d HYPER 高砂部屋 Last modified 2017,10,21


 ○部屋案内  ○親方紹介  ○力士紹介  ○裏方紹介  ○新弟子募集  ○チャンコ  ○相撲豆知識  ○今場所の星取表(UP9.24)
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現在親方3名・力士17名・行司2名・呼出し2名・床山1名・若者頭1名・マネージャー2名

いらっしゃいませ、 番目のお客様。
ご意見・ご質問のメールは、こちらまでお送りください。
6600000番目のお客様はメールを下さい。高砂部屋チャンコご招待&粗品を進呈致します。
takasago@kub.biglobe.ne.jp
件名(タイトル)がないとメールがとどきません。必ず件名を入れて下さい。

今日の高砂部屋
平成29年10月21日
先発隊8人(大子錦、朝ノ島、朝山端、朝達家、朝大門、玉木、朝塩本、松田マネージャー)空路福岡入り。福岡空港から地下鉄で宿舎成道寺のある唐人町駅で下りると、人波であふれかえっている。クライマックスシリーズがヤフオクドームで1時試合開始とのことでドームへ向かうホークスファンの熱気でムンムン。いざ決戦で、土俵へ向かう力士同様集中力が高まり、お相撲さんを見てもいつもより反応がうすい感じ。お寺の本堂にゴザをはり寝床をつくり、夕食は一年ぶりの藁巣坊(11月19日)。

平成29年10月7日
おととい5日からはじまった上野公園イベントでの高砂部屋ちゃんこ。きのうは鳥の塩炊きだったが、初日と今日はソップ炊き。ちゃんこ長大子錦が毎日味付けし、手伝いとして若い衆が毎日2人ずつ参加。今日は朝達家と朝横道。あす8日(日)は、同会場内特設ステージにて午後2時半頃から呼出し利樹之丞による相撲甚句が披露されます。明日のちゃんこは、塩炊きの予定です。明日は朝ノ島、朝大門が助で参加予定です。

平成29年10月4日
毎週木曜よる放送の『和風総本家』。あすは、10周年記念SP「大相撲を支える職人たち」と銘打ってよる7時58分から2時間半スペシャル。呼出し利樹之丞も出演します。あす5日(木)から9日(月)まで上野恩賜公園噴水前広場で開催されます東京江戸ウイーク2017に高砂部屋ちゃんこも出店します。午前11時〜午後9時まで。

平成29年9月26日
”心技体”という言葉は一般的にも広く使われているが、本来は、“心気体”であるという。何度か紹介させてもらっている昭和16年刊『相撲道教本』(元阿久津川・佐渡ケ嶽理事著)でも、序文のなかで、「相撲は心・気・体一致の力によるものであって、修心(心を修める)・養気(気を養う)・斉体(体を斉(ととの)える)の三者こそ斯道(しどう・・その道)修練の要諦である」と、記されている。技術は心気体一致の中から自然に生まれてくるものだということなのであろう。一年前と比較して体力や技術にそれほど変化はないと思われる朝乃山の快進撃は、心気体の力によるものであろう。「化ける」ときは、心気体の一致が、より深くすすんでいくのであろう。

平成29年9月20日
朝乃山、7日目から5連勝での勝越し。今日も大きな魁聖相手に、真っ向からぶつかり右を差し、左上手からゆさぶり相手の上手を切り、腰をぶつけ寄りに寄っての寄り切り。十両で対戦した時は右四つがっぷりになってなすすべなく敗れたことを思うと進境著しい勝ちっぷり。いつの間にか幕内最高優勝争いを伝える画面にも朝乃山の四股名が・・・。のこり4日間がますます楽しみになってきた。幕下玉木5勝目、三段目朝山端、序二段朝横道勝越し。

平成29年9月19日
NHK大相撲中継で“呼び戻し”が話題になっていたが、太刀山の呼び戻しは別名仏壇返しともいわれた。その仏壇返しについて昭和15年1月の『野球界』増刊相撲号に太刀山本人が記している。「「ワシの仏壇返しは上手から投げを打とうと見せかけて、相手が反対の方の足を突っ張って堪へるところを逆にグンと振って投げるから、相手は仰向さまに引くり返るんで、誠に強引な手です」 相馬基『相撲五十年』では「相手の一方の脇の下を突き上げるようにして、一方は相手の反対側にあてがい、力まかせに捻るんです。そうすると相手の体は、ばったり一回転して引っくり返るというわけです。そのころ名古屋の菊人形で何段返しなどといって、舞台がばったりひっくりかえると、次の場面に変化する仕掛けがありまして、それと私の手がよく似ているというので、太刀山の仏壇返しとなったのです」とある。朝乃山、突っ張ってからの右四つ上手投げでの7勝目。入幕して相撲の幅が広がった。

平成29年9月18日
ベースボール・マガジン社が発行している大相撲名門列伝シリーズ3は “高砂部屋” 進取の精神で関取を出し続けた波乱万丈の140年史ーと銘打って初代から現7代目までの高砂部屋の情景を写真満載で紹介している。昭和30年代の対談や座談会も貴重な資料。また同社から高齢者向けのシコの本 『転ばぬ先のシコ』も発売なっています。朝乃山、得意の右を差せなかったものの左からおっつけ押して突いて前に攻める相撲での6勝目。三段目朝乃土佐勝越し。

平成29年9月17日
幕内に上がると、染め抜きを着て場所入りすることができる。染め抜きとは、四股名や絵柄を染め抜いた着流しの着物で、夏の正装として認められている。先日、緑色の染め抜きが朝乃山富山後援会より贈呈されたのにつづき、昨日北日本新聞社から青色の染め抜きが贈呈。幕内に上がると、月給があがるのはもちろんだが、控えの座布団がマイ座布団になり、自分の四股名入りの浴衣をつくれる等の十両との違いがある。幕下朝興貴、玉木4連勝での勝越し。

平成29年9月14日
9月24日(日)の高砂部屋千秋楽打上げパーティーのご案内です。いつもの両国KFCビル(第一ホテル両国のビル)3階アネックスにて午後6時半より開催されます。

平成29年9月13日
再び太刀山ばなし。あまりの強さに稽古相手にも困り、あるときは土俵中央に立ち、足の周りに直径1mほどの円を描き、「ここからワシを出したら10円(現在の数十万円)やるぞ」と自ら懸賞をだし、幕内力士がぶつかっていったが誰も果たせなかったといい、熊本での東西合併巡業では、横綱10人掛かりで、東京相撲・大阪相撲の幕内精鋭5人ずつが千円の懸賞目当てに挑戦したが、得意の鉄砲を一度も使わずに簡単に退けたという。靖国神社例大祭で200kgの砲弾を片腕で抱えて振り回した話が新聞に掲載され、釜山巡業では500kgのロシア製砲弾を一人で運んだといい、ゴリラがまだ一般的でなかった当時の生物図鑑には「ゴリラは太刀山のように強力な動物」と紹介されたという。

平成29年9月12日
大嶽部屋世話人勇鵬さんが突然亡くなられた。沖縄宮古島出身の勇鵬さんには、沖縄つながりということもあって入門の頃からずいぶん可愛がってもらった。というか、何年かたった力士は大なり小なり勇鵬さんに世話になったことであろう。朝乃丈は巡業で飲みに連れていってもらったそうだし、朝興貴はよく声をかけてもらったという。~山もよく言葉を交わしていたそう。分け隔てない親身な笑顔が忘れられない。そんな勇鵬さんを偲び昨夜のお通夜では長蛇の列。享年60歳はあまりに早すぎる。心よりご冥福をお祈りいたします。朝乃山、ライバル豊山との幕内初対決を制して2勝目。

平成29年9月10日
栃木山に敗れた一戦を時事新報は次のように伝えている。「栃木右差し左より猛然攻め立つれば太刀左に敵の差手を巻き右を当て正面溜へ割出さんとするを栃木堪えて左を差し二本差しとなるや咄嗟に大きく掬投げを打てば流石の太刀山も此時腰砕けてよろめくを栃木すかさず煽って寄りつめた、太刀山の東溜の剣の峯に堪ゆるも腰を落としてグイと寄切る、百雷一時に落下して満場総立、土俵の上に飛び上がって踊り狂うもの二人、国技館の天地正に狂転せんとす・・・」 朝乃山新入幕の初日を見事な相撲で飾り、初懸賞獲得。

平成29年9月9日
新大関の場所8勝2敗で準優勝。この場所7日目碇潟に敗れたあと3連勝して翌場所は6勝2分1預1休(当時は不戦勝制度がなく相手が休むと休みになる)。大関3場所目には9勝1分で初優勝。翌場所も8勝1分1預で優勝して22代横綱に昇進。新横綱で迎えた44年夏場所は10戦全勝での優勝。翌45年初場所8日目西ノ海に敗れるまで43連勝。その翌日から再び連勝をつづけ、途中全休の場所が3場所あるものの大正5年夏場所中日に栃木山に敗れるまで56連勝。足かけ8年に亘る間、一度しか負けていない。初日の割りを告げる触れ太鼓。朝乃山には蒼国来。

平成29年9月6日
関取に上がる頃にはますますパワーアップして関取衆も太刀山との稽古を嫌がるようになった。そこで師匠友綱は、敵方(当時は東西対抗制)の常陸山に稽古を頼んだ。大関から横綱へと登る勢い盛んな常陸山は快く引き受け、太刀山を鍛えに鍛えた。上背はあるものの(188cm)細身だった(90kgほど)体にどんどん肉が付き、持ち前の剛力をさらに高め、双手突きの「鉄砲」と、仏壇返しと恐れられた「呼び戻し」の得意技を磨いていった。その常陸山を明治40年5月場所、挑戦6度目にして初めて破り、42年5月国技館開館の記念すべき場所で新大関に昇進。この頃から太刀山は人間離れした驚異的な強さを発揮していく。宮城野部屋石浦が出稽古に来る。

平成29年9月5日
断るつもりで出向いたが、天下の名士二人に「横綱になれる!」と、熱く口説かれると悪い気はしない。入門を承諾すると喜んだ板垣伯は、四股名を故郷富山の名峰立山にちなんで「太刀山」と名づけ、「峰右衛門」と名乗らせた。しかしながら、数え年23歳での入門で体が固まっており内気な性格も災いしてあまりなじめず怪我や病気を患い、デビューまでは一年三カ月を要した。生活に慣れてくると、持ち前の剛力を発揮して幕下附出しの場所を4戦全勝で飾り、3場所一年半(当時は年2場所)で関取に昇進した。朝乃山に東京氷見会有志より場所座布団が贈呈。自分の四股名が染め抜かれた座布団を使用できるのは幕内力士のみ。

平成29年9月3日
逃げまわっていた弥次郎だが、阿部知事が直々に出向き、「どうか私の顔をたてて、板垣さんに直接会って、断ってくれ」という言葉で上京を決意した。板垣伯と西郷内相二人からの依頼だけに、途中病気にでもなられたら大変と医師と村の有志を付き添わせて4人での上京の旅だったという。東京に着いた晩は本所横網町の友綱部屋(現在のちゃんこ巴潟?)に泊まり、翌日迎えに来た黒塗りの馬車で二人が待つ築地の同気倶楽部へと向かった。

平成29年9月1日
太刀山は、本名老本弥次郎。農業と製茶業を営む家業を手伝っていたが、その体格と怪力ぶりが有名になり噂をききつけた元海山の友綱親方がスカウトに。ところが「相撲は大きらいだ」とけんもほろろに断られる。あきらめきれない友綱、東京に戻り、同郷(高知)の後援者板垣退助に相談。板垣は内務大臣西郷従道(隆盛の弟)を訪ね、阿部富山県知事に弥次郎説得の訓令を出させる。富山ではさっそく警部長、郡長を招集して「相撲入門勧誘指令」の相談。弥次郎宅へ連日のように村長、郡長、警察署長がやってきた。

平成29年8月31日
北日本新聞で詳しく紹介されているが、朝乃山は富山市の呉羽町出身。呉羽小4年生で相撲をはじめ、呉羽中、富山商業、近畿大学と相撲部で活躍し高砂部屋入門となった。明治末から大正にかけて驚異的な強さを誇った22代横綱太刀山は、同じ呉羽町の出身。その太刀山の入門ほど世間をさわがせ、金力と、ついには国家的権力を用いた例は、空前絶後であろうと、相馬基『相撲五十年』には記されている。今日から近畿大学相撲部学生十数名が高砂部屋で合宿。

平成29年8月30日
富山での朝乃山人気はとどまるところを知らず、記者会見での師匠とのツーショットの写真が大きく昨日29日の北日本新聞一面トップに。スポーツ面の14面では相撲関連の記事の中でさらりと紹介しているが、紙面の真中16,17面では見開きで特集。ど真ん中に朝乃山のどアップの顔。そして周りを囲むように生後11カ月から小、中、高、大学時代、入門以来各場所での写真と成績。さらに社会面30,31面にも特集記事。まだある。1面の天声人語的欄『天地人』にも。故郷富山の期待を一身に背負って幕内での戦いに臨む。

平成29年8月28日
9月秋場所新番付発表。朝乃山、東前頭16枚目と新入幕を決め、午前10時より高砂部屋1階上り座敷にて記者会見。新聞各社や地元富山のテレビ局も数社かけつけ師匠と並んで喜びの会見。富山の朝乃山フィーバーは高まる一方で、地元紙北日本新聞は『朝乃山新入幕』の号外も。幕下では、朝弁慶が半年ぶりの勝越しで8枚目。村田16枚目、玉木23枚目、復帰の朝興貴が58枚目。朝森本新三段目。序二段朝塩本が自己最高位42枚目。6341600番目と6342000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。9月場所新番付と高砂部屋便り74号、北日本新聞号外紙をプレゼントしたします。

平成29年8月24日
今日から毎年8月末恒例の平塚合宿へ出発。巡業は、きのう今日とお台場での興行だが、明日が小田原で平塚からも近いので、お台場で巡業組(朝乃山、~山、朝達家)を拾って平塚へ。巡業組も歓迎会へ参加して、終了後に後援会の方に箱根の宿まで送ってもらう段取り。平塚合宿は、今年で24年になるようで、師匠も挨拶で述べたが、四半世紀を迎えるのは誠に感慨深いものがある。初めの年はまだ土俵がなくテニスコートの駐車場に柱を立てヨシズで屋根を葺いただけの簡易な土俵だった。その頃女子高校生で見学に来ていたという方が今年から会員になられて歓迎会にも参加していて、これまた驚きであった。

平成29年8月18日
大相撲9月場所マス席入場券、6月に申し込まれてまだ受け取られてない方、ご連絡ください。

平成29年8月14日
毎年8月末恒例の湘南高砂部屋後援会主催の平塚合宿、今年は8月25日(金)〜27日(日)までの3日間開催。24日に平塚総合運動公園内の合宿所入りして、夜に歓迎会の予定。26日(土)は先着○○名様にちゃんこ券の配布もあります。後援会に入会すると、力士と一緒にちゃんこを食べられます。

平成29年8月10日
朝赤龍の引退相撲は、来年初場所千秋楽の1週間後にあたる2月4日(日)に国技館にて開催。引退相撲事務局が開設され、チケット販売も開始されています。詳細は、朝赤龍引退相撲事務局まで。イス席等の販売は、チケットぴあやコンビニ各店でも販売開始しています。ご利用下さい。

平成29年8月8日
国技館内にある相撲博物館では現在、『大相撲ってなんだろう?〜テレビに映るものごと〜』と題して化粧回しや装束、優勝旗、・・・ 大相撲を彩る様々な人やモノを展示しながら大相撲の基礎知識を解説。引退したばかりの朝赤龍の明け荷、化粧回し、締め込み、浴衣、染め抜きなどが真ん中に飾られ、一見朝赤龍特集のよう。あさって8月10日(木)迄の開催。午前10時〜午後4時30分まで(最終入館4時)。入場無料。お見逃しなく。

平成29年8月3日
7月30日(日)名古屋場所でお世話になった蟹江龍照院を後にして新幹線にて帰京。巡業組(朝乃山、朝達家、木村朝之助、木村悟志)は30日(日)の岐阜を皮切りに滋賀県草津市、愛知県豊田市とまわり、昨日2日は朝乃山の地元富山市でも。入門一年半、はやくも故郷に錦を飾ることができた。東京の部屋では、今日から夏休み恒例の部屋解放。師匠の指導の元、玉木と朝興貴が現役指導員として、墨田区二葉小学校の生徒33名に相撲健康体操やすり足、ぶつかり稽古の指導。「ヤァー!!」という元気のいい声が響いている。

平成29年7月19日
全勝だった三段目朝天舞と序二段~山に土。その~山より番付が三枚上の序二段93枚目朝塩本5勝目。来場所は自己最高位を大きく更新する見込み。朝塩本、一敗は中日8日目。大阪から両親が見に来た日だったが勝越しを決められず。ただ翌日9日目勝越しを決め、満員札止めで入場できなく玄関外で待つ両親にその場で勝越しを報告できたという。小学校3年生の頃から部屋に来ている朝塩本、3年生か4年生の頃、この蟹江の部屋にも泊まりに来たことがあり、わんぱく小僧だったことを思い出すと、今場所の5勝の好成績には感慨深いものがある。朝乃山9勝目。

平成29年7月16日
西十両5枚目の朝乃山、8連勝での勝越し。十両の優勝争いのトップであるのはもちろんだが、新入幕の期待も大きく膨らんできた。「攻める相撲を」と毎朝のように師匠からいわれ、その通りの相撲が取れていることが自信につながっているであろう。幕下朝弁慶、村田が勝越しまであと一つの3勝目。昨日は、朝天舞、~山の両ベテランが4連勝での勝越し。

平成29年7月13日
7月23日(日)午後6時半より行なわれます名古屋場所高砂部屋千秋楽打上げパーティーのご案内です。昨年と同じく栄・中日パレス会場(中日ビル5階)です。皆さまの参加お待ち致しております。豪華景品や高砂部屋グッズが当たる抽選会があります。勝越し力士のカラオケもあります。

平成29年7月8日
触れ太鼓が来て明日の取組の呼び上げ。東京だと国技館に近いので、午前10時からの土俵祭りを終えてすぐ来るが、名古屋場所宿舎は遠いので午後3時半過ぎの触れ太鼓。太鼓が土俵を一周して、まず呼び上げるのが「♪ユターカヤマーには アサーノヤーマ じゃんぞーえ♪」 呼び終えるのと同時くらいにみんなで拍手するのが慣わし。農大と近大の同級生で学生時代からしのぎを削り、同じく三段目附出しの場所初日に対戦した二人。先に出世した小柳こと豊山に石橋こと朝乃山がようやく追いついた。これから関取同士で何度も対戦するであろう取組の初戦。

平成29年7月7日
昨日6日(木)が、名古屋場所前恒例の高砂部屋激励会。大勢のお客様にお越しいただくが、一年に一度このパーティーのみでお会いできるお客さまも数多く、一年前はザンバラ髪で三段目だった石橋が朝乃山関になり、関取だった朝赤龍が錦島親方になりと、一年の時の流れを感じてしまう。今晩は、蟹江地元での激励の焼き肉会。あさってからの初日に向け英気をやしなう。

平成29年6月30日
名古屋場所宿舎蟹江龍照院土俵は鉄骨建で屋根はあるものの風通しをよくするため壁はなく南側に巻き上げ式のテントを垂らしているだけの構造。大雨になると土俵の縁に雨が降り込んでくる。夜半からの雨が降り続き、稽古途中豪雨となり、縁には所々水たまりも。水を掃き出して、昨年ホームセンターで購入した砂袋があるのを思い出し倉庫へ。入り口に30kの袋がきれいに4袋積んである。「おーこれだ!」と喜び勇んで稽古場へ運ぶ。力士とともに茶色の紙袋をハサミで切り広げると、中からでてきたのは玄米。「どひゃ〜」 横で見ていた錦島親方も大笑い。慌てて下から袋を引っ張り出すと、今度は間違いなく砂であった。午後雨が上がって、排水溝や雨どいのメンテナンス。この稽古場も築30年を迎える。

平成29年6月26日
7月名古屋場所番付発表。十両朝乃山は西5枚目。幕下は3人で、朝弁慶が10枚目、村田が27枚目、玉木が30枚目。三段目は、3枚目に朝山端、9枚目に朝興貴、2人とも勝越せば幕下に上がれる番付。朝山端は初幕下昇進をかける。朝大門が、大きく番付を上げて三段目66枚目の自己最高位。三段目2場所目なので、今日から堂々と雪駄を履いて外出できる。序二段では朝森本が自己最高位の12枚目、朝横道は18枚目。2人とも勝越せば新三段目昇進の番付。6308000番目と6309000番目のお客様、送り先を書いてメール下さい。7月場所新番付と高砂部屋便り72号をプレゼントいたします。

平成29年6月22日
名古屋場所前恒例の高砂部屋激励会、今年は7月6日(木)午後6時半よりウエスティンナゴヤキャッスルホテルにての開催です。皆様のお越しお待ちしております。

平成29年6月18日
先発隊8人名古屋場所準備のため蟹江町龍照院入り。今年も、名古屋駅新幹線口に名古屋場所の風物詩ともいえる鈴木さんがワゴン車で出迎えに。五月からみんなの名古屋入りを楽しみに待っていたという鈴木さんのテンションは高く、蟹江までの車中大騒ぎ。宿舎のプレハブに畳を敷きバルサン焚いて大掃除。お寺さんやご近所の方々とも一年ぶりの再会を喜び合う。

平成29年6月16日
TV朝日で、7月31日(月)19時〜21時48分に「現役力士&親方&ファン1万人が本気で選んだ!夢の相撲総選挙2017」(仮題)という番組が放送されるようで、高砂部屋でも師匠と朝乃山に取材。アンケートは、「現在・過去に関わらず、貴方が印象に残っている大相撲の名勝負を挙げてください!」「現在・過去に関わらず、貴方が印象に残っている力士を3名挙げてください!」という質問。ちなみに師匠は、北の富士VS貴ノ花のかばい手の一番。朝乃山は、朝青龍VS白鵬の一番でした。みなさんにとっての印象に残る一番はなんでしょうか?

平成29年6月10日
今日から茨城県下妻市大宝八幡宮での合宿。午前中は、第7回目となるわんぱく相撲下妻場所。小学校1年生から6年生までの子どもたち70人ほどが集まり、学年毎の個人戦と学校対抗の団体戦で熱戦をくり広げる。今年から初の試みとして女子も参加。8名の女子生徒が低学年の部と高学年の部に分かれてハッケヨイ!横綱、大関が相次いで誕生している茨城県。子どもたちの相撲熱も年々高まってきている。あす、あさって2日間、高砂部屋合宿稽古。

平成29年6月7日
毎年6月恒例の近畿大学校友会高砂部屋ちゃんこ会で、これまたここ数年恒例の高砂寄席。近畿大学出身の落語家鈴々舎八ゑ馬による一席。演目は相撲ネタで『大安売り』。江戸相撲にに出て田舎に戻ってきた力士が成績を聞かれて「勝ったり、負けたり。」 詳しく聞くと、初日から千秋楽まで全部負け。「勝ったり負けたり言うたやないの」と言うと、「相手が勝ったり、こっちが負けたり。」 そんなこんなで改名することになったそうで、新しい四股名は“大安売り”。そのこころは・・・ 。

平成29年6月6日
昨日6月5日から稽古再開。6月18日(日)から先発隊が名古屋へ出発するので、東京で稽古を行なうのも2週間のみ。その間、来週11日(日)と12日(月)は6月恒例の茨城県下妻市大宝八幡宮での合宿稽古。名古屋場所番付発表は6月26日(月)。

平成29年5月24日
三段目39枚目村田、6連勝。来場所の幕下昇進が濃厚。もう一番勝って番付を大きく上げたいところ。序二段30枚目の朝大門うれしい5勝目。三段目復帰が濃厚で、ようやく雪駄が履けるようになる。朝森本は全勝を逃す。もう一番勝てば初三段目昇進がみえてくる。ご案内が遅くなりましたが、高砂部屋千秋楽打上げパーティーいつもの第一ホテル両国ビル3階のKFCホールアネックスです。

平成29年5月23日
“黄金の左”で一世を風靡したのが横綱輪島。左四つで、右から相手をしぼり上げ浮かせての左下手投げが強烈だった。共に一時代を築いた横綱北の湖も左四つだが、左下手を引いてがっぷりの左四つになりたい北の湖の左手と、右から強烈に絞る輪島の右手との攻防が思い起こされる。突き押し相撲の幕下玉木、突いて起こしてからの引き落としでの3勝目。朝天舞も3勝目。

平成29年5月20日
右四つ左上手投げで知られたのが横綱双葉山。当時も現在と同じ4横綱時代であったが、双葉山以外の3横綱(羽黒山、照国、安芸ノ海)は左四つ。対戦の多かった大関前田山も左四つ。当時は左四つが多かったのだろうか。相手に双差しになられることが多いが、どちらかというと左四つの朝森本、4連勝での勝越し。今日も右四つで攻めた朝乃山、3連勝で勝ち星先行。

平成29年5月18日
現在の横綱陣のなかでは、稀勢の里だけ左四つで、白鵬、日馬富士、鶴竜の3人は右四つ。大関陣も豪栄道、照ノ富士両者とも右四つ。幕内全体を見渡しても右四つの方が多いよう。朝乃山、稽古場で師匠に「立合い相手にもっと圧力をかけて右を差せ」と指導を受け、今日は右四つから前に攻めて2勝目。突き押し相撲だが、右四つ寄りも得意としている村田3連勝。

平成29年5月16日
朝赤龍の錦島親方は左を差してのしぶとい相撲が持ち味で左四つ得意だが、相撲協会HPや相撲雑誌では右四つと紹介されていた。確かにはじめの頃は右四つだった記憶があり、部屋のHPでも右四つと記している。本人に確認してみると、右で前みつを取りにいっていたので右四つになることが多かったという。朝青龍が左四つだったから稽古を重ねているうちに左四つでも十分取れるようになったのかもしれない。朝乃山、今日は得意の右四つになれずに2敗目。朝天舞、2連勝。

平成29年5月15日
午後1時半より国技館内記者クラブにて朝赤龍引退記者会見。師匠と共に報道陣の前に立ち「支えてくれたたくさんの人に感謝したい」と笑顔での会見。あとを託した朝乃山、今日は右相四つの相手で、立合いすぐに右四つとなり、相手を引きつけ腰を寄せ、万全に寄りきる。同じ右四つ同士だと相四つといい、右四つと左四つの対戦だとケンカ四つという。

平成29年5月14日
四つになったときにお互い右腕が下になって組み合うのを右四つ、左腕が下になる場合を左四つという。自分の得意の四つになるかならないかで、力の出方がずいぶん違う。右四つ得意の朝乃山、右を差しこみかけるが相手に前みついい所を引かれ力を出せずに黒星スタート。学生時代から何度も対戦している相手で、得意の右差しを逆手に取られた形。それでも右差しにこだわり、右差しをより磨いていくしかない。久しぶりの台覧相撲初日。

平成29年5月13日
朝赤龍が引退発表。朝赤龍は、本名バダルチ・ダシニャム。モンゴル国ウランバートルに生まれ1歳上の朝青龍とは幼なじみ。平成9年16才の時に朝青龍と共に来日し明徳義塾に入学、相撲を始める。インターハイベスト8の実績を上げ、平成12年に若松部屋入門。史上最速で駆け上がった朝青龍には及ばないが、2年半での新十両昇進は当時史上10位の超スピード出世。関脇2場所、小結3場所を務め、技能賞2回、殊勲・敢闘賞1回ずつ。高砂部屋の伝統を長年一人で支えてきた。年寄錦島を襲名して高砂部屋付きの親方として力士の指導にあたっていく。引退相撲は来年1月場所後の予定。

平成29年5月12日
その某関取、部屋でちゃんこを食べていると、呉服屋か何屋かの若い衆が来た。「すみません、○○関、お願いします」 溜ったツケを回収にきたのだが、当の関取の顔は知らないらしい。「関取今いないよ」 「え、この時間ならいると聞いてきたんですけど」 「いや出かけたよ」 「いえ、確かにいるって聞いたんですけど」 「いないよ」 取り立ての若い衆も言い含められているらしく、しつこく食い下がってくる。何度かやり取りがつづき、その某関取が声を荒げた。 「本人がいないって言ってんだからいないんだよ!」 床山さんの盛り話だったのかもしれないが・・・。朝乃山関、稽古後初めてちょん髷を結う。同期生の朝横道、朝塩本も揃って初ちょん髷。コンパチ(8月26日参照)貧乏になりそう・・・。

平成29年5月11日
これも前記床山さんに聞いた話。某部屋の某関取は、バクチ好きだったのかどうか誰彼となくハガミを入れまくっていたという。ベテラン力士で,、巡業中など若い関取に「おう、ちょっと今手持ちが足りない5,6万ほど貸してくれ」とハガミを入れる。しばらくして催促に行くと「おうそうだったな。今ないからキリのいいところであと4万借りて10万にしておこう。今度まとめて返すから」 兄弟子だから無下にも断れず、10万が20万になり、20万が30万になりと、どんどん増えていく。そのうち、その兄弟子の姿が遠くに見えると、金を貸している方が隠れたという。

平成29年5月9日
借金することを相撲用語では、ハガミを入れるという。端紙と書くようで、もとは半紙を八つ折りにした借用証書を残したことからきている。金の貸し借りは原則禁止だが、男だけの団体生活ということや緊急の入用があったりして、時にはないこともない。その場合、「お金貸して下さい」と言うよりも「ハガミごっつぁんです」と言ったほうがスムーズにいくような気がする。そうえいば、九州場所の切符代の借用書は、現在も茶色い半紙の端紙になっている。

平成29年5月7日
入門した頃(1983年)、当時の若松部屋の床山さんに聞いた話によると、昭和40年代頃は関取に上がっても化粧回しをすぐには作れなく、兄弟子の化粧回しを借りて、名前のところだけ刺繍を変えて土俵入りを行なっていた関取衆もいたという。また金に困ると、化粧回しを質に入れることも実際にあったという。甚句の囃しにもある。♪ハァ 近頃世のなか不景気で 土俵の上の関取衆 立てば借金 座れば家賃 歩く姿は 質屋へ お使い お使い ハァードスコイドスコイ♪

平成29年5月6日
化粧回しは博多織や西陣織などの絹製で、前垂れの部分は金糸などを使った刺繍を施すのでかなり高額になる。後援会や母校などから提供してもらうことになるが額が額だけに簡単にはいかない。幸い朝乃山は、地元富山の北日本新聞社、師匠の後援者である東京バスバスグループ、高校の恩師の仲間たち、そして今回の東京富山県人会連合会と4本も出来上がった。さらに近畿大学からの化粧回しも現在製作中とのことで、いきなり5本と人気の高さがうかがえる。5月場所は東京富山県人会連合会の立山連峰の化粧回しで初日の土俵入りを行なう予定だそう。

平成29年5月5日
化粧回しも、締め込みや稽古回しと同様、はじめは一枚の帯状の布になっている。朝乃山のブリの化粧回しを贈呈してくれた北日本新聞社では、出来上がって受け取ったとき一枚の帯状の状態だったので、これをどうやって締めるのか全く見当がつかなかったと言っていたが、さもありなん。一枚の帯状の前垂れの部分にデザインが施されていて腹の前に垂らし、股にあたる部分から後ろを六つ折りに折って回しと同じように締めていく。化粧回しを折るのも付人の仕事。

平成29年5月4日
大安吉日の昨5月3日、東京富山県人会連合会(桑山征洋会長)から朝乃山に化粧回しが贈呈された。桑山会長によると、深さ1000mの富山湾から3000m級の立山連峰を見たものということで、深い青地に白雪を冠した立山連峰が連なるシンプルだが雄大なデザイン。関取も故郷の絶景を思い出し上機嫌で夏場所への決意を新たにした。番付発表の日からBBT富山テレビ放送や富山の読売新聞折込「minto6月号」の取材と、相変わらずの富山デーがつづいている。以前実業之日本社から刊行されました『腰割り本』が文庫化されました。ご案内まで。

平成29年5月1日
5月場所番付発表。先場所東十両12枚目で10勝5敗の朝乃山、順当に10−5=5で5枚上げて東7枚目。幕下では朝弁慶が6枚目、玉木は20枚目。三段目、朝山端が自己最高位の13枚目。幕下昇進には5勝以上が必要。三段目100枚目格で6勝1敗だった村田は39枚目。先場所三段目68枚目で2勝5敗でギリギリ残留かと思われた朝乃丈、序二段東筆頭。周りの力士との兼ね合いで場所毎の運不運は必ずある。序二段朝塩本も自己最高位。高砂部屋全力士の新番付です。6167000番目と6168000番円のお客様、送り先を書いてメール下さい。5月場所新番付と高砂部屋便り70号をプレゼントいたします。

平成29年4月26日
番付発表は初日の2週間前の月曜日だから、通常は本場所開催月の前月の偶数月(12月、2月、4月、6月、8月、10月)にある。ところが今度の5月場所は初日が5月14日と、もっとも遅い開始なので番付発表も5月1日(月)になり、その分4月がやたら長く感じてしまう。巡業に出ていた朝乃山と朝乃丈も久しぶりの稽古場。移動が疲れましたと、初巡業の朝乃山。土日にもう一度幕張メッセで超会議場所がある。春巡業も長い。

平成29年4月15日
3月場所三段目附出しデビューの村田、相撲教習所通いの毎日。教習所は、月曜日〜金曜日までで、土日は休みになるため今日は部屋での稽古。錦戸部屋からも先場所新弟子検査を受けて5月場所幕下15枚目格附出しデビュー予定の元全日本アマ横綱トゥルボルドと3月場所前相撲のアームレスリング高校チャンピオンという新弟子君も兄弟子彩翁とともに参加。稽古場も活気づく。巡業組は、今日が群馬県高崎市で明日茨城県常陸大宮市。終了後、一旦部屋へ戻り明後日が靖国神社奉納大相撲

平成29年4月3日
昨日4月2日(日)から春巡業。春巡業のスタートは毎年恒例の伊勢神宮奉納相撲。一行全員が神宮会館に泊まる。三役以上は個室、他の関取衆は3人部屋、若い衆は大部屋とふりわけられる。今日3日は愛知県小牧市。あすは兵庫県加東市にもどり、宝塚市、姫路市と行ない、一日おいて8日(土)が神奈川県藤沢市。藤沢から静岡、三島、横須賀、川崎と東京近辺をまわり、長野県松本市、群馬県高崎市、茨城県常陸大宮市のあと4月17日(月)が靖国神社。さらに4月20日(木)から千葉県柏市、茨城県水戸市、東京にもどって八王子市、町田市とつづき24日(月)が埼玉県深谷市。そして番付発表前の土日29,30日に幕張メッセでの超会議場所。

平成29年4月1日
ちょうど一ヵ月半前、新大阪まで迎えに来ていただいた師匠の後輩の嶋川さん一行(車3台)に、今日は宿舎久成寺から新大阪駅まで送ってもらう。「はじまってしまったらあっという間やなぁ」 無事にすんだ安堵感と寂しさと感じながら、30年近く似たような会話をくりかえしている。その間、一行の顔触れは年々少しずつ変化があるが、嶋川さんは変わらず。車中、懐かしい人の名前が出たり、消息を聞いたり、独身だった人が孫ができたりと、人の移ろいに歳月の流れを感じる。「また来年!」と握手を交わして新大阪駅へ。

平成29年3月31日
大阪最終日。小雨そぼ降るなか、荷物を東京へ送り、寝床のゴザを外し、大掃除。先発隊で来たときの部屋の設置にもどす。先発隊で来た力士にとっては、大阪場所一ヵ月半前の時を思い出させる懐かしい風景。そういう思いが何年も積み重なって、だんだんとちゃんこの味がしみてくる。あすから朝乃山関と付人朝乃丈は、春巡業のスタート伊勢神宮へ出発。朝乃山は初巡業。呼出し邦夫と行司朝之助、悟志も巡業へ。残りの力士は明日お昼過ぎの相撲列車(新幹線)にて帰京。宿舎下の高津神社の桜も咲きはじめた。

平成29年3月28日
涙と感動の千秋楽を終え、27日の月曜日から力士にとっては一番しあわせな一週間の稽古休み。地方場所は、稽古が休みとはいえ、若い衆は宿舎のお寺の後片付けや荷物整理などもあって完全にオフになるわけでもないが、それでも精神的な解放感がこのうえない。勝越した力士は、2泊3日で実家に帰省もできる。地元大阪は泉大津出身の朝塩本と今場所デビューの三重県志摩市出身の村田が帰省。

平成29年3月23日
ちゃんこ長序二段83枚目の大子錦、今場所ようやく2人目の勝越し。残すところ3日間となって負越しがすでに11人。残り1番に勝越しをかける力士が関取を含めて5人。ひじょうに厳しい大阪場所となってしまった。7日目に第1号の勝越しを決めた村田、5番相撲では全国学生相撲選手権で団体優勝を果たした同じ東洋大相撲部のチームメイトとの対戦。この一番を制し、これで三段目優勝間違いなしと思ったのも束の間、昨日の取組で土がついてしまった。今日は大学の卒業式でいったん帰京。千秋楽に6勝目をかける。十両朝乃山は、あす大奄美との取組に勝越しをかける。

平成29年3月17日
怪我することを「やまいく」という。やまい(病)いくからきているよう。最近やまいきっぱなしの朝弁慶、今日は元幕内明瀬山を押し倒して「片目があいた」(初白星)。その朝弁慶、昨晩は毎年お世話になっている方々と東住吉区の蒙々亭(もうもうてい)という焼き肉屋で「えびすこ決めた」(大食い)。知人からは、もうもうパワーだ!と喜びのメール。白星がみんなに幸せをあたえてくれる。朝赤龍にも初白星。NHKで新十両紹介された朝乃山4勝目。

平成29年3月15日
「金なのかこんにゃくなのか・・・」という言葉が話題になっているようだが、相撲用語でお金のことは、「お米」という。もっとも最近は、ふつうにご祝儀とか車銭とかを使う場合のほうが多いが。お米(お金)をたくさんもたらすことから、有望力士のことを「米びつ」という。高砂部屋の「米びつ」たらんとする朝乃山、玉木、村田、そろっての白星。ゆくゆくは相撲協会の「米びつ」となっていかなければならない。朝乃土佐も2連勝。

平成29年3月14日
「しゃみをこく」というのは相撲用語だったのかどうか。いろいろ検索してみたけどよくわからない。ちょっと前までは、「○○部屋の誰々は、いいしゃみをこく」とか「いいしゃみ飛ばす」とかよく聞いた気がするが、最近はあまり耳にしない。もともと「三味線をひく」という言葉には、ごまかすとか調子を合わせるというような意味があるようだが、相撲界での「しゃみをこく」は「軽口をたたく」に近い感じ。今場所三段目附出しデビューの村田が、「いいしゃみこく」ので「しゃみ」という言葉を思いだした。

平成29年3月13日
朝乃山応援団が故郷富山から団体60名で観戦にくるも、惜しくもの黒星。勝ちたいときに勝てなくて、あまり意識しないときに(勝ちたいのに変わりはないが、知り合いが来ているときと相対的に)いい相撲で勝てたりするのはよくあること。そういう経験を積み重ねながら精神的にも成長していく。要は、ひきずらない、居着かないこと。というか、今日は出場力士9人全員が黒星という何年かに一度の珍しい日。3月26日(日)千秋楽打上げパーティーのご案内です。

平成29年3月10日
取組編成会議。あさって初日は午前8時35分取組開始で十枚目(十両)土俵入りが2時5分、幕内土俵入りが3時30分。新十両朝乃山は、十両取組の4番目で北播磨との対戦。呼出しは邦夫。三段目附出しの村田は漣との対戦。新横綱稀勢の里は豪風、日馬富士に琴奨菊、鶴竜に御嶽海、白鵬に正代と好取組がつづく。ご当所新入幕の宇良は佐田の海との対戦。

平成29年3月8日
北日本新聞社社長が来阪して、朝乃山関に化粧回しの贈呈式。化粧回しには、富山湾をイメージしたという青地に、波間を飛び跳ねるブリが朝乃山の四股名と共に刺繍されている。富山では成長にしたがい、コズクラ→フクラギ→ガンド→ブリと名前が変わる出世魚として、お歳暮で嫁の嫁ぎ先に1本丸ごと贈る風習が今でも残るそう。中でも“氷見の寒ぶり”は全国ブランド。朝乃山にも、これから幕内、三役、そして横綱へと出世してもらうようにとの富山県民からの願いが込められた化粧回し。朝乃山の名前は変わっていかないだろうが。

平成29年3月6日
またまた昨日の話で恐縮ですが、昨日10年目となる関西奄美相撲連盟主催の奄美出身力士を励ます会が尼崎にて開催。奄美出身力士は現在、前頭15枚目の九重部屋千代皇を筆頭に十両の追手風部屋大奄美、尾上部屋里山、幕下に元十両の明生、若乃島、慶天海、さらに勝誠、魁禅といて、序ノ口まで入れると総勢17名。奄美部屋としてあったとしても立派な陣容を誇る勢力。もともと奄美出身者が多い尼崎の人等を中心に250名近くが集い、出身力士を祝う。

平成29年3月5日
昨日3月4日(土)が場所前恒例の大阪高砂部屋激励会。例年通り上六(上本町6丁目)の都ホテル(ウエスティン都ホテル大阪)にて開催。こういうパーティーを30年近く支えてきたのが師匠の近大時代の同級生や後輩たち。いわば、“朝潮の愉快な仲間たち”が、土産つくりや受付、進行まで裏方で動いて運営している。パーティー終了後、愉快な仲間たちの元締めともいうべき勝田氏の呼び掛けで集合写真撮影会。はじめは部屋一同で撮ったが、見守る愉快な仲間たちから歓声やらツッコミやら、大阪ならではの大賑わい。あまりの賑やかさに、師匠から「やかまし!」の大喝声。すかさず、♪「やかまし、かどまし、ねやがわし」♪、の返し。笑顔はじける集合写真となった。

平成29年3月3日
大相撲人気沸騰で、TVや雑誌、新聞等にも記事が増えている.毎日新聞紙上でも「月刊相撲」という紙面一面記事が組まれていて、2月の記事の「土俵を支える」コーナーで、“入門29年目 声の花形に”と題して呼出し利樹之丞の特集記事。呼出し稼業29年目、先輩に「呼出しは裏方だと思うなよ」と言われたことを肝に銘じ、呼び上げのときには「花形にならなければ」という気概で臨んでいると語っている。さらに「完成だと終わりだと諭された」ともいい、あるゆる所作を自然形にしたく、まだまだ修行中の身だと語る。まことに“呼出し道”も奥が深い。毎日新聞では第一火曜日の特集らしいので、次回は3月7日(火)か。

平成29年3月2日
昨日から錦戸部屋が出稽古に。この一年で力士数が減って寂しい状況の錦戸部屋だったが、日大相撲部主将で一昨年のアマ横綱と昨年の学生横綱の実績を持つモンゴル出身トゥルボルドが入門。一昨日から部屋に合流したそうで、今朝の稽古場には一緒に顔を見せた。逸ノ城を彷彿させる体格とパワーは目を見張るものがあり、TV画面で活躍を見られる日も近いことであろう。五月場所からのデビューになるもよう。大阪場所恒例となっている関西大学アメフト部も体験入門に来て、賑やかな稽古場。

平成29年2月28日
3月場所稽古はじめ。昨日の番付発表を境に、石橋は正式に朝乃山となり十両(正式には十枚目)となり、関取と呼ばれる資格者待遇になる。稽古回しが、いままでの黒から白色になり、付人(朝乃丈、朝達家、朝横道)がつく。稽古後の風呂を真っ先に入る。ちゃんこもお膳と座布団が用意され一番先に食べる。食事のときに付人や若い衆が給仕でまわりに立つ。朝乃山関と、「ゼキ」をつけて呼ばれるようになる。今朝の稽古場にも富山からのTVカメラが3台。

平成29年2月27日
3月場所番付発表。石橋改め朝乃山は東十両12枚目。朝弁慶が幕下西4枚目で、朝赤龍が西9枚目。先場所初めての負越しだった玉木は東15枚目と全勝すれば昇進できる地位にギリギリ残った。朝山端三段目29枚目、朝横道序二段12枚目、朝森本序二段23枚目の3力士が自己最高位。3月4日に新弟子検査を受ける村田は、三段目100枚目格附出しの予定。6130500番目と6131000番目のお客様、送り先を書いてメールください。3月場所新番付と高砂部屋便り68号をプレゼントいたします。


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