【1月読書会】


《本のデータ》

 劉健一は台湾人の父と、日本人の母との間に生まれた。その生い立ちを背景に、新宿歌舞伎町の闇を泳ぎ回っている。故買屋である。
 呉富春が戻ってきた−−ある日唐突にもたらされたその情報は、健一の心胆を寒からしめた。かつてのパートナー、一年前に歌舞伎町の顔役の一人元成貴の片腕を殺害した後、何処かへ出奔していた。その彼が戻ってきたとなれば、健一にも当然火の粉は及んでくる。健一にとって、闇に住まう者誰にとっても、危険な、命がけの一週間が始まった。

 上海、北京、そして台湾の微妙な均衡の上に成り立つ歌舞伎町を舞台に、容赦のない暴力を描いた問題作。「このミス」「文春ベスト」共に、96年度の栄えある1位に輝いたのは記憶に新しいところです。
 これまで日本で書かれなかったタイプ−−というのが、この作品の受けた最大の理由なのでしょう。ともあれ、登場人物との距離を最後まで一定に保ち得たのは大したもので、次作への期待も膨らみます。
 最近は日常の中の秘めたる狂気が小説の題材として持てはやされていますが、狂気が当たり前の日常を描いたこの作品はそのアンチテーゼと言えるかもしれません(ってのは穿ちすぎだな、やっぱり)。




ネタバレありますので、未読の方は注意!!



《感想のコーナー》


スタッフはこの色  ゲストはこの色


評者:友野健司  評価:☆☆☆☆

 国際化は裏側から始まることが多いようで、アメリカがかつて経験した闇の流入を、今日本の歌舞伎町が進行形で経験しているのかもしれません。
 邦画の世界に実録もののブームがありましたが、あれはまだ理解の範疇にあった。もっとも日本的なものを良くも悪くもひきずっているのが任侠ですから。そこに異質のものが入ってくる、その肌触りの−−もしかしたら僅かな差違なのかもしれませんが−−違いに、私たちはおそれおののくのでしょう。よくもまあ、正面切って描けたものです、この作者。直接取材はしてないようですけど。
 自分が生き残るために、相手を殺す。つまるところこの永遠の二択が主人公の行動の動機づけになるわけで、そこに色恋が絡もうが、落ち着く先はひとつよりないのです。そういった意味で、この作品の結末は誰にでも想像がつくものであり、作者にとってもそう書かなければならないものであった。このオチ以外に結末の付け方があって、それで読者を納得させることができたなら、馳星周は20世紀を代表する作家の一人となったことでしょうが、そこまで要求するのは酷というものでしょう。当たり前の結末を当たり前のように描き切れたというだけでも、今後に期待できる作家だと思います。
 決して好きなタイプの小説ではないですが、最後まで緊張感を持って読むことができました。

評者:山上智香子  評価:☆☆☆

 なかなか激しい暗黒小説だった。暴力やセックスの描写に時折ゾッとしたが、最初から最後まで気を抜く事ができなかった。いい意味で緊張感のある小説だと思う。ただ、主人公・健一の過去が回想として出てきた時、何度か読むペースが狂ってしまった。もう少し出し方に工夫があったら良かったと思う。
 生きるために、ただ生き抜くために行動する主人公は、なかなか興味深かった。その反面、夏美という女性の存在感が、私には少し希薄だった。彼女の言動で記憶に残るのは、体を張っているシーンだけなのだ。二人の会話が饒舌だったからかもしれない。「言葉」ばかり印象に残ってしまった。
 好みの小説ではないが、最後まで楽しみながら読んだ。次作では、どんな暗黒世界を見せてくれるのだろう。


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