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相撲のトレーニングから学ぶ身体を動かす基本
特集 伝統的なトレーニング
相撲のトレーニングから学ぶ身体を動かす基本

松田哲博・元:一ノ矢(大相撲力士)、高砂部屋マネジャー
江戸時代から続く相撲。「四股」「てっぽう」「股割り」「すり足」など、今も伝統的なトレーニングとして深く根づいたものがいくつもある。大学までは物理を学び、昨年11月に引退するまで、現役最高齢力士として活躍した松田氏(元:一ノ矢)に聞いた。

四股で得られる効果
 相撲における伝統的なトレーニングとして、代表的なものは「四股」「てっぽう」「すり足」「股割り」が挙げられると思います。これは江戸時代から何百年もの間、伝えられてきたものですので、非常に奥が深い。突き詰めれば突き詰めるだけ、その方法や正解があるのではないかと思います。

 なかでも「四股」に関しては、私自身も現役時代からさまざまなことを考え、研究しながら取り組んできました。でも、未だもって正しいやり方は何かと聞かれると難しいですね。今でも模索していますし、研究中です。ただ、これまで24年力士としてやってきたなかで、最近になってようやく少しはわかってきた事があるように思います。

 四股を踏むことで得られる一番の効果は、やはりまずはインナーマッスルを鍛えられることです。相撲の稽古では「インナーマッスルを鍛えるための運動だ」という言い方ではなく「足腰を鍛える」と言われて教えられてきます。そのなかで、自分で地面の蹴り方を考えたり、足の開き方、角度などさまざまなことを考えてやってきました。

 そうやって私が行き着いたのは、地面を蹴るのではなく、さらに大腿部にも力を入れない方法のほうが効果があるのではないかということです。無駄な力を入れずに四股を踏むほうが、股関節周囲から腰部にかけて、腸腰筋や横隔膜、腰・腹部のインナーマッスルを鍛える、使えるようにするためのトレーニングなのだと実感しています。

高くではなく自然に上げる
 先ほどもお話しましたが、相撲では具体的な言葉ではなく、「もっと腰を使え」「腰を入れろ」という言葉がかけられるのですが、これらはすべてインナーマッスルを鍛え、使うことにつながっているのではないかと思います。
 これはもちろん言っている本人も気づいてはいないと思いますが、シンプルな言葉がけというのは実は核心に触れられたものではないでしょうか。そもそも四股自体が、とてもシンプルな動きですが、とてもきつい。でもだからこそ効果があるものです。

 四股の踏み方いろいろなパターンがあり、負荷をかけて行う場合は10〜20回踏むだけでもフラフラになるような踏み方もあるとは思いますが、それではアウターマッスルを鍛えるための四股になってしまい、インナーマッスルを鍛えるための本来の四股とは少し離れたものになってしまうのではないでしょうか。何百回も踏むなかで感覚に基づく「気づき」を重視することが、本来の四股踏みの方法ではないかと思います。

 200 〜300 回四股を踏むなかで、どこかに重点的に力を入れるのではなく、頑張らずに脚がスッと自然に上へ上がる、舞うような動きができること、重力を生かした運動こそが本来の四股ではないかと考えています。たとえば、昔の大横綱・双葉山さんが四股を踏んでいるビデオの映像などを見ていると、あくまでも自然に、力まずにスッと脚が上がっています。無駄のない動きがとても美しいと思いますし、正しい形でもあると思います。
腰を落とすときも、無理矢理落とすわけでもなく、脚も自然に上へ上げているので、ただ高々と上げるのではなく、その場からスッと持ち上げているだけというイメージです。

 四股を踏むときは、脚を高く上げなければならないと考えられているようですが、脚を高く上げようとすると、つま先を返さなければなりません。そのためには大腿四頭筋を使わなければきれいに脚は伸びません。昔の四股を見ていると、(脚は)ダランと上げているだけなので、突っ張らず、無駄な力が加わっていません。そのほうが、インナーマッスルに対しても効果的だと思います。

 シーズンオフのトレーニングの一環として、ラグビー選手や野球選手が相撲部屋に入門して、合同練習をすることがありますが、その際も「四股を踏め」と言われると、とにかく脚を高く上げようと一生懸命になって取り組んでいる姿が目立ちます。ですが、ただ「脚を高く上げる」ことを目的とした四股を踏むぐらいであれば、スクワットやレッグエクステンションとそう変わりない。腰が割れることはいいかもしれませんが、それが本来の四股かというと少し違うように思います。全身のバランスをとること、股関節の柔軟性が増すという効果ももちろんありますが、それは本来の四股とはもっと次元の違ったものだと思います。

 以前も大学のラグビー部が稽古に来ました。相手とぶつかることは相撲もラグビーも共通することですが、ラグビーは走りながら展開する競技であり、相撲のように踵を浮かせずに腰を割るような状況はめったにありません。走るということは、それだけ重心も高くなる。そのあたりは似ているようで難しい点なのではないでしょうか。
 おそらくラグビーの場合は、タックルを想定して、重心を低くするために四股など相撲の稽古を取り入れようとしていると思うのですが、むしろこれは逆ではないかと思います。ラグビーという競技特性を考えたら、むしろ高い重心でも安定するような動きを学ばなければならないし、そういう四股の踏み方をしなければラグビーには役にたたないのではないかと思います。

 相撲の場合でも、たとえば押し相撲であれば、重心が高いことは決して不利ではありません。プレッシャーをかける場所が高ければ、それだけ相手にかかる重力も増えるので、そこから突っ張ればそれだけ大きな威力が発揮される。座った状態から(相手に)もたれるよりも、立ったところでもたれるほうが相手にかかる負荷は大きくなりますよね。そんなイメージを持ってもらえれば想像しやすくなるはずです。

 たとえば私のように、柔道選手から相撲に転向する選手もいますが、やはり柔道をやっていた選手たちは立った状態で行う競技ですから重心も高いので、重心を低くして四つ相撲を組むよりも、押し相撲のほうがいい。柔道で一流になればなるほど押し相撲に徹底しなければならないと思います。重心の高さを直すことはそうそう容易ではありません。それまで練習して積み重ねてきたことが身体には染み付いていますからね。それを利用して押し相撲をやらないと大成しない。自分の身体の特性をいかした稽古、トレーニングを見極めることが大切です。とくに相撲という競技は、身体を合理的に使うことを追い求める競技、より深く追求できるものだと思います。

基本になる股割り
 股割りは腰を割るための運動です。これも個人差がありますので、最初からうまく行うことはできませんし、たいていの場合は骨盤が後傾して、後ろに倒れそうになってしまうことが多いのではないかと思います。

 イメージとしては骨盤を前に入れる感じでしょうね。立教大学相撲部OBの坂田直明氏が骨盤を立たせて、楽にストレッチができるための道具を開発されたり、実践されていますが、あれは非常に効果が得られるのではないかと思いますね。相撲の股割りでも、始めたばかりのできない頃は、後ろからまわしを持ち上げて骨盤を立たせようとするのですが、それでもひっくり返ってしまったり、最初はなかなかうまくできないですからね。でもこれができなければ腰を割ることができませんし、正しい四股を踏むこともできないのではないかと思います。

 ただ前に倒れるだけでなく、片脚を曲げてもう一方を伸ばす伸脚も含め、これらの動きはすべて連動したものであり、腰を入れる、腰を割るというのを形を変えてやっているものだと思います。腰が割れると、相手の力を受け止めやすいし、そこから相手を押しやすくもなります。構造的に力を受けて、発揮することができるので、力の使い方が有効になるのではないかと思います。腰が後ろに引いていたり、逃げてしまった状態であればその分少しの力でも無駄に受けやすいし、たとえ全身にパワーがあったとしてもそこで無駄な力を使わなければならない。とてももったいない状態と言えるのではないでしょうか。

すり足のポイントは踵
 すり足も一見すると簡単そうに見えるかもしれませんが、これも非常に難しいものです。相撲とは少し離れますが、歌舞伎や能のすり足を見ていると、まず一番は地面から踵を浮かさずに足を前へすることが大切ではないかと思います。指先は地面から浮かせてもいいけれど、踵は地に付いたまま、足を前に押し出していく。

 朝青龍や白鵬の足の動きを見ていると、重心を前にかけるのに、足底の内側(インエッヂ)をうまく使っているのがわかります。立合い相手にあたるのに、つま先立ちであたると、腰も割れないし、相手を押すのに大腿四頭筋を使ってしまう。踵を浮かさずに、足底の内側を使って相手に当たると、重心が足裏から逃げることなく、腰を割った姿勢、骨格の構造で相手を押す、相手の力を受けることができ無駄がない。動き出しが早い。そして、腸腰筋など本来重要な役割を果たすための筋群が充分使えるのだと思います。

肩甲骨を使うにはてっぽう
 てっぽうは肩甲骨をどう動かすか、肩甲骨の動きを感じるためのトレーニングと言えるのではないかと思います。江戸時代から、相撲では「四股」と「てっぽう」が大きな割合を持つ大切なトレーニングとして伝えられてきたものです。今でも重要なウェイトを締めるトレーニングであることに変わりはありませんので、当時の人間たちは、知識や情報が限られたなかでも、人間の体を動かすことに対して、股関節と肩甲骨が大切だと思ったからこのようなトレーニングが生まれたということ。それだけレベルが高かったのだと思います。

 てっぽうに関して大切なのは、脇の自由度を高める、脇を大きく使うことではないかと思います。今は両脇をグッと締めて押すことが主流になっていますが、かつては片方の腋を大きく開けて行っていたものです。昔の映像を見ると、片腕は肘を上げて脇を空けて(腕を返した状態)で、片腕は脇を締めて、てっぽうをおこなっています。双葉山関の上手が深いのにもびっくりさせられます。上手は、引き付けるというよりも、肩胛骨で相手の下手を押さえ込んで殺してしまう感じです。一見すると脇が甘いように見えるのですが、実は自由自在に使っているのです。あれが本当の脇の使い方と言えるのではないかと思いますね。

 これも四股の場合と同様に、無駄な力を抜くということに関しては共通する点だと思います。もちろん(脇を)締めることも大切ですが、空けることもそれと同じぐらい大切なことのように思えます。腕や肩の筋肉だけで押す、引きつけるという意識だけではまだ不十分で、肩甲骨から腕全体を使って前に出すという意識を持てば、脇を空けるときは空ける、締めるときは締めると自在に行うことができるようになると思います。本来の「てっぽう」とは、そのような動作を身につけるためのものではないのかと思います。

つらいだけでは無意味
 ただ、誤解してはならないのは自分にとってつらいと感じるポジションのままで稽古を続けていても、それはあまり意味がないのではないかと思います。繰り返すなかで気づき、つらくないポジションを探して、そこでトレーニングをするのが自分の身につけるための本来の稽古ではないでしょうか。最初はさておき、いつまでもつらさを我慢しながらやっているうちは、無駄な力を使っているということであり、それはきっと身についていない。四股でも股割りでもすり足でも、我慢したままで踏み続けていては本来の効果は得られないのではないでしょうか。

 つらいことこそ、効果のある練習だと錯覚しやすいのですが、決してそうではありません。慣れない運動をするときはもちろん最初は苦しいものですが、苦しいのが苦しくなくなってこそ始めて身につき、いいトレーニングになるのではないかと思います。それを見つけるには、感じながら反復すること。「感じる」ということは、自分の意識を感じ、身体を感じることです。これこそが大事なことであり、回数をこなすうちに「気づき」を得る四股はその最たるものではないかと思います。

 高砂部屋では、朝は四股を300 回踏むことが準備運動のなかのノルマになっています。100 回ぐらいで少しずつ感覚がわかり始め、200 回でポジションがわかるようになる。個人差もありますが、50回や100 回では感覚をつかみかけたところで終わってしまうので、あまり意味がないのではないかと思います。

単純さのなかにある意味
 対人競技ですので、勝負となれば常に相手がいるので、そのときによって感覚は違いますが、腰が割れて、上半身から無駄な力が抜ければ相手からの圧力も自然に受けられるし、裁くことができるようになると思います。非常にシンプルなことですが、腰を割る、肩甲骨を使うことがやはり基本であり、大切なことだと感じました。私は大学で物理を学んできました。相撲と物理というとかけ離れているようですが、身体の原理を学び、考えるうえでも共通点は多々ありますし、役立つことも多くあり、とても面白いものでした。

 全身を使ううえでは、まず動きの始めに大きな役割を担う股関節と肩甲骨が大切であり、コントロールするうえでも中心になります。そこから大腿四頭筋、上腕三頭筋、上腕二頭筋へと動きが連動していく。四股、股割りなどの相撲での伝統的なトレーニングは、その根本にあるトレーニングであり、それらを統括するトレーニングだと思いますね。

 そうは言っても、やること自体は非常に単純なことですので、若い人にとってはやりたいことではないでしょうね。奥の深さを感じられれば、飽きることもなく、もっと追求しよう、もっと打ち込もうという姿勢になってくると思うのですが、それは口で言ってもなかなかわからないですね。どんなふうに伝えていけばいいか。これから考えなければなりませんね。

 高砂部屋には2名のモンゴル人力士がいます。でも、四股に対しては彼らのほうが日本の若者よりも一生懸命取り組んでいましたね。今でも四股やてっぽう、すり足などの基本はとても大切にしています。モンゴル相撲を見ていても、体の中心を使って動かすことは同じですし、そうすると四股とかてっぽうというのは本能に訴えるものがあるのではないかと思います。逆に日本人力士のほうが他の情報がありすぎて、単純な作業に取り組みにくい(笑)。

すべてがそうというわけではないですが、全体的な傾向を見ていると、四股やてっぽうなどの地味な作業には取り組みにくいようですね。「ベンチプレスで○kg上げた」「○kg伸びた」というほうが数字として結果が見えるので、ウエイトトレーニングに積極的に取り組みたい気持ちもわかります。 自分のなかの体の感覚を追いかけると、四股ほど面白いものはないと思いますけれどね。なかなか難しいものです。

 感覚を探るという作業は飽きないものです。歩くこともそう。一歩一歩の重心の乗せ方や、肩甲骨の脱力の仕方、きちんとしたポジションに重心が乗ると「ここだ」というのがわかります。単純な動きほど、究めれば面白いものであり、四股はその最たるものだと思います。

 いかに頑張らずに脚を上げて下ろすか。予備動作を入れてから脚を上げたりすることもありますが、その場からスーッとただ単純に上げることが一番いい。予備動作を入れて無駄な動きをする分、効果も薄れてしまうので、よりシンプルに。きついけれど自然に上げ下げできる状態が望ましい。

 それには毎日100 回、200 回と踏まなければシンプルな動作にはたどり着かないかもしれません。私もここまで何十万回、何百万回踏んだかわかりませんよ(笑)。その日によって、そして1回ずつ感覚は違います。私も昨年で現役を離れましたが、これからも四股を踏みながら、どんな四股が本当にいいのかを研究していきたいと思います。

◆松田哲博(まつだ・てつひろ)氏 Profile 1960年12月、鹿児島県徳之島町生まれ。元:一ノ矢(高砂部屋)。昨年11月の引退時点で、昭和以降の最高齢力士であり、現役最年長力士だった。徳之島高までは柔道部に属し、琉球大理学部物理学科入学後、相撲部を創部した。卒業後は若松部屋に入門(平成14年に合併して高砂部屋)。これまでの最高位は三段目6枚目。現在は高砂部屋のマネジャーを務めている。現役時166 cm、100 s。

正しい四股の踏み方
無駄な力をいれず、腸腰筋を使ってその場から脚をスッと上に上げることが望ましい。腸腰筋を使うために、腰を割り上体を真っ直ぐにして、重心線に腸腰筋がのるように膝を開き腰を入れる。重視するのは自然な動作であるため、無理に膝を伸ばしたり、あえて高く脚を上げる必要はない

てっぽうでの注意点
腕の力だけで押すのではなく、肩甲骨を基点にして、肩甲骨から腕が前に押し出されていることを意識する