【9月読書会】


《本のデータ》

 元禄文化華やかなりし頃、菱川師宣の板下絵師として有名を馳せる一人の男があった。
 名を藤村新三郎−−旗本千三百石の藤村家に生まれながら、武士を嫌い、借家住まいを続けるこの男伊達、師に一目置かれながらも独立することなく、下絵師の仕事に倦むでもなく、自由気儘に小僧との二人住まいを送っていた。
 さて、そんな新三郎が唯一の付き合い先、地本屋山形屋。そこの三番番頭六兵衛が大の物好き噂好きとくれば、御用ついでに話して聞かせる事件の数々、これまた物好きな新三郎にはたまらない。
 かくして今日も今日とて藤村新三郎、描留め帳と仕込み筆を手に、華美颯爽と江戸八百八町を駆けるのであった。

 新進作家小笠原京は、職業柄、日本中近世史に通じ、ここでもその博識ぶりを見せつける。何より時代考証の求められる捕物帖の世界に、待望の優れた作家が登場したと言えるだろう。勿論、単純に筋を追うだけでも楽しめる。これはそのシリーズ第1巻である。
 既に3冊までが上梓された旗本絵師シリーズ、これから先も目が離せない。




ネタバレありますので、未読の方は注意!!



《感想のコーナー》

評者:友野健司  評価:☆☆☆☆

 面白かったわい。(^^v
 捕物帖だって時代小説、正確な考証を求めて悪いことはないけど、一方で読み物としての手軽さ、単純な面白さと、果たしてそれが両立し得るかという問題もないではない。そこでバランス感覚ということになってくるのでしょうが、この『瑠璃菊の女』はそのあたりがきちんと考えられていると思いました。
 最近は宮部みゆきがこのジャンルに手を染めていますが、まだまだ筆に余裕が感じられない。将来はともかく、現時点では捕物帖作家としては未完成と言わざるを得ません。その点、この小笠原京は、年の功か、経験がものを言っているのか、これが初めての捕物帖(だと思う)にも関わらず、安定した面白さを提供することに成功しています。何より、主要登場人物である新三郎、四郎吉、六兵衛の掛け合いが良い!!(今さらだけど、みんな名前に数字がついてるのね)
 読み進むうちに、すっかり作品世界の虜。これはもう、続編を読むしかないね!!

評者:めぐみ  評価:☆☆☆★

 江戸情緒溢れる作品と言っていいのだろう。作者の略歴からもうかがわれるように「精緻な時代考証」が売りのようだ。時代小説は好きでよく読んでいるので、おおいに期待した。
 表題作は第1作目、藤村新三郎の華麗なるデビュー作。作者の啓蒙的饒舌さに少々辟易する。色彩と文様に圧倒されて、とうとう色彩事典、文様事典を傍らにおいて、参照しながら読みすすむ。
 狙いは何なのか、何を目指しているシリーズであるのかと気にかかる。江戸風俗を精緻に描き尽くすのが目的で、このような枠組みをこしらえたのかとも思わせる。
 つまりは、ずらずらと並べられるわけのわからない色と文様が私には理解しがたいということだ。「薄縹地に肩から裾にかけて花菱つなぎを白く抜いた着流し姿」、「鶯茶の子持ち縞に幅狭の丁子色の帯」、「木賊色に撫子の小紋の着流し」と、さっとそのイメージを思い浮かべることができなず、そこでいちいち立ち止まって考え込まずにいられない。、読むリズムが取れず、興が殺がれる。
 色と文様だけではない。たとえば、2作目「桜川の契り」での3通の書状の扱い、「1通は巻紙を封じた常の文だが、2通は立て文、うち1通は奉書包みである」とある。あとになって、果たし状だとわかったが、そういう書きようにひっかかりを感じて仕方がない。
 そう、ぼやきながら読んできて、ところがところが、第4話まできたところであまり気にならなくなった。事典類に手を伸ばす事もなくなり、ひっかかり度が少なくなって順調に読みすすめるようになった。江戸の素養のない私にとって、派手な伊達模様の着物であると識別して、それ以上は考えなくなったのかもしれない。

 なかなか興味の持てる作品ではある。ただ、やはり設定に負けているというか、作者の持っている専門的知識が前面に押し出されすぎている気がする。謎解きはそこそこ面白いのだが、人間としての藤村新三郎の魅力が見えてこない。
 静止している絵であっても、自在に動きだしてはこない。
 第2作「寒椿の恋」、第3作「旗本絵師藤村新三郎」も続けて読んでみたが、人間としての息遣いが伝わって来ないという、もどかしさが残った。
 次の作品に期待したい。

評者:直江信綱  評価:☆☆☆☆

 時代物って2作目くらいでほとんど馴染みなし。というのでかなり新鮮でした。
 でもね、でもね、やたらと着物の話が多くってちんぷんかんぷん。あんまし、詳しく書いてもらっても話の腰を折るばっかりで、ミステリー読んでるのか江戸時代の文化についての本を読んでるのかわかんなくなってしまうのね。作者はその道の方らしいのでつい筆がすべるのでしょうが、もう少し押さえてくれた方がいいですね。
 まあ、このような欠点はあるけれど、登場人物はおもしろく生き生きしてるし、なんてったって仕込○○とかの類が私、だーい好きなんでもう満足。部屋住の坊ちゃんが町に出て、快刀乱麻に悪を討つっていう設定もだい好き!
 読むうちに新三郎くんが頭の中で里見浩太郎になっておりました。(^^)

評者:おきょう  評価:☆☆☆★

 読み始めて暫くは、何とも読み難くて仕方がなかった。原因は、着物の柄などの詳細な説明と主語のない会話の羅列である。状況描写の中の会話にいちいち誰が言ったんだろう?と思ってしまっていては、ストーリーにはなかなか入れない。衣装の説明に至っては、資料もなくただただ辟易してしまった。ところが、2〜3編と読み進むに連れて、登場人物は頭の中で生き生きと動き回り、粋な衣装もなんかイメージが湧いてきた。それからは一気であった。読み終わって、最初に戻って読み返してみると、今度はすんなりとストーリーに没頭できた。ただ単に自分の読解力が稚拙なことが暴露されただけなのかもしれない。
 だけど、主人公がかっこよすぎやしません? 旗本の3男で文武両道に優れ、武士でいながら町民として浮世絵? (何か秘画が多いみたいだけど)の下絵を描いて時々物好きに首を突っ込む。武士としての情報が必要なときは旗本の特権を用い、町民の情報入手も他方面にある。伊達で粋で……ちょっと出来過ぎ。お約束の投げ銭ならぬ筆手裏剣も出てくるし、映像向きなんでしょうね。


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