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今日の高砂部屋
令和2年9月25日
幕下寺沢、7戦全勝での幕下優勝。対戦相手は同学年で高校生の頃から苦手なタイプだったそうだが、攻め込まれながらも反応よく突き落としての勝ち。この勢いで、来場所の幕下上位、関取昇進へと駆け上がりたい。序ノ口大子錦、最後の一番に出場して白星を飾る。今場所で引退して岐阜県の師匠の知人の会社に就職することになっている。長年、高砂部屋の伝統の味を守ってきたちゃんこ長の引退は寂しいが、第二の人生に幸あれと願いたい。長い間、本当にお疲れ様でした。序二段朝童子勝越し。

令和2年9月23日
幕下寺沢、顔のでかさには定評があるが意外と繊細なところもある。今朝の稽古後のちゃんこの時、「今までの相撲人生の中で一番緊張します」との発言を連発していたものの、取組では張り差しで左を入れ一気の寄りで6連勝。繊細ながら人を食ったような面もあり単なる妄言だったようで、おそらく明後日13日目に6連勝同士での幕下優勝決定戦に臨む。大関朝乃山、3連敗のあとの8連勝での勝越し。序二段朝乃土佐、朝東勝越し。序ノ口朝大洞、うれしい初勝越し。

令和2年9月20日
すっかり秋の気配につつまれた9月場所も中日8日目。本日のNHK大相撲中継中入りの特集『技の神髄』は“ぶちかまし”朝潮。ぶちかましを得意とした師匠の懐かしい映像とインタビューで、足の構えや寝るときの姿勢にまでこだわった大関朝潮のぶちかましの神髄が語られた。朝乃山、不戦勝での5勝目。1敗力士が消え、いつのまにか優勝争いに加わってきた。幕下村田、寺沢元気よく4連勝での勝越し。

令和2年9月19日
千秋楽恒例の高砂部屋9月場所千秋楽打ち上げパーティーは、感染症拡大防止のため、中止とさせていただきます。楽しみにされていた方には申し訳ない次第ですが、ご理解とご了承下さりますようお願い申し上げます。一日も早くコロナ禍が終息し、日常が戻ることを祈るばかりです。大関朝乃山、先場所不覚をとった照強を一蹴して4勝目、白星先行。新幕下深井3勝目。

令和2年9月18日
間合いは、感覚的なものだけに体で覚えるしかない。動きを止めたり後ろに下がったりすると覚えることはできない。前に出る、もしくは出ようとすることによってしか覚えられない。それゆえ「前に出ろ」としか指導しないし、前に出ることによって身につくことは他にも限りない。序二段で自己最高位の朝翔、我慢して前に出て2勝目。朝乃山も我慢して間合いを引き寄せ3勝目五分の星。幕下村田、寺沢3連勝。

令和2年9月17日
得意は「突き押し」と一口に言っても、「突き押し」にも様々なタイプがある。回転のいい突っ張り、一発が重い突っ張り、引き技につなげる突っ張り、ぶちかましから一気に出る押し、ネチネチと我慢強い押し、中に入って双ハズでの押し、おっつけての押し、・・・。押しは相手に密着し、突きは相手と間合いを取らなければならない。幕下17枚目朝興貴、今日は得意の突っ張りが出るも、もぐってくる相手に中に入られそうになり、土俵際での突き落としでの今場所初白星。間合いを取りきった。朝乃山、相手の相手の間合いを封じての2勝目。序ノ口朝大洞、初白星。

令和2年9月16日
序二段~山の今日の対戦相手は華吹(はなかぜ)。神山は38歳になり入門24年目の大ベテランだが、対する華吹は入門35年目50歳の超特大ベテラン力士。上手投げ得意な相手に上手を引かれ、一瞬「やばい!投げられるかも」と思ったそうだが、左下手から寄って、すんなりと寄り切りの勝ち。88歳対決を制した。最高齢対決かと思ったが、先場所42歳力士との対戦があったようで、92歳対決には及ばなかった。上には上がいるもの。大関朝乃山、幕下朝弁慶に初日。

令和2年9月15日
「勝ち負けは時の運」という言葉があるように、勝てるときには不利な体勢になっても自然に体が動いて勝利に結びつき、負けるときには有利な体勢になったのにあと一歩のところで逆転を許してしまうことが多々ある。ただ、「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」という言葉もあり、負けるときには体の自然な動きよりも頭の意識の方が先走ってしまう場合が多い。それを斉(ととの)えるのが、四股やテッポウをただひたすら繰り返すことなのであろう。幕下村田、寺沢2連勝。

令和2年9月14日
突き押し、左上手、右前みつ、双差し、・・・力士それぞれに得意な形がある。自分の得意な形になるよう日々の稽古に励み、得意技を磨いていく。ところが本場所では、そうそう自分の得意な形になれるものではなく、不得意な形になったときに我慢できるかどうかが番付の差に表れてくる。突き押しと左前みつを磨く朝翔、今日の一番で相手に左四つに組まれ、左半身と苦しい体勢。相手の攻めを凌ぎ、機を見て右からしぼり土俵際残る相手を強引に寄り切った。こういう相撲を白星にとつなげられると大きい。朝乃山連敗、幕下朝玉勢白星スタート。

令和2年9月13日
令和2年9月場所初日。今場所も7月場所同様、感染症対策に万全を期しながらの15日間。支度部屋は幕内専用で、十両は相撲教習所を使用。支度部屋でもマスク着用が義務付けられ、取組後のインタビューはリモート。付人は花道でもマスク着用。再入場はできないので、幕下以下の力士には地下食堂で昼食が提供されている。朝乃山、遠藤に敗れ黒星発進。幕下村田、深井は白星発進。

令和2年9月12日
初日を前にして午前10時より土俵祭り。通常なら三役以上の力士と相撲教習所生徒が参加して行われるが、力士の参加はなしで理事長や審判員等限られた関係者のみで行われる。その後各部屋や街中へ繰り出される触れ太鼓もなし。朝乃山は、紫の締め込みを締めて土俵で体を動かす。明日初日の取組開始は午前8時50分。お客さんを入れるのは7月場所同様午後1時からだから、それまでは無観客の土俵。これ以上感染が広がることなく無事千秋楽を迎えられることを祈るばかり。

令和2年9月11日
今年3月入門の朝勝令と朝大洞、学校は違うものの同じ愛知県一宮市の中学校卒。入門当初は、体が大きい分朝大洞に分があったが、最近の稽古では朝勝令の方が分が良くなってきた。朝大洞が怪我をして稽古を休んでいた時も朝勝令はずっと稽古をつづけてきた差が現れている。怪我が治り、ようやく稽古ができるようになった朝大洞、朝勝令と共に、序ノ口上位(朝勝令10枚目、朝大洞14枚目)で、初の勝ち越しを目指す。取組編成会議。初日高砂部屋の先頭を切って土俵に上がるのは序ノ口朝大洞が谷口との対戦。幕下上位5番で朝弁慶対納谷、結びが東正大関朝乃山に遠藤。

令和2年9月10日
入門2年目17歳の朝翔(あさはばたき)は、先場所5勝2敗の成績で、今場所は57枚目と自己最高位まで番付を上げた。突っ張りと左前みつ取っての寄りを磨いているが、まだまだ相撲にも気持ちにも波があり、一進一退の毎日。気持ちが乗ると自分より上の力士をいっぺんに持っていく相撲を見せることもあるが、朝阪神だけには合口が悪い。朝阪神のぶちかましにビビってしまい、他の力士に当たるように当たれなく、いつも電車道で持っていかれる。朝阪神に当たり負けしないようにならないと三段目には上がれない。

令和2年9月9日
序二段で朝阪神と朝翔が自己最高位まで番付を上げた。朝阪神は15枚目なので、勝ち越せば三段目昇進が確実な番付。15歳で入門して5年目。ぶちかまして左おっつけて出る相撲がはまると強みを発揮するが、あきらめが早く、自分から飛び出してしまうことも多々ある。先場所6勝した勢いで今場所も突っ走って、三段目昇進を勝ち取りたい。現在、朝乃丈、朝虎牙と共に師匠の付人を務めている。

令和2年9月7日
幕下勢も、日々の調子の波はあるものの順調に初日を迎えられそう。三段目勢では、朝鬼神が数日前足首を痛め、初日に向け治療に励んでいる。先場所の取組で膝を怪我した序二段筆頭の朝乃丈、数日前からようやく稽古場に下りられるようになり四股やぶつかり稽古で胸を出して動かせるようになってきた。動かしだすと回復も早い。9月場所出場は、まだ微妙。今朝の稽古場、相撲協会広報部が稽古の動画撮影。近日中にアップされるはずです。

令和2年9月6日
9月場所初日まであと1週間。大関2場所目となる朝乃山は、出稽古禁止のため幕下力士との申し合い。朝玉勢、村田、寺沢、深井を相手に、立ち合いの踏み込み、左上手の取り方、一番一番確かめるように稽古を繰り返している。外出自粛がつづく中、おかみさんが気分転換になればと設置してくれた屋上のプールをよく利用してしているので、かなり日焼けしている。先場所前から継続して行っている専属トレーナーによるトレーニングも週3日の割合で行い、調整は順調にすすんでいる模様。

令和2年9月4日
相変わらずの厳しい残暑。じっとしてても汗ばむ日がつづいて、お相撲さんにとっては最もつらい季節。体が大きい分、一般人よりも汗かきが多いが、そのなかでも個人差はけっこうある。四股を踏んでいても、流れるような汗をかく力士、じんわり汗を浮き上がらせている力士、わりとサラサラな力士、もちろん四股の踏み方にもよる。四股を何百と踏んでいると、まず額や胸から汗がしたたり落ちてきて、次いで太ももやスネからも汗が流れてくる、しまいには足の裏からも汗がにじみ出てきて踏んでいる場所が水浸しになってくる。そういえば最近、足に水たまりをつくる力士が減った。

令和2年9月3日
9月13日(日)から開催の9月場所は、7月場所同様の開催となります。溜り席は空席にして、マス席に1人ずつ、2階椅子席は3席飛ばしでの観戦となり、マスク常時着用です。入場は午後1時よりで、売店は縮小営業でアルコールの販売はなしです(持ち込みも不可)。7月場所同様に声援自粛で拍手のみの応援になりますが、力士にとっては拍手が大きな励みになります。あす9月4日(金)午前10時からの販売です。

令和2年8月31日
9月場所番付発表。朝乃山、東正大関。幕下は、4枚目朝弁慶、10枚目朝玉勢、16枚目村田、17枚目朝興貴とつづき、先場所三段目優勝の深井が41枚目、寺沢42枚目。三段目は18枚目に朝大門、朝鬼神が東西、朝天舞31枚目、朝虎牙52枚目。序二段は、東筆頭に朝乃丈、朝阪神15枚目、朝翔57枚目と2人が自己最高位更新。幕下6人、三段目4人、序二段9人、序ノ口3人の布陣。7246200番目と7247000番目のお客様、送り先を書いてメールください。9月場所新番付と高砂部屋便り110号をプレゼントいたします。

令和2年8月29日
転ぶことと相撲が強くなることは全く関係ないように思える。しかし、相撲が強いということはかなり複雑なことで、筋力やスピードは表面的なものでしかない。腕を返して何度も転ぶことで全身が均一になる。四股やテッポウも全身を均一にするために何百回とおこなう。双葉山の強さは全身の細胞が均一なことによる。9月場所前の土俵築。あす「感染予防に関する講習会」。あさって9月場所番付発表。

令和2年8月27日
現八角理事長の横綱北勝海は、保志の四股名だった若い頃から横綱千代の富士の胸を借り毎日のように可愛がられていた。北勝海と改名して横綱に上がってからも同様で、二人のぶつかり稽古は、そのスピード、リズム感、激しさ、どれもが素晴らしく迫力満点であった。有望力士ではあったものの誰もが横綱にまで上がると思っていなかった北勝海が横綱に上がったのは、このぶつかり稽古によるものが大きいであろう。横綱に上がってからも何度も転がり砂まみれになっていた。歴代の横綱の中でも、一番多く転んでいるのではなかろうか。

令和2年8月26日
土俵で転べるようになった朝大洞、今まではぶつかり稽古の最後に一度転ぶだけだったが、今日からは難易度を上げて2回押したあと1回転ぶように回数を増やし、4〜5回転ぶ。何回も転ぶことによって丸く転ぶことを身体が覚え、どんな体勢からでも転べるようになる。腕を返すことも自然と身につき身体が一体化する。転ぶことは、単にケガをしないための受け身というよりも、もっと大切な、相撲の神髄に近づくことのような気がする。現役中は転ぶのを厭わずに自ら何度も転んでもらいたい。

令和2年8月25日
右手から入り、右肩、背中、左腰と丸く転がると、背中に右肩から左腰にかけて斜めに砂がつく。転ぶのが下手な力士は背中一面に砂がついてしまう。ところが、横綱栃錦はぶつかり稽古で転んでも背中に全く砂をつけなかったという。クルッと宙で回転して、立ち上り振り向いた時には腰を割ってぶつかる体勢になっていた。背中に砂をつけないぶつかり稽古は横綱になり引退するまで続いたそうで、「まさに芸術品で、あんな転び方をできる力士を他に知らない」と、元鳴門海の竹縄親方が『名人栃錦 絶妙の技』の中で語っている。

令和2年8月24日
転ぶことで、ケガをしないための受け身を覚える。柔道の受け身は、腕や脚で畳を叩いて衝撃を分散させる受け身だが、相撲は土俵を叩くと痛いので、丸く転がって立ち上がる受け身になる。スケートボード等の受け身と同じ要領。右から転がるときには右手、右足を前に出して腕、肘、肩、背中、左腰と順番に転んでいく。恐がると手で止めたり肩をぶつけたり逆にケガをしてしまう。前に出す右手(右腕)の腕(かいな)を返すと、自然に丸く転がれる。

令和2年8月23日
今年3月入門の16歳「ボラ君」こと朝大洞、4月に鎖骨骨折して転ぶ稽古が長らくできなかった。折れた鎖骨もようやくくっつき転ぶ稽古を再開。まずは布団の上で膝をついた姿勢で肩からの入り方、脚の置き方を覚え、次に立った姿勢から、次に布団をどけて畳の上でと段階を踏んで、昨日久しぶりに土俵で転ぶ稽古。怪我をする前よりも上手に転んで立つことができ、思わずみんなから拍手が起こる。転べるようになってはじめて稽古に参加できる。

令和2年8月20日
横綱双葉山が稽古マワシで控えに座っている写真がある。一面を使った大きな写真で、「ボロの廻し」と題して、下部には「もう何年使っているのだろうか。ボロボロに擦り切れた大横綱のけいこ廻し(巡業地)」と説明がはいっている。次のページには稽古中の後ろ姿で、こちらにも「後ろも、ごらんのとおりボロボロ。廻しのすり切れるほど内容の濃い、激しいけいこをしてきた双葉山なのだ!」という説明文。昭和17年頃の写真のようで、物資不足の時代にはまだ早く、新調しようと思えばできたはずだが、使い込んだマワシに宿る代えがたいものが何かあったのであろう。

令和2年8月18日
よく稽古をする力士は1〜2年、そうでもない力士は4〜5年で稽古マワシを新調するのが一般的であろうか。大ベテランになると10年以上使い込む強者もたまにいる。ベテラン力士がマワシを新調すると、「おいおい、あと何年やるつもりだ」と冷やかされるのが常。新しいマワシは肌触りがよく気持ちよい。関取が本場所で締める繻子つの締め込みは体に馴染ませるのに時間がかかり、稽古場で何日か体に馴らしてから本場所デビューする。健康診断、併せて抗体検査も。

令和2年8月17日
取組が終わった後、支度部屋に戻り風呂に入るが、時間によっては混み合う時もあり、マワシを取り違えてしまうことが時々(数年に一度)ある。こういう場合は誰が間違えてしまったのかわからず、残ったマワシを持ち帰ることになるが、さすがに誰のかわからないマワシを使う気にもならず新調する場合もある。関取衆の締め込みは、明け荷の中に入れて支度部屋に置いておくので間違うことはありえない。稽古マワシ(白)も前に垂らす部分に墨で四股名を入れるので取り違えることはない。

令和2年8月16日
幕下以下は全員黒マワシだから一緒に干してあると間違えそうなものだが、新しさや使い込み具合、汚れ具合、股の部分の折れ具合、先端のほつれ具合、・・・、それぞれに微妙な違いがあって自分のものはすぐわかる。もっととも最近はテーピングで目印をつけている力士が多い。それでも本場所に行くときに慌てて用意をして間違えて他人のマワシを持っていってしまうことがたまに(数年に一度)ある。支度部屋で締めたときに初めて気付き、文字通り「他人の褌で相撲を取る」ことになるわけで、あまりいい結果に結びつかない。

令和2年8月15日
マワシ盗難事件は、新聞でも取り上げられ、沢山の方から情報をいただいた。相撲グッズはいろいろ出品されているが、使用済みの黒マワシまであるのには驚いた。本人のものではなかったようだ が、誠にありがたい限り。出品マワシを買うより三福商事(墨田区業平ー相撲協会への納入業者)で購入する方が安いとおもうのだが・・・。稽古マワシは、雲斎木綿や帆布でつくられ、幅は46cm、長さは各自腹の大きさに合わせ6m〜8m程。関取は白、幕下以下は黒と定められている。

令和2年8月13日
「マワシは洗わない」というと驚かれることが多いが、関取が本場所で締める締め込みは、絹なので、もともと洗えない。汚れた場合は濡れタオル等で汚れを落として陰干しする。というか、一場所終わると、必ず広げて陰干しする。稽古マワシは厚地の木綿なので日干しするが、こちらは汗と汚れがひどくなるとデッキブラシで洗い流して干すこともある。30〜40年ほど前は、稽古マワシに関しても「洗っていいのは師匠が亡くなったときだけ」という言い伝えがあったが、当時も汚れがひどくなったら新調するのが一般的ではあった。

令和2年8月12日
3月につづき異例の本場所であったが、高砂部屋でも異例の事件があった。場所中(確か前半戦)の午後2時過ぎ、部屋の裏道の突き当りにある会社の社長が、裏口にいる力士に興奮気味に話しかけてきた。「さっき軽トラが路地に入ってきて、干してあるマワシを取って急発進していった。どうも様子がおかしかった」 調べてみると、ブロック塀に干してあった寺沢のマワシが無くなっている。おかみさんにお願いして防犯カメラの画像を確認してもらうと、1:53分裏に車が止まり、一瞬の後走り去るのが映っている。110番して被害届を出したが、未だ出てこず。40年近くこの世界にいるが初めてのこと。寺沢は、協会でマワシを新調、マワシ代はおかみさんが出してくれた。

令和2年8月11日
3月場所が終わり7月場所までの4か月間は、正直、先が見通せない不安を抱えながらの長い日々であった。体温測定は毎日行い、問題なく来ていたのだが、初日の1週間前になって3人熱を出した。一人は扁桃腺炎であったが、二人は原因不明で、そのうち一人が39、8度の高熱。協会に連絡して朝8時半過ぎに同愛記念病院で検査、2時間後くらいには結果が出るとのことで気を揉んだが、3人共に陰性で安堵。2、3日後には平熱に戻り本場所にも間に合った。

令和2年8月10日
猛暑日。場所後の休みが終わり、今日から稽古始め。といっても今日は四股のみ。7月場所が始まるまで4か月と長かったが、初日が2週間遅れだったため、9月場所までの期間はいつもより短い。8月31日(月)番付発表なので、番付発表まで3週間。そして、その2週間後9月13日(日)が初日で、番付発表前の金曜、土曜で土俵築の予定。体のリズムはつくりやすいであろう。9月場所入場券販売については、まだ詳細が決まっていません。決まり次第お知らせ致します。7228000番目と7229000番目のお客様、送り先を書いてメールください。高砂部屋便り109号をプレゼントいたします。

令和2年8月3日
コロナ禍がつづく中、様々な感染予防対策を施し、観客を4分の1に制限して行われた7月場所。3月の無観客開催同様異例の本場所ではあったが、お客さんの拍手が誠にありがたく、無事千秋楽を迎えられたことが何より一番のこと。最大の注目であった新大関朝乃山は、優勝こそ逃したものの12勝3敗の成績で大関としての責任を十分に果たしたといえるであろう。これから毎場所、責任が重くのしかかってくるが、さらなる高みを目指し登っていくしかない。深井が三段目優勝。千秋楽パーティーは中止のため、部屋でちゃんことお寿司やオードブルでの食事。勝越し力士には、おかみさんからご祝儀。

令和2年8月1日
照ノ富士が敗れ、再び優勝に近づいたかと思った矢先の足取りでの3敗目。しかし、まだ明日の結果次第で優勝決定戦の可能性もあり大混戦の7月場所千秋楽を迎えることとなった。何よりもコロナ禍に巻き込まれずに千秋楽を迎えられた安堵感が大きい。まだまだ先は長いが・・・。序二段67枚目朝東5勝目、来場所自己最高位近くまで番付を戻せそう。14日目を終えて、ちょうど5分の通算成績。あす11人の力士が土俵に上がる。

令和2年7月31日
13日目からは取組開始時間が遅くなる。午前10時50分開始の柝の音と共に土俵に上がるのは、今場所休場中だった大子錦。対するは服部桜。序ノ口生活が長くなった大子錦、服部桜とも2度目の対戦で、今場所も余裕の寄り切り。そして、13日目土俵の最後の一番を締めるのは大関朝乃山。残念ながら、一敗同士の対決に敗れ2敗となる。明日は照強戦で、まだ優勝の可能性はある。三段目深井7戦全勝で千秋楽に優勝決定戦。幕下村田勝越し。序二段朝阪神6勝目。

令和2年7月30日
「稽古は本場所のごとく、本場所は稽古のごとく」横綱双葉山の言葉だが、言うは易く行うは難しで、誠に難しい。幕下の寺沢、場所前の稽古では大関をタジタジにさせる鋭い攻めを何度も見せ、今場所はと期待させたが今日で負け越し。腰に爆弾を抱えているという体調の難しさもあるが、残念。双葉山は次のようにも語っている。どうしても勝てない場合も、「つづけて稽古する」「稽古に出でて稽古に帰る」「どんな状況でも一心不乱に稽古つづけてゆくことのできる心の強さ」こそが問題の根本。朝乃山11勝目。あす照ノ富士との一敗対決(白鵬は2敗)。

令和2年7月29日
三段目67枚目深井6連勝。東洋大学相撲部出身で3月場所三段目100枚目格附け出しデビューは、朝乃山や村田と同じ。デビュー場所5勝2敗という成績も朝乃山と同じ(村田は6勝1敗)。2場所目、朝乃山は6勝1敗だったので次勝って7勝すると朝乃山超えの成績となる。7戦全勝だと幕下昇進が確実で、三段目優勝の可能性も。朝乃山、10勝目を上げ優勝争いトップタイ。三段目朝虎牙勝越し。朝阪神5勝目。

令和2年7月28日
幕下32枚目の朝興貴、回転のいい突っ張りが売りだが、今日は突っ張り切れずに大きな相手と組んでしまい万事休す。ところが、あまり記憶にない見事な上手投げで大きな相手を転がした。投げた本人も驚いたように、ステイホーム効果(5月12日日記参照)といえるのかもしれない。朝阪神、半年ぶりの勝ち越し。朝乃山に初黒星。朝乃丈、7日目勝った相撲で膝を痛め、今日から休場。

令和2年7月27日
序ノ口で4連敗中だった朝勝令、今日の対戦相手は服部桜。序ノ口の連敗記録保持者で、朝勝令は「負けたら引退する覚悟」で臨んだといい、「じゃあ、緊張しただろう」と聞くと、「そうでもなかったです」とよくわからない返事が返ってきて、無事初白星を飾る。朝乃山、物言い取り直しの一番を制して9勝目。三段目深井5勝目、序二段朝東勝越し。三段目2枚目の朝大門も初白星。9日目にして初めて通算成績が勝越しとなる(56勝55敗)。

令和2年7月26日
序二段109枚目朝翔、4連勝で7月場所高砂部屋第一号の勝ち越し。入門一年半、突き押し相撲を基本に左前みつを取って前に出る相撲を毎日磨いている。稽古場では、まだまだ思うようにいかないが、少しずつ結果が出るようになってきた。何より後輩が入門してきて負けられないという気持ちが大きいであろう。朝乃山、今日も安定感のある大関相撲でストレートの給金。三段目深井も4連勝勝ち越し。朝玉勢、4敗目を喫し関取復帰ならず。

令和2年7月25日
十両最後の一番を中跳ね(ちゅうばね)といい、行司は両力士の四股名を二回呼び上げ、「この相撲一番にて(柝)中入り(柝、柝)」と口上を触れる。中跳ね(中入り)の触れといい、行司の見せ場の一つである。十両格行司の木村朝之助、幕内格行司に休場者が出たため、5日目、6日目と急きょ初中跳ねの触れ。見事に務め上げ館内から大きな拍手。朝乃山、大学の先輩宝富士を圧倒して7戦全勝。幕下朝興貴、序二段朝東、朝阪神3勝目。三段目朝大門と序ノ口朝勝令は4連敗での負け越し。

令和2年7月24日
日本相撲協会からの自粛要請もあり、新型コロナ感染拡大防止のため7月場所千秋楽打上げパーティーは中止となります。楽しみにしていた方々には誠に申し訳ありませんが、ご理解とご了承くださりますようお願い申し上げます。朝乃山、今日も万全の相撲で6連勝。三段目深井、序二段朝翔3連勝。

令和2年7月23日
高知県四万十市出身の朝東、相撲経験はなかったものの大きな体を見込まれて明徳義塾高校の相撲部に入部。高砂部屋高知合宿での縁があって相撲界に入門して2年半。決して強いとはいえないが、毎日コツコツと稽古を重ね、最近は朝鬼神コーチの元筋トレににも励み、垂れていた胸も幾分アップしてきた。今日勝って2勝目。名門明徳OBとして今年中には三段目昇進を果たしたい。朝乃山、我慢の相撲の白星で5連勝。あすから中盤戦。

令和2年7月22日
今場所の高砂部屋番付は、序ノ口に4力士。朝勝令と朝大洞のフレッシュ新弟子コンビと、大子錦と~山という超ベテラン大御所コンビ。大子錦は膝の具合が思わしくなく、回復次第では途中出場の可能性もあるが大事をとって休場、ちゃんこ長に専念している。残る3力士には未だ白星なし。誰が最初に片目を開けるか。朝弁慶2連勝で五分の星。朝乃山4連勝。

令和2年7月21日
十両復帰の朝弁慶、膝のケガを抱えながらの土俵がつづく。膝が悪いと天気にも状態が左右され、長引く梅雨空が膝を湿らせ重くしてしまう。2連敗スタートで、膝のケガを心配する声も何件か届いていたが、久しぶりの重戦車相撲で初白星。「白星が一番の薬」というように、膝の具合も良くなってくるであろう。白星が膝の湿り気や痛みを吹き飛ばしてくれる。朝乃山、右差し前に攻める相撲で3連勝。村田、深井、朝翔が2連勝。

令和2年7月19日
久しぶりの晴れ間が出て、五月場所のような爽やかな空気の令和2年7月場所初日。1マスに1人と変則ながらも、初場所以来半年ぶりの観客に囲まれての本場所。声援は自粛がつづくものの、一番毎の大きな拍手が誠にありがたい。今場所注目の新大関朝乃山、踏み込みよく危なげない相撲での大関初白星。十両復帰を目指す朝玉勢白星スタートなるが、十両朝弁慶は黒星。全体では5勝9敗と曇天のスタート。

令和2年7月18日
午前10時より土俵祭り。本来ならば、三役以上と相撲教習所生徒は参加になるのだが、今回は理事長と部長、審判委員のみで行われた。触れ太鼓も中止なので、部屋での呼び上げもなく静かな初日前日。8時35分取組開始で、序ノ口朝大洞が高砂部屋一番手で土俵に上がる。十両朝弁慶は富士東、大関朝乃山は隆の勝との対戦。2日目は遠藤戦。お客さんへの開場は午後1時より。明日のチケットもまだ残席があるようです。

令和2年7月17日
3月場所初土俵の朝勝令と朝大洞、7月場所で初めて序ノ口の土俵に上がる。前相撲はまだ予備試験のようなもので、名前を呼ばれたら土俵中央にすすみ、一度蹲踞するだけで立合いになるが、序ノ口は花道の方へ向かい四股を踏み、二字口で塵手水を切り、土俵中央へすすみ、再び四股を踏みと決められた所作に則って仕切りに入る。新弟子は、相撲教習所でこの所作を教わるのだが、教習所が休みのため昨日から本場所へ向けての稽古。期待通り(?)、朝勝令には笑いの神が下りてきて指導の兄弟子たちも笑いっぱなしであったが、今日は何とかこなしていた。あす土俵祭り、
令和2年7月16日
幟は、もともと平安時代に武家が軍容を誇示するために掲げたのが起源だといい、祭りのときに神を迎える招代でもある。本場所になると、国技館の周囲に原色鮮やかな幟が立ち並び壮観だが、今場所は3密を避けるため駅側のみに立つ。本来は新調したものを毎場所立てるが、今場所は急きょ決まったため、以前使用のものを立ててもらった。緊急時ゆえ神様も大目に見てくれるであろう。「朝乃山関へ幸鮓より」「朝弁慶関へ湘南高砂部屋後援会より」あす取組編成会議。

令和2年7月14日
7月場所開催にあたり、力士にもより厳しい感染予防対策が求められる。支度部屋でもマスク着用が義務付けられ、準備運動や髪結い時にも着用のまま。従来の支度部屋は幕内力士のみ使用で、十両力士は相撲教習所を支度部屋として使用することになる。花道へ出る際に初めてマスクを外し、支度部屋へ戻ると新しいマスクを着用。風呂はシャワーのみ。食中毒予防のため3月場所のような弁当持ち込みは不可。代わりに地下食堂で食事を用意(幕下以下は無料)。千秋楽打ち上げパーティーは自粛。

令和2年7月13日
本日理事会と年寄総会が行われ、7月19日〜8月2日までの7月場所概要が発表されました。感染予防対策を徹底し、1日約2500人の観客受け入れ。マス席は1マスに1名、イス席は3席飛ばしで入場。開場13時で再入場不可、切符の販売は明日14日からネット販売中心にて。触れ太鼓は中止、寄せ太鼓、ハネ太鼓は実施、お客さんはマスク着用で、体温感知、声援自粛拍手のみ、・・・等。詳しくは日本相撲協会ホームページでご確認下さい。併せて、11月九州場所の国技館での開催を目指すことと、冬巡業の中止も発表されました。

令和2年7月11日
相撲の稽古は、スポーツ科学的観点からすると不合理なことが多い。何十人もの力士がいるのに、土俵は一つしかないし、土俵の周りも狭い。そして、周りで稽古を見るだけの力士が何人もいる。柔道やレスリングで行っているように、いくつも土俵をつくり、一人一人の稽古の番数を増やした方がいいように思えるが、不合理にみえることに、強くなるため身体感覚を高めるための叡智が隠されている。脳科学で研究がすすんできたミラーニューロンや俯瞰する力、数値で表せない様々な能力開発メソッドが、江戸時代からつづく稽古法や部屋制度の中に内在されている。四股やテッポウも、その一環としての鍛練法である。

令和2年7月10日
日本相撲協会は、ホームページはじめインスタグラムやツイッター等、様々なSNSでの情報発信を行っています。昨日9日の高砂部屋の朝稽古がアップされています。

令和2年7月9日
コロナ禍に追い打ちをかけるような豪雨被害が全国的に凄まじく、まことに痛ましい限り。亡くなられた方のご冥福と被災された方々の一日も早い復興をお祈りするばかりだが、今自分たちがやるべきことをしっかりやることが大切であろう。力士たちは、初日に向けあと10日。しっかりと鍛え上げ、7月場所で熱気あふれるいい相撲をお見せすることが、何より被災された方々の力になるであろう。目先の勝ち負けにこだわらない、天地自然の理(ことわり)としての勝負をお見せしなければならない。

令和2年7月8日
午後、久しぶりの梅雨の晴れ間。梅雨時の晴れ間はマワシが干せるので本当にありがたい。例年だと名古屋場所真っ盛りの頃だが、7月場所初日まで10日余り。7月場所は大体成績が良く、過去を振り合えってみても各段優勝や勝越し力士が多い場所。昨年も三段目で朝天舞対寺沢の同部屋優勝決定戦があり、寺沢が優勝。朝玉勢も新十両昇進を決めた。朝乃山は7勝8敗と負け越したものの初の上位挑戦で自信をつけた場所。その大関、今週に入り連日の電話取材やリモート取材がつづく。

令和2年7月7日
土俵祭り。土俵祭りは柝の音ではじまり、柝の音で終わる。高く響く柝の音は、同じことの繰り返しだった日々から心身を覚醒させてくれる。祭主木村朝之助も久しぶりの祝詞と方屋開口で、いささか緊張気味ではあったが、「天地(あめつち)開け始めてより陰陽に分かれ ・・・ 清く潔きところに土を盛り 俵をもって形をなすは 五穀成就の祭りごとなり ・・・ 」と、江戸時代から綿々と受け継がれてきた口上が朗々と述べられると、いよいよ本場所が始まるという気が湧きあがってくる。

令和2年7月6日
本来ならば番付発表の月曜日ということで、新大関としての記者会見を、お昼過ぎからリモートにて。画面の向こうには21名の各社記者。これまでの稽古の状態、これから初日へ向けての意気込み、体調や体重の変化、出稽古ができないことについて、関取同士での稽古ができない不安はないか、どのように日常を過ごしているか、最近観た映画は、・・・。記者会見の後は、協会用の写真や動画撮影。土俵の乾きが足りなかったため、明日から稽古始めで8時30分より土俵祭り。

令和2年7月5日
通常なら名古屋場所初日の日曜日。名古屋場所といえば、地下鉄市役所前駅を地上に出た途端聞こえてくるセミの大合唱と肌を焼き焦がすような強い日差しを思い出すが、そのどえらぁ〜暑い名古屋の夏を今年は味わえない。代わりに両国国技館の7月を初めて肌で感じることになる。東京暮らしも4か月目に入り、東京2か月半、地方1か月半という何十年も繰り返してきた生活パターンが崩れ、何となく落ち着かない。家族も同様で、「ご飯作るのにも飽きてきた。そろそろどこかいかないかなぁ」という声が聞こえてきそう。

令和2年7月4日
土俵築。土俵は、毎場所番付発表前につくり直すが、5月場所前には行えなかったので、1月場所前の昨年12月末以来半年ぶり。昨日クワで掘り起し、スコップで細かくした土を呼び出しさんが水平に均し、水を撒き、今日は早朝からタコで突き固め、タタキでさらに締めツヤを出す。重いタコを4人がかりで突くのはお相撲さんの仕事、タタキを叩くのは呼び出しさんの職人技。土俵が清らかにつくり直されると、気持ちも清らかに改まる。初日まであと2週間。

令和2年7月3日
朝弁慶の付人を務める朝興貴も柔道出身。兵庫県高砂市出身ながら、片道2時間余りの電車通学で大阪の興國高まで通い、柔道部で活躍し、大阪私学大会準優勝の実績もある。卒業時に兵庫県警の試験を受けたが不採用になり途方にくれていたところ大阪高砂部屋後援会関係者からスカウトされ、入門に至った。柔道出身者は押し相撲に徹すると成功するという言葉の通り、突っ張りを武器に関取昇進まであと一息だが、相変わらずのマイペース興貴を貫いている。

令和2年7月2日
朝弁慶は高校から柔道を始めた。大きな体は目立ち、大学の柔道部からも誘われていたそうだが、山下泰裕氏の講演を聴きに行ったときに、湘南高砂部屋後援会関係者に発見され、高砂部屋へスカウトされた。熱心に口説かれても断り続けていたが、師匠が実家の中華料理店に何度か足を運び、「柔道では飯が食えないぞ、相撲で出世すれば親孝行ができるぞ」という言葉で入門を決意した。あと4,5年は関取として稼いで親孝行したい。

令和2年7月1日
合宿は、力士にとっては環境を変えて稽古を行なえることで気分転換になるし、地元の方にとっては稽古を間近で見られ、力士と親しく触れ合える等、利点が多い。さらに新弟子勧誘の機会にもなる。現に、朝弁慶は平塚合宿が縁で入門に至ったし、弁慶以前にも2人いた。朝東は、高知合宿で朝阪神や朝童子と一緒に稽古して自信をつけたのか(?)高砂部屋入りを決心した。力士と間近に接することが、入門への垣根を取り払ってくれる利点もある。

令和2年6月30日
明日7月1日(水)朝の番組TBSテレビ「あさチャン!」に大関朝乃山がリモート出演します(録画)。7月場所へかける思いや現状などについて、日比アナウンサーのインタビューを受けてのやりとりと、過去のドキュメント番組の放送等もあるようです。スポーツコーナーは午前6時13分頃からです。その前に「はやドキ!」(4:25〜)でも放送されるのかもしれません。

令和2年6月29日
年内の合宿は中止とするよう相撲協会から通達が出された。高砂部屋でも8月から10月にかけて平塚、富山、高知と合宿予定があったが、残念ながら致し方ない。7月場所初日まで、あと3週間。出稽古はまだNGだが、今週末には久しぶりに土俵築が行われ、来週月曜日には土俵祭りも予定されている。3月場所が終わって3ヶ月、ようやく少し進みだしてきた。

令和2年6月28日
稽古ダオルは毎日のように洗濯するので、1,2年するとボロボロになり、そのうち足ふき等に担当が変わり、役目を終えていく。最近寺沢が使用しているタオルは「一ノ矢タオル」。13年前の引退の時に福岡の知人がパーティーを開いてくれ、その時の記念品につくったもの。部屋関係者が、ヤフオクで見つけたらしく持ってきた。似顔絵と一ノ矢の文字が入っている。50kgの砂袋ですり足をするとき上がり座敷の板の間を汚さぬようタオルを敷くが、寺沢はタオルの似顔絵の上に砂袋を落としながら、ニッと、ほくそ笑んでくる。

令和2年6月27日
稽古ダオルは、まとめて洗濯するから、色や柄が違っている方が望ましい。少し前に寺沢が使っていたものは「くまのプーさん」柄。何度か紹介している札幌月下相撲同好会から大量に送られてきた中にあったもので、気に入って使っていた。月下さんは、会員のみなさんから集めたタオルを送ってくれたのだが、部屋へ訪ねてきた会員さんが、くまのプーさんを見てびっくり!「子供が赤ん坊の頃くるんでいたタオルだ!」と。端に名前も書いてある。何枚も提供してくれたので特に意識していなかったようだが、腰に巻いているのを見て思い出したそう。十数年ぶりの再会に興奮気味で、寺沢ファンになった。

令和2年6月26日
稽古ダオルと普段使用のタオルの大きさを教えてくださいとの質問をいただきました。特に大きさに決まりはなく、腰に巻ければ大丈夫な大きさです。何枚か測ってみましたが、長さは120cm〜180cmくらいまで、幅は70cm〜90cmまでと様々です。140cmの長さがあれば、だいたいの力士は巻けるようですが、アンコ型(大子錦、朝虎牙等)は、180cm近くないと苦しいようです。ただ、大子錦、朝虎牙クラスのアンコになると、タオルを腹の下にはさむと落ちないので、長さが足りなくても使えないことはないという特技(?)があります。普段使用のタオルも同じで、稽古場で使うか風呂上りに使うか用途が分かれるだけです。場所タオルは一般のフェイスタオルを使用します。

令和2年6月25日
本場所で使うタオルは、「場所タオル」といい、ふつうのフェイスタオルの大きさ。若い衆は、タオル一本持っていくだけだが、関取になると、通常、顔用、背中用が2本ずつ、足ふき用に一本の合計5本使う。土俵上で、時間いっぱいになって呼出しから渡されるのが、顔用の場所タオル。ちなみに朝乃山は、通常の顔用に加え、マワシを濡らす為のタオルと帰り専用のタオルもあるらしく、顔用だけで4本使うそう。それぞれ色分けされている。

令和2年6月24日
稽古が終わるとマワシを外し、風呂に入るまでの間、稽古ダオルを腰に巻く。それゆえ、大判のバスタオルでないとまわらない(朝童子は普通サイズで大丈夫だが)。夏場は特に大汗をかくので、幕下以下の力士も稽古タオルを2枚使う。稽古が終わると全員の分を集めて洗濯機で回すが、2〜3回に分けないと回し切れない。梅雨時は干せないので、洗濯した山ほどの稽古タオルをコインランドリーで乾かすのは新弟子にとっての一仕事。

令和2年6月23日
関取が稽古するときには、付人がタオル持ちを行う。タオルといっても、ふつうのバスタオルかそれ以上の大きさで稽古場専用なので「稽古ダオル」という。付人は2本の稽古タオルを持ち、一本は関取の顔や胸用で、もう一本は背中用。一本を関取に渡し、もう一本で背中の汗を拭く。拭き方にも手順がある。転んで砂がついた時には、背中用を丸め、丸めた端で砂を払い、タオルに着いた砂をパンパンと手に叩きつけて払い落とし、また関取の砂を払い、パンパンと払い落すことを繰り返す。素早くリズムよくやらねばならない。現在、大関のタオル持ちは朝鬼神が担当。

令和2年6月22日
夏場の稽古は大汗がしたたり落ちる。そんなときはバスタオルで拭くよりも、竹べらで汗をしごき落とした方が早く気持ちよかった。1cm幅くらいのうすく削いだ竹の両端を持ち、丸まった部分を膚にあてて汗をこそぎ落とす。膚が赤みを帯び、皮膚の奥の汗までしぼり出してくれるようだった。ここ14,5年(20年くらいか?)稽古場から姿を消してしまったが、今でも使っている部屋はあるのだろうか?

令和2年6月21日
正月場所前の厳寒の日の稽古場でのこと。「窓あけい!」 若乃花は入ってくるなり窓を全開にさせる。お客さんがいる上がり座敷にも寒風が吹き込んでくる。なぜか?若乃花が稽古場に入ってくると酒のにおいが充満するからである。稽古を始めて、20番、30番、だんだん酒のにおいも消えてきて、さらに40番、50番とつづく。さすがの若乃花も汗をかいてきて、竹べらで汗をしごき取る。途中、小坂氏の元へ来て、「まだにおうかね?」と訊く。「まだにおう」と答えると、「よし!」と応じて、さらに40番、50番とやる。最後の一滴までしぼり出して稽古を終えたという。

令和2年6月20日
その激しい稽古で、若ノ海も若秩父も若三杉も幕内力士となったが、幕内に上がっても稽古は変わらなかった。まず若ノ海相手に20番から30番、若ノ海がヘトヘトになるとこんどは若秩父。若秩父が疲れ切ると若三杉。その間に若ノ海が回復してくるからまたひっぱり出すという具合で毎日100番を下ることはなかった。ある時は、土俵の俵に足をのせて若い衆に土俵のまん中から勢いをつけてぶつからせた。土俵を割らせたらごほうびが出るが、受け止めて土俵を割らない。そんな稽古も何番もやった。最盛期の花籠部屋は、7人の幕内力士を擁し“七若”と呼ばれた。

令和2年6月19日
花籠部屋は日大相撲部の稽古場のとなりにあった。いつも学生が稽古にくるのだが、序二段や三段目では学生に勝てない。学生に負けると若乃花は、容赦なく激しいけいこをつける。若秩父も三段目のころ、どうしても学生に勝てなかった。ところが、一巡業して帰ってきたら、逆に学生は一人として若秩父に勝てなくなっていたという。巡業中に若乃花が鍛え上げ、若い衆相手の稽古で若乃花自身も強くなっていった。7月場所初日まで、あと1か月。

令和2年6月18日
以下、小坂秀二『栃若時代』(光人社)より。若乃花は、昭和21年二所ノ関部屋入門し、27年夏場所後大ノ海が独立したことに伴い花籠部屋へ。本家とはケンカ別れだったため、出稽古も一門での連合稽古もなかった。巡業も同様で、花籠部屋単独での小相撲と呼ばれる巡業で、大部屋が行かない田舎町を回るしかなかった。巡業を見に来るお客さんのお目当ては、三役経験のある若乃花一人。土俵を下りるわけにいかず、入れ替わり立ち替わり向かってくる若い衆を相手に稽古をつづけた。そういう環境の中で関脇、大関へと上がっていった。

令和2年6月17日
現在発売中のベースボール・マガジン社・月刊『相撲』誌6月号は、「7月場所開催祈念号」という特別号。巻頭カラーのP6〜P8にかけて「朝乃山を支えるチーム高砂」と題して、大関朝乃山と高砂部屋の特集。入門時から温かく見守ってきた師匠の言葉や現在の高砂部屋に至る歴史等、若松部屋時代から部屋に深く関わってきた“どす恋花子”こと佐藤祥子氏による高砂部屋愛溢れる3ページにわたる特集です。

令和2年6月16日
幕下相手の稽古では大関には物足りないのではと思われるかもしれないが、傍から見ている分にはいい稽古になっている。三人とも学生時代からしのぎを削ってきた仲だけに、お互い弱点もわかっており、大関も上手を取るのに苦労したり、双差しになられたりと、苦戦する場面もあり、目が離せない。元TBSアナウンサーで相撲評論家の小坂秀二氏は、初代若乃花が三役から大関、横綱へと上がっていく頃の稽古をよく見た人で、「若乃花は、自分より下の者、弱い者ばかりを相手にして強くなった。上に鍛えてくれる者がいなくては強くなれないというのはウソである」と語っている。

令和2年6月15日
大関朝乃山は、連日幕下勢(朝玉勢、村田、寺沢)との稽古。まだ番数はさほど多くないものの、一番一番確かめるように集中して稽古している。何より、幕下勢にとっては最高の稽古相手。最近は、巡業と出稽古で胸を借りる機会がほとんどなかったので、久しぶりに大関の胸に思い切りぶつかり、力を出し切る稽古をつづけている。大関の圧力を毎日受け、負けないよう踏み込むことが、本場所での取組に大いに役立つことであろう。

令和2年6月14日
朝方は小糠雨ふる6月14日日曜日。日中も雨。本来ならば、今日から名古屋先発の日。入門したのが1983(昭和58)年だから、かれこれ40年近く、この時期から7月末までは名古屋に行っていたのに、今年初めて7月を東京で過ごすことになった。宿舎の蟹江のお寺さんも30年以上になり、ご住職やご近所の方々、世話人の方々、いつも迎えにきてくれる鈴木さん家族、年一度の再会が叶わず寂しい限り。国技館開催の7月場所初日まで1か月余り。番付は5月場所のものをスライド、番付発表も行われない。

令和2年6月13日
本場所の取組のときは仕切り直しの度に塩をまく。これから闘いをくり広げる土俵を浄めるためで、稽古場でも同様に塩をまく。塩は稽古場の隅の塩籠に入っているから、籠から塩を取ってまき土俵に入る。若い衆は、通常稽古の始めに1回まくだけだが、誰かが怪我をしそうになったりしたときにも清めるためにまく。関取が稽古を始めるときには、新弟子が塩籠を持って土俵の縁に立つ。本場所同様、一番取って仕切り直しをする度にまく。塩籠を持つ新弟子は、脇を締め胸の前でしっかり持たなければならない。時につま先立ちを課せられることもある。関取がいる部屋だけの光景。

令和2年6月12日
大関(関取すべて)が土俵に入るときには、箒が入る。周りに出た砂を土俵内へ掃き入れ、土俵にこびりついた砂をはがすため小さな円を描くように箒を回し、最後に大きく半円形に均す。本場所の土俵で箒を入れるのは呼び出しさんの仕事だが、稽古場では若い力士が竹ぼうきで行う。竹ぼうきで行う分ムラができやすく、ある程度兄弟子になって回数をこなさないと、うまく均せない。きれいに掃き清められた土俵へ、大関が塩をまいて入る。稽古場にピンとした厳粛な空気が張りつめる。

令和2年6月11日
稽古は、番付が下の者から順番に行われていく。初めに朝勝令が朝ノ島の胸を借りて何回もぶつかり突き放され転がされたあと、そのままぶつかり稽古で仕上げ。次に、朝翔、朝東、朝童子、朝阪神、朝心誠による序二段申し合いとぶつかり稽古。そして朝大門、朝鬼神、朝天舞による三段目申し合いとぶつかり稽古。土俵の砂を均して寺沢、村田、朝興貴、朝玉勢による幕下申し合い。幕下力士がある程度番数をこなしたところへ、大関登場。大関が幕下相手に汗を流したあとぶつかり稽古で仕上げ。ぶつかりが終わった後、四股と腕立て伏せで稽古終了となる。

令和2年6月10日
若松部屋と高砂部屋が合併してすぐの平成14年5月場所は、茨城県出身力士が8人もいた(34人中)。その後減っていき、現在残っているのは大子町出身の大子錦のみ。茨城県勢最後の砦大子錦は、入門25年目を迎える最長老42歳。得意技は、土俵際で力を抜き、あきらめたと思わせておいたところを逆転する「死んだふり」(決まり手にはない俗称)だったが、大病を患い本当に死にそうになったので、得意技欄から削除した。ちゃんこの腕前は右に出るものがいないが、残した伝説(相撲以外の秘話)も数知れない。

令和2年6月9日
CSフジテレビ『大相撲いぶし銀列伝』は、やくみつる司会のコアな相撲ファンに人気の番組。2015年4月から放送され、6周年記念スペシャル!第31話は「朝潮篇」で本日夕方高砂部屋にて収録。心に残るベスト10番を見ながら、やくみつるさんとはリモートでのやりとり。その後、ゲストに大関朝乃山が登場して話に加わる展開。放送は、6月18日(木)21:00〜22:00.再放送は6月21日(日)11:00〜12:00とのことです。乞うご期待。

令和2年6月8日
本来ならば、昨日今日と茨城県下妻市大宝八幡宮合宿の予定であったが、今年は大宝の皆さまにお会いできず寂しい限り。大宝八幡宮での合宿は、若松部屋時代の平成13年から始まったから今年で20年目。初めは若松部屋・東関部屋との合同合宿で、合併後は高砂部屋単独、その後力士数が減った頃は錦戸部屋との合同、28年からは再び高砂部屋単独と、東日本大震災の年以外は続けられてきた。昨年は朝乃山初優勝後の凱旋合宿。今年は、新大関としての凱旋合宿となるはずだったのだが、来年まで持ち越しとなった。

令和2年6月7日
稽古休みの日曜日。部屋のすぐ近くに大横川親水公園という公園があり、休日は家族連れでにぎわっている。もともとは大横川という運河であった。江戸時代低湿地だった本所一帯を縦横に開削した運河の一つで、すべて人の手による大土木工事であり、水はけを良くし、土地をかさ上げ、物資の運搬にも役立った。その運河が埋め立てられ水の流れを木々の緑が囲む2km足らずの細長い公園になっている。散歩していると、周りの人よりも明らかに背が高いお相撲さんを遠目に発見。何となく見覚えのある後姿だと思い近づくと、一本下駄を履き1m90cm近くにになった朝天舞(実際は172cm)であった。

令和2年6月6日
現役力士を出身高校別に分けると、一大勢力となるのが大関貴景勝を筆頭とする埼玉栄高校。関取以上に限っても10人いて、幕下以下も含めると33人にも上る。次に多いのが、鳥取城北高校と明徳義塾高校。明徳出身の現役力士は、琴奨菊や栃煌山、志摩ノ海等がいるが、一番先輩なのが朝乃土佐。そして一番後輩が朝東。朝東が生まれて半年後には初土俵を踏んでいて力士生活も21年目となる。大相撲界も昔ほど上下関係が厳しくなくなってきたが、部屋でも本場所の支度部屋でもにらみを利かせられる貴重な存在。

令和2年6月5日
都道府県別で出身力士の一番多いのは東京都の51人(2年3月場所時点)、以下大阪37人、愛知35人とつづく。その後は、兵庫、福岡、神奈川までが30人台、鹿児島、千葉、埼玉と20人台でつづく。高砂部屋で一番多いのが愛知県の4人。以下高知と兵庫が3人、大阪、三重、神奈川が2人。最多を誇る愛知県の長男が朝心誠、次男が朝翔、三男コンビに朝勝令と朝大洞。ここ4年ほどで一大勢力県となった。長男朝心誠、稽古熱心で評判だったが、ケガもあって最近稽古場で影が薄い。研究熱心で、四股を踏みながら仕切ってみたりするが、四股のときは四股に没頭する集中力がほしい。

令和2年6月4日
注射というと、何年か前の病院での出来事を思い出す。15歳の新弟子の付き添いで病院に行ったときのこと。診察室に入り、点滴することになり、廊下で待っていたのだが、1時間過ぎても出てこない。「おかしいな?もう終わてもいいころだが・・・」と思っていると、看護師さんが出てきて、「注射を嫌がってまだできないんですよ」と困り果てた表情。中に入り、「こらぁ!お前はお相撲さんなんだぞ!子供じゃなんだぞ!やってもらわんか!」と語気を荒げると、先生から「まだ子供ですから」とたしなめられた。観念して終わったのは2時間後。その新弟子君も大人になり、昨日は悲痛な表情ながらも抗うことなく腕を出していた。

令和2年6月3日
7月場所開催に向けて、抗体検査が実施される。部屋住みでない裏方(行司、呼出し等)は自宅待機が続いているが、今日は裏方も全員集合で、久しぶりの家族との再会のような感じ。稽古場の上がり座敷に長机とイスを並べ、はじめにスライドで、コロナや検査、研究、個人情報等についてのガイダンスを受け、血圧、体温測定のあと、採血してという流れ。何人か採血がうまくいかず(血管が出てこず)、8か所も針を刺された可愛そうな力士もいたが、1時間半ほどで全員無事終了。データが有効活用され、平常がもどってくることを願うばかり。

令和2年6月2日
稽古は四股で始まり、腕立て伏せや縄跳び、すり足等の基礎運動を1時間ほど行ってから、土俵の中の稽古に入る。一番土俵に入るのは、新弟子の朝勝令。当たって押す力をつけるため、朝ノ島の胸に何度もぶつかり、転がされる。入門16年目の朝ノ島は、最近はもっぱら新弟子の胸出し担当。胸を出すのも、しっかり当たらせることと同時に、突き放してやったり、巻いてやったり、リズムやテンポも大切になってくるから、自分の稽古にもなる。30歳を過ぎたが、身長が低いこともあり、師匠からは未だに「ちびっ子」と呼ばれている。

令和2年6月1日
今日から6月。雨で紫陽花がもりもり色づいてきた。通常なら5月場所後の休みが終わり、名古屋場所へ向けての準備を始めるところ。今週末には茨城県下妻市の大宝八幡宮での合宿が予定されていたが、今年は行けなくなってしまった。朝乃山、今日から土俵の中に入っての稽古再開で、幕下相手に15,6番、大関としての初稽古。久しぶりの実戦で、息の上りが早く、歯車がかみ合わないところもあったようだが、次の本場所へ向けてのスタートを切ることができた。


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