Last modified 2010.2.8


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現在親方3名・力士14名・行司2名・呼出し2名・床山1名・若者頭1名・世話人1名・マネージャー2名

いらっしゃいませ、 番目のお客様。
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4800000番目のお客様はメールを下さい。高砂部屋チャンコご招待&粗品を進呈致します。
takasago@kub.biglobe.ne.jp

今日の高砂部屋

平成22年2月8日
横綱の引退相撲についてのお問い合わせを多数いただいています。現在10月3日(日)に行う予定で話を進めております。詳細が決まり次第正式に発表して切符の購入方法などについてもお知らせいたしますので今しばらくお待ち下さい。

平成22年2月5日
この度の騒動に関しまして、応援していただいている皆様方には多大なるご心配とご迷惑をおかけいたしましたこと深くお詫び申し上げます。横綱の引退という事態、師匠の二階級降格という処分を厳粛に受け止め皆様の信頼回復に向け師弟一丸となって精進致す所存です。皆様からのたくさんの叱咤激励頂きましたこと感謝申し上げます。

平成22年1月23日
横綱25回目の優勝。千秋楽前に優勝が決まると、部屋で“めで鯛”を持って優勝祝いの記念撮影を行うが、入門丸三年になる朝弁慶は初めての経験だという。何度か鯛を用意したこともあったが千秋楽までもつれて使うことはなかったので、久しぶりの部屋での優勝祝い。朝久保初の三段目昇進へ希望をつなぐ6勝目。塙乃里幕下残留を決める3勝目。

平成22年1月22日
南海龍とは入門が一年も違わなかったから新弟子の頃は出稽古にいってよく稽古した。最初は「プッシュ!プッシュ!」と指導されるからどんどん突っ張ってきた。こっちは中に入らないと相撲にならないから頭を下げて当たると顔面に大きな手がガンガン飛んでくる。口の中が切れることもよくあったが、稽古が終わると「ダイジョウブ?アナタヒクイカラカオニアタル」と心配げに声をかけてきた。ふだんはいい奴だったが、酒を飲み出すと止まらなかった。明日にも優勝決定となりそう。

平成22年1月21日
南海龍については覚えておられる方も多いかと思うが、西サモア出身で188cm150kgと均整のとれた筋肉質の体で将来性を大いに嘱望された力士だった。突っ張っても四つに組んでも相撲を取れ、そのパワーもすさまじかったが、酒の飲みすぎで度々事件を起こして最後は廃業となった。朝日向大子錦勝越し。横綱、優勝争いの単独トップとなる。

平成22年1月19日
『シコふんじゃおう』発刊以来、「シコトレ」も少しずつ広まりつつあるようです。今度は「シコトレ」の中の“腰割り”に焦点を絞り探究してみました。『お相撲さんの“腰割り”トレーニングに隠されたすごい秘密』(実業之日本社 じっぴコンパクト新書)あす1月20日発売です。どこでも誰でも手軽に取り組め、気持ちよさを追求して効果の大きい“腰割り” ぜひお試しください。朝久保勝越し。

平成22年1月18日
持病はあったものの、毎朝ウォーキングに励み食事にも気を使っていたが、南海龍事件の心労が祟ったのかどうか、楽しみにしていたという還暦土俵入を一年前にして亡くなった。享年59歳。先代から大関前の山、白田山、高見山、富士櫻という関取を引き継ぎ、大関朝潮、小錦、水戸泉を育て上げた。

平成22年1月17日
現師匠は大関に上がってからも稽古場では5代目に竹刀で厳しく指導されたが、普段は温厚で優しい親方だったという。元相撲診療所所長の林盈六氏も5代目と親交が深かったようで『力士たちの心・技・体』(法研)にも親方とのエピソードがでている。当時の付人から聞いた話では、晩年、タクシーに乗っていて運転手に「あ!親方、元の大内山さんですよね」と間違えられると機嫌が悪かったそうである。

平成22年1月16日
横綱朝潮の5代目高砂親方はその独特の風貌で人気を博し、手力男命の役で映画出演したり少年マガジン創刊号の表紙を飾ったりもした。優勝5回のうち4回が大阪場所で大阪太郎とも呼ばれた。大阪神戸には奄美出身者が多く、奄美人の誇りであった。昭和34年5月横綱になってからは腰椎分離症に悩まされ優勝1回だけで昭和37年1月場所で引退。年寄振分を経て昭和46年9月より5代目高砂を襲名した。

平成22年1月15日
小学生の頃、徳之島に帰ってきた5代目高砂親方を初めて見たが、その大きさにびっくりした。以前にも書いたように、入門のきっかけとなったのも5代目高砂親方との縁からである。昭和28年奄美日本復帰のときには島の英雄だった。親方の影響を受けもともと相撲が盛んな奄美からは入門者が多く、現在でも13人の力士が現役で相撲をとっている。
朝縄きのうの朝久保につづき3連勝。

平成22年1月12日
久しぶりの雨で厳しい寒さの3日目。このくらい冷え込むと、さすがのおすもうさんも「寒い」「寒い」と口にする。それでも部屋の中ではTシャツにパンツのみしか着ていないが・・・1月24日(日)高砂部屋千秋楽打上げパーティーのご案内です。

平成22年1月11日
2日目成人の日。高砂部屋では朝奄美が今年成人式を迎える。徳之島の亀津中学校を卒業後15歳で入門したが半年後に怪我をして休場がつづき2年半のブランクをのり越え再起。入門3年後に初めて勝越し、昨年は年3回の勝越しで自己最高位まで番付を上げている。本場所中で成人式には出席できないが、おかみさんからケーキとお祝いをいただいての成人祝い。

平成22年1月10日
平成22年初場所初日。お正月に清々しさと期待感を感じるように、初場所の特に初日は、力士にとっても一種独特な想いと雰囲気がある。しかも横綱審議委員会総見に天覧相撲ともなった初日の土俵、横綱朝青龍は力強い相撲で初日を飾る。高砂部屋としては3勝4敗のスタートとなった。

平成22年1月8日
5代目高砂浦五郎は、わが故郷徳之島出身の第46代横綱朝潮である。昭和4年徳之島町井之川の生まれで神之嶺小学校卒。以前にも書いたと思うが、私の父母も同じ小学校で、父が2年上、母が1年下になる。小学生のときから体の大きさはケタ違いだったそうで、昭和23年まだ米軍統治下だった徳之島から漁船に大きな体を隠して神戸に渡り神戸出身として初土俵を踏んだという。昭和28年に奄美群島が日本復帰になって初めて徳之島出身とした。奄美出身の元近畿大学相撲部祷(いのり)監督とは同郷のよしみで縁も深く、現師匠が入門するきっかけともなった。

平成22年1月6日
現在いる力士の中で輝面龍、大子錦、笹川、塙乃里、男女ノ里は6代目からの弟子である。もっとも輝面龍は5代目のときの入門で、3代の師匠のもとでの力士生活である。昭和63年10月、元横綱朝潮の5代目が亡くなったあとを継いで6代目を襲名。当時7代目の現師匠も小錦と共に現役の大関で、現錦戸の水戸泉が小結として活躍していた。台東区橋場に部屋を建て闘牙、泉州山という個性的な関取を育てている。平成14年2月に現師匠と名跡を交換して年寄若松として停年。平成15年12月に慢性腎不全のため逝去された。享年66歳。

平成22年1月5日
元小結富士錦の6代目高砂親方は山梨県出身である。出身地に因(ちな)んでの富士錦だと思っていたが、高砂部屋の横綱東富士の富士をもらっての四股名だそうである。高砂部屋伝統の押し相撲で、昭和39年7月場所には14勝1敗での平幕優勝を飾っている。小結で3回勝越しながらも番付運に恵まれなく関脇には上がれず昭和43年11月場所を最後に引退。年寄西岩、尾上を経て昭和63年から6代目高砂を継承。朝青龍オフィシャルブログを書いている一宮章広マネージャーは6代目の次男にあたる。

平成22年1月4日
東京場所前恒例の綱打ち。平成15年から年3回ずつ行っているから今回で22本目の横綱。糠(ぬか)での麻もみなどの下準備には時間がかかるが、テッポウ柱に巻きつけて綱を打っていく作業は年々早くなっていって、実質1時間足らずで今までよりも少し太めの綱が出来上がった。春日野部屋への出稽古から戻ってきた横綱も前後左右から写メして締め具合を確認し新しい綱の出来上がりに満足そう。あさって午後からの明治神宮奉納土俵入で初お披露目となる。

平成22年1月3日
稽古始め。横綱も若い衆に胸を出してさっそく始動。稽古終了後午後1時より資格者(十両格以上)全員で先代高砂親方のお墓参り。先代おかみさん、師匠夫妻、横綱、朝赤龍はじめ元富士櫻の中村親方や元水戸泉の錦戸親方に床寿さんや三平さんらも参列。6代目となる先代は元小結富士錦で亡くなられてもう7回忌になる。ネットで先代を調べていたら床寿さんとのお別れのエピソードもでてきた。

平成22年1月2日
新年あけましておめでとうございます
いつも高砂部屋ホームページをごらんいただきましてありがとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。新しい年が、みなさまにとって、大相撲にとって、高砂部屋にとって、よき年となりますようお祈りいたします。
帰省していた力士たちも一人二人と部屋にもどり、あすから稽古始め。4日が綱打ちで6日が明治神宮奉納土俵入、新年の行事も何かと多いが10日の初日に向け気持ち新たに始動する。

平成21年12月31日
大晦日。平成21年度の高砂部屋をふりかえってみたい。1月と3月に新弟子が入門、引退力士は一人もいなく12人だった力士数が14人になった。また呼出しの新弟子も入門して頭数が増えたのは部屋にとって明るい材料である。初場所と秋場所の横綱の優勝も大きな話題となった。ただ朝赤龍が不調で、今年は三役に一度も上がらずじまいで終わった。また秋場所で幕下力士が一人もいなくなったのは、現状、将来的にかなり厳しい状況といえる。そんな中、朝弁慶が年間23勝を上げ序二段から三段目上位へと躍進してきたことが救いではある。新しい年は新しい波が起こってくることを期待したい。

平成21年12月29日
稽古納め。稽古終了後師匠から締めの挨拶があり、全員で三本締め。実家が遠い朝奄美以外は午後から帰省し2日に戻ってくる。日頃寝坊とかで罰金をとっている代わりというわけでもないが、若者会より幕下以下の年間最多勝力士上位3名に金一封を贈呈。今年の最多勝は年6場所のうち5場所勝越して番付を序二段から三段目上位まで上げた朝弁慶の23勝。2位が塙乃里の22勝。3位が21勝で輝面龍、男女ノ里、笹川の3人。

平成21年12月27日
年末恒例のもちつき。用意された240kgのもち米を稽古場にブルーシートを敷いて3つの臼をだしてドスンドスンと力強くついていく。200人近いお客さんがつめかけ、つきたてのお餅とちゃんこに舌鼓。横綱との縁で、柔道の金メダリスト鈴木選手も来部屋。前日からの米とぎや蒸しに大活躍の江戸川大ちゃんクラブの方々やつき手として大活躍の埼玉相撲クラブの協力もありお昼過ぎには終了。
あす、あさってまでで稽古納め。新年は3日から稽古始め。

平成21年12月23日
昨22日、年末恒例の高砂部屋激励会&クリスマスパーティーがホテルニューオータニにて行われた。年末のお忙しい中、厳しい世相の中、全国からたくさんの方々が応援にかけつけてくれ親方はじめ横綱や力士一同を激励。おなじみ三遊亭小金馬師匠の司会のもと、川島一成やロスインディオスによるディナーショーや撮影会、抽選会などで年忘れ。毎年子供達が楽しみにしているサンタクロースによるプレゼント、今年は親方に代わり大子錦サンタ。汗びっしょりのサンタさんであった。また宮城県から来た新弟子希望者も紹介された。細身だが184cmある19才の若者である。

平成21年12月21日
初場所新番付発表。先場所優勝を逃した横綱朝青龍、東の正横綱から西へ。朝赤龍は1枚半上がって西前頭8枚目。朝ノ土佐が幕下から陥落したが、代わりに塙乃里輝面龍が幕下復活。朝奄美、今年3回目の勝越しで大子錦を1枚抜き自己最高位タイ。4570000番目と4571000番目のお客様、送り先を書いてマールください。初場所新番付をプレゼントいたします。
拙著『シコふんじゃおう』(ベースボールマガジン社)お蔭様にて3刷目が決まりました。ありがとうございます。

平成21年12月19日
現在発売中のKKベストセラーズの隔月誌『メンズキッチン』vol.2は鍋特集で「高砂部屋のちゃんこ鍋にせまる!」と題して4ページにわたり写真入りで九州場所の高砂部屋ちゃんこ風景が紹介されている。ちゃんこの他にも、いろいろな鍋やおいしくつくるコツ、一人鍋、お店の紹介など、鍋にまつわる話題が満載である。

平成21年12月18日
若松部屋・高砂部屋OBの方々へのお知らせです。「年金定期便」等の通知が部屋宛に何通か届いています。住民票の移動が済んでいない方もいるようですので速やかに手続きしてください。不明な方は部屋の電話か上記メールまでお問い合わせください。
錦戸部屋にも助っ人にきてもらい麻もみと土俵おこし。

平成21年12月15日
師走はお相撲さんも何かと忙しい。まだ巡業中でもあるし、帰ってきたら引越しのように九州場所の荷物をほどいて整理しなければいけなく、カレンダーも送らなければならない。番付発表も迫っているし、パーティーもすぐである。またもちつきに呼ばれることも多く、忘年会ももちろんである。部屋のもちつきは27日の日曜日だが、これは部屋関係者のみでの行事。そして、年が明けたら10日(日)に初場所初日を迎える。

平成21年12月12日
すみません長らく休んでしまいました。6日宿舎成道寺を片付け帰京。巡業組は冬巡業へ出発。熊本を皮切りに、今日は久留米、明日の熊本県山鹿市のあと沖縄へ渡り浦添市で2日間興行して16日に帰京の予定。21日(月)が新年初場所の番付発表。22日(火)は年末恒例の高砂部屋激励会&クリスマスパーティー。皆様のご参加お待ちいたしております。

平成21年12月4日
「江戸っ子のうまれぞこないかねをため」という古川柳があるそうで「江戸っ子は宵越しのぜには持たない」ともいう。職人かたぎを表すことばで、司馬遼太郎『街道をゆく36』の本所深川散歩「江戸っ子」でも紹介されている。「いつも負けている角力とりが、もしかねばかり溜めているとしたらどうだろう。角力とりも職人も、腕に米のめしがついてまわってくるわけで、腕をみがきさえすればかねになる。職人の経済というもので、“かねを溜めるな、腕をみがけ”でなければ、職人はなりたたないのである」 巡業の明け荷を荷出し、家財道具一式をトラックで倉庫へしまい、後片付けも最終段階。


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