【11月緊急読書会】


《本のデータ》

 帝都の闇に跳梁する殺人鬼"目潰し魔"の四番目の犠牲者が出たその凶行現場に、木場は旧知の友人川島の眼鏡を見つける。目撃証言もあわせて、これは川島の立場を一気に悪くするものである。捜査陣の目が別の者に向いている、木場は独自の捜査を進めることにした。
 そして房総の辺境にある名門女子校、聖ベルナール女学院。今ひとつの舞台である。そこの女教師山本純子も目潰し魔の犠牲者だったが、それは同時に"黒い聖母"の仕業であるという噂が生徒たちのあいだには立っていた。七不思議のひとつ、憎い相手をかわって殺してくれるというその黒い聖母こそ、実はすべての犯罪を陰で操る恐るべき"蜘蛛"の僕でもあったのだ。
 やがてすべての獲物が蜘蛛の巣の中心に誘い込まれるのだとしたら、京極堂は、探偵榎木津は、果たしてそれを防ぐことができるのだろうか。

 京極夏彦久しぶりの新作は、これまでのパターンを破り、主たる語り部を排除した三人称小説になっています。複数の事件が錯綜する物語は定型をはずれざるを得ない、ということでしょうか。
 内向化し、やがて消えさる運命にあった新本格に再び息を吹き込み、講談社ノベルスを救った救世主京極夏彦の新たな挑戦は、果たして吉と出るか、凶と出るか。さて皆さんの判定はいかがでしょう?




ネタバレありますので、未読の方は注意!!



《感想のコーナー》

評者:友野健司  評価:☆☆☆☆

 今回は関口が最後の最後まで出ないこともあって、主に記述者視点によって語られる前作までとは明らかに異なった雰囲気で物語は進んでいきます。もしかしたら京極は、三人称(神の視点ではなく固定視点だが)が不得手なのかもしれない、と思うほどに軽く薄っぺらい語り口に感じられたのは、やはりこれまでのスタイルが作風に合っていたということなのでしょうか。
 筋立てに文句はありませんが、その狙いゆえか、すべてが予定調和的で、読者は作者に振り回されるのではなく、作者の用意したレールの上を、ただ素直になぞっていけばいいといった淡泊さの感じられたのも残念。これは必ず最後にすべての事象が蜘蛛の糸の中心に向かっていかなければならないという構成上の制約に因るのでしょうが、作者が意図したほどの効果をあげているかどうかは甚だ疑問です。
 今が売り時というのは解るのですが、出版社にはもう少し余裕を持った発注をお願いしたいところです。優れた才能に対しては、作品を書かなくても一定期間生活の面倒を見るといったパトロンとしての機能も持ってほしい、営業優先で考えると、確かに一部のファン乃至書店は喜ぶでしょうが、結果として作家の寿命を縮めることになります。そして、売れっ子に対してもきちんとリテイクを出すくらいの誇りも同時に持っていただきたいものです。今回の作品は、京極の名を貶めこそすれ、決して褒め称えることにはならないと私は思います。

評者:めぐみ  評価:☆☆☆★

 京極作品は、まるきりの初めてです。こういう機会がなかったら、絶対に読まなかったでしょう(-.-;)。
 読むのがしんどかったです。長かったからではありません。物理的には分厚いのですが、内容的には長いとは思わなかったのです。その、あまりにも日本的な情緒纏綿さに息苦しくなり、なかなか作品世界に引き込まれませんでした。
 この作品が、京極氏の他の作品の傾向と同じであるのなら(多分同じなのでしょうが)、好きでたまらないという人がいるというのは、よく分かりました。
 作品世界はなんとも不思議な独特の美意識に彩られているかで、巧緻で、謎も充分に堪能できました。一見関連なげにみえる、饒舌な語りも、伏線として優れていて、全体の雰囲気も、陰惨な事件ではあるのに、嫋嫋としてじつに美しいと思われました。
 ただ、まるで現実感のない絵空事の世界。作者によって繰られているにすぎない登場人物。複雑な謎を提示し、その謎を解きほぐすためにのみ構築された世界。イメージが先行して、イメージを積み重ねイメージの概要を語ることをいそいでいるような気がします。それが悪いのではないのですが‥‥。酔えない私が悪いのね(^^;)
 読みはじめてとても気になったのが、頻繁に言及される「箱根の事件」のこと。自分の読者は、シリーズを通して読んでいるという前提にたって書かれているとしか思えない。シリーズのひとつではあっても、この作品は単独に成り立っているはず(では、ないのか?)。そういう配慮を京極氏に望みたいと思うのですが。


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