平成23年11月29日
毎年九州場所後恒例の唐人町商店街でのちゃんこ大会。商店街のアーケードの中に大鍋をセットして豚みそちゃんこ。予想を上回る長蛇の列で、急きょ材料を買い足して汗だくの大子錦。今年は新企画として、外人さんや子供たちとの交流会も行なわれる。呼出し健人が、たっつけ袴に扇子を手にの呼び上げや太鼓実演、朝奄美による四股教室なども。NHKも取材に来ていて、明日朝6時半〜7時半頃のニュースでも紹介される模様。本場所後も忙しい日々がつづく。
平成23年11月28日
勝越し力士が4人しかいないという成績で終わった九州場所だが、笹川が5勝2敗と一番の好成績であった。しかも勝越し力士第1号でもあった。入門15年目。ベテランの域に入り、膝や腰、肘、肩、・・・ 年々身体の損傷個所も増えていっているが、本場所の一番に臨む妙な自信は健在で、今場所も勝った相撲は左上手を引いて出足よく若手を圧倒した。その笹川、横綱白鵬が双葉山生誕100年祭に合わせて行なう横綱土俵入りの雲竜型横綱(白鵬は不知火型)の綱締めに指南役として同行することにもなっている。
平成23年11月26日
3勝3敗で最後の一番に臨んだ4力士、まず大子錦が敗れるも、つづく朝ノ土佐、朝弁慶はともに勝って勝越し。幕下3場所目の朝弁慶、過去2場所は1勝6敗に終わって幕下の壁にはね返されていたが、ようやく初の勝越し。これで堂々と博多帯も締められる。場所前また膝を痛め、稽古らしい稽古もできずにの勝越しだから立派なのだが、怪我をしない体にしないと今後の成長が期待できない。今場所も稽古十分だった朝天舞は、残念な負越し。九州場所ア初の満員御礼。
平成23年11月25日
3勝3敗力士5人のうち先鋒で登場は朝龍峰。朝出がけに熊本の母親から電話が入っていた。「国際センターにおるけん」。熊本から朝一で応援にかけつけた母親が見守る前での嬉しい勝越し。勝越しを見届けた母親は午後からの仕事にUターン。九州新幹線が鹿児島まで開通し熊本からは40分ほどで博多駅に到着する。鹿児島までもおよそ1時間半である。座布団の目立つ九州場所を盛り上げようと、昨日は高校の同級生が、今日は故郷に戻った名古屋の古くからの知人が、鹿児島から新幹線で桝席での相撲観戦に駆けつけてくれた。入場券販路拡大につなげられる九州新幹線効果であろう。3勝3敗力士残るは4人、次鋒大子錦、中堅朝ノ土佐、副将朝弁慶、大将朝天舞とあす14日目に土俵に上がる。
平成23年11月24日
勝越しをかけた2力士、朝龍峰あっさり負けるも、つづくベテラン笹川が上手をとって電車道の寄りの快心の相撲。12日目にしてようやく今場所初の勝越し力士誕生。朝赤龍が負越し決定するも、朝ノ土佐、朝天舞も最後の一番に望みをつなぐ白星で3勝3敗に星を戻す。朝赤龍は幕内残留をかけての残り3日間、幕下以下力士は5人が3勝3敗で今年最後の一番に勝越しをかける。
平成23年11月23日
一年納めの九州場所も11日目を終え残すところあと4日。すでに負越し4人が決定し、勝越し力士は未だ出ず。勝越し第1号となるかと思われた幕下朝弁慶、朝稽古に先日(11月4日日記)博多駅で握手した家族が激励に来て(4歳の男の子はボクもお相撲さんになると言っていた)、部屋の力士たちもパソコンの前で見守るも、叩いて相手を呼び込んでしまい勝越しならず。あすは笹川、朝龍峰が勝越しをかけての相撲。
平成23年11月22日
久々にやっさん登場。仕事帰りに天神で飲んできたらしく今晩は部屋でお泊り。でもまだ飲み足りないとみえ焼酎のキープのある近くのラーメン屋へみんなを誘う。ところがみんな明日の準備やら、すでに布団に入っていたりして誰も誘いにのってくれなくつき合う。一度いけば十年来の常連客になってしまうやっさん、お店のお姉さん相手に息子健人の話。「前は反抗ばかりしよったけど、この間泊まって朝早く仕事にいくとき“体に気つけてよ”と声をかけてくれた」と繰り返す。健人本人もよく知っているお姉さんも「健人君はお父さんに似ず良か子よ」と心なしか目頭が熱い。健人が早朝一番太鼓を叩く日は、国際センターで太鼓を聞いてから天神の職場に出勤するやっさんである。
平成23年11月21日
宿舎成道寺(じょうどうじ)に高砂部屋がお世話になりだしたのは昭和36年からだそうで、今年で50年になる。昭和36年九州場所は、5代目高砂の横綱朝潮がまだ現役で大鵬が新横綱の場所。高砂部屋の師匠は4代目の元横綱前田山で、50年の間に師匠が4人代替わりしたことになる。高砂部屋がお世話になる前に朝日山部屋も2年ほど宿舎にしていたそう。男女ノ里、朝興貴負越し。11月27日(日)高砂部屋千秋楽祝賀会のご案内です。
平成23年11月20日
きのうのアラもそうだが、九州場所では福岡ならではの差し入れが多くありがたい。めんたいこは毎日のように食卓に並ぶし、ゴマサバも毎年楽しみな味である。サバの刺し身を醤油、すりゴマ、みりん、わさびなどで和えたゴマサバは博多でしか味わえないおいしさがある。毎年宿舎成道寺(じょうどうじ)のお隣の“佐藤のおばちゃん”がつくってくれるゴマサバをお相撲さんや親方衆もみんな楽しみにしている。豚ミソや塩炊き、ソップ炊きなど味付きのちゃんこのとき、必ずチャンポン麺が入るのも九州場所ならではのことである。
平成23年11月19日
今年初アラの差し入れ。取組を終えて部屋に帰ってきたちゃんこ長大子錦が早速チャンコ場のテントの下に大きなマナ板をセットし20kgはあろうかというアラを捌きだす。そこへまた車が一台。荷台からは大きなトロ箱。「朝からそんな予感がしてたんスよ」と包丁を持つ手を止めた大子錦がほっぺたとアゴの下を膨らませて(もともと膨らんでいるのだが)大きなタメ息をつくダブルアラ。おいしいアラが食べられるのも大子錦がいてこそだし、動物園や水族館なみのおもろい生態観察(11月5日6日日記参照)ができるのも大子錦がいてこそのことである(力士Dが大子錦だというわけではないが・・・)
平成23年11月18日
朝青龍が三役に上がったばかりの頃だから10年近くも前になるだろうか。ある地方都市で若松部屋激励会が行なわれた。壇上には師匠はじめ朝青龍、朝乃若、朝乃翔の三関取が並び、後援会長のご挨拶が始まった。なにぶん高齢で杖をつきつつ登壇しマイクを握る手も握えている。朝青龍を「ワカセイリュウ」と呼び新三役昇進を祝った。次いで「アサノワカ」とは言えたものの出身校を中京高校(正確には名電高校)と間違い、最後に朝乃翔を「ワカノショウ」と言って締めた。間違えっぱなしの会長挨拶に、はじめは機嫌悪そうな顔をしていた朝青龍も、苦笑いを浮かべながらも大きな拍手を送っていた。
平成23年11月17日
朝青龍の「青龍」は、高知県の明徳義塾近くにある「青龍寺(しょうりゅうじ)」に由来する。明徳義塾の校長先生の命名である。四国八十八箇所霊場三六番札所青龍寺は空海ゆかりで中国西安の青龍寺に因んでの名だというから元をたどれば四神の青竜にいきつく。青は漢音読みだと「せい」だが、呉音読みでは「しょう」となる。そういえば朝青龍が三役に上がったばかりの頃、四股名を「あさせいりゅう」とよく読み間違えられて機嫌悪かった。
平成23年11月15日
四神である青房、赤房、白房、黒房の四房は、陰陽五行説にもつながっている。五行説は古代中国の思想で、万物は木・火・土・金・水からなり、「木」は春、「火」は夏、「土」は季節の変わり目、「金」は秋、「水」は冬を表わすという。青龍の青房が「木」で朱雀の赤房が「火」、白虎の白房が「金」で玄武の黒房が「水」にあたる。残る「土」は万物を育成保護するもので、色でいうと黄色。黄金の実りを表わし四色の房に囲まれた土俵が、そのもの「土」にあたる。
準ご当所熊本出身の朝龍峰2連勝。
平成23年11月14日
初日の幕下の取組で朱雀対白虎という取組があった。どちらも土俵の四神(四神獣)の名である。それぞれ四季をも表し、朱雀(すざく)が夏で南方の守護神、白虎(びゃっこ)が秋で西方の守護神となっている。春の守護神は青龍(せいりゅう)で東方、冬は玄武(げんぶ)で北方の守護神。昔は四本柱に布を巻いて四神を表わしていたが、昭和27年9月場所より現在の吊屋根からの四房になっている。四神獣は高松塚古墳の壁画にも描かれていることで有名である。四方からの神に見守られた九州場所2日目、今日も3勝3敗の高砂部屋。
平成23年11月13日
触れ太鼓の音は相撲好きの人にとって胸高鳴らせる響きがある。相撲に興味のない人でも初めて聞いて感動したという人は多い。先だって日本橋川で能の謡を聞く機会があったが、船上で奏でる和の音は河岸の風景にもマッチして、えも言えぬ情緒があった。川幅もそんなに広くないので両岸や橋上の人々にも音はよく響くようで数多くの方々の注目を集めていた。入場券販売プロジェクトに提案中だが、日本橋川や神田川に船を浮かべて触れ太鼓を響かせるのも相撲情緒を盛り上げるのに一興ではないか。九州場所初日。3勝3敗の滑り出し。
平成23年11月12日
九重部屋への出稽古も昨日までで終わり今日からは部屋での稽古。土曜日とあって見学のお客様もちらほら。お昼前、触れ太鼓。一度11時過ぎに来るもお寺の法事と重なり、九重部屋を先に済ませて再び高砂部屋へ。こちらも地元唐人町商店街の方々が数名見学に。昔は唐人町商店街のアーケードでも触れ太鼓の音が響いていたそうで、来年から復活できないかとの下見も兼ねてのこと。あす初日は8時50分取組開始。朝赤龍に玉鷲、大関昇進のかかる稀勢の里は旭天鵬、新大関琴奨菊は栃ノ心、横綱白鵬には豊真将。高砂部屋力士の取組です。
平成23年11月11日
宿舎のある唐人町(とうじんまち)は中央区に在り、天神や中洲にもほど近い。地名の由来は定かではないようだが、港にも近く、唐や高麗との交易盛んなりし頃のグローバルな響きも匂い立ってくる。商店街の歴史は古く(400年前の唐津街道沿いの店から)、アーケードができたのも福岡市内でもかなり早い時期だそう。全国の商店街がシャッター通りとなる中、往時の活況はないにせよ味のある店が軒を連ねヤフードームの最寄り駅としても有名で、日本シリーズを前にホークスの応援旗や横断幕も数多い。その中に高砂部屋の幟も彩りを加えている。
平成23年11月10日
九州場所前夜祭が国際センターで行なわれる。横綱土俵入りや郷土出身力士の紹介、力士のど自慢や初っ切りなど、たくさんの出し物で13日の初日へ向け雰囲気を盛り上げていく。ただ、名古屋や大阪と違って本場所と同じ土俵で行なわれるので(名古屋、大阪は別会場)、呼出しさんにとっては、前夜祭の終わったあと俵を新しく入れ替える作業が行なわれ、いつもより気を使う土俵つくりとなる。初日〜6日目、9日目、12日目、13日目の桝席あります。部屋から桝席購入の方はちゃんこご招待いたします。
平成23年11月8日
鳴戸親方は言わずと知れた横綱隆の里である。土俵の鬼初代若乃花の二子山親方に、第56代横綱2代目若乃花の間垣親方と一緒に夜行列車で連れて来られて二人共横綱になった。少し前のベースボールマガジン社「相撲」に手記が出ていたが、糖尿病を患い、力士仲間やタニマチからの誘いも頑なに断り、変わり者と言われながらも節制を重ね、大関、横綱にまで上がった。昇進の前にもいろいろな病気を発症して、入院して点滴を打ちながらも本場所の土俵を務め、白星を死力で勝ち取ってきた。まさに“土俵の鬼”の精神を引き継いだ、最後の力の士(さむらい)であった。
平成23年11月7日
鳴戸親方が急逝された。糖尿病を克服して第59代横綱に昇りつめ、厳しい指導で、若の里、稀勢の里ら数多くの関取を育てた。いよいよ今場所は稀勢の里の大関昇進、さらに上へと、これから師匠としての仕事が花開くときであったのに無念であろう。稀勢の里関の今場所が亡き師匠の夢を果たせるよう期待したい。高砂部屋激励会がホテルニューオータニにて行なわれ、たくさんの方々に九州場所に向け熱い応援をいただく。
平成23年11月6日
利樹之丞の観察談はさらにつづく。普段はマワシ姿やジャージ姿しか見る機会はないが、風呂場では全身があらわになる。改めて力士Dの裸身を見ると、腹が重力にまかせてたわわに垂れ下っている。マワシには、女子の胸のごとく寄せて上げる効用もあるのだと知ったという。相撲部屋で力士と一緒に生活していると、ときに旭川動物園や江ノ島水族館なみの面白い発見もある。あす7日午後6時半よりホテルニューオータニにて高砂部屋全力士激励パーティーが行なわれます。みなさまのご参加お待ち致しております。
平成23年11月5日
地方場所に来ると、普段東京で家庭のある人間も一月余り力士と寝起きを共にする。24時間一緒にいると、相撲界に長いとはいえ人間離れした力士の生態を垣間見ることもあり今更ながらに驚かされることも多々ある。あえて名前は伏せるが、力士Dと風呂で一緒になった利樹之丞、湯船から何気なくDを見ていたら、いきなり口に手を突っ込んでオエオエやりだしたらしい。D曰く「タンがからまってたので指を2本入れただけっスよ」とのことだが、利樹之丞には手首まで口の中に入ったように見えたという。「歯ブラシ使わないの?」と聞いたら、すぐ横に置いてある歯ブラシを取るのがめんどくさかったとのこと。利樹之丞の脳裏には妖怪人間べムの「はやく人間になりた〜い!」という歌詞が流れたという。今日から九重部屋へ出稽古。
平成23年11月4日
先日朝弁慶と出かけた。博多駅のホームで電車を待っていると小学生2人とお母さんが近づいてきた。初めて間近に見るお相撲さんの大きさに驚き大喜び。握手して番付表をあげたら、お母さんも握手してほしいと嬉しそう。さらに吉塚の駅を出て歩いていると、道の反対側からフェンス越しに「おすもうさ〜ん」と手を振る母子5,6人。朝弁慶も手を振り返すと大きな歓声。「このお相撲さんは高砂部屋の朝弁慶といいます」と紹介すると「べんけいガンバレ〜!!」と可愛い大声援。博多の町で朝弁慶を知る子供たちが7人は増えた。九州場所の宣伝にもなったであろう。本日午後6時よりホテルニューオータニ博多にて九州場所市民激励会。横綱大関はじめ幕内力士全員と各部屋の師匠ら相撲協会からは100人余りが参加。こちらは2000人の福岡市民との交流。大小の交流で博多の大相撲ムードも徐々に盛り上がりつつある。
平成23年11月3日
博多弁に“のぼせもん”という言葉がある。山笠のときによく使われるが、あるものに夢中になる人のことをいう。ゴーヤーマンもある意味“のぼせもん”の部類に入るかもしれない。だいたい相撲部屋に出入りするような人間には“のぼせもん”が多いが、高砂部屋の元祖“のぼせもん”ともいえる”やっさん”(11月2日)も健在である。今年もすでに3日ほどお泊りに来たが、相変わらずお相撲さんとワイワイガヤガヤやって、時にうざがられてもいる。息子健人の色恋話をお相撲さんに輪をかけて炊きつけられても「よかとこに就職したたいねぇ」と気持ちも若い。九州場所といえば“やっさんたい”の季節が今年も始まった。
平成23年11月2日
ゴーヤーマンは相撲好きである。元々運輸会社で相撲協会関連の仕事をしていて部屋にも出入りするようになった。もともと相撲が好きだったのか相撲関連の仕事に携わるようになって好きになったのか定かでないが、とにかく相撲が好きである。高校生の娘を持ついいおじさんなのだが、少年のように、相撲を、相撲界を、お相撲さんを応援してくれる。会社でもそこそこ責任ある地位にあり、現在は鹿児島勤務になっているのに、九州場所中は仕事もプライベートも絡めて部屋に現われ、いろいろ世話を焼いてくれ手伝ってくれる。本名は合屋さんというのだが、お相撲さんは親愛の念を込めてゴーヤーマンと呼んでいる。
平成23年11月1日
稽古始め。午前8時半、稽古を一旦中断し土俵中央に砂を集めヤマをつくり御幣をさす。向正面側徳俵から中央のヤマにむけてゴザを敷き、残り三方の徳俵には盛り塩を三つずつ。盛り塩を起点に三方向に塩をまく。ヤマの手前には御神酒(一升瓶)と榊を供える。土俵祭りの準備が整い、装束に身を包み軍配片手に十両格行司木村朝之助が土俵に入る。御幣を前に祝詞をあげ土俵祭りが始まる。祭主を務めるようになって4年余り。慣れた所作だが今場所は異変が。一昨日から突然右肩の激痛。診断によると四十肩とのこと。まだ三九歳なのにと痛みをこらえながらの土俵祭りとなった。
平成23年10月31日
九州場所番付発表。朝興貴入門3年目での新三段目昇進。もちろん自己最高位となる。新三段目の時には着物に着替えて師匠に「お蔭さんで三段目に昇進できました」と挨拶に行く。兄弟子にも挨拶してまわる。番付発表の今日から晴れて三段目を名乗れる。朝奄美も自己最高位。こちらは入門7年。一進一退を繰り返しながらようやく序二段の50枚目。歩みも遅く地位も低いが、何年目でも何段目でも自己最高位を更新することには同じ価値がある。5104000番目と5105000番目のお客さま送り先を書いてメールください。九州場所新番付と高砂部屋便り4号をプレゼントいたします。
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