行事・イベント
琉球大学相撲部物語

琉球大学相撲部の歴史は1979年4月、一ノ矢が琉球大学に入学したときから始まった。
新入生ながら、新入生オリエンテーションに飛び入りし「相撲部をつくりますので、一緒にやりましょう」と呼びかけ、授業中隣の席に 座った学生に声をかけつづけるも、一ヶ月間はたった一人きりの相撲部であった。

一月たった頃同じ寮に住む1年生が入部してくれ、当時キャンパスのあった那覇市首里のグランドにあった10年前まで授業で使っていたという 雑草の生い茂る土俵跡の草をむしり、近くの消防署で古い消防ホースを分けてもらい、中に砂を詰め俵として埋め込み、土俵を復活させ 相撲の稽古を二人ではじめた。
翌年にも2人入部して4人となり、学校側にも正式に 相撲部として認めてもらい、柔道部から一人借りて、1980年秋の全国学生相撲選手権大会へ初参加することができた。

その後毎年2人づつ新入部員が入り、82年2月には移転した西原町の新キャンパスに手作りで新しい土俵をつくり、6月に行われた西日本 選手権では2部リーグながら団体3位、個人で準優勝という成績をあげ、部員数も8人となり最盛期を迎えた。

しかしながらその後、年々部員が減り、86年にはついに正式な部員ひとりという状況になったが、柔道部や寮に住む謎の中国人留学生、 水泳部等の協力で5人のメンバーを揃え、試合前には一ノ矢らOBも応援に駆けつけ、学生選手権へと向かった。
ところが試合の行われる東京両国の国技館に到着すると様子がおかしい。2日間の大会で、初日に出場するのだが、どうも2日目のプログラム が進行している。ただ一人の正式な相撲部員である部長が、昨年のプログラムを見ていて日程を間違えてしまったのである。
結局この大会は幻の大会に終わり、ショックが大きかったのか部長はその後大学を除籍になり、琉球大学相撲部は消滅してしまったのである。

歳月が流れ、陸上グランドのスミにある土俵も、風雨にさらされ、雑草が生い茂り、いつしか土俵があったことさえ忘れ去られてしまっていた。
1998年7月、久しぶりに沖縄琉球大学を訪れた一ノ矢の目にはいってきたのは、廃虚であるはずの場所に青シートをかぶせて、掘り 起こして蘇ろうとしている土俵のすがたであった。
そして16年前に、捨てられていた電信柱を切って埋めた鉄砲柱にくくりつけられたダンボール紙に「琉球大学相撲部復活 98年6月29日」 という文字が書かれていた。(下写真)

話を聞くと寮に住む1年生がみんなに呼びかけ、20人ほどの名前を集め、大学に相撲部として認めてもらったらしい。正式な活動は9月からに なりそうだが、新生琉球大学相撲部の復活である。

   

琉球大学相撲部物語その2