中島大橋

中島大橋は、金沢駅前から東方向に伸びる、東大通りの橋で、浅野川にかかる。
鉄骨のトラス橋で、昭和30年に架けられた
横から見るとトラスが円形になっていて、薄いピンク色に塗られていることもあり、どこか女性的な優しさを感じる。

東大通は、金沢駅前から国道157号線に向かう道路であり、また内灘や能登方面に向かう道にもつながる。交通量は少なくなく、4車線の道路になっている。しかし、中島大橋は2車線であり、また、この付近で道路が折れ曲がるなど、交通の面では苦しくなってしまっている。この橋がかけられたころは、旧道に比べて非常に広くなっているのだが、それでも現在の交通量から見れば不足となってしまった。
中島大橋は、現在は斜めの鋼材のはいったトラス橋であるが、これは当初はなかったらしい。斜め材がないと非常にシンプルな感じに思える。

同じように橋がネックになっていた、御影大橋は架け替えられた。中島大橋の架け替えも行われるのだろうか?道路としてはその方が望ましいが、優雅な橋だけにちょっと惜しい気もする。

中島橋の跡

中島大橋から上流に向かって歩いていると、浅野川左岸の護岸の石垣に、築堤らしいものの痕跡が見える。また、右岸には石柱らしいものがあり、”なか志まはし”と読める。橋の跡? と思って周囲を眺めると、旧道らしい道もある。
昭和初期の古い地図で確かめると、この位置には中島橋があった。そうすると、対岸の痕跡はやはり橋の跡のようだ。石柱は欄干に使われていたものなのかもしれない。
昭和の初めの地図には、作りかけの東大通りもある。中島大橋との距離も近く、2つの橋は不要、と判断されたのだろう。
それにしても、護岸に塗りこめられた築堤の跡と欄干。どちらも橋の墓標のようにも見える。

築堤の跡。
右岸側はコンクリートの新しい護岸で、橋の痕跡らしいものはない。
なか志まはし、と読める。
橋の両側には橋の名前が書いてることが多いが、それを残したのだろう。

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