平成15年1月24日
今日の若の里戦の大一番に勝った朝青龍、いよいよ連続優勝と横綱が目の前まで迫ってきた。明日の一番に勝てば優勝が決まるため、優勝祝賀の記念撮影に使うタイの手配や、後援会 関係への連絡、場所後すぐの月曜日から行なわなければならない横綱作りに使う麻やヌカの手配、などなど。部屋の方も一気に慌しさを増してきた。
今日の取組みで惜しくも3勝4敗と負け越してしまった序二段の豊雲野、今場所を最後に引退することとなり今日が力士生活14年の最後の一番となる。

平成15年1月22日
好調の大関に引っ張られるように、幕下以下力士も好成績である。まだ負け越しが一人もいないのに対し、今日また熊郷が5人目の勝ち越し決定。実弟 熊ノ郷に先を越されていたが、先場所6勝1敗で初の三段目昇進を勝ち取り、今場所もあと1番を残しての勝ち越しである。元々体格には恵まれている方だが、ここ数ヶ月で目方がまた増え、 下半身は競走馬のようでさえある。
寝つきの早さといびきの大きさも、部屋で一番である。

平成15年1月20日
貴乃花引退のニュースが早朝から流れ、予想していたこととはいえ、相撲関係者にとっては激震の一日となった。国技館もTV局の中継車やカメラが並び、記者も慌しく廊下を走って いたりして、国技館全体が何か大きな支柱を失った感じさえした。その影響もあったのかどうか、朝青龍にも土がつき、脚の怪我というおまけまでついてしまった。ただ、怪我には 強い性質で、これまでも何度か場所中の怪我を経験してきているので明日からも元気な姿を見せてくれるはずである。

平成15年1月19日
十両昇進を目前にしていた朝三好、今日の取組みで左膝を損傷。土俵から車椅子で病院へ直行し、そのまま入院。あす精密検査をしてみないと はっきりはわからないが、全治3,4ヶ月の重症のようである。
三段目取組み途中、今場所の出世披露が行なわれ、高砂部屋からも朝船津と朝小曽戸が、関取の化粧回しを借りて 晴れ姿を見せる。来場所から番付の最下段、序ノ口に四股名がのることになる。

平成15年1月18日
序二段下位だが、入門14年の大ベテラン勝田錦、4連勝で平成15年高砂部屋第1号の勝ち越し。横綱挑戦の朝青龍も7戦全勝と絶好調で、今場所も いろいろと忙しくなりそうな気配である。
以前、何度か紹介した元若松部屋床山床義さんの大相撲床山人生放浪記という ホームページを田舎の同級生が作っています。昔の懐かしい写真が満載です。

平成15年1月15日
一昨年のアマチュア横綱の実績をもつ朝三好、番付を幕下2枚目まで上げてきて、場所前も連日泥まみれになっていた。今日まで1勝1敗、勝ち越せば 十両昇進も大いに期待されるだけに一番一番が気を持たせる。明日は初めて十両の土俵に上がって千代天山と対戦。また前頭2枚目の闘牙は、あす 再出場の貴乃花と対戦。こちらは、初金星を狙う。

平成15年1月13日
始まったばかりで、ちょっと気が早いかも知れませんが、1月26日(日)に行なわれます千秋楽打上げパーティのご案内です。優勝祝賀会並びに 横綱昇進祝いになる可能性もありますが。
また、翌27日(月)には元若松部屋のプロレスラー大鷲が出る闘龍門T2Pの試合が後楽園ホールにてあります。兄貴分の団体闘龍門JAPAN に統合されるようで、T2Pとしては解散試合になるようです。チケットはメールにてお問い合わせください。

平成15年1月12日
昨日の俳句ではないが、控えに座っているときが一番緊張して思いが巡るものである。控えにはいり、目の前で大関が2人もつづけて負け、一瞬やばいかなと思ったそうだが、 3人のうち一人くらいは勝つだろうと気持ちを切り替えたそうで、横綱挑戦へ向け順調なスタートの朝青龍。十両関取衆も好調で、全体でも勝ち越しスタートとなった。
平日溜席、まだ残りがあります。詳細はメールにてお問い合わせください。

平成15年1月11日
「初場所や控え力士の組みし腕」とは久保田万太郎の作だそうだが、これが夏場所や名古屋場所では、やっぱり違うような気がする。他の場所とは、土俵に上がる力士も見守るお客さんも、 ちょっと違う雰囲気のする初場所である。特に初日はそうである。
あす初場所初日、注目の大関朝青龍は土佐ノ海戦。2日目は出島との対戦が決まっている。

平成15年1月9日
昨日の横審総見で順調な仕上がりを見せた朝青龍。結婚の話題がスポーツ紙の一面を飾ったものだから、急に身辺が慌しくなってしまった。明日午後、本人から記者会見が行なわれる ことになっている。

平成15年1月7日
初場所新弟子検査が行われ、高砂部屋からも二人受検。福岡県大野城市出身の船津君18歳(やっさんの奥さんの紹介である)と栃木県宇都宮市出身の小曽戸君16歳である。共に 体格検査(173cm、75kg以上)はパスして、内臓検査の結果を待つだけである。内臓検査もパスすると晴れて入門が認められ、初場所から前相撲を取ることになる。

平成15年1月6日
明治11年6月場所から復帰した年寄初代高砂浦五郎は、次々と改革を実施していったようである。力士の給金制度の確立、記者席の設立、選挙制度の確立(明治16年の初選挙に より取締−現在の理事長に就任)、従来の相撲会所を株式組織とし東京大相撲協会と改称等等、まさに大相撲の近代化をなしえた大功労者である。

平成15年1月5日
文化放送の夕方5時40分から7時までの番組「豊田泰光 スーパーウルトラサンデー」が高砂部屋より生中継。西鉄ライオンズで一世を風靡した豊田泰光さんは、相撲にも詳しく、 ちゃんこを囲みながら焼酎を酌み交わし初場所を前にしての相撲談義に花がさいた。途中、たまたま外出する時間が重なった朝青龍も飛び入り参加。今場所への抱負を語る。 番組終了後も話は尽きず、相撲界・野球界の裏話から○○ネタまで時のたつのも忘れるほどであった。
その昔、親方も文化放送で「朝潮太郎 青春一直線」という番組をもっていた ことがある。

平成15年1月4日
再度初代高砂浦五郎である。明治6年、脱会して高砂改正組として独立興行を行なったのは前述の通りだが、最初のうちこそ順調にいったものの、しばらくすると分裂やら政治的圧力 などもあったりして、苦しい道のりであったようである。大阪相撲や京都相撲などと合同興行などをしながら、なんとかつないでいたようである。現在のプロレスのマイナーな団体に 似ている感もある。
紆余曲折ののち、ようやく明治11年5月に相撲会所に帰参復帰した。このときが正式な高砂部屋創設となるのだと思う。

平成15年1月3日
稽古始め。初場所へ向けての稽古再開。昨年までは、正月の稽古始めは静かなものだったが、横綱大関に今場所も休場の多い中、朝青龍横綱挑戦が最大の焦点となりそうで、早朝から TVカメラや新聞記者が多数詰めかけ例年にない賑やかな稽古始めとなる。午後からは正月恒例の先代お墓参り。なにかと慌しい年明けである。
1月12日(日)初日の初場所、桝席A券と溜席(砂かぶり)若干残りがあります。詳細はメールにて。

平成15年1月1日
新年明けましておめでとうございます。昨年中はたくさんの応援をいただきありがとうございました。おかげさまで、新生高砂部屋として最高の年となりました。平成15年度も、昨年 以上のいい年となりますよう、益々の応援よろしくお願い致します。

平成14年12月29日
平成14年度稽古納め。部屋の大掃除をやり、午後7時より力士の忘年会を浅草にておこなう。あす朝、大掃除の点検と飾り付けを行ない、手締めにて解散となる。新年は、2日に 集合して3日より初場所へ向けての稽古始め。

平成14年12月25日
一日遅れてしまいました。平成15年初場所高砂部屋新番付です。137000番目と138000番目のお客様送り先を書いてメールください。 初場所新番付をプレゼント致します。


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