HYPER 若松部屋
平成9年11月23日
九州場所も今日で千秋楽。今日の一番に勝越しをかける朝乃若、思い切り良く千代大海をはたき込んで勝越しを決める。
朝小畑も3勝3敗から勝越す。これで、出場14力士中7人が勝越し。何とか体裁は保つが、勝率は5割を割り、喜べない場所であった。 打上げ終了後のミーティングでも親方から、かなり厳しい言葉がとぶ。

平成9年11月22日
3勝3敗で登場の朝鷲、勝って勝越し。逆に朝ノ霧、負越してしまう。朝関野、2連敗のあとの5連勝。逆に朝藤墳、2連勝のあと5連敗で、 来場所からまた、元の序の口生活。朝闘山、結局初日に勝っただけの1勝6敗。まだ、家賃が高かったよう。
朝乃若、痛い星を落として7勝7敗。 明日の千代大海戦に勝越しをかける。

平成9年11月21日
自己最高位の朝辻野、会心の突き相撲で勝越しを決める。一ノ矢は負越し。朝太田6勝目。
幕下以下の力士にとっては、今日からの3日間が今場所最後の取組。相撲を終えた風呂場では、勝越しで喜ぶ力士、負越してうつむく力士、相撲人生7年目にして 初めて三段目昇進を決めた力士が感涙にむせぶ姿ありで、終わった開放感とが入り交じった独特の雰囲気を織りなしている。
平成9年11月20日
朝関野、関東龍、2連敗からの4連勝で勝越し。朝泉、負けて負越し。詳しくは星取表で。
昨日一ノ矢と対戦した小濱山(おばまやま)。一門の九重部屋の力士だが、若松部屋とよくあたる。以前、朝鷲が朝伊藤という四股名だった 頃、3勝3敗同士で当たり、朝伊藤土俵際のうっちゃりを食って負越す。落ち込む朝伊藤に陽気な朝闘山が歌を贈る。 童謡“赤いくつ”のメロディーで。
〜♪「赤い目で 泣いてた あさいとぉー おーばまやまにうっちゃられて いーちゃあった」♪〜
なかなかの名作だと思うが。いかがであろう。仲間の不幸に追い討ちをかける、相撲界である。

平成9年11月19日
九州場所も残す所あと5日間となり、勝越し負越しが別れてきて、悲喜こもごもの表情になってくる。幕下以下は星のつぶし合いで、同じ 成績の力士同士の対戦となるので、勝ったほうが勝越し、負けたほうが負越しという取組が増えてくる。
朝ノ霧、朝鷲、給金相撲(勝越しのかかった一番)を落とし、3勝3敗。逆に、一ノ矢と朝小畑、向こう給金(負越しのかかった一番)で 踏ん張り、3勝3敗。残すは、一番である。昨日まで5連勝の朝太田、惜しくも土がつく。
朝泉と新弟子の住吉、近くの幼稚園を訪問。園児に遊んでもらう。帰りに、部屋のみんなで食べて、とお菓子を貰ってくるが、チャンコ番 で留守番をしていた朝辻野。甘いものに目がなく、一人で殆ど食ってしまったらしい。

平成9年11月18日
朝太田5連勝。「もう誰も俺を止められない」、と鼻息も荒く帰ってくる。
元十両で10勝を上げたほどの実力もあり、性格的にも のりやすいタイプなので、三段目優勝の可能性はかなり高いと思う。2場所連続の優勝者がでると、打上パーティも盛り上がるのだが。
朝泉、朝小畑、勝って2勝3敗。一ノ矢は負けて2勝3敗。2勝3敗の星になると、「何番だ」と聞かれて、「にいさんよってらっしゃい」 と返すのが決まり文句になっている。
平成9年11月17日
公傷休場中の朝乃翔、約2ヶ月ぶりに付人の朝ノ霧をつかまえて、稽古再開。
ご当所力士朝辻野、今日勝って自己最高位で3勝2敗。あと一番で給金である。房風、朝闘山惜しくも 今日負けて、いってしまう。
平成9年11月16日
朝西春、場所前の稽古で首、背中を痛め元気なく4連敗の負け越し。負け越したときは、「何番勝っているん だ」、と聞かれると、「いっちゃいました」と答える。
今日はサッカーの“日本ーイラン”戦。消灯時間(11時)を過ぎた暗い中で、何人かTV観戦。2対2に追いついた所で、「やったー」と小さく 歓声があがる。最高の試合をしている。流れは日本にある。がんばれニッポン!!

平成9年11月15日
朝太田4連勝で若松部屋第1号の勝ち越し。相撲界では勝ち越しを決めたときに「おかげさんで、給金なおしました。」というあいさつをする。 決して、勝ち越しましたとは言わない。これは、給料とは別に褒賞金といって、勝ち越し1番につきいくらと加算されていく能力給−持ち給金 という−があってそれが重ねられていくので給金をなおすという。(ただし実際に支給されるのは十両以上の関取のみであるが。幕下以下 の力士にも貰えないだけで帳面上はついている。)
単に勝ち越したというより味のある言葉であると思うが・・・。 房風、得意の内掛けでようやく片目があく。(初白星)

平成9年11月14日
お巡りさんの「やっさん」が、今日は非番なので本場所の応援にくる。「やっさん」は熱くなるタイプなので、土俵のすぐ下から声援をおくる。 またその地声がでかいものだから、土俵下の審判がたまににらむが、そんなことはおかまいなしである。年休をほぼ相撲に使っている「やっさん」である。
その「やっさん」の声援のお陰で、 初日以来久しぶりの7勝4敗との勝ち越し。少し5割に近づく。朝太田が土付かずの3連勝。あと11連勝 して負け分を取り戻してもらいたい。朝乃若、ヌケヌケで(白星と黒星が交互)3勝3敗。このままのペースでいくと、千秋楽8勝7敗で 勝ち越すことになるのだが。

平成9年11月13日
一昨日の“朝乃若−安芸ノ州”戦の懸賞の副賞として、お水296gが部屋に届けられた。
これは、地元福岡は直方市(のうがたし―魁皇の ふるさと)にある「もち吉」というスポンサーからのプレゼントである。
「もち吉」は、元々はセンベイやアラレ、もちなどを製造販売して いる会社だと思うが、数年前からミネラルウォーター「力水」を出すようになり、その頃から懸賞をつけてくれている。
年6場所、幕内の一番最初の取組に必ず毎日「もち吉」の懸賞はかかる。一年間に相撲部屋に贈る水の量は一体どのくらいになるのであろうか。 計算しようかと思ったがめんどくさいのでやめた。とにかくすごい量だということが、おわかりいただけると思う。
ここ2年近く、若松部屋の両関取は幕内中位から上位をいききしていたので、もらう機会がなかったが、幕尻に落ちた今場所は久しぶりの 「もち吉」の水が、部屋に山のように積まれてある。誠にありがたいタニマチである。

平成9年11月12日
親方の仕事は審判委員。土俵下に座っている勝負審判である。審判は5人一組の4班制で、幕下以下の取組みを4つに分け、1番最初の組(主に序の口の取組)は それで上がり、2番目の組(主に序二段)は十両の取組みまで、3番目の組(主に三段目)は幕内前半戦を、4番目の組(主に幕下)は幕内後半戦を審判する。
1番の審判の時は、早く上がれるのだが、開始が午前9時なので8時半には相撲場に入らなければならない。ここ二日市から福岡市内までの 朝のラッシュはすごいものがあるので、さすがの親方もこの日ばかりは満員電車に揺られての通勤である。
朝太田が2連勝と好調だが、今日も負けの力士が多く、もうひとつ波に乗れないでいる。千秋楽打上パーティ のご案内です。

平成9年11月11日
朝藤墳入門以来初の初日からの2連勝。朝闘山、電車道で相手をもっていくが、土俵際勇み足で痛い星を落とす。しかし、内容的には完璧 なので、かなり自信はつけたよう。一ノ矢も2連勝。
3年ほど前に引退した小桜が宮崎県の都城から遊びにくる。最近アマチュア相撲に復帰したらしく、今年のなみはや国体に宮崎県代表で 出場したとのこと。兄弟子ながら、なかなか愛すべき性格の持ち主で、房風や関取衆にひっぱりだされてマワシを締めて、朝辻野と三番 稽古する。現役時代よりもよく稽古したと、みんなに冷やかされていた。
もともとアンコ型の体型で、甘いものを食いすぎてなる病気にかかり、下半身が細くなって、まわしをほどかずに着脱する特技を持っていたが (仲間内ではガンベルトと呼ばれていた)久しぶりに披露してみせ、「おー」という感嘆の声が湧き上がった。和やかな稽古場であった。
平成9年11月10日
5月場所10日目に勝って以来、14連敗中だった朝太田、半年ぶりの白星を手にする。ひさしぶりの 勝利に「勝ち名乗りの受け方をわすれちゃったよー」とほっとした表情で帰ってきて、「今日は中州だー」と張り切っている。「今日もかよ」 という声も聞こえるのだが・・・
今年初めてのアラ(魚の名前、のりのつくだ煮ではない)の差し入れがきて、アラのチャンコ。関東ではクエというこの魚は、7,80cmもあり 十数万円する高級魚である。アンコウの味にも少し似ているが、身はしまり、脂も乗って、刺し身も鍋もから揚げも最高である。 毎年場所前と場所中の2回ほど差し入れを貰うのだが、今年は場所前にこなくて、やっぱり不景気なのかなぁーと言っていたら、ようやく 口にすることができた。
ところが九重部屋に聞くと、「もう食い飽きた」との話。う〜んくやしい。

平成9年11月9日
今日から初日。若松部屋の先陣は先場所初の勝ち越しで気をよくしている朝藤墳。もつれた相撲だったらしいが、先場所負けた相手に勝ち、 ごきげんさん。つづくご当所力士朝辻野も白星を重ね、幸先のいいスタート。
先場所序二段優勝で大きく番付を上げた 朝闘山。初日の相手は高砂部屋の名物力士−元幕下上位の経験のある昂(すばる)。立合いの早さに定評のある昂、朝闘山緊張の あまり立ち後れてしまったらしい。それが幸いして、立合いのタイミングがずれてしまい、朝闘山一方的な勝利を飾る。
支度部屋に戻った昂。同期生の房風に「立合いの作戦にやられた」とこぼすが、「あいつがそんな器用なことできるわけないやろアホ、たまたまじゃ」と 言われて、さらにガックリ。勝った朝闘山、「まさか勝てるとは思わなかった。あの立合いは後の先(ごのせん)だ。」とルンルン。 詳しい結果は星取表をご覧ください。

平成9年11月8日
明日からの初日を前にして、会場の福岡国際センターの土俵で土俵祭りが行われ、そのあと触れ太鼓が各部屋へと回っていく。二日市の 若松部屋にも12時頃呼出し邦夫一行が来る。太鼓を叩きながら稽古場の土俵を一周して、明日の取組みを呼び上げていき、なかなか 厳粛な行事である。
「あさのわーかーには、こにしーきーじゃんぞーえ」と節をまわしながら呼び上げていくのだが、来たのが若手ばかりの呼出しであったので、 途中で房風に笑かされて、吹き出すハプニングがあった。15年太鼓周りをきいてきたが、初めての経験であった。さすが大阪人房風。
平成9年11月7日
朝乃若。三保ヶ関部屋への出稽古を終え、今日から部屋での調整に入る。付人の朝小畑をつかまえてのアンマで一汗流す。(上の力士が下の力士に 胸をかすことをアンマするという。)先日の九州場所激励会の模様をまとめてみました。

平成9年11月6日
昨日より稽古方法を変更する。従来は申し合い稽古といって、みんなで勝ち抜きの稽古をやっていたのだが、昨日より同じ相手と何番も やる三番稽古(決して三番で終わるわけではない)にする。先場所までは、調整に入るのが場所の始まる2日前の金曜日からだったのだが、 若い力士が場所まで疲れが抜けきれずに、前半戦に苦労していたため若者会より親方に要望して、親方が考えてくれた。改革である。
三番稽古は続けてできるため、自分の悪い所をチェックできるし、何より短時間で集中してできるのがいい。おおむね好評である。
平成9年11月4日
初日が近づいてきて、場所前恒例のさがりはりを稽古終了後行う。相撲豆知識コーナーにさがりはり の模様をのせました。

平成9年11月3日
ご当所粕屋郡須惠町出身の朝辻野のご両親が稽古見学にくる。朝辻野は、入門した頃はただの肥満児であったが、ここ半年くらいでかなり体がしまってきて、少し おすもうさんらしい体型になってきた。朝乃翔の付人として頑張っており、関取に突っ張りを直伝されて急速に力をつけてきた。 ご両親も1年ぶりに見る我が子に満足そうで、安心して部屋をあとにする。

平成9年11月2日
”やっさん”の愛称で親しまれているお巡りさんの安岡さん。その次男で5才になる”けんと”は赤ん坊の頃から若松部屋に出入りしているため おすもうさんによくなついている。特に関東龍には、「かんちゃん」「かんちゃん」とお父さん以上になつき、赤ん坊の頃はおっぱいまで 吸っていた。(本当の話) 現在、幼稚園の年中組だが、すでに年長組までも従えて番長をはっているらしい。そんな番長”けんと”も房風には 合口が悪く(苦手)、房風がそばにくると泣き出すか、寝たふりをしてしまう。あまりによく泣くので親方から「子供を泣かすな!」と怒られた 房風であった。

平成9年11月1日
今朝も冷え込みが厳しかったが、稽古場に1台だけ置いてあるストーブの灯油がきれて、寒々とした稽古場だった。朝関野、朝藤墳に抜かれて 番付最下位になって発奮したのか、気合の入った稽古で力をつけてきた。面白相撲用語その2を書きました。

平成9年10月31日
木枯らしが山から吹き降ろし、さすがのおすもうさんも「寒かー」「寒かー」と小さくなった一日。九州場所の新弟子検査が行われ、本来なら若松部屋 からも一人受けるはずだったのだが、手違いで”戸籍抄本”が届かず、来場所へと見送りになってしまった。大失敗。 チャンコ特集第3弾“手羽ちり”チャンコです。

平成9年10月30日
九州若松部屋の宿舎は二日市という所にある。ここは昔から温泉町として有名で、あの坂本竜馬が大宰府に行く途中に寄った という記録も残っているそうである。いまだに入泉料100円の温泉があるのがうれしい。昭和59年から二日市に宿舎を構え、最初は 広松養魚場という鯉の養殖場を借りていたのだが、4年前から現在の大観荘というホテルの駐車場にプレハブを建てて生活している。 二日市は九州の北海道と言われるほど朝夕の冷え込みの厳しい所である。おまけにプレハブなので、部屋の中でも吐く息が白い。それでも パンツにTシャツ姿で過ごしているおすもうさんがけっこういるのだが。

平成9年10月29日
朝乃翔がまだ相撲の稽古はできないため、朝乃若今日から三保ヶ関部屋へ出稽古に行く。相撲豆知識コーナーに 土俵造りの模様をまとめてみました。
平成9年10月28日
今日から九州場所に向けての本格的な稽古再開。途中8時半より土俵祭りを行い、今場所の無事を祈願する。夕方、全員集合して現在の 部屋についていろいろな問題を話し合う。昨日発表になった若松部屋九州場所番付です。

平成9年10月27日
本日九州場所の番付発表。番付は、午前6時に相撲場(福岡国際センター)で配られるので、各部屋から取りに行く。やっぱりゲンのもの なので、先場所の勝ち越し力士が取りに行く。先場所、入門以来初めて勝ち越しをした、朝藤墳は もちろん初めての番付とり。若松部屋分13,000枚を3人で取りに行く。
帰りの車の中。先場所の星勘定からいくと、序の口上位止まりの予想だった朝藤墳、番付の序二段の一番ケツに自分の名前を見つけて大はしゃぎ。 初の序二段昇進である。朝っぱらからあまりにうるさいので、「途中で降ろそうかと思った」とは運転の脇原マネージャーの談。
朝乃若は前頭13枚目。心配された朝乃翔は15枚目と、ぎりぎりで幕内に残る。今場所は公傷が適用されるので、今場所全休でも来場所 の番付は変わらない。先場所序二段優勝の朝闘山は、三段目27枚目まで大躍進。朝小畑、朝辻野、朝藤墳 が自己最高位。
平成9年10月26日
金沢のライオンズクラブ主催の相撲教室と親方の講演があり、一ノ矢、朝鷲、朝西春の3力士が金沢へ日帰り。親方は東京から金沢入り。 夕方,東京残り番の力士が福岡入り。これで全力士が出揃う。

平成9年10月25日
一門の呼び出しさんが来て、土俵造りを行う。掘り起こして水を撒いた土を、つき直し、俵を入れ、たたいて仕上げる。新しくなった土俵は 清らかで、神々しく、思わず手を合わせたくなるほどで、土は生きているのだと実感する。
晩、巡業組が福岡入り。3週間ぶりに顔を合わせると、見慣れた顔も懐かしいものである。
本日10000番目を突破しました。Seike Mitsushige様です。惜しくも逃した方、次回を狙ってください。次回は20000番目です。
平成9年10月24日
朝からツルハシで土俵を掘り起こし、幟の杭打ちと、土木作業員になった一日でした。九州場所若松部屋激励会 のご案内です。


制作協力