VIII.鬼族



  1)鬼女
 冷酷かつ残忍な魔女たち。徹底した破壊をもたらし、一度敵と認めたら、攻撃の手を緩めることはない。人の顔に獣の体を持つ者が多いが、中には美しい者もいる。


     ランダ 《Rangda》  出身地:バリ島
 バリ島に住む最強の魔女。左手の魔術(悪しき魔術)の使い手であり、人に災厄をもたらす黒き寡婦である。夜の暗黒を象徴する。
 善人にとってランダは恐ろしい殺戮者であり醜い老婆であるが、黒魔術を志す者にとっては絶大なパワーと究極の美を兼ね備えた妖艶な美少女であり、誰もが彼女に認められ、一夜を共にするのを夢に見るのだ。ランダはどんな姿にも化けることができ、人に呪いをかけて病気にさせたり何かを取り憑かせたりといった悪事を働く。まれに白魔法を使うこともある。
 バリ島ではこのランダを鎮めるため、ランダの仮面をつけて舞踏を行う。その仮面に描かれたランダは、飛び出た丸い目に突き出した前歯と曲がった4本の牙を持つ、ある意味でユーモラスな姿をしている。
 同じバリ島で信仰されているバロンという神獣と対になっていて、天敵同士である。善を象徴するバロンに対して、ランダは悪を象徴する者となっているが、彼女は単にバロンに打ち倒されるべき存在ではない。というのもバリ=ヒンドゥでは、善悪が共にある状態が完全な状態であるとされているためだ。ランダやバロンは相手に打ち倒されてもすかさず別の存在に転生し、物語は同じパターンで繰り返される。こうした輪廻の輪の中で、ランダとバロンは永遠に決着のつかない戦いを続けるのだ。

     ボルボ 《Volvo》  出身地:ギリシア
 魔女術はヨーロッパで広く信仰されていた地母神信仰の生き残った形である。地母神の多くは流血を好んだので生け贄は付き物であり、また豊饒祈願の儀式ではセックスそのものが大地の恵みを育むと考えられたので、大いに行われた。
 ボルボはこうした地母神信仰の名残の女神である。彼女は月の女神であり、そして彼女の子宮は冥府そのものである。ギリシアでこうした役割を持っていたのがヘカーテであったので両者は併合され、ボルボ・ヘカーテの名で呼ばれる。血を求める凶暴な大地母神であると同時に、何もかもを包み込む愛をあわせ持っているのだ。
 魔女たちはこのような地母神崇拝者であり、ボルボは魔女たちの最高の女王だったのである。

     ダーキニー 《Darkini》  出身地:インド
 カーリーの眷属であるヤクシニー(ヤクシーとも)のこと。ヤクシニーはヤクシャの女性形。人間を喰らい、その骨を身にまとっている。
 マハカーラに打ち負かされた後、人間を襲うことを禁じられたが、もうじき死ぬ運命にある者の心臓を別の物とすり替え、その心臓を食べることだけは許可された。
 密教に取り入れられ、茶吉尼天となった。真言立川流の本尊でもある。

     ゴルゴン 《Gorgon》  出身地:ギリシア
 ギリシア神話の「強い女」ステンノー、「遠くへ飛ぶ女」エウリュアレー、「支配する女」メデューサの3姉妹のこと。ゴルゴンには「恐ろしい者」という意味がある。
 全ての髪の1本1本が毒蛇であり、猪の牙が生えた醜い顔をしている。青銅の腕を持ち、黄金の翼で空を自由に飛び回ることができた。彼女の目に睨まれると体が石に変えられてしまう。メデューサはかつて女王であり、もともとは美しい娘だったが、女神アテナの神殿で海神ポセイドンと不義を働いたために、アテナの怒りをかって醜い怪物にされたという。
 3姉妹は皆同じだけの魔力を持っていたが、末娘のメデューサだけが不死の力を持っていなかったため、アテナとヘルメスの加護を受けた英雄ペルセウスに首を切り落とされた。この首は以後アテナの盾に取り付けられ、敵を石化するゴルゴンの盾になる。
 余談だが、ゴルゴンと呼ばれる怪物はもう1種いる。巨大な牛の化物で、この怪物は一睨みで人間の命を奪う目を持っている。

     サロメ 《Salome》  出身地:パレスチナ
 ユダヤ王ヘロデの姪。7枚のヴェールを1枚ずつ脱いでいくダンスを踊り、それと引き換えにパプテマスの預言者ヨハネの首を所望した。
 ビアズレーの絵画「踊り子の報酬」が有名。盆にルカナンの首をささげ持つ姿で描かれている。

     アマゾーン 《Amazones》  出身地:トルコ
 ギリシア神話に登場する、北方の未知の辺地に住む好戦的な女戦士の種族。名は「乳なし」を意味し、弓を引くために邪魔な右乳房を切除するという。戦神アレスとニンフを祖先とする。
 外国の男と一定の時期に交わって子供を産むが、男児は去勢するか殺害し、女児のみを育てる。騎馬で弓、斧、槍や特製の楯を使い、イオニア各地に都を建てた。
 アマゾン族の女王をペンテシレイア《Penthesileia》といい、トロヤの王子で最強の英雄ヘクトルの戦死後、トロヤ方に助勢し奮戦するが、アキレスに右乳房を刺し貫かれて殺された。

     文車妖妃 《Huguluma youki》  出身地:日本
 「言霊」にも通じる書物の妖怪。特に恋文、恋物語りにこめられた女性の強い情念が凝縮されたもの。

     雪女郎 《Yukijolou》  出身地:日本
 雪女のこと。雪の多い地方の伝説、伝承で、大雪の夜に現れるという雪の精。氷のように冷たい手をした美しい女で、火にあたらせたり風呂にいれると消えてしまう。
 岩手県遠野地方では雪の満月の夜、童子たちを連れて現れ野山に遊ぶといい、和歌山県では1本足の子供、長野県下伊那地方では山姥(やまうば)の姿で現れるとされる。

     百々目鬼 《Dodomeki》  出身地:日本
 スリをしていた女が変化した妖怪。盗んだお金のたたりで腕(体中とも)に100個もの鳥の目がついた。その腕を見せて驚かすという。お金の精霊とされることもある。
 体についた眼が鳥の目とされたのは、穴の空いた銭を「鳥目」と呼んでいたことに由来する。

     カリアッハベーラ 《Cailleach Bheara》  出身地:スコットランド
 スコットランド高地の冬の精霊。名の「青い婆さん」の意味の通り、青白い顔をした痩せた老婆の姿をしている。冬枯れの杖で打つと木々の葉は落ち、草は枯れ、新しい芽を出さなくなる。日差しを暗くし、雪を運び、大地を凍らせ、世界に冬をもたらすのだ。彼女は野生の動物の守護者でもある。特に鹿が彼女のお気に入りで、猟師たちから守ろうとする。
 春になっても、土を凍らせる杖を武器にして春と戦う。しかし本格的な春の訪れ、5月1日の五月祭によって春が祝われると、杖を柊の木の下に投げ込んで、自分は灰色の石に変身してしまうという。10月31日のハロウィンになると、カリアッハベーラは再び蘇って植物を枯らせ、雪を降らせて世界を冬に染めるのだ。

     アルケニー 《Archne》  出身地:ギリシア(トルコ)
 永遠に糸を紡ぎ続ける蜘蛛女。ギリシア語ではアルクメネ。
 元々は小アジア(地中海と黒海に挟まれた西アジアの半島地域)に住んでいたアラクネという娘だった。アラクネは織物と刺繍の名人だったが、自分の腕を鼻にかけるようになり、ついには自分の腕前が工芸の神アテナよりも上だと公言してしまう。この侮辱に対してアテナは老婆に化けて忠告をするが、アラクネは聞かなかった。そこでアテナは正体を現し、アラクネと織物の技比べをすることになる。アラクネの技術はアテナでさえ驚嘆するほど見事だったが、タペストリーに織り込まれたのはゼウス神の奔放な恋を描き上げた不遜な絵柄だった。これに潔癖症のアテナは激怒し、アラクネは魔法の薬をかけられて、蜘蛛の姿に変えられてしまう。

     ラ・リョローナ 《Ra Ryorona》  出身地:メキシコ
 民話に伝えられる、むせび泣く女の幽霊。魅惑的な姿で現れ、夜になると子供を捜してうろつき回る。子供嫌いな男性と結婚し、わが子を殺してしまったつらさに耐え切れず、自殺して幽霊となって殺してしまった子供達を捜してさまよっているのだという。

     リャナンシー 《Lhiannan Sith》  出身地:イギリス
 マン島に住む、吸血鬼に似た性格の美しい女性の妖精。名は「妖精の恋人」を意味する。
 誘惑に負けたものを破滅させるとも、命と引き換えに芸術の能力を与えてくれるともいわれる。ケルトの詩人たちはリャナンシーの恋人だと言われた。

     ターラカ 《Tarlaka》  出身地:インド
 アスラ族のひとり。ヒラニヤークシャの娘。天界の秘宝、あらゆる不幸を払うアディティのイヤリングを盗んだため、ヴィシュヌの化身クリシュナに殺される。

     ラミア 《Lamia》  出身地:リビア
 上半身に美しい人間の顔と胸を持ち、下半身が蛇の姿をした怪物。
 ギリシア神話において、かつては美しいニンフでありゼウス神の愛人であったが、ゼウス神の妻で嫉妬の女神ヘラの嫉妬を受けて、ゼウス神との子供を次々に殺されたあげく、死んだ子供しか産めないようにされてしまう。その結果、ラミアは狂気に蝕まれ、姿までも醜く変わり果ててしまう。蛇女となったラミアは他人の子供をさらい、それを取って喰らう化物と化す。さらに若い男をその上半身の美しさでたぶらかして喰い殺すようになった。しかしヘラの怒りはまだ収まらず、彼女の眠りを奪い、休むことができなくしてしまう。見かねたゼウスがラミアの目玉を取り外し可能にし、彼女に休息の時を与えてやる。それ以来ラミアは目を外している時にはおとなしいが、目をつけると凶暴な性格になったという。
 『聖書』においては、夢魔となって若い男の精気を吸ったり、命を奪ったりもする。アダムの最初の妻であったが去っていった魔女リリスの変化した姿とされ、イヴに禁断の木の実を食べるようにそそのかした蛇であったとも言われている。
 元来は砂漠の国スキタイ(リビア)の戦いの女神であったと言われている。

     磐手 《Iwate》  出身地:日本
 記紀に伝わる仁徳天皇の皇后で、武内宿禰の孫にあたる。始めて皇族以外の身分から皇后になったが、ひどく嫉妬深い女性だったようだ。

     ストリゲス 《Striges》  出身地:ローマ
 夜になるとカラスに変身し、人間の、特に子供の血を吸う魔女。ラミアの別名でもある。

     黄泉醜女 《Yomotu Sikome》  出身地:日本
 黄泉の国に棲む鬼女。名の通り、醜い容姿をしている。迎えに来たはずの伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が逃げ出してしまったため、怒った伊弉冉尊(いざなみのみこと)が作り出した。

     アチェリ 《Acheli》  出身地:インド
 インドの民間伝承に登場する少女の姿をした幽霊で、子供達に病気をもたらす存在として恐れられている。
 アチェリは山頂に住んでおり、夜になると谷間まで下ってきて饗宴を行うとされる。犠牲者となった者の上に自らの影を投じることで、病気を与えると言われる。主に子供が襲われることが多く、そのため子供達は魔よけとして赤い糸を巻いて、アチェリから身を守ったという。

     ハッグ 《Hag》  出身地:イギリス・アイルランド
 イギリスやアイルランドに広く伝わる妖精の鬼婆。鈎鼻で、とがった長い爪を生やしており、皺だらけの顔の奥で鋭い瞳が光っている。その姿は後に魔女のイメージとなった。日本の山姥とまったく同じカテゴリーに入れられる鬼女である。
 妖術をよくするところも魔女に通じており、杖で空を飛んだり、大釜で魔法の薬を作ったりするという。夢魔のように眠っている人間を苦しめたり、人を取って喰う者もいる。



  2)妖鬼
 極めて戦闘的な鬼たちだが、破壊だけを好むのではない。自分自身を決して見失わず、いかなる場合も自らの怒りの原理に従って行動する。それゆえ他者に強制されることはなく、それだけ誇り高い種族なのである。孤高の鬼たちなのだ。一般的に言われる鬼たちはここに入る。


     ヤクシャ 《Yaksa》  出身地:インド
 アーリア人に滅ぼされた農耕民族ドラヴィダ人たちが崇拝していたのは、現在ヤクシニーと呼ばれている女性の豊饒神であった。ヤクシャはその配偶者として、彼女らに武威をもって仕える存在である。自分たちに敵対しない者に対しては穏やかな態度で接するので、それほど恐れるべき存在ではなかった。しかしアーリア人たちはヤクシャを悪鬼の一族として扱った。神々(ディーヴァ)の敵対者というわけである。
 仏陀はドラヴィダ系と言われるが、その仏教神話では、夜叉(ヤクシャ)は神々の列に引き上げられた。仏を守護する四天王はヤクシャであり、その筆頭クベーラ(毘沙門天、または多聞天)は、神々から授かった財宝と呪文を守る。多くのヤクシャたちも彼らに仕え、この仕事を手伝っていた。北方のヒマラヤを護るというだけあって、インド北部のチベットやブータンでは、ヤクシャは密教の神々として根強く生き残っている。
 夜叉のイメージから恐ろしい鬼と考えられがちだが、ヤクシャは人間に対しては割と友好的である。ただしそれは前任に対してのみであって、相手が悪人であった場合には食い殺すとされる。
 鬼子母神、仁王、金剛薬叉明王などもヤクシャの眷族である。

     酒呑童子 《Shuten Doji》  出身地:日本
 平安時代の京都に出現し、人々を苦しめた大江山の鬼族の頭。酒と女が好きで常に酒を飲んでいたことから酒呑童子の名がついた。
 『御伽草子』によれば「その丈2丈あまりにして、髪は赤く、逆さまに髪の間より角生いて、鬢鬚も眉も繁りあい、足は熊の如くにて…」という姿をしている。平安京のデビルバスター源頼光と彼の四天王によって、毒入りの酒を飲まされるという奸計にはまり、首をはねられたが、それでもなお頼光に襲いかかったと言われる。
 酒呑童子を鬼と呼んだのは朝廷の人たちで、地元での彼は人望あつかった。それゆえ大江山では彼の命日には「鎌止め」といって、一切の刃物を使わずに、彼らの冥福を祈るという。また、さらわれた京随一の美しい姫は、酒呑童子の妻になっていたのだが、都には戻らずに夫の菩提を弔ったという。
 羅城門の鬼、茨木童子も彼の手下である。大江山の鬼族は航海で遭難して流れ着いた異国の人たちだという説もある。

     ベルセルク 《Berserker》  出身地:北欧
 バイキングの毛皮を着た戦士のこと。またはオーディンの戦士たちのことを指す。名の語源は、古代北欧語の「熊の毛皮を着た者」とされる。その凄まじい強さから、戦闘の興奮に我を忘れて戦い続ける凶戦士を意味する。
 英語読みで「バーサーカー」。

     ヤクシニー 《Yaksini》  出身地:インド
 ヤクシャの女性で、ドラヴィタ人の豊饒の女神。豊満で美しい裸体が古い彫像に数多く残されている。ヤクシニーは常に再生する活力を象徴し、木を育てる力を持っていた。これが発展して、ガンガー、ヤムナ、サラスヴァティの河の三女神になったとの説もある。
 仏教ではヤクシャと同じように、クベーラのもとで財宝を護る職についているが、ヒンドゥ教では子供をさらって喰うという、恐ろしい人喰いの化物に堕としめられた。

     ニャルモット 《Nyalmot》  出身地:ネパール
 世界各地の雪山で目撃されている雪男のうち、最も巨大なものにつけられた分類名。4メートル以上もの身長を有し、顔以外の全身が体毛に覆われ、腕が長く、人間のように直立歩行をすると言われている。その性格は極めて凶暴であり、ヤギなどの家畜を殺してその肉を食べると伝えられる。
 ちなみに小型の雪男は「ラクシ・ボンボ」、中型は「リミ」と呼ばれている。

     プルシキ 《Pruski》  出身地:ネパール
 象頭人身で額に第3の目をもち、頭部に蛇を巻き付けた姿で現される神。仮面舞踏などでその姿が再現される。ガンダルヴァからナーガ族の土地を取り返すために、ヴィシュヌが行った化身に由来するとも言われる。
 ガネーシャの類いとも言われる。仏教においては歓喜天のひとりとされる。プルキシ《Prukisi》ともいう。

     スパルトイ 《Spartoy》  出身地:ギリシア
 ギリシア神話のアルゴー号の遠征の話に登場する骸骨剣士。地面に撒いた龍の牙から生まれる。
 アルゴー号の遠征では、旅の目的である金の羊皮紙を手にいれるために、このスパルトイと戦わなくてはならなくなる。この話ではスパルトイたちに見えない場所から石を投げて、同士討ちをさせることで危機を乗り越えているので、スパルトイにはたいした知性はないようだ。

     黄泉軍 《Yomotu Ikusa》  出身地:日本
 黄泉の国は「夜見の国」とも書き、禍悪を及ぼすという。その黄泉の国に棲む、生死の戦における死の軍勢。黄泉醜女に指揮される。
 死んだ伊弉諾尊を追って黄泉まできたが、伊弉諾尊が逃げ出したので、また追いかけていった。

     ギャリーベガー 《Gyarry veger》  出身地:イギリス
 自分の頭を小わきに抱え、骸骨のように痩せこけた姿で現われるという幽霊。「恐がらせる」「脅かす」という言葉を語源に持つこの悪魔は、わきに抱えた頭から笑い声を発し、遭遇した人間を驚かし、恐がらせることだけを目的にして現われるという。

     馬頭鬼 《Mezuki》  出身地:中国
 中国の馬頭人身の鬼で、牛頭鬼と共に地獄の番人を務めている。

     牛頭鬼 《Gozuki》  出身地:中国
 中国の牛頭人身の鬼で、馬頭鬼と共に地獄の番人を務めている。

     前鬼 《Zenki》  出身地:日本
 青い体の背の高い鬼で、後鬼とは夫婦だとされる。役の小角の術によって操られ、身の回りの世話や護衛などをさせられることとなる。

     後鬼 《Goki》  出身地:日本
 赤い体の背の低い鬼で、前鬼と共に役の小角の身の回りの世話をしていた。

     ピコリュス 《Picolys》  出身地:
 古代のプロイセンで崇められていた魔神。地獄に自分の宮殿を持つとされる。

     トゥルダク 《Turdak》  出身地:インド
 閻魔大王ことヤーマラジャの眷属。ヤマはヤミーと男女一対の死神であるが、トゥルダクもまた一対の骸骨の舞踏者として描かれることがある。ヤマの遣いとして人間のもとに現れ、あの世に連れていくという。また彼らは罪人に対する懲罰の執行者でもある。
 チベットのお祭りでは、トゥルダクは形代(よりしろ)に封じられて、病魔祓いの犠牲(スケープゴート)にもなる。トゥルダクは死や病魔そのものであると同時に、これらを逐う者なのである。

     般若 《Hanja》  出身地:日本
 大般若波羅蜜多経の略。般若にはふたつの意味があり、ひとつは般若心経の般若である。この般若は梵語で《Prajna》と書き「真理を認識し、悟りを開くこと」「最高の智慧」「慧」を意味する。真の知恵はすべての迷いを消し去る。それは心の底から救いを求める魂によって識ることができるのである。「一切空」という般若心経の教えは、すべての物質世界の価値を一旦幻として退け、真に価値のあるものは何かを探るということである。
 もうひとつは能でいう鬼女の面のことで、般若(半蛇)として、半分だけ蛇=鬼と化した姿である。般若となる彼女らは、半ば鬼になるまでの、嫉妬や強烈な恋慕によって心の葛藤に苦しみ、救いを求める。そして最後には仏の教えによって救われるのだ。

     独脚鬼 《Tockepi》  出身地:韓国
 樹木の茂る場所や、荒野、墓場、廃屋など、人気のないところに住んでいる。彼らとうまく付き合えばいろんな福を手に入れられるが、失敗すれば手ひどいいたずらを受けるという。歌舞遊楽を解する人間的な鬼で、政務に抜擢されたものもいたが、独脚鬼の世界が忘れられず、逃げて処刑された。
 トケビの正体は古ボウキや古い火掻き棒などの、使い古した器物であると言われる。木などに縛り付けておくと、翌朝には本当の姿を現すとされる。

     茨木童子 《Ibalagi doji》  出身地:日本
 渡辺綱という豪傑が羅城門を通りかかった時に出会った鬼。彼はこの鬼に襲われるが、見事な太刀さばきで鬼の腕を切り落とす。鬼は腕を残して逃げ出すが、7日後に渡辺綱家に侵入して腕を奪って消え去る。この時、綱の乳母である茨木の姿で現れたため、茨木童子の名で呼ばれるようになった。

     桃生 《Momunohu》  出身地:日本
 荒吐神の配下である古代の武神。大和朝廷に敗れた後は、貴族の護衛として働いた。
 武士(もののふ)はここからきている。また、桃太郎伝説の元となったともいわれる。

     山童 《Yamawalo》  出身地:日本・熊本県
 河童の変化。秋になると山に入って猿のような毛だらけの山童となり、春には川に戻るという。

     ビルヴィス 《Bilvis》  出身地:ドイツ
 夜に穀物畑に現れては畑を荒らして行くという鬼。背が高くやせ細っており、醜い顔をしているという。足の指に鎌を結び付けた姿で現われるとされており、その姿のまま畑を歩き回って穀物を刈り取って行くのだという。
 ビルヴィスが現われる日は決まっており、ヴァルプスギスの夜(メーデーの前夜)かあるいは精霊降臨祭の日の出前であるという。

     ボーグル 《Borgl》  出身地:西欧・イギリス
 戸棚や宝箱を住処とする塵の妖精。ボギーともいう。
 夜中に物音がしたり、置物が倒れたりするのはボーグルの仕業とされる。また、常に人の背後に立って、その人間をそわそわさせて楽しむこともある。なんにせよ、これといった害のないおとなしい妖精である。

     安曇 《Adumi》  出身地:日本
 古代日本に漂流して来た南方系の海洋豪族安曇族の水神。水を操る力を持ち、安曇磯羅神(あづみいそらのかみ)を主神とする。
 安曇族は海神である綿津見三神を始祖とする一族で、大きな勢力を誇っていたようだ。彼らが定住した土地は、日本全国にその名を残している。安曇野、安土、熱海、吾妻、安積、朝霞などだ。彼らは砂金や砂鉄を求めて、河を溯って内陸にも進んでいたようだ。

     井光 《Ihica》  出身地:日本
 『古事記』において、瓊瓊杵尊の天孫降臨の時に現れた。井戸の守護者である妖怪。長い尾が生えており、半ば魚のような姿である。
 地下水脈は日本列島の地底を縦横に巡り、井光はこの水脈を通ってどこの井戸にも移動できる。そして井戸を通じて人々を護っているという。
 昔の神霊は光るものとして捉えていたようで、井戸の中で光っていることから「井光」になったと思われる。



  3)地霊
 母なる大地に根付き、古くから人と共に生きてきた精霊たちである。どっしりとした姿には安定感があり、パワフルな力を秘めている。とりたてて魔力は高くなく、戦闘的でもないが、自らに対して危害を加える者に対しては徹底的に戦いを挑む。


     ムスッペル 《Muspel》  出身地:北欧
 北欧神話に登場する巨人族で、神話世界の南半球にある炎に包まれた国ムスッペルヘイムの住人。ムスッペルヘイムは世界の最初に存在していた国であるとされており、すべてが炎に包まれていたため、そこで生まれた者以外は住むことができないという。
 国の入り口には、王であり守護神であるスルトと呼ばれるムスッペルが、炎の剣を持って立っているという。

     ゴグマゴク 《Goggu Magoggu》  出身地:イギリス
 イギリスが、まだアルビオンと呼ばれていた太古の時代に住んでいたと伝えられる巨人で、強大な力をもっていたという。しかし人口が急激に減少したところを、トロイアを追放されたブルトゥスらに攻められ、滅ぼされた。その後ブルトゥスらは、アルビオンをブリテンという名に改めた。
 名は聖書の一説に出てくる「この世のあらゆる敵」を意味する言葉から。これはこの世のすべてを相手にできる存在であると自己主張したものだと解釈されている。『旧約聖書』のゴグ(マゴクの王)とマゴクが融合されたものとする説もある。ゴグとマゴグはドラゴンとして描かれることもあり、ノルウィッチに残されている。
 ケンブリッジ近くの丘にその姿が刻まれている。

     ティターン 《Titan》  出身地:ギリシア
 ギリシア神話の巨人族。キュクロプス、ヘカトンケイルと並んで、ギリシアの創成神話において天空の神ウラノスと大地の女神ガイアの間に生まれた3つの巨人族のうちのひとつで、名は「大地」という意味である。
 本来は偉大なる神々であった。ギリシア神話の最初の12神は、このティターン神族である。古代ギリシアの重装歩兵の姿で描かれるが、その身なりはきちんとしている。また知性も高く、優雅な物腰で相手に対応する。彼らは人間と共に生き、ティターンの治めていた時代は黄金時代と呼ばれる。
 ゼウスらオリンポスの神々によって地底界タルタロスに放逐された。

     アトラス 《Atrus》  出身地:ギリシア
 ティターン神族アペトスの息子。ゼウスがヘカトンケイルを使い、ティターン神族を地底界タルタロスに幽閉した時、並外れた怪力の持ち主のアトラスだけは、世界に西の果てで天空を支え続ける罰を与えられる。
 アトラスの娘はヘスペリデスといい、ヘラクレス12の難業のひとつ、ヘスペリデスの金のリンゴの話に登場する。この時ヘラクレスは金のリンゴを手に入れるためアトラスの罰を肩代わりするのだが、アトラスが娘からリンゴを貰ってくると、言葉巧みにアトラスを騙し、彼を再び任務につかせた。

     大山祇神 《Oyamatsumi no kami》  出身地:日本
 大山津見神とも。火之迦具土神の死体から産まれた山神。娘に石長比売(いわながひめ)木花開耶姫(このはなさくやひめ、瓊瓊杵尊の妃)がある。日本各地の山々を支配する神。
 日本人にとって神といえば、山に棲むものと相場は決まっていた。山は死者の魂を葬る霊場であり、そこには祖霊がこもった。山の古木には神が降り、大岩にも神が宿った。大山祇神はそうした山神の管理者なのである。また初めて稲から酒を造ったとして、酒造りの祖神ともされる。
 愛媛の大山祇神社、静岡の三島大社に鎮座する。

     トラルテクトリ 《Traltectli》  出身地:メキシコ
 アステカの創世神話に登場する巨大な怪物。ワニのような姿をしていたが、後に女性の姿で描かれることが多くなった。大地は母性を表すところからきているという。
 天地創造を行おうとするケツアルコアトルとテスカトリポカの創造神によって体を切り裂かれ、上半身は大地に、下半身は空中に投げられて天になったという。

     八束水臣津野命 《Omitunu no mikoto》  出身地:日本
 大太法師(だいだらぼっち)の別名で有名な伝説の巨人。土木の神。湖沼はその足跡、山はその落とし物とされ、巨人には鬼、山伏、弁慶などもあてられた。
 東京都世田谷区代田の地名はこの伝説に由来している。

     ウベルリ 《Uberli》  出身地:イラン(ペルシア)
 ペルシアの海の底に住んで、海と陸を支えている巨人。神々の父クマルビが岩山と交わって石の怪物ウルリクムミを生ませたが、ウベルリはこの巨大な岩の巨人を肩に乗せられても、それどころか自分が支えていた天と地が引き裂かれても気がつかないほど鈍感だった。
 エア神は、天と地を切り離した時に使ったと言われる青銅の鋸を持ちだし、ウルリクムミことウベルリの足を切り、岩の巨人を倒した。

     カワンチャ 《Kawancha》  出身地:ネパール
 辻に現れ腹痛を起こすとされる、骸骨の姿をした病魔。供物を捧げることで、逆に病魔を祓ってもらうこともできるとされる。
 シヴァやカーリーの従者でもある。

     土蜘蛛 《Tsuchigumo》  出身地:日本
 土蜘蛛とは、記紀神話にも見られる日本忍坂の先住民族である。もともと彼らは穴居人で、手足がひょろ長く背が低かった。そうした姿を蔑称して土蜘蛛と呼んだのだ。彼らは九州の筑紫朝廷にも、奈良の大和朝廷にも討伐され、山岳地帯へと逃れた。彼らの恨みへの恐れからか、その後に地面の穴を掘って巣を作る巨大な蜘蛛の妖怪という意味を持つようになった。
 平安京のデビルバスター源頼光は多田源氏といって、父の名は多田満仲という。土蜘蛛や鬼は産鉄に関わる山の民であったが、それら山の民と満仲は反乱を企てていた。しかし満仲が裏切り、朝廷に彼らを売ったため、恨みをかったのだという。

     ドワーフ 《Dwerf》  出身地:北欧
 北欧神話における手先の器用な小人族。原始の巨人ユミールの死骸から、ウジのように湧いて生まれたと言われている。男女共にずんぐりした体型で背が低く、地面に届く長い顎髭を生やしているため、他種族の者がドワーフの男女を見分けるのは難しい。
 彼らは優れた鍛冶工、工芸師であり、北欧の神々に様々な物を贈っている。オーディンの槍グングニル、同じくオーディンの黄金の腕輪ドラウプニル、トールの槌ミョッルニル、持ち主を不幸に陥れる魔剣ティルヴィングなどがある。
 北欧の言葉ではドヴェルグ《Dwerger》。ドワーフに比べると、ドヴェルグの方が性格が悪く、金銀財宝に強烈な執着を持つ者が多いようである。また、善良な白ドワーフと、邪悪な黒ドワーフがおり、黒ドワーフのほうは死に至るような洒落にならない悪戯をするという。

     ティング・カット 《Ting cut》  出身地:マレーシア
 天気雨のときに地中から出てくるという、セノイ族に伝わる土の精霊。奇妙な姿をした生物が頭の上に乗っていると言われるが、一般には人の目に見えないとされる。
 天気雨の中を歩いた後に頭痛に襲われると、これはティング・カットに取り憑かれたのだと考えられた。

     リブ 《Ribu》  出身地:インド
 優れた工芸の技術をもつことで知られる小人の職人。名は「工芸に秀でた」という意味。ヴァージア、ヴィブヴァンと共にリブ三神と呼ばれる。工芸神トヴァシュトリの良きライバルである。
 彼らは神々の役に立つものをいくつも作っている。インドラの馬ハリ、馬が引かずとも空中を翔る戦車、あらゆる恵みを授ける豊饒の雌牛など。また、トヴァシュトリが作った自然にソーマが一杯になる椀を改良し、同じものを4つ作ってみせた。
 それらの功績が評価され、神酒ソーマを飲んで不死となることを許された。

     ブッカブー 《Buckab》  出身地:イギリス
 コーンウォール地方の地霊。冷気を操るという。おもに人を驚かせることに専念しているという。

     ファハン 《Fahan》  出身地:スコットランド
 スコットランドの怪物。目、足、腕がそれぞれひとつずつしかなく、髪の毛も一房しか生えていない。
 片目片足の怪物は、中国のキ、日本の山人、一踏(ひとたたら)、雪入道など、山にまつわるものが多い。これは、山の民が鍛冶術を外に漏らさないためと言われている。

     プッツ 《Puts》  出身地:オーストリア
 森の精霊。きこりに声をかけ、切るべき木を教えるという。白髪で体は小さく、モミの木の上にいることが多いとされる。
 このモミの木を切り倒すと、木の中から大量の金貨が出てくると言われ、プッツの呼びかけに逆らわなければこの金貨を手に入れることができる。しかし、逆らえば命を失うこともあると言われている。あるきこりが金貨を持って帰ったところ、金貨はハシバミの実となり、きこりはショックで死んだという話も残っている。

     コロポックル 《Koropokkuru》  出身地:蝦夷
 アイヌの小人の精、あるいはカムイ(神)。「フキの下の人」という名の通りフキの下に棲み、石器を用い、動きは素早く、隠れるのが上手いと言われる。大変おとなしい性格で、清らかな心の持ち主であった。当然、いたずらなどもしなかった。彼らはアイヌの人々と仲良く暮らしていたが、ある男がコロポックルの美しい娘をかどわかしたことを非常に悲しみ、その姿を消したとされる。
 人類学者坪井正五郎のコロポックル説は有名。それによると、日本の縄文文化を残したのはこのコロポックルであるという。
 アイヌの人々が北海道にくる前から住んでいた種族だとも言われている。

     レプラホーン 《Replaphone》  出身地:アイルランド
 アイルランドに広く伝わる靴作りの妖精。妖精界随一の金持ちとされ、野原のあちこちに黄金を隠し持っている。

     木霊 《Sudama》  出身地:日本
 化物の総称である魑魅魍魎(ちみもうりょう)のうち、魍魎を和名で「すだま」と呼ぶ。普通、木霊という漢字をあてて書く。
 木霊は山水木石の精で、現れる時は人の姿をとる。歳を経た大木や、森の中の巨石には、必ず木霊が宿っている。山森に奥深く踏み入った時に、少し感の鋭い人なら誰もが感じる「誰かに見られている」という感覚は、この木霊が闖入者を観察している時に感じるものだ。時には耳元に息を吹きかけられたり、足をつかまれたりすることもある。
 木霊はギリシアの樹木の精ドリアードのようでもあり、野山の野人サテュロスのようでもある。

     コボルト 《Kobolt》  出身地:北欧
 チュートン(ゲルマン人の1部族)神話の小人の鉱夫。鉱山に現れて、価値のある金属(銀)と価値のない金属を入れ換えてしまうとされる。これはコバルト《Kobalt》の語源になっている。
 ドイツの俗信では家の妖精もしくは地の妖精《Kobold》。人のためにつくす善良な小妖精だが、侮辱されたときは陰険に復讐する。

     ノッカー 《Knocker》  出身地:イギリス
 コーンウォール地方の鉱山に住む小さな妖精。鉱山で死んだ者の亡霊がその正体と言われている。鉱山の壁をこつこつと叩き、鉱夫たちに危険や鉱脈の在処を教えたことからこの名がついた。鉱山で働いていた、またはキリストを十字架にかけたために冥界で働かされているユダヤ人の幽霊であると信じられている。
 基本的に人間に親切で採掘も手伝ってくれるが、掘った鉱石の1割を彼らにあげなくてはいけない。渡す鉱石をごまかしたりすると、その鉱脈はたちどころに涸れてしまう。またノッカーのいる坑道で口笛を吹いたり、罵声をあげたりして彼らを驚かすと、その者に手ひどい報復があるという。
 交易にきたフェニキア人が伝えたともされる。

     ブラウニー 《Browny》  出身地:スコットランド
 スコットランドに住む小妖精。全身が茶色の毛で覆われた老人の姿をしていることから「茶色の人」という名前がついた。子供か正直な人間にしかその姿は見えない。ブラウニーは陽気で優しく、人間に害を及ぼすことはない。



  4)邪鬼
 元は神や精霊たちであった。しかし、強い欲望がゆえに邪悪なものへと堕としめられた。今となっては彼らの頭の中には復讐と破壊しかなく、自らの欲望に従った行動しか取らない。


     ヘカトンケイル 《Hekatoncheil》  出身地:ギリシア
 天空神ウラノスと大地母神ガイアの間に、最初にもうけられた3つの巨人族のうちのひとつ。残りはサイクロプスとティターンである。
 「百手の者」という名が示す通り、100の腕と50の頭を持つ。その奇怪な容姿のため、サイクロプス族と共に、ウラノスによって地下世界に閉じ込められてしまう。母ガイアはこれを恨み、ティターン族の末弟クロノスを使ってウラノスを天界から追放する。しかしクロノスも父と同様彼らを解放しなかったため、その息子ゼウスに追われることになる。この時のティターン族とゼウスらオリンポス族の戦いのさなか、ヘカトンケイルはゼウスによってサイクロプスと共に解放され、彼の戦列に加わり奮戦する。しかし、戦いが終わるとヘカトンケイルは再びゼウスによって地下世界に封印されてしまう。それほど彼らの働きが想像を絶するもので、あまりに危険だったからだ。

     グレンデル 《GreHekatoncheilndel》  出身地:イギリス
 古代英国の叙事詩『ベオウルフ』に登場する人食い巨人。安眠を妨げられ、12年間も執念深く復讐を続けた。スウェーデンの英雄ベオウルフに母親ともども退治された。

     ギリメカラ 《Girimekra》  出身地:スリランカ
 仏敵マーラの乗る黒い巨象で、再三スリランカを襲うが退けられる。
 スリランカはアーリア系シンハリ族が多数を占める。インド南部に多く住むタミール族はヒンドゥ教徒であり、何度もスリランカを脅かした。彼らに対する恨みは強く、様々なヒンドゥの神々が悪魔化されて描写された。
 ギリメカラはインドラの乗るアイラーヴァダ、もしくはガネーシャの悪魔化であろう。

     エキンム 《Ekimm》  出身地:シュメール
 シュメールやアッカドの精霊で、人に対して害をなす悪魔の総称である。別名のエキンドゥは『ギルガメッシュ叙事詩』に登場する獣人である。
 エキンムは疫病を流行らせ、町中に不和をばらまくのだ。トルコでは5本の角を持つ巨人と想像され、たくさんの目玉がついた魔よけによって祓われる。特に子供が狙われやすく、5つの目玉がついた指輪がお守りになるとされる。

     サイクロプス 《Cyclops》  出身地:ギリシア
 ギリシア語読みではキュクロプスと呼ばれる。一つ目の巨人族で、海神ポセイドンの息子とも言われるが、ウラノスとガイアの子である。
 ウラノスによって地の底に封じ込められていたが、ティターン族とオリンポス族の戦いの時にゼウスによって解放され、彼のために雷霆を作った。ゼウスはこの無敵の雷を使って巨大で光り輝くティターン族に打ち勝ったのだ。このように元は優秀な鍛冶、建設(造船)の一族であり、ゼウスの支配下では鍛冶の神ヘーパイストスと手伝いを任され、北欧のドワーフやドヴェルガーと同じように様々な宝を生み出している。
 しかし、後にはその容貌から鬼としての性格のみが強調され、人喰いで凶暴な一族と見なされるようになった。有名な所では海神ポセイドンの息子ポリュペモスがこれにあたる。トロイア戦争の帰りにオデュッセウスたちが立ち寄った島がポリュペモスの島だったため、彼らは洞窟に閉じ込められ1日に二人ずつ食べられてしまう。そこでオデュッセウスはポリュペモスに強い酒を飲ませ、巨人が酔い潰れたところに襲いかかり、ひとつしかない目を焼けた棍棒の先で貫いてしまう。これでオデュッセウスは無事逃げ出すことができるのだが、怒ったポセイドンに海を荒らされ再び遭難することになる。

     ラクシャーサ 《Raksasa》  出身地:スリランカ
 インドに古代から伝わる、悪の力を表現した鬼。漢音写されて羅刹となり、日本でも馴染み深い鬼である。羅刹王ラーヴァナか、毘沙門天ことクベーラに仕えている。ランカー島(現在のスリランカ)が彼らの本拠地であるが、インドではスリランカの人々を人喰いのラクシャーサとして蔑視していた。
 元来「水を守る者」とされ、古くは自然神であった。ラクシャーサは様々な妖術を使うことができ、自分の姿を小人や鳥などに変え、幻を見せて敵を欺くことができる。しかし、悲しいことにラクシャーサはその前世での業(カルマ)が祟り、特定の人物に倒されるために生きていると言われる。
 ヨーロッパの文献ではアスラと結び付けられ、ヤクシャと同一視される。

     がしゃ髑髏 《Gasha Dokuro》  出身地:日本
 『日本霊異記』にみられる。野原などで力つきた白骨死体などの怨霊が集まり、巨大な髑髏となったもの。昼間は姿を隠し、夜、人を襲う。

     オーガ 《Ogre》  出身地:フランス
 人喰い鬼。女性はオーグレスと言い、どちらも人間の2倍以上の体格をしていて、毛深く、山や丘に住み、人間を食べて暮らしている。さらに彼らは若い女、それも金持ちの美人令嬢を好んで狙ったようだ。オーガは力も強く魔法も使え、変身能力を持っている。
 オーガの名はローマの死と預言の女神オルクスの名から取られたという。このため、魔界では同じオルクスを起源とするオークどもを従えている。
 『長靴を履いた猫』で名高い作家ペローが、ヨーロッパの鬼=巨人に対してつけた名前で、西洋の人食い鬼一般の総称となった。

     オセロット 《Oserot》  出身地:メキシコ
 前時代の人間を片端から喰い殺した、人類台頭以前の世界を支配していたとされるアステカの貪欲な鬼。
 食肉目ネコ科に同名の動物がいる。体長98センチ、黄褐色の地に黒褐〜黒色の斑紋が浮かぶ。木登りがうまく、猿や鳥を捕食。夜行性で密林、山地に棲み、ふつう単独で生活。北米南部に分布することから、起源はこのネコと思われる。これほどの体長があれば、現代人よりも体格で劣る前時代の人間などひとたまりもなかっただろう。

     ラームジェルグ 《lamh jerg》  出身地:イギリス
 軍服姿で現われるスコットランドの有名な幽霊で、高地地方の大峡谷グレートグレンによく出没するという。「血まみれの手の幽霊」とも呼ばれ、人間の前に姿を現すときは決まって血にまみれた赤い手と軍服をきているという。ラームジェルグは男性に対して戦いを挑んできて、戦った人間はしばらくすると必ず死んでしまうと伝えられる。
 戦争によって無念の死を遂げた者か、あるいは戦争で満足できなかった猟奇的な精神をしたものがこのラームジェルグになるという。

     式王子 《Siki ouji》  出身地:日本
 いわゆる式神のこと。王子とは、東西南北および中央の神、もしくは地水火風の守護神のこと。精霊に近い存在。

     脚長 《Asinaga》  出身地:日本
 名のとおり、足の長い妖怪。秋田と山形の県境にある鳥海山に棲む。手長と共に現れて、人をさらって喰らうという。
 手長とともに、清涼殿の荒海障子(あらうみのそうじ)にこの図が描かれた。

     手長 《Tenaga》  出身地:日本
 脚長と共に現れる、手の長い妖怪。人をさらっては食い殺し、その白骨で谷間が埋まるほどであったという。それによって、彼らが棲む鳥海山は、大物忌神が放った炎により焼き崩れた。

     更級姫 《Sarasina hime》  出身地:日本
 更級日記の作者。菅原孝標の娘のこと。

     バーベガジ 《Barbecagi》  出身地:スイス
 寒冷地に住む氷のゴブリン。性格は凶悪。大きな足でスキーのように斜面を滑る。吹雪や雪崩を起こし、山へ入ろうとする人を阻む。常温では2〜3時間しか生きていられないという。

     ラケー 《Rake》  出身地:チベット
 チベットに住むネワール族の伝説に登場する人食いの悪鬼。食料を得る時は、猛烈なスピードで村を駆け抜け、運悪く外に出ていた人をさらっていくという。退治された後は、人間に戻って染め物屋にかくまわれた。

     ウェンディゴ 《Wendigo》  出身地:カナダ
 カナダの森林山岳地帯に住むイヌイットや、ネイティブアメリカンが存在を信じているというサスカッチ(雪男)。
 体長5メートル程の巨大で骸骨のような顔をした怪物で、雪の上を猛スピード移動する。吹雪の夜に道行く人間たちをさらって食べるのだという。地面にはその大きな足跡がくっきりと残ってはいるが、決して住処までは続いておらず、途中で消えてしまうのだ。英語でビッグフットと呼ばれるのは、ここからきている。
 現在に至っては、クトゥルフの神話体系に組み込まれている。

     天之魔雄神 《Ama no Saku gami》  出身地:日本
 いわゆる天邪鬼(あまのじゃく)。人間の心を読み、それとは反対のことばかりして人間を不愉快にさせる小鬼。『瓜子姫(うりこひめ)』の話に出てくる天邪鬼は典型的。
 古代の被征服者を典型化したものという。東北地方では山姥や鬼といい、山彦(やまびこ)の名とするところもある。日本神話の天探女(あまのさぐめ)に由来するといい、仏教では毘沙門天の腹部にある鬼面を海若(あまのじゃく)と呼んだが、後にはその足下に踏まえた2鬼をいうようになった。

     一本だたら 《Ippon datara》  出身地:日本
 熊野の山奥に住んでいると伝えられる、一つ目、一本足の妖怪。山に雪が積もると、その中に一本足でつけた30センチほどの足跡を残すとされる。
 実際に見た者がいるわけではなく、積雪に残す足跡からそのような妖怪がいるのではないかと言われるようになったのが始まりであるという。一つ目になったのは、山に住む神や妖怪の多くが一つ目であったことによるようだ。

     オーク 《Ork》  出身地:フランス
 豚の頭を持つ残虐な人喰い鬼。もともとは海に棲む魔物、つまりオルカのことであったという。
 寿命は短いが繁殖率が高いのでオーク族は常に人口(鬼口?)が多く、群れをなして行動する。またオーク族は食欲旺盛でいつも飢えているため、不機嫌で好戦的であり、しょっちゅう村を襲っては食糧を奪い、人間を喰らう。
 オークの名は、オーガと同じくローマの死と預言の女神オルクスの名から取られたとも、オーディンの異名ユッグにも由来するともいう。

     呑口 《Donkoh》  出身地:中国
 中国の河原に住む人間を喰うという怪物。一つ目で1本足の姿をしている。

     グレムリン 《Gremlin》  出身地:イギリス
 高山に住み空中を飛び回る小さな鬼。機械の内部に潜り込み故障させるのが好きな悪戯鬼である。第1次大戦中、戦闘機が何の原因もないのに不調になるのを「グレムリン効果」と言って、グレムリンの仕業ということにされていた。
 映画『トワイライトゾーン』で飛行機のエンジンを壊していた怪物がグレムリンである。映画『グレムリン』に登場するグレムリンは本来のものとはイメージが違うが、悪戯好きという点では共通している。
 米国の科学者フランクリンが稲妻から電気を得たとき、実はこのグレムリンが手伝っていたのだという話もある。


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