私が伊勢まで行ったわけ
美術館、私は絵が好きなこともあり、よく行くのだが、その展示はさまざまである。だから好みに合う場合もあれば、すぐに出たくなってしまうところもある。しかし、時には非常に面白い展示があることもある。
これは愛知県に勤務しているときのこと、津市にある三重県立美術館に行ったときのこと、伊藤小坡(いとうしょうは)の下絵の展示があった。下絵と言っても大きな絵で、着色もしてある。大きな絵を描くとき、下絵などを描かれることはよくあるようだし、小さな絵を何枚か描いてから大作を、ということもある。
だけど、下絵を何枚も見ること、あまり機会がないと思う。そして、その何枚かは下絵と仕上がった作品が並べてあった。下絵と作品。構図などはほとんど同じである。もし重ねたら、ぴったりではないにしても、差は小さいことだろう。しかし、絵のイメージは全然違う。細かな描画はもちろん、色の塗り方も全然違う。特に髪の毛の感じが違う。
さて、その中に1枚、気になる絵があった。それが伊藤小坡の下絵である。作品はない。古典的な衣装の女性が庭に立つ絵である。その姿がどこか艶めかしく、不思議な美しさを感じる。下絵なのにこの魅力。作品はどれほどのものなのだろうか、と思ってしまう。近くにいた美術館の人に聞いてみると、予想通りここには下絵しかない、とのこと。作品は小坡美術館にあるらしい。小坡美術館、どこにあるのだろうか? 行ってみたい、と思った。さすがに北海道や九州なら簡単には行けないが、東京や大阪程度なら行きたいと思った。場所は・・・館名や作品名などがわかれば調べられるだろう。メモ代わりに展示作品のリストを貰い帰路についた。
帰って早速Webで調べてみた。小坡美術館、同じ三重県の伊勢だった。ならばそう遠くない。これは、ぜひとも見に行きたい。美術館に行くのはもちろん絵を見に行くのであるが、なにか女性に会いに行くときような、わくわくするような気持ちにもなってしまった。早く行きたい、次の土曜日にでも。そう思った。
さて、絵は小坡美術館にあることはわかったが、気になるのは展示替えである。それで、いつもになく電話で展示の確認をした。すると、次の土曜日は展示替えで臨時休館とのことである。実際に行ったのは更に1月後になってしまった。
愛知から伊勢まで、どうやって行くか? もちろん車でも良い。2時間弱で行ける。でも、ガソリン代と高速代、ちょっと高い。市街地付近に行きたいところが他にもあるので、駐車場が気になることもあって列車を使うことにした。名古屋から伊勢、列車で行くなら普通は近鉄だろう。本数は多いし安い。特急はちょっと高いが快適である。でも、JRも最近はがんばっていて、“快速みえ”を走らせている。近鉄特急よりほんのちょっと時間はかかるが、料金は安い。本数が少ないのでそれに合わせて少し早起きしなくてはならないが、乗ってみたくなった。
快速みえ、名古屋駅を7:53に出る。そのためには、最寄り駅は7時頃になる。1月の後半になって、多少日の出は早くなっているが、まだ暗いうちに起きなくてはならない。刈谷駅で乗り換えて東海道線に。朝早いので楽に座れることを期待していたが、意外と人が多い。座れはしたが通路側であった。以前通勤に使った路線であるが、座って乗るとやはり違う。しかし、気になる放送が・・・。「さわやかウォーキングは予定通り開催されます。」今回の場所、伊勢方面である。さわやかウォーキングはJR東海の開催するイベントで、予約不要で気軽に参加できるイベントである。各地で開催され、好評だそうだ。それが伊勢で・・・。ちょっと気になる。
名古屋駅で乗り換え。快速みえが丁度入線する頃に名古屋駅に着く。すぐにホームに行くと、手前の車両は満席・・・。更に先に行くが余計混んでいて立っている人が見える。近距離の人も少なくないのかもしれないが、不安が残る。立つのはやはり嫌である。幸い、快速みえには指定席がある。こちらはまだ空席が見える。幸い、名古屋駅には新幹線乗り換え口で指定券を販売している。早速行って聞いてみると、残念ながら満席とのこと。仕方ないので、近鉄の特急にした。この方が座席も広く、快適なのだが、やはり快速みえにも乗りたかったな、なんて思ってしまう。乗車券は? 実は、満席が気になって名古屋までしか買っていなかったのである。
近鉄特急は比較的新しい型の電車だった。快適な座席で伊勢に向かう。電車の中で地図を開き、最終のルートチェック。私の場合、細かな予定はいつも直前まで決めないでいることが多い。地図を見るとどうやら予定より一駅先まで行ったほうがよさそうだ。実は、今日行きたい中に午前中のみ開館の博物館がある。そこにいつ行くか、ということも重要になる。徒歩が中心であるが、バスまたはタクシー、これをどう使うかがひとつのポイントになるのだ。
予定より乗り越して駅から徒歩15分、のつもりが20分かけて最初の博物館に着く。神道に関する博物館。予想以上に面白い展示だった。
ついで次の目的地に向かう、途中、電柱に矢印が張ってあり、JRの文字が・・・。どうやら、さわやかウォーキングのルートが近いらしい。そして、次の目的地である街道の資料館が近づくと歩いている人の列が・・・。身軽な服装に荷物。さわやかウォーロングの参加者のようだ。私が美術館に向かうルートとして選んだ道、どうやら古くからの道であり、さわやかウォーキングのルートになっていた。
博物館周りのとき、徒歩だといつもは地元の人しか歩かないような道をひとりで歩くことが少なくない。だが今日は違う。他人とはいえ、同じ方向にぞろぞろと歩く。どうも変な感じである。他の人ほど身軽な服装ではないが、お仲間にみえることだろう。2番目に行った資料館は満員。この先、大事な目的地である小坡美術館もウォーキングのルートになっているようだ。美術館だけは混んでいるのは弱る。そう思いながら先を急ぐ。
小坡美術館、幸いなことに皆さん素通りしてゆくようだ。続いてウォーキングの参加者も一人、入ってきたがその程度のようだ。入館料を払って入ると、ちょっと遠くの展示室に目的の絵、“伊賀のつぼね”が見えている。色使いは美術館ので見ていたので驚きはないのだが、待ち焦がれた絵。お見合いのように、というのは大げさであるが、ちょっとどきどきする。“伊賀のつぼね”丁度真ん中あたり。本来なら順番に見るべきであるが、足は引き寄せられるように絵に向かってゆく。さすがに見事である。他の絵、雰囲気はちょっと違うが、中には強く引かれるものもある。落ち着いてから、入り口に戻って伊藤小坡の略歴を見て、一通りゆっくりと見る。でも、やっぱり“伊賀のつぼね”に。小さな美術館なのに長い時間いたが、それでも立ち去りがたい気持ちになった。
ただひとつ残念だったこと・・・。後から来たさわやかウォーキングの参加者のおばさん4人。女3人でかしましい、なんて言うがここは4人である。入って絵も見ないですぐにロビーでコーヒーを。そして大声での雑談。正直なところ、これではかなわない。飲み終わってそのまま出てゆくかと思った(実はひそかに期待していた)のだが、残念ながら展示室に。絵はどうでもよいような話しばかり。気分を害してしまったが、まあ仕方がない。この4人だけだったことが幸いかも・・・。
博物館の受付の人に訪問の理由を話して絵葉書を求める。たった1枚の絵を目当てに来る人も少ないことだろう。次の展示替えのとき、また来たいと思う。だけど、この付近の博物館は大体見てしまった。本当に絵が主目的になってしまいそうだ。
伊賀のつぼね、絵葉書を買って来たのだが、さすがに掲載するわけにはいかない。美術館のWebに紹介されていたのだけど、現在はなくなったようで、残念である。
http://www.sarutahikojinja.or.jp/museum/