海と毒薬  遠藤周作  角川文庫  ☆☆☆

第二次大戦末期、連合軍捕虜を人体実験に使って戦後問題になった、相川事件に取材したフィクション。取扱注意のモチーフを、うまく料理して作品に仕上げていると思う。 (01/7/26読了)

陰の季節  横山秀夫  文藝春秋  ☆☆☆★

第5回松本清張賞を受賞した表題作ほかを収めた短編集。D県警という匿名の県警を舞台に、警察の内幕が、浮ついたところのない堅実な筆致でつづられる。
清張賞で警察小説というと、手に取る前から硬質なイメージがつきまとうが、ひとたび読めば、各編、最後まで息をつかせないスリリングな展開に興奮必至。先入観を排して読まれたい。 (01/8/15読了)

瓦斯灯  連城三起彦  講談社文庫  ☆☆☆★

初期の連城三起彦を読むと、自分の感性との近似に気づかされる。あともう少し、作為の臭いを隠してもらえれば、現時点における、私にとっての小説の理想像に近づく。
『瓦斯灯』には五つの短編が収められているが、表題作『瓦斯灯』と『花衣の客』『火箭』がいい。『炎』はやや退屈だった。『親愛なるエス君へ』の趣味の悪さは探偵小説的で、私はこういう趣味の悪さは決して嫌いではないが、収録される本を誤った感がある。 (01/5/5読了)

かまいたち  宮部みゆき  新潮文庫  ☆☆☆★

宮部の初期時代小説短編集。長編がコクなら短編はキレだと思うのだが、その点でちょっと物足りなさを覚えた。薄味なだけならいいのだが、味に特徴がない。語りの巧さほどに内容の印象があとあとまで残らないのが残念。時代小説に限定するなら、確かに宮部の原点ではある。 (01/3/4読了)

京都貴船川殺人事件  山村美紗  集英社文庫  ☆☆★

山村ミステリの名バイプレイヤー狩矢警部が一本立ちした短編集。
小説をほとんど読まない人たちに読みやすい文章があるとしたら、山村美紗の文章がそれではないだろうか。日本語としておかしいことが解っていながらそれを使う、説明的な会話なのは承知の上でそいう会話を登場人物にさせる――いずれも確信犯でやっているような気がする。ベストセラーは必然の結果だ。
★は狩矢へのプレゼント。無名の刑事が主人公のノンシリーズだったら☆☆。 (01/12/30読了)

恐怖特急  日本ペンクラブ編  集英社文庫  ☆☆☆★

阿刀田高選の恐怖小説アンソロジー。二十二のバラエティに富んだ小掌編が収められている。
通読して半分当たりだったら御の字、というのがアンソロジーの一般的傾向だが、これは当たりが多かった。実にお得感が高い。選者の審美眼は、大いに誉められるべき。
巻頭作の『昆虫図』(久生十蘭)がベストで、掴みもよし! (01/7/25読了)

屑籠一杯の剃刀  原田宗典  角川ホラー文庫  ☆☆☆

変てこな作風で知られる著者の、自選恐怖小説集。ホラー文庫で、且つこのタイトルではあるが、味わいは星新一のショートショート風。怖い小説を期待した読者は、肩すかしを食らうことだろう。
本人は、「恐怖」に至る一歩手前で感じられる「奇妙」という感覚を描いてみたかった――らしいが、その執筆コンセプトはまあまあ果たされていると言っていい。 (01/7/29読了)

ゲルマニウムの夜  花村萬月  「文學会」98年6月号  ☆☆☆★

神というものは大抵の場合、アンタッチャブルな存在(概念)であることを前提としている。神の批判を試みんとするなら神に触れずにはおられないわけで、触れた時点で、触れられないものに触れられるはずがない――という反駁に批判者は晒されることになる。それでも文学は、神と同じ土俵に上ることを試み続けなければならないということなのだろう。
内容とは関係ないが、今回は以上。 (01/12/22読了)

御家人斬九郎  柴田練三郎  新潮文庫  ☆☆☆★

CS時代劇チャンネルで再放送があり、それに合わせて原作の方も読んでみた。柴田練三郎は、小説作法の基本の部分で肌が合わないのだが、この作品に関しては苦もなく読み通せた。筆の勢いがそうさせたのだろう。登場人物も魅力的で、連作としての完成度も高い。 (01/3/?読了)

コンセント  田口ランディ  幻冬舎  ☆☆☆★

読んでいるうちはトロッとした味わいがあるんだけど、読み終えてみればあっさり後味が残らない。これがこの人の作風なのかなと思わせる、今をときめく田口ランディの(たぶん)処女小説。
後半、物語を放り出した印象あり。それは意図的というより、持て余した結果のように感じられる。また、前半の、主人公を取り巻く不安な空気が、けっきょくは居直りによって取り払われてしまうあたり、詰めの甘さを指摘せざるを得ない。
それにしても、「兄の死の謎を追う」ことと「自分探し」の、どちらが主であったのか。本来、後者を導くための方便であるべき前者が重くなりすぎていて、些かバランスが悪い。そうなるのは、やはりあとがきにあるように、執筆動機が実体験に根ざしているせいだろうか。 (01/8/8読了)

蛇鏡  坂東眞砂子  マガジンハウス  ☆☆☆★

帯にはモダンホラーとあるが、これってそうなの? ゴシックじゃないの? 現代的イディオム(帯の解説より)って何?
私は、諸星大二郎的世界観を持った伝奇ホラーという印象で読んだ。あるいは恋愛小説……。そう言えばドラキュラもお岩さんも、恋愛小説と読み解ける!
坂東眞砂子を読むのはこれが初めてだが、結構面白い。今はちょっと解らないが、この頃のものは、篠田節子とも近いところにあるのかな、と思った。 (01/7/10読了)

ジャンプ  佐藤正午  光文社  ☆☆☆★

恋愛小説の名手が失踪をテーマに描いた文芸ミステリー、だそうだが、優柔不断なヤツは簡単に大切なものを失うということをミステリー風に書いた話、としたほうが解りやすい。失踪それ自体は実は大したテーマではない。
ほとんどの読者が「バカじゃん、こいつ」と突っ込んだことだろう。そして、ほとんどの男性読者が「男ってそういうもんだよな」と嘆息したことだろう。
結構ドキドキしながら読めた。いい小説だと思う。 (01/2/18読了)

少年たちの密室  古処誠二  講談社NOVELS  ☆☆★

状況設定の勝利。そこから生まれる人間心理の葛藤も無難に抽出していて、比較的読める作品にはなっている。とはいえ、デビュー長編としては個性に欠け、物語の幕引きも肩すかしの感があるので、今後に期待できるかというと、それはやや疑問。 (01/2/15読了)
※その後、これがデビュー作でないことが判明。事実誤認すみません。

セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴  島田荘司 
 原書房「季刊島田荘司03」所収
  ☆☆☆★

御手洗でクリスマス、さらに年若い(幼い)キャラが出るとなれば、読む前からちょっといい話的オチが予想されるが、そのとおりだと思ってもらって間違いない。
前号(02)所収の『ロシア幽霊軍艦事件』に較べると味わい平淡で物足りなさを覚えるが、他の本格作家の作品を読むよりははるかに安心できるし、じっさい格段に面白い。 (01/2/12読了)

月の裏側  恩田陸  幻冬舎  ☆☆☆★

恩田陸を読むのは久しぶり。どうしてこういう言いまわしになるのか、こう表記をするのか、といった文章の基本的部分で、この人の書くものは私に合わないのだが、それで投げ出すには惜しいほど彼女の着想と物語づくりは巧み。
今回、フィニイの『盗まれた街』を意識した入れ替わりテーマの作品であることを知り、それで手にとることにした。この線で物語をつくるなら、『盗まれた街』プラスひと捻りがないといけない。それをもちろん解っている恩田陸は、単純だけど見事な回答を見せてくれた。なるほど、入れ替わりの恐怖がよく理解できる……。
にしても、最後はやはり蛇足ではないか? もっとすっきり終わっても良かったのに。それができないから作家性なんだろうけど。 (01/2/7読了)

動機  横山秀夫  文藝春秋  ☆☆☆★

昨年の「このミス」2位。1位の『奇術探偵 曾我佳城全集』(泡坂妻夫)がご祝儀半分であることを考えれば、これが実質1位と思われる。また、表題作は日本推理作家協会賞を受賞した。
とにかく「巧い」としか言いようがない。これがまだ2作目なのに、すっかりベテランの風格。次は長編が読みたい。 (01/8/15読了)

雪崩連太郎怨霊行  都筑道夫  集英社文庫  ☆☆☆

「幻視行」の正統続編で、特に目新しいところもなく、トラベルライター雪崩が取材先で巻き込まれる事件の顛末を、例によって例のごとく描いている。ただ、ネタの枯渇か、前作ほど面白くない。 (01/12/3読了)

雪崩連太郎幻視行  都筑道夫  集英社文庫  ☆☆☆★

今まで読んできた都筑作品はいずれも肌に合わず、その名を見るたび絶望的な感性の隔たりを覚えたものだが、これはなかなか楽しめた。
『怪奇大作戦』『妖怪ハンター』に通じるものがある。冷静に見れば物足りなさは感じるが、こういう作風、私は好きだ。 (01/10/28読了)

驟り雨  藤沢周平  新潮文庫  ☆☆☆★

市井話というか庶民話というか、藤沢周平の十八番といえる名もなき人々の物語集(短編集)。この人のこのパターンの小説を読むと、この世をかたちづくっているのは「その他大勢」なんだ、ということを再認識させられる。
やはり表題作が特にいい。 (01/12/8読了)

初ものがたり  宮部みゆき  PHP文庫  ☆☆☆★

「鰹」や「白魚」などといった初物を題材とした連作時代短編集。連作ということで、各エピソードの独立したテーマとは別に、シリーズを通した謎(みたいなもの)も設定されている。
挿絵も味がある。宮部ファンというより、時代小説ファンに読んでほしい。 (01/3/?読了)

バナールな現象  奥泉光  集英社  ☆☆☆

これまで読んだ奥泉の著作の中で、最も楽しめなかった。たぶん読者の不安を煽るつもりの企みは、大いに外れて単に苛立ちを喚起するだけ。正に凡作。 (01/12/19)

半七捕物帳(一)  岡本綺堂  旺文社文庫  ☆☆☆★

捕物帳の嚆矢にして決定版、半七親分が活躍する連作。池波正太郎や藤沢周平の諸作同様、江戸を旅したい人に最適の書でもある。
旧幕時代、岡っ引きを務めていた半七老人が、若い新聞記者に語ってきかせる昔話の数々は、どれも間断とさせられるところのない、魅力的な物語ばかり。過剰な装飾のない潔い筆致に綺堂独特の美学がうかがわれて読んでいて心地よい。 (01/1/27読了)

密やかな喪服  連城三起彦  講談社文庫  ☆☆☆

連城の初期作品は、ミステリ度が強いほどつまらない。というのが私の印象である。事実、本短編集においても、「幻影城」に掲載された『消えた新幹線』、「ルパン」に掲載された『ひらかれた闇』は、できればここに収録しないでほしかったほどだ。
特に前者は、冒頭でいきなり投げ出してしまった。つまり、私はこの本を読み通してはいないのだった。勘弁してくれとしか言えない。勘弁して下さい。
さて他の収録作品だが、『黒髪』がベスト。次いで『白い花』も良い。今回の評価の大部分は、この二作が負っているもので、あとは要らないかも…。 (01/5/24読了)

氷壁  井上靖  新潮文庫  ☆☆☆☆

経験がない上に興味もない私が登山の本質的魅力を語れるものではないが、辛く苦しい道程の果てに獲得する満足感が、その満足感への期待が、ある者たちに命がけの冒険を試みさせるのかもしれないと、かつて私は思っていた。しかし、実はプロセスもまた彼らには大事なようなのだ。思えば登山に限らず、しんどい行為そのものにマゾヒスティックな悦びを覚え、ある種の幸福感に似た思いを抱くことは確かにあり、結局はそんなことなのかもしれない。
井上靖の筆致は実に堅実で破綻がない。過不足のなさはかえって小説の色気を損なう場合が多いが、それも気にならないくらい、地に足がついたストーリー・テリングに引きつけられた。井上靖に対して不遜な言い方か?
読後、たまたま飲み屋で隣り合った初対面の客とこの小説の話になったのだが、どうやらモデルとなった事件があったらしい。巻末の解説をまともに読んでいないので、もしかしたらそこに書いてあることなのかもしれないが……。 (01/12/21読了)

震える岩  宮部みゆき  講談社文庫  ☆☆☆★

短編集『かまいたち』所収の『迷い鳩』『騒ぐ刀』に登場する霊験お初を主人公に据えた長編時代小説。基本線は捕物帳で、ホラー色というか伝奇色も強い。それは『耳袋』に取材しているせいもあるのだろう。
忠臣蔵ものでもあり、そっち方面のファンにも楽しめるかもしれない。ただ、解説に「新解釈」とあるのを過大に期待して読まない方がいい。 (01/7/1読了)

仄暗い水の底から  鈴木光司  角川ホラー文庫  ☆☆☆★

東京湾を舞台とした、水がモチーフの連作。「関口堂書店」で取りあげられ、収録作『漂流船』はミニドラマとして紹介された。怖いというより薄気味悪い話が多い。
ひとことでホラーといって片づけづらい独特の風味もあり、鈴木光司、なかなかやるな、といった印象。出世作である『リング』のアイディアも出色だし、一時のブームで消え去るタイプではなく、長く書いていける人かもしれない。 (01/8/5読了)

本所深川ふしぎ草紙  宮部みゆき  新潮文庫  ☆☆☆★

再読。時代小説のマイブームがなかなか去らない。昨年読んだ『ぼんくら』『あやし』が面白かったこともあるが、無難な線ということでこれを再び手に取ることにした。
ネタは割れているだけに、今回は雰囲気などを中心に味わったが、それでもこれくらいの評価は与えられる。宮部の時代ものではいちばんの作品集だと思う。 (01/2/27読了)

枕木  多和田葉子  「文学2000」所収  ☆★

収録単行本は、日本文藝家協会編の純文学アンソロジー。この作品がその巻頭にあるというのは、不味いものは最初に食べておいたほうが、あとはゆっくり美味しく食事をいただける、ということなのか。それにしても、試練というにも余りにも辛すぎる。
選者の秋山駿は序文で「作者はいったいどういう読者に向けてこれを書いたのか、そして、一般読者はこの作品をふつうの小説のように面白く読むことができるのか?」と書いているが、一般読者のひとりである私は、全然面白く読めなかった。 (01/6/?読了)

幻の声  宇江佐真理  文春文庫  ☆☆☆★

副題は「髪結い伊三次捕物余話」。髪結いのかたわらに町方の手先をつとめる伊三次を中心に、様々な事件が語られる。といって、必ずしも伊三次ばかりが主人公でないのがポイント。また、がちがちの捕物帳でなく、人情ものといった方が近い。
オール讀物新人賞を受賞した第一作(表題作)は今イチだが、徐々にこなれて、本当に面白くなるのは三編目の『赤い闇』あたりから。そこまでは我慢して読んでほしい。 (01/3/?読了)

真夜中の檻  平井呈一  創元推理文庫  

◎真夜中の檻 ☆☆☆☆
地方の旧家を舞台とした和風ゴシックホラー。豊かな表現力に流れるような文章は、小説の著作を、これと『エイプリル・フール』の二本きりでやめたのが惜しまれるほど。新世紀の一発目がこの作品で、読書家としては幸せこの上もなし。
この作品が書かれたのは、私の家が三鷹に移ったのと同時期。珠江と風間直樹の住んだという屋敷に心当たりは……ない。

◎エイプリル・フール ☆☆☆★
伝奇色の濃かった『真夜中の檻』から一転、こちらはドッペルゲンガーをモチーフにしたモダンホラー。同じ人の手になるものとは思えぬほど、きっちりと書き分けられている。

◎その他の随筆など 
『吸血鬼ドラキュラ』の訳者である平井が、恐怖小説や怪奇小説の、ジャンル及びその作家作品について語ったエッセイが本書の半分を占める。そこにあるのはやはり愛。 (01/1/15読了)


無明斬り  五味康祐  河出文庫  ☆☆☆

柳生宗矩と十兵衛の親子を中心に据え、描かれる物語五編を収めた中短編集。
五味作品は大抵マニアックの度が強いが、お得意の柳生ものということもあるのだろう、これも凄い。この手の小説が好きじゃないと、たぶん読んでいて辛くなるに違いなく、万人にお薦めとは言いがたい。 (01/5/1読了)

誘拐  高木彬光  角川文庫  ☆☆☆★

長編三、四本分の材料を惜しげもなくぶち込んだという、著者自信の一冊。ただ、連載開始時は、内容についてほとんど何も決まっていなかったらしい。
元来、私は誘拐ものというのが好きではない。特に幼児誘拐とその殺害をストーリーに持つ作品は……。別に善人ぶって言うわけではない。いたいけな子供の非業の死という、心動かさずにはおられないトピックスを使う安易さが嫌なのだ。
でありながら、本作は高木彬光自薦の一冊ということで、敢えて手に取ることにした。結果、大いに引き込まれて一気に読んでしまった。昭和34年という書かれた時代を考えれば、確かにかなりの傑作ということができると思う。 (01/7/13読了)

夢を走る  日野啓三  中公文庫  ☆☆☆

目に映る世界のほかに、また別の世界があったとして、そういった世界の存在を感知できる人たちを主に描いた幻想短編集。『現代人気作家がすすめる私自身の一冊』(1989年刊)というムックの中で、著者本人が「小説家にとって一番こわいのは、こんな作品はもう書けないのではあるまいか、どんなに努力しても――と感ずることである。この短編集は、私にとってそんなこわい本だ」と書いているのに出会い、そこまで言うなら読んでみるべえということで、書店を探しまわった。けっきょく見つからず、図書館で借りてきた(文庫は絶版らしい)。
純文学は、エンタテイメントの外向性に比して、時に排他的な意味での内向性を指摘されることがあるが、そういう視点に立って小説を捉えたい人には、これは恰好のサンプルと言える。 (01/5/28読了)

李歐  高村薫  講談社文庫  ☆☆☆☆

高村薫の小説を(最後まで)読むのは初めてだ。面白かった。だが、なんでか心が躍らない。原因不明。もう一冊、別の作品を読めば、私にそう思わせるものの正体が解るのだろうか? 『我が手に拳銃』を下敷きに書き下ろしたとのことだが、どれほどオリジナルから離れているのだろう。別物として楽しめるものなら、それを読んでみてもいいかもしれない。
味つけになっていないとは言わないが、「コウモリ」のエピソードは余計だった。あるいは、笑うところだったのだろうか…? (01/9/20読了)

悪魔の涙  THE DEVIL'S TEARDROP
  Jeffery Deaver  文春文庫
  ☆☆☆★

『ボーン・コレクター』でブレイクしたディーヴァーの、筆跡鑑定人パーカー・キンケイドを主人公に据えたシリーズの第一作(と言っても二作目が発表される保証はない?)。
映像化を前提に書かれたかのような、センセーショナル、且つ息をつかせぬ展開は、エンタテイメントのお手本のよう。最後は、そこまでしなくても、とも思うが、ここまでしないとアメリカ人は喜ばないんだろうなと、映画『ハンニバル』『Planet of the apes/猿の惑星』のラストを思い返して納得……。 (01/8/11読了)

悪童日記  Le Grand Cahier
  AGOTA KRISTOF  早川書房
  ☆☆☆★

発売当時の盛り上がりを思い返せば、そこまでのものだろうかと疑問が浮かぶが、面白い小説であるのは確か。ラストまで間断とさせるところがなく、テンポよく読み通すことができた。
一人称複数の語りに仕掛けがあるのではと身構えてしまったのは、ミステリ読みの悪いところである。 (01/8/5読了)

サン・フォリアン寺院の首吊人  Le Pendu de Saint-Pholien
  Georges J. C. Simenon  角川文庫
  ☆☆☆

メグレ警視シリーズ。TAKEさん@
十字路に譲っていただき、読むことができた。おそらくは今でも絶版。
単に犯罪小説というにとどまらないシムノンらしい味わいが感じられる作品だが、訳が古くさく、読んでいて乗り切れないところがあったのが残念。筋自体は面白いので改訳を期待したいが、角川だし、無理だろうな……。 (01/8/24読了)

朗読者  Der Vorleser
  Bernhard Schlink  新潮社
  ☆☆☆★

設定が美しい。思いついたもの勝ちとはいえ、思いついたこと自体が大したものなので、ここは素直に誉める手だ。
養老孟司によると「だれかがこうした作品を書かなければならなかった」とのこと。それは小説の持つ本質の内のひとつを正しく射抜いた言葉ではあるが、この作品が、その決定的な言葉を贈るに相応しいほどのものかというと、それはいささか持ち上げすぎ。 (01/5/21読了)

我らが影の声  VOICE OF OUR SHADOW
  Jonathan Carroll  創元推理文庫
  ☆☆☆★

あらすじには「キャロルの作品中、最も恐ろしい結末」とあるし、サプライズ・エンディングが売りの 作品のようであるから、楽しみに最後まで読んだのだが、茫然となるくらい腰砕けの結末だった。
これくらいだったら、普通に発想できるでしょう? それに怖くないよ、ちっとも。
三部構成の最終第三部だけ、わざと朝になってから(寝しなに読んで恐ろしかったら困るから)読んだのだが、そうした自分の「誠実さ」が今となっては悲しい……。第二部までは、迫り来る恐怖の予感があってなかなか読める。 (01/7/21読了)

江戸の二十四時間  林美一  河出文庫  ☆☆☆★

将軍、旗本、岡っ引き、吉原、長屋、その他の一日を物語形式で追った、資料性高く、読み物としても面白い絶好の江戸入門本。時代小説を読む前、テレビや映画の時代劇を見る前に、軽くこれに目を通しておきたい。そして読み終わったあと、見終わったあとの復習にも使われたい。一家に一冊、備えておきたい本。 (01/6/?読了)

怪談の科学  中村希明  講談社BLUE BACKS  ☆☆☆★

心理学を、読み物として解りやすく解説することで定評のある中村希明。これと『犯罪の心理学』は、人間心理に興味のある人には必読の書だろう。
人がなぜ幽霊を見てしまうのか、そのメカニズムを解体してみせる手続きは、ミステリにおける謎解きにも似て、知的好奇心を刺激する。実は今回、再々読くらいなのだが、初読時と変わらぬ興味と昂奮を持って読み通した。 (01/8/11読了)

怪談の科学 PART2  中村希明  講談社BLUE BACKS  ☆☆☆★

「怪談の科学」の続編。今回は、広い意味での信仰をキイとして、精神世界の謎に挑んでいる。この人にかかかると、安陪晴明も立場がない。 (01/8/31読了)

快楽と救済  梁石日 高村薫  NHK出版  ☆☆☆

かなり濃い顔合わせの対談本で、語られている内容もやはりそれなりに濃い。
話題の核は、いずれも大阪の文化を背景として成立しているので、他地域に生まれ育ったものには、しっかと理解しがたいところがある。
この二人を、より良く知るのには役立つ。 (01/5/24読了)

消えたマンガ家 ダウナー系の巻  大泉実成  新潮OH!文庫  ☆☆☆★

こういうものを読むと、ジャンプ・システムに対する怒りが再燃する。多くの良作を生みだしたという結果論だけをもって、読者はジャンプのやり方を看過してはならない。ジャンプの内情をノンフィクションとして書いた西村繁男もそうだが、現在「バンチ」の編集長をしている堀江信彦なども、私的にちょっとどうかなという気がする。過去のことは、なかったことにしてくれとでも言うのか? 粗製濫造と、安易なメディアミックスでマンガをおもちゃにし、その結果、600万部という「数字」を得たに過ぎない人間がマンガ界でブランド化する現状ってのは、いったい何なんだろう……。
というわけで、以上、この本の内容とはあまり関係ない。ともあれ、ぎりぎりのところで創作に打ち込んでいるマンガ家たちに対してこそ、業界はもっと優しくあるべきだと思う。 (01/6/?読了)

奇人・小川定明の生涯  佐藤清彦  朝日文庫  ☆☆☆

大正時代、「日本及日本人」という雑誌の「現代人物一百人」に宮武外骨がとりあげられたとき、その外骨と南方熊楠と並んで天下の三奇人と称された、小川定明について取材したノンフィクション。
他の二人に較べるとすっかり忘れられた定明だが、実は人に忘れられるように生きていた、というのがミソなわけで、資料から少しずつ顕れてくる彼の実像は、やはり奇人というだけあって魅力的。 (01/7/11読了)

酒呑みの自己弁護  山口瞳  新潮文庫  ☆☆☆★

毎日少しずつ、残りページの減っていくのを惜しみつつ読み進めた。ついに読み終えてしまい、一抹の寂しさを覚えている。
山口瞳のような感覚を持った人々と同世代に生きたかったと、そんなことをふと思ったりもした。 (01/2/19読了)

雑学 懐かしのマンガおもしろ意外史  逢河信彦  二見文庫  ☆☆☆

かなり前に読んだことがあって、今回は再読。タイトルどおりの、マンガ関係の雑学ネタ本。いくつか「へえ〜」というエピソードもあり、なかなか勉強になるが、よほどのマンガ好き相手でないと、この本に出てくるようなネタは受けない可能性あり。 (01/11/30読了)

死体は生きている  上野正彦  角川書店  ☆☆☆★

出版社は移っているが、『死体は語る』の続編。基本コンセプトは前作同様だが、目先を変えるためだろうか、小説風に書かれたエピソードもある。
死者の声を聞き、死者の(生前の)人権を守ることが、翻って生きている人間に還元され、予防医学や衛生行政に役立つ――という著者の主張は、毎度のことながら説得力がある。 (01/11/9読了)

死体は語る  上野正彦  時事通信社  ☆☆☆★

著者は、元東京都監察医務院長。マイナーだった法医学にスポットを当て、発売当時、ベストセラーになった記憶がある。以後、似たような本が増えた。同じ著者による続編もある。
なぜ今ごろという気もするが、読むチャンスがなかっただけ。このジャンルは好きなので、続けて続編『死体は生きている』も読む予定。 (01/10/15読了)

冷暗所保管  ナンシー関  文藝春秋  ☆☆☆

大部分は「週刊文春」で読んでいるので新鮮さはなかったが、まとまったらまとまったで面白い。消しゴム版画家でコラムニストの、ナンシー関の人気シリーズ『テレビ消灯時間』の第4弾。
この手のコラムは、重箱の隅を突っつく、その突っつき具合が読みどころなんだろうが、ナンシー関の場合は、「隅」というより「真ん中」を実はきちんと突いている。それは要するに、俎上にのぼせた対象の、本質をきちんと突いているということを意味するのだが、サブカル系コラムニストがそういう評価をされては、かえって迷惑かもしれないな……?
今回のベスト版画は「ムツゴロウ」かな? 「浅野ゆう子」も捨てがたいが、ちょっと気の毒。 (01/6/6読了)