようになった。そこそこめも出ている。そろそろ三段目も近くなってきたかも・・・。

令和元年11月4日
九州入りしてからの稽古は、1時間余り基礎運動で汗を流した後、朝童子、朝東、朝翔の三人による三番稽古で始まる。朝東は双差し狙いで、朝童子は前みつ狙い。朝翔は押しと、三者三様。初めのうちは朝東が勝ち続けることが多いが、番数を重ねるごとに朝童子の動きが良くなってきて形勢が逆転する。ただ本場所は一日一番だから、その差が二人の番付にも表れているのであろう。その中で、朝翔はなかなかめが出ない(勝てない)が、時折目の覚めたような一気の押しでいい相撲を取る。毎日同じ相手とやることによって、その日の体調や力のつき具合が実感できるし、一つの技(双差し、前みつ、押し)を徹底して磨くことができる。

令和元年11月3日
朝夕は冷えるものの、日中は暑いほどの小春日和がつづいた福岡だが、今日は少し肌寒さも感じるほどの曇天。それでも相変わらずおすもうさんは裸でゴロゴロしている。稽古中も、四股やすり足、お寺の参道ダッシュ等の準備運動で、かなりいい汗をかく。以前の寒風吹きすさび体の芯から底冷えする稽古場だった九州場所が夢のよう。朝乃山は連日の出げいこで、時津風部屋(だはず?)通い。

令和元年10月30日
九州場所に向けての稽古開始2日目。初日は四股やすり足等で体をほぐしただけでだった朝乃山、今日は土俵の中に入っての稽古も開始。稽古場にはNHKが海外向けに発信しているニュース情報番組NHKワールドが朝乃山の取材。稽古の様子やインタビュー、唐人町商店にある大好物のフレンチトーストを食べにいく場面等、撮影した模様。11月8日(金)の放送予定だそうです。

令和元年10月28日
一年納めの九州場所番付発表。朝乃山は西の張出小結に昇進して初めての三役。午後2時より宿舎成道寺本堂において師匠と共に昇進記者会見。富山からのTVカメラも何社も来ていてカメラ6台、記者溢れんばかりの注目度。富山からは、琴ヶ梅以来34年(?)ぶりの三役力士誕生だそう。朝玉勢は幕下に落ちたが、朝乃丈が新幕下昇進を決めたので、幕下力士7人という期待感あふれる番付。6976500番目と6977000番目のお客様、送り先を書いてメールください。九州場所新番付と高砂部屋便り100号をプレゼントいたします。

令和元年10月27日
巡業組と東京残り番、福岡入り。先発中は広く感じられた宿舎成道寺の本堂も、いつもの広さに戻ってしまう。あす朝、番付発表。と同時に、大相撲カレンダーの配送も明日朝6時半らしく、あすはてんやわんやの忙しさになりそう。稽古は、あさって29日(火)からで、途中午前8時半から土俵祭り。いよいよ九州場所の一か月間が始まる。

令和元年10月24日
終日雨の福岡。部屋のなかの荷物等の片づけをのんびり行なう。お昼はお寺さんに差し入れいただいたピザとコーンスープ。足りない力士はプラス弁当。こういう食事も先発ならではのこと。ガスの配管も終わったので、明日あたりからちゃんこも作れそう。場所前恒例の高砂部屋激励会。今年も昨年と同じANAクラウンプラザホテル福岡(全日空ホテル)にて11月7日(木)午後6時30分より。一般の方の参加も可能です。お問い合わせは、 こちらまで。

令和元年10月22日
先発隊福岡乗り込み4日目。日中は暑いほどの好天続きで作業が順調にすすむ。ちゃんこ場のプレハブが完成して電気・水道の設備も完了したので洗い物を済ませ冷蔵庫を設置して差し入れの肉やアイスクリームをしまう。土俵も、あとは俵を入れるだけまで進み、明日午前中早い時間には完成しそう。今日の巡業は高知県安芸市。九州場所で新幕下昇進が確実な安芸市出身の朝乃丈、勧進元に招待を受けての特別参加。申し合い稽古や取組で土俵に上がると、大きな拍手喝采を浴びたそう。

令和元年10月20日
昨日19日に先発隊が福岡唐人町宿舎成道寺入り。本堂にゴザを敷き、カーテンを張って寝る体制を整え、恒例のわらすぼへ。今日は朝から大牟田の倉庫へ家財道具一式を運びに。毎年の事ながら、ゴーヤーマンがレンタカーで力士を運び、早良区の板倉さんが2トントラックを出してくれ、大牟田の倉庫で待っている4トントラックと2台に山盛りの荷物を運びこむ。板倉さんは、もともと師匠のファンだった方のお友達のお父さんで、本来高砂部屋とは縁もゆかりもない方だが、袖振り合うも何やらのご縁で毎年引っ越しのお手伝いをしてくれている。誠に奇特でありがたい。晩は、唐人町商店街の中にある奄美料理の店でラグビーと野球観戦しながらの食事。

令和元年10月13日
“江戸の大関より地元の三段目”という言葉がある通り、高知に帰ってくると高知出身力士に期待が高まる。今日の地元紙高知新聞のスポーツ欄を開くと、大きなカラー写真で朝乃丈が仕切る姿。「33歳朝乃丈(安芸市出身)幕下昇進へ」の見出しで、今年の春場所から4場所連続で勝ち越しを決め、史上2位の年長記録での新幕下昇進を濃厚にした記事がたっぷり。22日の安芸巡業にも参加予定と紹介され、その後に小結遠藤結婚の記事が僅かばかり。夕方市内のホテルにて師匠のお父さんの米寿祝い。

令和元年10月11日
高知合宿稽古初日。地元のTV局や新聞各社が取材に来て、稽古終了後に高知市の歓迎セレモニー。市長からカツオと新高梨が贈呈され、師匠が謝辞を述べ、セレモニー終了後にインタビュー。高知合宿は平成24年から再開されたから、今年で8年目にもなる(一昨年はイベントと重なり来れなかったが)。夕方5時から恒例の相撲健康体操。1歳から参加している子が今年から小学1年生になったそうで、こちらも歴史を感じる。いつの日か参加者の中から力士が誕生してくれる日も来るかもしれない。

令和元年10月10日
高知合宿へ出発。例年より遅い便しか空きがなく、午後6時20分着で辺りは真っ暗。毎年のことながら室戸から師匠のお父さんとご近所の方々が魚やお米を差し入れしつつのお出迎え。お父さんは今年米寿を迎えるが、まだまだお元気な様子。差し入れの魚やお米を、これまた毎年お世話になる明徳義塾のバスに積み替え市営相撲場の合宿所へ。一年ぶりに来ると、餃子の王将がラーメン屋に変わり、近くのコンビニがすき家になっている。明日11日から14日までの稽古。あす夕方5時から小中学生対象の相撲健康体操教室。ご近所のお子様、お相撲さんと一緒に体操しましょう!

令和元年10月9日
新弟子の稽古は、元十両の栃ノ峯という30過ぎの兄弟子が指導してくれた。四股、テッポウを徹底的にやらされ、しばらくするとぶつかって押す稽古。ただひたすら当たって押させる。存分に押させて、右に左に巻き落とす。押していって土俵際の足の運び、重心の移動が悪いと巻かれてしまう。それをひたすら繰り返す。苦しくなって四つになると、“この野郎、四つになりやがった”と、一本のっけられる(腰投げ)か、足で蹴飛ばされた。「いま勝ってもしょうがない。五年後の稽古をやれ!五年後に勝つのが本当の稽古だ」と怒られた。

令和元年10月7日
栃錦が入門したのは昭和13年9月、13歳のとき。『栃錦一代』には当時の相撲界の様子が細かく語られている。体重が規定の19貫(71,3kg)に足りず水を飲んで新弟子検査に受かった。初土俵は14年1月双葉山70連勝ならざるの場所。当時の前相撲は午前2時から行われ、2連勝して白星一つ。白星を三つとってはじめて“本中”に出世。本中でも白星三つとって初めて“新序”、翌場所から序ノ口として番付に名前を載せることができる。当時双葉山人気で前相撲に100人ほどいて7連敗してしまうが、千秋楽にようやく三つ目の白星をとって本中に出世できた。

令和元年10月6日
昭和36年3月中央公論社刊行の『栃錦一代』は、内容もさることながら装幀も素晴らしい。外箱と扉に、「栃錦一代 春日野清隆」の文字と画が棟方志功の板画によって躍っている。年表をみると、昭和35、6年は、棟方志功の名が世界的になっている頃で、志功は栃錦の相撲人生に感ずるものがあり栃錦ファンとして装幀を引き受けたのではないかと想像したくなってしまう。巻末には、「人間栃錦」と題した和歌森太郎のあとがき。12ページに及ぶ長文で栃錦の人となりや出版に至る経緯等も紹介され興味深い。

令和元年10月5日
晩酌をしながら語る話は、すべて相撲の話だった。歩き方から寝方、洗面所で顔を洗う時の足のかまえまで、行住坐臥すべてに及んだ。「歩くときはつま先立ちですり足で歩かなければならない」「下駄は前歯がガクンとへるようでなければだめだ」「脇の甘さをなおすためにはいつも肘をからだにくっつけて歩け」「夏はいくら暑くても寝巻を着て寝ろ」「寝るときは小さくなって寝ろ、飯を食うときは大きくなって食え。相撲をとるときもいっしょだ」「自分のからだにあった相撲をあみ出せ、人真似ばかりではだめ、自分のからだと力に相応した相撲をつくりだせ」・・・。

令和元年10月4日
栃木山の春日野親方は無類の酒好きで、毎晩ビール半ダースと酒一升を晩酌にしたという。昭和36年中央公論社刊の『栃錦一代』によると、付人に給仕させながら時計を前において、ゆっくり時間をかけて必ず10時半まで飲んだという。そして飲みながら、今日の稽古はここがよかった、あそこを直さなければいけないと、技術や日々の生活、心構え等細かく教えてくれたという。その毎晩の相撲講座が技能派力士栃錦を生み、名人横綱として栃若時代を築き、春日野理事長として人望を集めた。今日から巡業組出発。明日は石川県七尾市。

令和元年10月1日
栃木山は、大正13年1月、5月と連続優勝し、14年1月も10勝1分けの成績で3連覇を果たしていた。突然の引退発表は不可解だと騒がれたが、「別にわけがあってのことではありませんが、ただ、この頃、頭の毛が薄くなって、お客から禿、禿といわれるのがいやなのです」と笑って答えたという。おそらくこれは自虐ネタで、横綱としての引き際の美学を貫いたものであろう。その証拠に、弟子の栃錦が横綱に昇進した時にまず、「横綱というものは、引くべきときに引かなければならないんだよ」と諭したという。

令和元年9月30日
28日(土)里山引退佐ノ山襲名披露、29日(日)稀勢の里引退荒磯襲名披露、今日30日(月)は全日本力士選士権大会と花相撲つづき。本場所や巡業以外の相撲を花相撲というが、今日の花相撲は正式には「天皇陛下御即位 明治神宮例祭奉祝 奉納第78回全日本力士選士権大会」という名称。第1回大会は大正14年に開催され優勝者は引退したばかりの横綱栃木山。今の稀勢の里がトーナメント大会に出て優勝するようなもの。驚くべきことに栃木山は、引退6年後の大会でも年寄春日野として現役の玉錦や天竜を破り優勝している。

令和元年9月23日
昨日9月場所千秋楽。前頭2枚目の朝乃山、最後の一番を飾れず10勝5敗。新聞の予想番付によると新三役昇進は難しそう。もともと番付運は悪くないほうだが、三役に向けては壁が厚い。力をつけているのは間違いないから、さらに上へと駆け上がる準備期間なのであろう。朝玉勢は5勝10敗に終わり、幕下からの出直し。勝越し組も最後の一番を白星で締めることができず、70勝86敗と久しぶりの勝率4割台前半。今週いっぱい場所休みで、来週から稽古再開。10月恒例の高知合宿は、10日(木)高知入りして11日(金)〜14日(月)まで高知市総合運動場相撲場にての稽古。11日(金)夕方は相撲健康体操教室行います。

令和元年9月20日
膝のケガから復帰の村田、7戦全勝で序ノ口優勝。これで、今年に入って1月三段目で朝弁慶、3月序ノ口寺沢、5月幕内朝乃山、7月三段目寺沢につづき、5場所連続での各段優勝。来場所も大いに可能性があるので1年を通じての優勝力士も夢ではない。朝乃山9勝目。朝玉勢は残念な負け越し。あと2番、勝っておきたい。

令和元年9月18日
三段目16枚目の朝乃丈、5勝目を上げて来場所での新幕下昇進を濃厚にした。33歳での昇進は快挙であり記録かと思ったら、36歳での昇進記録があろらしい(朝乃丈談)。幕下に上がると、博多帯が締められ(高砂部屋では2場所目から)、外套を着ることができる。番傘やマフラーが許されるのも幕下から。何より場所毎の手当てが11万円から16万5千円へとアップする。ボーナスもアップする。朝乃山優勝争いから一歩後退の3敗目。村田6勝目。大子錦所初日。

令和元年9月16日
”太刀山は 四十五日で 今日も勝ち”とは、横綱太刀山の強豪ぶりを表した川柳。一突き半で相手を土俵の外に吹っ飛ばすから四十五日(ひと月半)。序ノ口で勝ちっぱなしの村田、同じく4連勝の相手を一突きで土俵下まで吹っ飛ばし5勝目。上の川柳になぞらえば、“序ノ口は 三十日で 村田勝ち” ・・・ 幕下朝興貴、得意の回転のいい突きで勝ち越し。朝乃丈、5勝目ならず。朝乃山、驚異的な粘りと反応の良さで阿炎の猛攻をしのいで7勝目。

令和元年9月15日
三段目16枚目の朝乃丈、4連勝での勝越し。過去2連敗と合口の悪い相手だったそうだが、引かず頭を上げず我慢して押し出しての白星。普段は「もう勝てないっす」「だめっす」とネガティブな発言が多いが、今日はまんざらでもなさそう。あと1勝すると、33歳にして初の幕下昇進の可能性も高まってくる。朝玉勢、3連敗から脱出の白星で3勝目。朝乃山も今日も前に出る相撲で勝って6勝目。今場所初めて両関取揃っての白星。明日から後半戦。

令和元年9月14日
報奨金は、月給と別に場所毎に支給される。別名“持ち給金”といい、入門すると3円の給金がつき、勝越し1点(4勝3敗が1点勝ち越し、5勝2敗は3点勝越し)につき50銭加算されていく。 そのため勝ち越した時に「おかげさんで給金直しました」と挨拶する。支払われるのは関取のみで、地位によって、十両40円、幕内60円、大関100円、横綱150円と最低支給標準額が決まっている。今場所新十両の朝玉勢は、40円に届いていなかったはずだが、引き上げられて支給(4000倍だから16万円)される。ちなみに横綱白鵬は2055円だから4000倍すると822万円。序ノ口村田4連勝で勝ち越し第1号。

令和元年9月13日
朝乃山、昨日の横綱鶴竜に勝っての金星につづき、今日は大関豪栄道を上手投げで下して4勝2敗の成績。“金星”は平幕が横綱を破ることで、場所ごとに貰う報奨金が10円加算される。実際の支給額は4000倍なので、4万円。報奨金は関取でいる間は引退するまで毎場所支給されるので、金星は名誉であるとともに収入にも大きくかかわってくる。大関を倒した場合は、金星にちなんで銀星というが、こちらは加算金は一切ない。また、三役が横綱を倒しても金星はつかない。

令和元年9月11日
部屋に稽古見学に来たお客さんが、「あのお相撲さんはよく稽古するね」と口にするのが朝心誠。 熱心な稽古で入門2年で三段目中位まで番付を上げたが、なかなか三段目に定着できずに、今場所三回目となる三段目昇進。今日は元幕内力士に勝っての2連勝。この勝ち星を自信にして三段目に定着したい。朝玉勢、2勝2敗と星を五分にして、中入りの時間にNHKで新十両紹介インタビュー。9月22日(日)に行われます、,高砂部屋千秋楽打ち上げパーティーのご案内です。

令和元年9月10日
朝玉勢の幟を出してくれたのは浅草橋の手帳屋さん。朝乃山に幟を出してくれた蔵前のお寿司屋さんの常連さんで2年ほど前から玉木を熱烈に応援してくれている。東京場所の時には必ず1日か2日観戦にいくそうだが、今まで玉木の相撲にあたったことがなかったという(幕下以下は2日に1回の取組)。関取昇進の暁には幟を出すと言い出して2年、ようやく念願が叶った初日の観戦日。台風で幟が下ろされ生で見ることはできなかった。初生観戦となった取組みも黒星。しかし今日3日目、十両土俵での初白星。国技館前に掲げられた“吉澤晃文堂”の幟も、喜びいっぱいはためいているであろう。

令和元年9月9日
台風上陸で深夜から早朝にかけて暴風雨となり、開始時間を30分遅らせ9時10分開始。 昨夕協会から電話やメールで、開始時間と取組みに遅れそうな場合は若者頭に連絡するよう通達が来る。序二段64枚目の朝東、出番が近づいて花道を土俵下に入ろうとしたら、若者頭に止められた。相手が電車が遅れてまだ来ていないという。支度部屋に戻り待機すること一時間余り。対戦相手が到着して土俵に上がったのは三段目の取組みに入った後。待ちくたびれたのか、実力通りだったのか、黒星スタート。朝乃山、今日も会心の相撲で2連勝。

令和元年9月8日
蒸し風呂のような暑さとなった9月場所初日。台風接近とあって力士幟や北門と両国駅の間の相撲グッズ売店のテントが仕舞われ、少し寂しい国技館前。3日目から復活とのこと。名古屋場所は暑いものだという心構えがあるが、秋場所と名がつくだけに9月場所の暑さはより不快に感じてしまう。朝乃山、会心の相撲で御嶽海に初白星。明日は栃ノ心戦。新十両朝玉勢、初日を飾れず。幕下7枚目朝弁慶、豪快に極め出して白星スタート。

令和元年9月6日
初日まであと二日。朝乃山、朝玉勢の二人は四股やすり足でしっかり汗をかき初日に向けて調整。朝玉勢の白マワシ姿もだいぶ板についてきた。新品の締め込みを締めて四股を踏み体に馴染ませ、なかなかインパクトのある絵柄の化粧まわしも試着してと、初めての15日間に向け準備万端。付人はベテラン朝ノ島と朝東が務める。今場所序ノ口から再起をかける村田は、三段目力士相手に稽古。膝の回復は順調なようで、地力の違いをみせ、昨年7月場所以来の本場所に臨む。今場所は休場者なし。訂正、村田は3月場所途中休場でしたので、今年の3月場所以来の出場です。訂正の訂正、先場所最後の一番を取っているので、初日からの出場が3月場所以来です。

令和元年9月3日
震災による火災で、国技館も部屋もすべて焼けてしまったが、力士たちは巡業中だったのが幸いして難を逃れた。読売新聞社『大相撲』に連載されていた「二十二代庄之助一代記」に当時の様子が記されている「巡業で満州から内地に戻り、長野に入ったところでグラグラっと揺れた。東京へたどりつくと、辺り一面焼け野原。部屋(出羽海)は全焼し、国技館は鉄傘だけの無残な姿。部屋の蔵だけが焼け残っていて、親方と持参した米と塩サケを食べ三日間蔵で過ごすと、他の親方衆や行司も集まってきて蔵の中の荷物をトラックで稲毛海岸の常陸山の別荘へ運び、すぐ巡業にでた。その後二年ほどはバラックを建てて生活した」 朝玉勢、九重部屋への出稽古。体調を崩していた朝乃山、今日から再始動。

令和元年9月1日
防災の日。大正12年(1923)9月1日午前11時58分に地震が発生。ちょうどお昼時で、ガス、かまど、七輪からの出火で火事が起こり、折からの強風にあおられ瞬く間に東京市中を焼き尽くす大火災となった。特に本所(現墨田区)・深川方面は火災が多く、本所区横網町の陸軍被服廠跡地(現墨田区横網町公園や日大一中高、両国中)には3万数千人の避難民が押し寄せた。午後4時過ぎ、火が広場の周囲にも広がり、猛烈な火災旋風が起こり、避難民が運び込んだ家財道具に燃え移り、荷車も家財も人も火の塊となって宙に舞い飛ぶ地獄と化した。広場での焼死者3万2千人余り、生存者はわずか200人ばかりであったという。関東大震災全体での死者は10万5千人を超える。

令和元年8月31日
十両に上がるとすべてが一変する。横綱・大関に上がった力士でも新十両の時が一番うれしかったと語る。付人がついて身の回りの世話をしてくれるようになるし、本場所では締め込みを締め、化粧まわしでの土俵入りもある。服装も正装は紋付袴となり、着物も夏冬用何着も仕立てなければならない。それぞれ高価な品なので、後援会や贔屓筋のご支援ご協力を仰がなければならない。玉木改め朝玉勢、本日地元伊勢での新十両昇進祝賀会。

令和元年8月27日
稽古始め。7時稽古開始だが、7時15分過ぎには玉木改め朝玉勢が稽古場に上がってきて(地下でマワシを締める)、白マワシ姿を初披露。おととい日曜日の平塚合宿の稽古では黒マワシ姿で、急に大きくなるわけもないのだが、白マワシになると、不思議と大きく輝いて見える。稽古後、力士会に初参加。新十両力士は歌わされることもたまにあるそうで心配していたが、今日は自己紹介のみで終わったようで胸をなでおろしていた。昨日は大部屋で昼寝していたが、今日は自分の個室で昼寝したもよう。日一日と関取らしさが身についてくる。

令和元年8月26日
9月場所番付発表。朝乃山は、1枚半落ちて西前頭2枚目。新十両の玉木改め朝玉勢(あさぎょくせい)は東十両14枚目。今日から正式に関取となる訳で、4階に個室も出来たが、相変わらず2階の大部屋で朝乃丈と口ゲンカしている。幕下は、朝弁慶が7枚目、先場所全勝の二人朝天舞が14枚目、寺沢が30枚目、朝興貴35枚目、朝鬼神48枚目。関取2人と幕下5人という陣容は久しぶりに番付の重みを感じさせる。朝翔初序二段。6851500番目と6852000番目のお客様、送り先を書いてメールください。9月場所新番付と高砂部屋便り98号をプレゼントいたします。

令和元年8月22日
今日から平塚合宿。若松部屋時代から数えると今年で26年目を迎えるようで、四半世紀を過ぎつづいていて、更にまた歴史を積み重ねていく。26年前からお世話になっている方、最近親しくなった方、時代を超え世代を超え、この平塚合宿を支えてくれている。まことにありがたい限り。稽古は、市の総合運動公園内土俵にて午前7時半〜10時頃まで。愛知県の中学生3人も体験入門として合宿に参加している。

令和元年8月20日
許可が下り、本場所開催へ向け準備にとりかかる。焼け焦げて穴だらけになった国技館を直さなければならないが金がない。残っている理事長以下4人で手分けして金策に走り回り、ようやく応急工事を始めることができた。220本分の稽古マワシ用帆布を商工省に申請し、番付の準備もはじめる。和紙がないのでザラ紙に印刷、戦時下で新弟子がいなく番付に序ノ口がない。序二段、三段目もスカスカ。11月5日番付発表で、11月16日から10日間の開催。西張出横綱に双葉山の名があるが初日から休場して千秋楽に引退発表。翌21年11月19日に国技館で断髪式。

令和元年8月18日
協会を代表しての訪問だから、正装でいかなければならない。笠置山は疎開先から紋付袴を取り寄せ、久しぶりに着てみたら驚いた。食糧難で30kg近く痩せ、袖が落ち、身幅が余り後ろまで回りそう。タオルを幾重にも巻き、何とか体裁を整えた。安芸ノ海もさかんに腕をまくり扇子で煽ぐので聞くと、やはり巻いてきたという。終戦間もない9月10日のこと、汗だくになりながら、相撲の歴史や美学、体験を語り、プロボクシングやプロレス同様、大衆が熱狂する観賞用格闘技だと説いた。2人の熱弁が功を奏したのか、9月23日に「マッカーサー司令官も観戦を希望している」という添書と共に本場所開催の許可が警視庁から下りた。

令和元年8月17日
終戦を迎え連合国軍の占領下となり、軍事色を一掃するため武道は全面禁止となった。大相撲の存亡も、GHQ次第である。協会に残る藤島理事長(元横綱常ノ花)、春日野取締(元横綱栃木山)、楯山(元幡瀬川)、武蔵川(元出羽の花)の中でも思案がつづく。「しばらく様子を見たほうがいいのでは・・・」「こういう時だからこそ、一日も早く本場所を開催しなければ・・・」。文部省に訊いてもGHQの意向ははっきりしない。そんな折、ある会に親日家の米人牧師が招待されるという。相撲が平和的スポーツであることをマッカーサーに伝えてもらうべく、横綱安芸ノ海と関脇笠置山が協会を代表して訪問することになった。

令和元年8月15日
終戦記念日。74年前の昭和20年8月15日正午、ラジオから流れる昭和天皇の玉音放送で終戦が知らされた。元出羽海部屋の力士で作家の小島貞二氏は南方のセレベス島で玉音放送を聞いたと著書『本日晴天興行なり』で記している。力士たちはほとんど疎開していて出羽海一門だけが30名ほど両国に残っていたという。力士たちは、部屋と路地を隔てた前の家のラジオで聞いた。当時の出羽海部屋は両国橋のたもとにあった。「道で相撲取りたちが、直立不動できいた。何とも空しい絶望感が流れたのを覚えているね」と小島氏の同期生だった小高が証言してくれた、とある。

令和元年8月14日
来る9月場所での新十両昇進が決まった玉木改め朝玉勢(あさぎょくせい)は、三重県伊勢市の出身。父親も近畿大学相撲部出身で、物心ついたときには、すでにマワシを締めていたという。幼少のころから三重県志摩市にある志友館相撲道場で相撲を習い、中学生のときには親元を離れ、道場の近くに下宿して稽古に励んだ。下宿先には年の近い兄弟もいて、3兄弟のようにして育てられたそうで、朝玉勢の四股名は、その下宿先の育ての親が考えてくれた。8月26日の番付発表の日から関取となるので、まだ大部屋暮らし。枕を並べる朝乃丈と仲良く毎日のように口げんかをしている。

令和元年8月12日
パソコンの不具合で長らく更新ができませんでしたが、ようやく再開できそうです。猛暑がつづくなか、巡業組は、今日12日が後山形県村山市での巡業。この後、青森市、板柳町(青森)から北海道へ渡り、16日は函館、17日18日と札幌で行い、19日に釧路を最後に帰京。毎夏恒例の平塚合宿は22日(木)乗り込みで稽古は23日(金)〜25日(日)までだから、今年は巡業組も前半参加できる。25日(日)は最近恒例となっている東京駅丸の内のKITTE場所。翌26日(月)が9月場所番付発表。


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