インジャンジョー島の白い影(創作)

これは私の創作です。キャストさんとの雑談、常連さんとの話などで思いついたもので、決して実際の出来事ではありません。フィクションとしてお読みください。ディズニーランドの蒸気船マークトウェイン、トムソーヤ島いかだをベースにしています。 

蒸気船ウィリーは私の好きなアトラクションの一つである。アメリカ川を、インジャンジョー島をくるりと一周する。たったそれだけだけど、夜に1階の船首付近に立って鏡のような水面に星空を眺めているととても贅沢な気分になる。平日の夜の会社帰りの船旅、とても平日とは思えないくらいのんびりとしてくる。

さて、秋の夕暮れ、会社帰りに蒸気船ウィリーに乗る。いつものように1階の船首付近に立っていると後ろから不意に声をかけられた、インジャンジョー島いかだのキャストさんであった。このいかだには休日などに何度も乗っていて船頭さんには馴染みの人も多い。ただ、インジャンジョー島いかだは日没頃に終わるので平日、会社帰りには乗れない。休日昼間のみの楽しみである。そのいかだと蒸気船とではキャストさんは兼任している人もいるそうで、今回そのキャストさんに話しかけられたのである。
“インジャンジョー島、夜の景色も良さそうですね”
インジャンジョー島の最後、日没寸前、島の照明が灯る。まだ明るさは残るが、とても静かで落ち着いた雰囲気になる。キャストさんはそれを肯定した上で、
“でも、出ますよ
と言われた。水辺は色々とあるようですから、と続いた。〇〇のあたり・・・とかなり詳しく教えてくれた。
出る、といえば幽霊?となる。早速帰ってWebで調べると、石が動く、みたいなのはあったが具体的な目撃例はないようだ。キャストさんの話に近いのは全く引っかからない。でも・・・なんとなく気になっていた。

ある日の会社帰り、蒸気船ウィリーに乗った。いつものように船首付近に立つ。ここからは水面が流れるように見えるし、星空も見える。会社帰りとしては最高の贅沢だろう。今日は馴染みのキャストさんは船にはいなかった。出港して間もなく、ふとインジャンジョー島を見ると白い影のようなものが見えた。岩でできた砦のような場所である。影は2人、親子のようにも見える。キャストさんの話を思い出した。これが? と思って見ると幻覚ではないような感じでよりくっきり見えてきた。小学校直前くらいの男の子と若いお母さん、そんな感じに見えてきた。お母さんの髪型、やや長めのポニーテール。それさえわかってしまうように感じた。男の子の声、”ママ、早くおいで!”、そして”○○ちゃん、ちょっと待って”そんな声が聞こえてきそうな感じさえする。2人はやがて洞窟に入って行って、そこで見えなくなった。

蒸気船は島を半周して反対側に差し掛かる。さっきの岩場と反対側から見ることになる。岩場の手前、張り出した木の橋みたいに見えることろでさっきの2人の白い影が並んで見えた。ここは、実は私がよく蒸気船を見る場所でもある。白い影、船をじっと見ているような気がする。ここで思わず手を振ってしまった。白い影、人ではない。この時間、インジャンジョー島は無人なのだから人がいるはずはない。白い影は人ならぬ存在である。手を振ってよいものだろうか? 後で考えると恐くなった。でも、この時はそれが自然に思えたのだ。そして、白い影は二人とも手を振り返してくれた。気のせいか、にっこり笑っているように見える。影であることを除けばディズニーを楽しんでいる普通の母子の光景である。

後日、”出ますよ”と言ったキャストさんにこのことを話したところ、とても驚いていた。白い影、キャストさんの中でも経験の長い人の前にだけ現れるそうだ。話してくれたキャストさん自身見ていなくて異動した先輩から聞いただけなのだそうだ。ゲストで見た人はいないのでは? とのことである。Webに類似例が引っかからないのもこれならわかる。
では、なぜ私の前に現れたのだろうか? 確かに蒸気船に乗る回数は多い。インジャンジョー島も常連になっている。親子が立っていた場所、あそこにもよく立っていた。でもそれだけではないだろう。キャストさんに比べると島を見る回数は非常に少ないのだから。ここで思ったこと、白い影が幽霊ならすでに亡くなった人、となる。母子ならばお父さんは? ひょっとしたらお母さんと息子さんだけ事故か何かで亡くなったのだろうか? そして、一人残ったお父さんが楽しかった思い出を頼りにここへ来てくれるのをここで待っているのではないだろうか? そんな気がしてきた。私も単身赴任の身だが、女房と息子がいる。息子はとっくに小学生ではないが、妻と子のことは常に(でもないかもしれないが)思っている。そんな気持ちが亡き母子の共感を得たのかもしれない。そんな風に思えてきた。

”お父さん、きっと会いに来てくれるよ。”
次、もし見かけたらそう言いたくなるだろうな、と感じた。



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