Last modified 2016,4,29


 ○部屋案内  ○親方紹介  ○力士紹介  ○裏方紹介  ○新弟子募集  ○チャンコ  ○相撲豆知識  ○今場所の星取表(UP4.25)
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現在親方2名・力士18名・行司2名・呼出し2名・床山1名・若者頭1名・世話人1名・マネージャー2名

いらっしゃいませ、 番目のお客様。
ご意見・ご質問のメールは、こちらまでお送りください。
6000000番目のお客様はメールを下さい。高砂部屋チャンコご招待&粗品を進呈致します。
takasago@kub.biglobe.ne.jp
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今日の高砂部屋
平成28年4月29日
總登さんお別れの会。午後3時より国技館地下大広間にて。八角理事長が一門の弟弟子として總登さんにお世話になった想い出を語ってお別れの言葉とし、東京高砂部屋後援会山下秀男氏のお別れのご挨拶の後、参列者での献花。閉会後に、祭壇の前で家族を部屋全員で囲み記念撮影。そのあと土俵に向かい。奥様に遺影を持っていただいて娘さんと3人でゆっくり土俵を一周。45年間共に生きてきた土俵と最後のお別れ。これからも、高砂部屋を、大相撲を、見守ってください。合掌。

平成28年4月25日
5月場所新番付発表。十両朝赤龍は西8枚目、朝弁慶は一枚上がって東11枚目。先場所三段目附出しデビューの石橋が三段目東66枚目の番付に初めて名前を載せる。朝ノ島、昨年1月場所以来の三段目復帰。先場所序ノ口優勝の朝玉木は、玉木と改名して序二段10枚目。連続優勝を狙う。朝達家、序ノ口3枚目と自己最高位を更新(3月場所入門者多数の為の押し上げだが)。5932500番目と5933000番目のお客様、送り先を書いてメールください。5月夏場所新番付と高砂部屋便り58号をプレゼントいたします。高砂部屋全力士の新番付です。

平成28年4月19日
4月29日(金)祝日午後3時より国技館地下大広間にておこなわれます總登さんお別れの会の詳細がきまりました。

平成28年4月17日
巡業組(朝赤龍と朝乃丈、朝弁慶と朝興貴、~山)、埼玉県川口市での巡業を終えいったん帰京。あす18日(月)靖国神社奉納大相撲(午前9時〜午後3時頃)。先着6000名入場無料です。午前9時土俵祭りを行い、初切や相撲甚句、櫓太鼓打分実演、土俵入り等がおこなわれます。19日は長野県佐久市、20日に富山市で行って長い春巡業が終わります。25日(月)が番付発表。

平成28年4月11日
總登さんが初めて番付に名前を載せたのは昭和46年3月場所。序ノ口東4枚目で房登の四股名。初日に勝って2日目に負け、2連勝で3勝1敗までいくが、3連敗して3勝4敗と負け越し。ベースボール・マガジン社『相撲』昭和46年5月号(夏場所展望號)の各段報告序ノ口の欄で、期待の力士として紹介されている。大山部屋の13歳の新弟子を一人紹介した後、「このソップ型に対してアンコ型が序ノ口の房登。この人も大いに期待されている。173センチ、112キロの体で、松登二世といわれるほど。ぶちかましに威力がある。まだ15歳というのも魅力の一つ。しかもこのごろは当たって押す。自分の型を覚えてきたのは大きな収穫だ。ただまだ四つ身になることがあり、まわしをとっての投げを打って、逆に失敗するので、その点をもう少し、心掛けて押しに徹するようになれば、これおから面白くなりそうだ。」

平成28年4月9日
「總登さんお別れの会」は、4月29日金曜日(祝日)午後3時〜4時国技館地下大広間にて行なう予定です。供花等につきましては来週早々に改めてお知らせ致します。

平成28年4月5日
總登さんは昭和46年1月場所大山部屋への入門。当時の師匠は、元大関松登の大山親方。入門時は房登で、その後福本、福国山と改名して昭和58年1月から總登。全盛時は176cm154kgの体格で最高位は昭和54年11月場所の幕下2枚目。3勝4敗と惜しい成績だった。昭和60年1月場所に引退して大山部屋所属の世話人となるが、昭和61年4月に元松登の大山親方が亡くなり、高砂部屋所属となった。

平成28年3月31日
世話人の總登さんが3月30日午前10時15分敗血症のため亡くなられました。土日に千葉の実家の方で家族葬をおこない、部屋としてのお別れの会を4月20日過ぎに行ないます。お別れの会につきましては詳細が決まり次第改めてお知らせ致します。あまりにも突然のことで言葉を失ってしまいます。最後は安らかなお顔でご永眠されました。こころよりご冥福をお祈りいたします。

平成28年3月27日
朝弁慶、十両3場所目にして初めての勝ち越し!難産の末の勝越しだけに部屋にもどってきたときは全身から喜びが溢れ出ていた。これで気を良くしてどんどん勝越しを重ねていけそうな気がするが・・・乞うご期待。梅田ヒルトンホテルにて千秋楽祝賀パーティー。大勢のお客様にお越し頂き、朝弁慶の勝越しと朝玉木序ノ口優勝で祝賀ムード満載。勝越し力士カラオケで新弟子の朝横道もカラオケ初土俵。カラオケで歌うこと自体初めての経験だそうだが、いきなり500名の大観衆を前にしての初カラオケ。これも力士ならではのこと。

平成28年3月25日
序ノ口19枚目の朝玉木、序二段の全勝力士と対戦して勝ち7戦全勝での序ノ口優勝決定。三段目100枚目格附出し石橋は、まさかの2敗目。「負けて覚える相撲かな」というように、今場所の2敗をこれからの稽古や日々の生活に活かしていけばよい。明日が近畿大学卒業式。着物で出席とのこと。大子錦、まさかの3連敗4連勝での勝越し。場所前ギックリ腰をやり途中高らかに休場宣言までしていたのに、まさかの勝越し。朝乃丈も勝越して勝越し6人、負越し5人、あと一番で勝越しが、十両朝弁慶、朝興貴、朝森本の3力士。

平成28年3月24日
大関綾瀬川は大阪市中央区の出身(愛知県稲沢市という説もある)。大阪相撲の湊部屋に入門したのち江戸に出て第9代横綱秀ノ山の弟子となり明治元年入幕。姫路藩お抱えで相生と名乗ったが、維新後土佐藩お抱えになり綾瀬川と改名。そのことが初代高砂との刃傷沙汰騒動(12月15日)となる。初代高砂にとっては敵役だったが、相撲の実力は高く、「相撲じゃ陣幕、男じゃ綾瀬、ほどのよいのが朝日嶽」と謡われたほどイケメン力士でもあったようで、孫は大正・昭和の大女優栗島すみ子。石橋、朝ノ島共に5勝目。残り3日間。勝越し4人、負越し3人、合い星7人。

平成28年3月23日
天王寺七坂は、千日前通から生國魂(いくたま)神社に向かう真言坂に始まり、源聖寺坂、口縄坂とつづく。源聖寺坂を登り切った左右の寺には昭和30年代後半相撲部屋が密集していた。銀山寺に花籠部屋、齢延寺に三保ケ関、隆専寺に出羽海、菩提寺に春日野、圓通寺に伊勢ケ浜部屋と谷町筋に出るまで相撲部屋が軒を並べ、付近に小野川、高島、立浪部屋などもあった。さらに、愛染坂、清水坂、天神坂と石畳の坂がつづく。七坂目は、四天王寺西門に至る逢坂。坂の途中にある大きなお寺一心寺には初代高砂と所縁が深い大関綾瀬川のお墓がある。高校(近大付属高)大学(近大)と大阪の朝玉木六連勝。

平成28年3月22日
宿舎のある谷町9丁目辺りは上町台地とよばれ、大阪発祥の地でもある。大阪湾を臨み南北に盛上った台地で、大阪城付近から住吉大社辺りまでつづいているという。その上町台地の西端を通るのが谷町筋で、上町台から坂を下った筋が松屋町(まっちゃまち)筋。谷町9丁目から天王寺まで、谷町筋と松屋町筋をつなぐ天王寺七坂があり、歴史散歩コースになっている。石橋、朝ノ島勝越し。朝玉木5連勝。

平成28年3月21日
南北に走る谷町筋を南へ下ると天王寺駅にぶつかる。天王寺駅の向こうに今旬の阿倍野ハルカスがそびえ立つ。阿倍野ハルカスは阿部野区になり、その阿倍野区松崎町出身なのが朝森本。1年前入門したとき130kgだったのに今年は150kgまで増量。地元だけに、体育会系の叔父さんも度々差し入れを持って部屋に訪ねてきてくれる。体重の増加ほど番付は上がっておらず、叔父さんもヤキモキしているようだが、勝越しに望みをつなぐ2勝目。

平成28年3月19日
大阪の道路は、南北が「筋」、東西が「通」という名称になっていてわかりやすい。高砂部屋宿舎である久成寺から程近い谷町九丁目交差点を西へ下っていくのが「千日前通」で、下ってすぐ日本橋(にっぽんばし)、難波となり、難波の交差点を左に曲がると大阪場所が開催されている府立体育館(今年からエディオンアリーナ大阪という名前に変わった)がすぐそこ。そのエディオンアリーナで朝玉木が今場所第一号の勝越し。石橋も万全の相撲で3勝目。朝ノ島も3勝目。大子錦に初日。

平成28年3月18日
”暑さ寒さも彼岸まで”とはよく言ったもので、しとしとと雨に降られたものの冷え込みはすっかり和らいできた。谷町9丁目という大阪市のどまん中にある宿舎だが、大通りから一本入り、周りはお寺や公園に囲まれているため、ウグイスのさえずりも聞こえてくる。かと思うと、今朝は野良猫の盛り声が長々とつづいていた。春である。今日から中盤戦、前相撲朝横道2勝目を上げ、9日目に二番出世披露。

平成28年3月16日
前相撲は、新弟子検査に合格した力士がA班とB班の2班に分かれて一日おきに相撲を取り、2勝すると出世披露となる。高砂部屋に2人はA班で、2日目からスタート。今日4日目が2回目の土俵。2日目黒星だった朝塩本、今日2連勝して一番出世決定。あす5日目に一番出世披露。2日目白星スタートだった朝横道は2勝目ならず。3月27日(日)に行なわれます高砂部屋千秋楽祝賀会のご案内です。

平成28年3月14日
今日から前相撲。すでに15日間売り切れ状態の大阪場所だが、肉親に限り前相撲は見学が出来る。地元大阪泉大津出身の朝塩本、両親が応援に来るが、対戦相手が近大相撲部出身力士で白星ならず。あす15日が中学校の卒業式のため、部屋に戻って洗いものやら掃除やら終わらせて実家に戻る。3月場所の前相撲は一日おきなので、あさってに初白星を目指す。もう一人朝横道は初土俵初白星。三段目附出し同士の決戦は小柳に軍配が上がり、石橋黒星スタート。勝つに越したことはないが、これから先の長い勝負人生の中では、単なる一敗にすぎない。負けた悔しさを糧に進んでいくだけのこと。朝弁慶も初白星。

平成28年3月13日
“荒れる春場所”の名の通り、横綱が相次ぎ敗れる波乱の初日。高砂部屋関取衆も黒星スタート。朝金井、朝山端は病気療養中のため休場。代わりに朝達家が朝弁慶の付人になり、支度部屋初デビュー。場所前に初めてちょん髷も結い、少しずつだがお相撲さんらしい雰囲気も感じられるようになってきた。三段目附出しデビューの石橋、明日同じく東農大出身の三段目附出し小柳(おやなぎ)との対戦。事実上の三段目優勝決定戦といえるのかもしれない。いや、三段目60枚目朝乃丈も秘かに優勝宣言していたから、わからないが・・・。

平成28年3月10日
寒の戻りとなった大阪。数日前の暖かさがうそのようにお寺を冷気がつつみ込み、底冷えのする本堂。朝、寝間着から本堂の中にかけてある服に袖を通すと、冷たさが全身に沁みてくる。寒暖の差が激しいこの時期は体調を崩しやすく、“荒れる春場所”の一要因でもある。近大へ出稽古に行っていた数名も初日に向け明日からは部屋での調整稽古。あす金曜取組編成で明後日土曜日土俵祭り。13日(日)初日の春場所は15日間満員御礼確実の前人気上々。ー浪速の春は大阪場所からー

平成28年3月8日
3月5日(土)に新弟子検査が行なわれ、高砂部屋から受検の3人も無事合格。何度か紹介してる近大相撲部石橋広暉の他、名古屋市出身の高校3年生横道守、大阪泉大津東陽中学3年生の塩本直輝の3人。塩本直輝君は、小学生の頃から大阪場所の度に部屋に泊まりがけで来ていて(3月27日)宿舎久成寺での生活も慣れたもの。春場所3日目の3月15日(水)に卒業式を迎える。

平成28年3月4日
3月場所が初土俵となる石橋は、富山市出身で高校は富山商業高校。富山県出身力士としては、明治に梅常陸時代を築いた第20代横綱2代目梅ケ谷藤太郎、最強横綱の声もある第22代横綱太刀山峰右衛門、小兵の名人関脇玉椿等、相撲史にその名を残す力士がいるが、現在番付に名前を載せているのは2力士のみ。そういう状況もあってか、地元の期待も高く、早速地元テレビ局が2社取材に。あす新弟子検査を受検して三段目附け出しとしてデビューする。

平成28年3月2日
大阪場所前毎年恒例の学生相撲出身力士激励会。高砂部屋から、近畿大学出身の師匠、若松親方、朝玉木、石橋と、琉球大学出身松田マネージャーが出席。現在学生相撲出身力士は幕内14名、十両7名を数え関取の3分の一近くを占める。幕下以下の力士も合わせると50名を超える大勢力。あさって3月5日土曜日が新弟子検査で正式入門となる石橋、今日初めて着物に袖を通し雪駄履きで歩き、満更でもない様子。2人共400名近いお客さまの前でカラオケもデビュー。

平成28年3月1日
春場所、久成寺にての稽古始め。近畿大学相撲部の2人朝玉木と石橋、大阪泉大津の中学生塩本の3人も黒マワシを締めて初稽古。まずは準備運動にぶつかり稽古程度。ちゃんこ番の手伝いや洗い物、稽古タオルの洗濯、掃除なども兄弟子に教わりながら相撲部屋24時間の生活がはじまっていく。名古屋の高校3年生横道は、今日が卒業式で明日から合流。新弟子が入ってくると部屋に活気が出てくる。

平成28年2月29日
3月春場所番付発表。1月場所東十両8枚目で9勝6敗だった朝赤龍東2枚目まで躍進。再入幕を狙える番付。朝弁慶は1枚落として12枚目。今場所こそ、関取として初の勝ちしを狙いたい。朝興貴が幕下復帰で、朝大門、朝森本が自己最高位。朝達家も自己最高位。5901000番目と5902000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。春場所新番付と高砂部屋便り56号をプレゼントいたします。

平成28年2月28日
全員大阪へ乗り込み。毎年恒例ちゃんこ朝潮徳庵店での大阪高砂部屋後援会とのちゃんこ会。 近大相撲部から1月場所入門の朝玉木と3月場所三段目附出しデビューの石橋君、大阪泉大津市立東陽中学3年生の塩本君の3人も出席。今日から力士としての生活が始まる。もう一人入門予定の名古屋の高校3年生横道君は、3月1日の卒業式を終えて2日から合流。3月13日(日)初日の大阪春場所、明日が番付発表。

平成28年2月24日
宿舎久成寺から徒歩2分の谷町九丁目駅地下街には昔ながらの居酒屋が何軒かあり今年も健在。中でも『盛じゅん』という焼鳥屋さんは、高砂部屋御用達といえるほど毎晩のように誰かしら行っているお店。地鳥の「せせり」「はらみ」「もも」の炭火焼にカツ、合間のごま油が効いたキュウリ漬け、「ももタタキ」「ナマレバ」に鍋。締めには「ユッケ丼」「地鳥の卵かけご飯」などなど。時に裏メニューまで出してくれる。今日の揚げ出汁餅も絶品だった。要予約。

平成28年2月23日
大阪場所前毎年恒例の高砂部屋激励会。今年も初日1週間前の土曜日3月5日に上六都ホテルにて開催されます。参加すると、大阪高砂部屋後援会一般会員となり一年間番付表が送付されます。

平成28年2月22日
1年ぶりの大阪。谷町9丁目界隈も街並みに変わりはないが、毎年少しずつ変化はある。すぐ近くの弁当屋さんがなくなってしまった。チャンコ場の用意ができるまで先発中は毎日のようにお世話になっていただけに、痛い。宿舎のお寺さんから坂を下ったところにあった銭湯も2〜3年前に閉めてしまった。これも痛かった。今年跡地を通ったら新築のマンションになっていた。ピカピカでお洒落なマンションだけにより寂しさを感じてしまう。交差点近くの焼肉屋も閉店している。誰も行ったことがない店だと思っていたが、朝達家が「ここまずかったっす」と言い、他の皆は無言で通り過ぎた。

平成28年2月21日
大阪先発隊乗り込み。毎年のことながら師匠の大学の後輩の嶋川さんに迎えに来てもらって谷町9丁目宿舎久成寺(くじょうじ)入り。7〜8人の先発隊なので車3台できてもらう。20数年嶋川さんは不動なれど一緒に来てくれる人は変動があり、今年は同級生に、仕事仲間、甥っ子という面々。昔朝之助が元大乃国の芝田山親方と見間違えた(10月24日)こともある嶋川さん。甥っ子も嶋川さんの血を引き継いで子供の頃大きくて師匠からしきりにスカウトされていたのを思い出した。大人になった今また迎えに来てもらうことにも歴史が感じられる。

平成28年2月14日
『JAF Mate』は、JAF(一般社団法人日本自動車連盟)の機関誌で年10回発行。発行部数は何と12,002,900部。最新3月号の表紙を飾るのは、高砂部屋力士一同を後ろに従え軍配片手に勝負を捌く厳しいまなざしで正面を見据える十両格行司木村朝之助の雄姿。65ページには「表紙の人」と題して、記事と共に笑顔の朝之助や相撲字、稽古風景も紹介されている。今晩6時より都内ホテルにて朝赤龍結婚披露宴。

平成28年2月13日
青森で女子相撲をがんばっている中学1年生ひなちゃんの将来の夢は相撲部屋のおかみさんになること。青森朝日放送の番組『夢はここから・・・』の収録で、高砂部屋に来て今日一日おかみさんのもとでおかみさん修業。はじめは緊張して固まっていたが、だんだんお相撲さんとも馴染んできて写真撮影では満面の笑み。さいごはイケメンな(ひなちゃん曰く)朝弁慶や朝山端に見送られ、名残惜しそうに青森へ。3月12日(土)午後4時(?)放送とのことです。

平成28年2月8日
『夕刊フジ』で元大関朝潮高砂浦五郎「自伝」連載中。今日で6回目で、「見つけた武器」と題して、入門して一年、前頭筆頭に上がって9連敗、次の場所も、そのまた次の場所もと3場所連続の負越しで壁にぶつかったとき、出稽古に来た高望山(現高島親方)との稽古でひらめいた「ぶちかまし」の話。以後、部屋での稽古で立合いのぶちかましを磨いて壁を乗り越えていった。中央には、ぶちかましの激しさを物語る額から流血する写真。聞き手は、相撲記者歴が長い大見信昭氏。

平成28年2月4日
前記紙面からつづく。酒井忠正氏の随筆「今迄笑顔に満ちた場内が水を打ったように、異様な厳粛さに圧せられた空気になってしまった。(中略)歌が終わると爆発したような拍手が鳴り止まない。荒木さん(元陸軍大将)の目には涙が光っている」 米吉談話「それは相撲甚句だね。・・・ 戦争を経験した人が聞いたら誰だって泣くよ」「多賀之丞は三重の素人相撲から本職に入った人で、元は浪曲師。鬼瓦みたいな恐い顔してたけど声が素晴らしい。甚句を聞いた女は皆ほれてたよ。朗々とした声が巣鴨に響いたわけだ。声もいいし、節もいい、それでもって情緒がある。甚句ってのは60年、70年生きてきた、心のひだで歌うんだ。・・・ 」

平成28年2月1日
1月28日付けの読売新聞で“巣鴨プリズン慰問場所”が紹介されていた。巣鴨プリズンとは、大戦後に戦犯容疑者が収容された拘置所で、昭和27年1月9日戦犯慰問大相撲が開催された。横綱審議委員会初代委員長酒井忠正氏の「相撲随筆」の記述と実際に訪れた元立呼出し米吉さんの証言を織り交ぜ当時の模様を振り返っている。戦犯10名から送られた感謝状や当日の割り(取組表)と共に、高砂部屋呼出し多賀之丞作の甚句『新生日本』の歌詞が掲載され、中央には大きく元幕内島錦、元小結国登、多賀之丞の高砂部屋3人衆の姿がある。

平成28年1月25日
15日間の満員御礼がつづき琴奨菊の10年ぶりの快挙に沸いた初場所。高砂部屋は、前半戦調子が上がらず苦戦の土俵がつづきました。その中で、朝赤龍は白星先行で9勝6敗の好成績。朝乃土佐の5連勝も光りました。中日まで2勝6敗と心配された朝弁慶、追い詰められてようやくエンジンがかかり7勝7敗までこぎつけました。負越したものの関取の座は確保です。足の怪我を完治させて15日間重戦車相撲をみたいものです。朝興貴が幕下復帰。近大相撲部朝玉木は三月場所で序ノ口デビュー。もう一人の近大相撲部石橋君は、三月場所三段目附出しデビューの予定です。

平成28年1月18日
1月24日(日)午後6時30分から開催されます高砂部屋千秋楽打上パーティーのご案内です。高砂部屋グッズが当たるジャンケン大会や特製ちゃんこ、呼出し利樹之丞による相撲甚句も聞けます。みなさまの参加お待ちしております。

平成28年1月16日
十両の取組、今日は朝赤龍が先に東方から土俵に上がり4勝目。つづいて同じく東方から朝弁慶が土俵へ。勝った力士は次の力士に水をつけるので、勝った朝赤龍が朝弁慶に水つけ。初めての経験で、お互い胸に期するものがあったろうが、ふたり揃っての白星はならず。金指基『相撲大辞典』によると、仕切りに入る前に口をすすぎ身を清めるための水で、「力水」「清めの水」「化粧水」などと別称されるが、正式には「水」というとある。単に「水」が正式なのが相撲界らしくていい。

平成28年1月15日
“角界の風雲児”と呼ばれた初代高砂浦五郎は、千葉県東金の出身で江戸末期安政6年(1859)に21歳での入門。小島貞二氏の記事によると、当時は、「前相撲」から始まり「相中」「本中」とすすんで、ようやく「新序」となったという。東海の四股名だった初代高砂浦五郎は、初土俵から三年、本中の壁を超えられなかった。番付に名前が載らない本中力士は100人を超えていたという。朝天舞、危ない場面を2度残し我慢の3勝目。幕下復帰まであと2勝。

平成28年1月13日
現在前相撲は一番取れば(勝っても負けても)、翌場所序ノ口に出世して番付に四股名が載る。序ノ口での順番を決める勝負にすぎない。現行制度になったのは昭和40年代後半からのようで、それまでは前相撲のあとに本中という段階があって、そこで勝ち抜かなければ序ノ口に上がれなかった。それゆえ、番付に四股名が載るまで1年2年かかることはザラで、番付に名前が載らないままに廃業する力士もかなりいたそう。朝山端、朝乃土佐、2連勝。朝弁慶、うれしい初日。

平成28年1月12日
今日から前相撲。近畿大学在学中の玉木一嗣磨(かずま)君は三重県伊勢市の出身。お父さんも近畿大学相撲部出身で、小学生の時から相撲を始め、高校は大阪へ出て近畿大学付属高校で。突き押し相撲を得意として、今年度の西日本体重別選手権(無差別級)で優勝して、12月の全日本選手権ではベスト16の実績。今日の初土俵でも得意の突き押しを炸裂させ圧勝。三段目、幕下、十両へと出世の階段を駆け上ってほしい。

平成28年1月10日
昭和15年1月の雑誌(野球界増刊春場所相撲號)に部屋別力士一覧が載っている。三代目の頃で、27歳の前田山が大関。十両に富田濱という力士がいて関取2人で総勢30名。横綱双葉山の立浪部屋は41名。出羽ノ海部屋がすごい。横綱武蔵山を筆頭に幕内力士だけで18名。十両に7名。序ノ口までの総勢89名。二所ノ関部屋も70名。逆に力士一人のみという部屋も中川、片男波と2部屋ある。快晴の新春初場所初日。初場所初日は、いつにも増して華やいだ雰囲気があるが、力士にとっては緊張感も高い。2勝4敗の高砂部屋初日。

平成28年1月9日
世話人の總登さんは昭和46年1月場所の入門。入門したのは大山部屋だが、その当時一門は同部屋のようなもので、稽古は高砂部屋の稽古場でおこなっていたそう。ちょうど4代目から5代目に代変わりする頃で、弟子の数も減っていたようで20数名だったそう。總登さんの入門から半年後、元横綱前田山の4代目が亡くなり元横綱朝潮の5代目高砂となった。あすが初日。取組開始は午前8時25分で十両土俵入りが午後2時5分。十両朝弁慶は呼出し邦夫の呼び上げで東龍との対戦。その三番後、木村朝之助の裁きで朝赤龍が天鎧鵬との対戦。

平成28年1月8日
高砂部屋ができたのは明治11年(1878年)6月。明治6年に会所(協会)を脱退して改正高砂組として独立興行していた元高見山の初代高砂浦五郎が和解なって復帰したときから始まる。復帰時は幕内1人、十両5人、幕下9人、三段目3人、序二段4人、序ノ口3人の計25人だったもよう。それから138年間、栄枯盛衰をくり返し、多い時には100人近くいた時もあるそうだが、だいたい20〜30名という期間が多い。138年間、関取(十両以上)が途絶えたことは一場所もない。

平成28年1月7日
新弟子が一人加わり力士数15名となった。平成14年2月の合併時(高砂部屋と若松部屋)31人いたのが年々減っていき、23年から26年までずっと11名という時代がつづいていたので、ようやく回復してきたといえる。3月場所にも3〜4名入門予定で、相撲部屋として理想の20名まであとすこし。10人以下では少なすぎるし、30人を超えると目が行き届かなくなる。

平成28年1月6日
更新が滞ってしまいました。本年もよろしくお願い申し上げます。1月場所新弟子検査が行なわれ、高砂部屋から玉木一嗣磨(かずま)君が受検。三重県出身で近畿大学相撲部4年生で3月に卒業見込み。身長体重は申し分なく血液検査の結果を待って正式な入門となる。前相撲は3日目から。もう一人近畿大学相撲部の石橋広暉君(富山県出身)は、3月場所三段目附出しでデビューの予定。

平成27年12月31日
平成27年度の高砂部屋、1月場所こそ31勝54敗と負け越したものの、3月場所から9月場所までは4場所連続で5割超えの成績で、それぞれ番付を上げていった。中でも朝弁慶の躍進は皆様ご存知の通りで、1月場所幕下25枚目で3連敗からの4連勝で勝ち越し、以後6勝、4勝、4勝、6勝と勝ち越しをつづけ、11月場所で新十両昇進となった。刺激されるように朝赤龍も幕内復帰を果たし、新弟子4人入門という新しい力も加わった。29日に稽古納め、新年は二日に集合して3日から稽古始め。

平成27年12月24日
新年初場所新番付発表。5867000番目と5868000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。平成28年初場所新番付と高砂部屋便り54号をプレゼントいたします。高砂部屋一同の新番付です。

平成27年12月19日
お互いの気が合い、立ちあがった。笠置山は、いつものように真っ正面からぶつかっていった。そして、いつものように敗れた。しかし、すがすがしさ、満足感、気持のいい相撲が取れたという喜びでいっぱいになったという。あとになって、友人にいい相撲を見てもらったうれしさもわいてきた。あれほど構想を練り気持を固めた立合い変化の作戦が、仕切っているうちに雲散霧消してしまった。しかも、そのことに無上の喜びを感じる。小坂氏は、「感応した笠置山も偉いが、そうさせた双葉山はどうだ」と書いている。

平成27年12月15日
立合い変化の作戦をハラにきめ、「今日こそは!」と、絶対の自信を持って土俵に上がった笠置山。何度か仕切り直しをくり返すうちに、双葉山の仕切り姿、仕切る目に、だんだんと引き込まれていったという。変化しようとか、その後の動きとか、だんだん頭の中から消えていき、いつの間にか、仕切りそのものに没入していった。しかも、それがなんともいい気持ちで、気持がどんどん澄んでいき、浄化されていく。仕切りをしていることがすべてという無我の境に入っていった。(小坂秀二『わが回想の双葉山』より)

平成27年12月14日
関脇笠置山は早大出のインテリ力士で、出羽海部屋で打倒双葉山の作戦参謀としても知られていた。本人も打倒双葉山に闘志を燃やし、「双葉山に勝てたら、その場で引退してもいい」と公言していたほどであった。何度目かの対戦の時、あまりに勝てないので、立合い変化の作戦をたてた。その夜、故郷奈良から同級生が訪ねてきた。その同級生が訪ねてきた翌日の相撲は負けたことがなかったので、「いよいよこれは!」と、立合い変化の作戦に自信を深めたという。

平成27年12月10日
小坂氏は、14日目の豊嶋の立合いをみて、9日目の羽黒山との対戦が目に浮かんだという。羽黒山も昭和史に残る強豪横綱で、双葉山同様受ける立合い。その羽黒山に対し豊嶋は同じようにぶつかっていくのだが、全身を預けるような立合いではなかったという。羽黒山が双葉山に劣るという話ではなく、羽黒山という強い横綱だからこそ比較の対象に成り得るのであって、相手を信頼しきって全身全霊でぶつかっていける双葉山の存在は特別なのだと語る。

平成27年12月9日
対戦相手も、双葉山が「変化しない、ごまかさない」ことに全幅の信頼をおいていた。以下、小坂秀二『わが回想の双葉山』にある話。昭和18年夏場所、小坂氏は長期休暇をもらって戦地から帰国し15日間国技館に通った。14日目関脇豊嶋との対戦で、豊嶋の微塵の迷いもない全身をぶつける立ち合いを目の当たりにして、この場所の双葉山に、相撲の神髄をみたと語っている。

平成27年12月8日
双葉山は、新入幕の昭和7年2月から引退する昭和20年11月まで345番の取組がある。決まり手と取組内容が記録として残っているが、勝ち星276勝のなかで一番多いのは、「寄り切り」で68番。二番目が「上手投げ」の43番。三番目は「寄り倒し」の36番。もちろん、立合い変化は一番もない。そして、驚くべきことに、276勝の中に「叩き込み」が2番、「引き落とし」が1番あるのみである。それも、自ら叩きや引きにいった技ではく、相撲の流れのなかで、たまたま決まり手が「叩き込み」「引き落とし」になっただけである。

平成27年12月7日
横綱双葉山の立合いはどうだったのであろう。双葉山は、昭和7年相撲史に残る現役力士によるストライキ春秋園事件(幕内40人中29人、十両22人が脱退)で、十両から前頭4枚目に抜擢されての新入幕。体も力も足りないのに奇襲も立合い変化もやらずバカ正直な立合いを繰り返すばかり。評論家からは批判が多々あったそうだが、当時の第一人者横綱玉錦は、「双葉山は立合いに工夫がないとか、まずいとか言われているが、あれでいい。いまに力がついてくればわかる」と語ったという。(小坂秀二『わが回想の双葉山』より)

平成27年12月2日
立合いの変化や引き技、横綱相撲について、昔から何度も物議を醸している。先日、浅草で50年近くつづく飲み屋で相撲好きの女将さんと九州場所の話題になり、「三重ノ海も猫だましやったわねぇ」と言われ、「そう言われれば」と記憶が甦った。「横綱のときだったですかねぇ」と聞くと、「そのはず」という。調べてみると、昭和53年初場所、全盛を誇った横綱北の湖に当時の大関三重ノ海が“猫だまし”の奇襲に出たのだが、「パチンと音がした」というだけで横綱は猫だましには気づかず一気に押し出した、とある。昭和37年、横綱大鵬に対して前頭4枚目出羽錦が行なった記録も残っているそう。もちろん、相撲は大鵬の勝ち。

平成27年12月1日
年末恒例の高砂部屋激励会。今年は、高砂親方還暦祝いとして開催されます。一般参加の方にはチケットがあります。お問い合わせは 東京高砂部屋後援会事務局まで。

平成27年11月30日
何かと多用で、永らくお休みしてしまいました。昨29日(日)残り番力士も帰京。巡業組(朝赤龍、朝ノ島、~山)は昨日が鹿児島市での巡業初日。今日は移動日で、あすから大分の佐伯、別府、長崎から鹿児島に戻り4日が出水市、さらに宮崎市、熊本県南阿蘇村とまわり、再び鹿児島南さつま市、霧島市を経て熊本八代市、福岡直方市と北上。一日道中で、12日と13日は那覇市とめまぐるしい。那覇から帰京。新十両朝弁慶は、足の治療の為巡業お休み。

平成27年11月19日
序二段朝ノ島、朝金井が勝ち越し。これで4人目の勝ち越し。朝金井は、残りの一番に新三段目昇進をかける。7月場所、9月場所の好調を引き継ぐように前半戦は白星先行だったものの中盤戦で崩れ、すでに負け越し6人。朝弁慶を含め合い星が4人。初めての向こう給金相撲(負けたら負越し)で、ものすごく緊張したという朝山端、踏みとどまって3勝3敗。最後の一番に4場所連続の勝ち越しをかける。千秋楽打上で祝杯なるか。関取は残り3番、幕下以下は残り1番。

平成27年11月12日
朝弁慶、今日の対戦相手は徳真鵬。193cm・224kgと、大きな朝弁慶よりもさらにひと回り大きな相手。その大きな相手に、立合い真向から当たってすぐ右上手を引き電車道での4勝目。強い!!“湘南の重戦車”のキャッチフレーズそのまままの会心の相撲。溢れる笑顔でNHK中入りでの新十両紹介インタビューを受けた。十両という地位が自信をつくり、自信が心身に満ちあふれ、自信が全身をつなぎ、全身がうまくかみ合って相撲を取っている。

平成27年11月11日
先場所序二段で6勝して三段目52枚目まで番付を上げた朝山端、今日の相手は相撲教習所の指導員。入門以来半年間指導を受け、弱点も見抜かれているかと思うが、持ち前のパワーを発揮して三段目での初白星。九州に入って他の新弟子連が体調を崩し次々と稽古を休んだのに、一人休みなしで乗り切ってきた。内臓も大分逞しくなってきたよう。 新十両朝弁慶、桝席に“湘南の重戦車 朝弁慶”の横断幕が掲げられた前で相手を突き飛ばして3勝目。

平成27年11月10日
朝弁慶、今日も前に攻めていくも突き落としを食っての初黒星。NHK総合大相撲中継での新十両紹介は、あさって木曜日5日目の中入りの時間とのこと。乞うご期待!! 11月22日(日)午後6時半からの高砂部屋千秋楽祝賀会のご案内です。

平成27年11月8日
「ひが〜し あさべんけい〜」 十両呼出しとしてのキャリアも長い利樹之丞だが、ものすごく緊張したという。ちょうど国際センターに行っていて2階席から相撲を見たが、軍配を上げる木村朝之助の動きもいつもより素早く力強く見えた。「 あ さ べ ん け い 」という勝ち名乗りも、いつもより声を張り上げてしまい、幕内の場内アナウンスでときおり声が裏返ってしまったほどだという。雨予報だったが日が差し夏を思い出させるほどの陽気の九州場所初日。注目の新十両朝弁慶、部屋関係者の陽気を一気に揚げる関取として初白星。

平成27年11月6日
取組編成会議。明後日8日の初日新十両朝弁慶は、友綱部屋旭日松との対戦。土俵上に呼び上げるのは呼出し利樹之丞。裁く行司は木村朝之助。そして、NHK十両取組解説は若松親方と、高砂部屋勢揃い。朝赤龍は、幕内最初の取組で貴の岩戦。大砂嵐ー稀勢の里、照ノ富士ー逸ノ城、日馬富士ー妙義龍、栃ノ心ー白鵬、鶴竜ー嘉風。

平成27年11月4日
九州場所で初の三段目昇進なる朝山端、持ち前のパワーを武器に突っ張りの稽古に励む毎日。うまくはまれば兄弟子をもふっ飛ばすパワーを発揮するが、負けるときも豪快さが出る。今日の稽古、押し出された勢い余って稽古場の窓に激突。“バーン!!” “ザーッ”という音と共に窓ガラスが砕け、背中からタラタラと出血。幸い傷は浅く、すぐ病院で細かい破片を摘出してもらい大事に至らずに済んだが、プロレスラー大仁田厚を彷彿させるような、相撲の稽古場では珍しい光景だった。あす、場所前恒例の激励会

平成27年11月3日
朝弁慶、出来あがってきた締込を締めて稽古場に下りる。締込は、厚地の絹の繻子織で幅は80cm近く。それを6つ折り(3つ折りにして2つ折り)にして締める。厚地なので、折ったばかりはまだ折り目が定まらず、締めて体に馴染むのに時間がかかる。初日に向け少しでも体に慣らしていかなければならない。新調の締込で四股やスリ足をすると、キュッキュキュッキュと絹擦れ(衣擦れ?)の音がする。湘南の海をイメージした濃紺の締込。

平成27年11月2日
関取になって1週間の朝弁慶。はじめの2,3日は個室(真ん中をカーテンで仕切った朝赤龍との2人部屋だが)が落ち着かないらしく、ちょくちょく大部屋(本堂)に顔をみせていたが、個室暮らしにも慣れてきたようで、大部屋にもあまり来なくなった。化粧回し等の他にも身の回りのもので揃えるのが多く、付人(朝興貴、朝金井)を食事に連れて行ったりと、出費も多くなる。それなのに給料が出るのはまだまだ先のことのようで、経済的状況はまだ幕下時分とさほど変わらない模様。

平成27年11月1日
先発隊で福岡入りしたときは、晴れ間がつづきTシャツでも汗ばむほどの陽気であったのに、あれから2週間、すっかり寒空となり今日から11月。おまけに雨。初日までちょうど1週間だが、新弟子に胃腸炎が多発し、いささか寂しい稽古場風景。朝弁慶、着物に締込み、明け荷と化粧まわしと届き、本場所へ向けての準備はおおよそ整った。初日に向け体調を整え、白星を重ねることが諸々贈ってくれた方々への恩返しになる。

平成27年10月29日
大変遅くなりました。朝弁慶の四股名が東十両9枚目に黒々と輝いています11月場所新番付、5780500番目と5781000番目のお客様にプレゼントいたします。送り先を書いてメールください。 新十両朝弁慶特集の高砂部屋便り52号も同封します。朝赤龍、前頭16枚目に残る。朝山端、三段目52枚目と大きく弾みをつけての新三段目昇進。11月場所高砂部屋力士の新番付です。

平成27年10月20日
九州場所前恒例の高砂部屋全力士激励パーティーのご案内です。昨年までは仕着せの着流し姿だった朝弁慶、今年は羽織袴姿で皆様の前に登場します。晴れ姿を見にお越しください.。抽選会や大子錦特製ちゃんこもあります。

平成27年10月17日
先発隊7人(大子錦、朝乃丈、朝興貴、朝金井、朝山端、朝達家、松田マネージャー)福岡唐人町成道寺入り。お寺さんの本堂にゴザを敷きカーテンを張って、とりあえずは寝られるようにセッティング。おなじみゴーヤマン(11月2日)も登場して一緒にゴザ張り。福岡初上陸の朝山端、「空気が清々しいっすね〜」と、気に入った様子。作業を終え、晩飯は一年ぶりの藁巣坊。(11月19日)絶品餃子に普段は食が細い朝達家もがっついている。あすトラック2台で大牟田から家財道具一式の引っ越し作業。先発隊にとっては、今日から1か月半に及ぶ九州場所の始まり。

平成27年10月12日
高知合宿最終日。今日も地元の中学生が稽古に参加。中学生とはいっても相撲歴は長く体格もいいので、相撲歴半年の朝達家などでは、ふっとばされてしまう。この悔しさを糧に1年後には勝てるようプロとして頑張っていかなければならない。お世話になった合宿所を大掃除して、荷物を福岡や東京に送り、あす朝の飛行機で帰京。17日土曜日に九州場所先発隊が出発し、早一年納めの九州場所を迎える。10月26日(月)が九州場所番付発表。

平成27年10月11日
昨日10日は、午後から香美市土佐山田町の八王子宮で地元の小中高生約70人と稽古会。立派な山門をくぐると広場になっていて広場中央に四本柱の屋根つき土俵が建っている。昭和30年頃巡業も行なわれたそうで、秋祭りには奉納相撲も行なわれているという。参加の子供たちにはマワシを締めるのが初めての子供もいて相撲健康体操で基本の形を学んだあとに、朝興貴、朝乃丈、朝金井に向かってぶつかり稽古。稽古終了後、ソップ炊きちゃんこが振る舞われ、八王子宮にもこんなに人が集まったのは久しぶりというほどの賑わいだった。

平成27年10月9日
昨日にひきつづき夕方5時から相撲健康体操教室。きのう参加した子供は、さっそく動きを覚えたようで、先取りして四つ身の型で「ヤァー」。去年参加した2歳前の子が1年たって今年も参加。去年は、体操中も土俵の中を走り回ってまとわりついていたが、今年は一緒に体操できるようになった。上がり座敷では、女子中学生2人も参加。制服姿で腰割りや四股を頑張る。ハンドボール部の中学3年生らしく、朝達家と同じ平成12年生まれ。学年は一つ違いだが、同年生まれで記念撮影。相撲健康体操も高知で徐々に広まりつつある。

平成27年10月8日
高知合宿初日。平日にもかかわらず見学者が多く、テレビや新聞等マスコミ各社も取材多数。 稽古終了後10時半から高知市役所による歓迎セレモニー。高知市からカツオと地元のお酒が贈呈され親方から謝辞。夕方5時からは小中学生対象の相撲健康体操教室。朝興貴、朝金井、朝達家が先生になり、小学校低学年の子供たちに指導。男の子は裸足で土俵に入り、女の子やお母さんたちは上がり座敷の床の上で四股踏んだり、「ヤァー」と元気よく仕切りの型。あすも5時から行ないます。元祖スー女にしてすもうライターのどす恋花子が、中日新聞プラスで「新十両昇進は、かくも嬉しき みな笑顔」と、朝弁慶十両昇進の話を紹介しています。

平成27年10月7日
入門間もない頃の朝弁慶は、おとなしすぎて危ぶまれていた(5月14日)もよう。そんな第一印象を覆して部屋での生活に慣れていくが、初めて番付に名前が載った5月場所では初日に白星を飾るも勝ち負けをくり返しつつ3勝3敗となり、最後の一番で負越してしまう。部屋に戻ってきて、涙した(5月26日)。8年前、まだ朝酒井の四股名で18歳の春のこと。今日から高知合宿へ出発。稽古は明日から12日まで高知市営運動場相撲場にて。

平成27年10月3日
朝弁慶が入門したのは平成19年3月場所。横綱朝青龍が一人横綱として優勝20回を数え、まだまだ勢いのあった頃。ただこの場所千秋楽で皇牙が引退を表明。関取は横綱朝青龍と朝赤龍の二人だけになってしまった。高砂部屋所属の33代目木村庄之助最後の場所でもあった。新弟子の朝酒井は188cm155kgで新弟子検査合格。前相撲は2勝2敗で2番出世。一人だけの入門で、すぐ上の兄弟子も2年上と、かなり心細い新弟子生活だったはず。

平成27年10月1日
昨日9月30日水曜日、番付編成会議が行なわれ朝弁慶,の新十両昇進が決定。今朝5時半のNHKニュースでも紹介されていたが、神奈川県としては平成5年3月場所の朝乃翔以来22年ぶりの新十両。高砂部屋としては、平成18年5月場所の皇牙以来9年ぶり。昨日午前10時より行なわれた師匠と朝弁慶が並んでの喜び溢れる記者会見の模様も結構な時間放映された。新十両が一人しかいなかったこともあり、大勢の報道陣が詰めかけ、これも久しく見なかった懐かしい光景。若い力士達も晴れの会見を報道陣の後方から見守り、胸に期するもののあったろう。


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