IX.精霊



  1)精霊
 世界を構成する四大元素、地水火風が実体化したものである。あらゆるものにその特徴を見いだすことができるが、いずれも儚く、実体が薄い。中国の風水や、中世の錬金術師パラケルススが定義したものである。


     サラマンダー 《Salamander》  出身地:イタリア
 火の精霊。燃え盛る炎の中や火山の火口に住むという小さな火蜥蜴。黒い滑らかな皮に黄色い斑点があり、火を食べて皮膚を再生すると言われている。
 虫を食べる両生類であるとの説もある。実際、英語で山椒魚のことをサラマンダーといい、山椒魚の仲間には特殊な粘液を体から分泌しているものがおり、火にくべられてもしばらくは生きていられる。そんなことから、燃えない布「石綿」がヨーロッパに入ってきた時、サラマンダーの皮として売られていた。東の中国では燃えないネズミの皮と言われていた。ちなみに石綿は中央アジアでのみ産し、その正体は蛇紋石(じゃもんせき)または角閃石(かくせんせき)の繊維状をなすものである。
 そのような伝説や、売り口上でサラマンダーは炎の中に住んでいるとされ、どのような高熱にも耐えられるとも、サラマンダー自体が炎を出して燃えているとも言われるようになった。
 その後、16世紀になって錬金術師パラケルススによって火・水・風・土の四大元素の精霊のひとつとして位置づけられた。錬金術では温度計の役目を果たす。
 20世紀最大の魔術師と言われるアレイスター=クロウリーは、サラマンダーを灼熱の黒い煙のような巨人として表現している。

     ウンディーネ 《Undine》  出身地:ドイツ
 水の精霊。生命の再生や豊饒、また浄化のシンボルとされる。名前は「波の者」という意味を持つ。一説には、心優しい女性が死後変身するという。
 民間伝承のウンディーネは美しい乙女の姿で現れ、若い男を水中に誘い込み、溺れさせて手に入れた魂を、永遠に手放さないという危険な存在である。しかし、時には人間と恋に落ちることもある。その恋愛はひたむきで強烈である。もしウンディーネと結婚したとしても、水辺や水中で彼女を叱ってはならない。彼女は水に還ってしまうからだ。
 ウンディーネとの恋物語は、ドイツのロマン派フーケーの『ウンディーネ(水妖記)』や、山岸涼子の『ウンディーネ』が美しく書き上げている。

     シルフ 《Sylph》  出身地:ドイツ
 空気の精霊、それから派生して風の精霊として定義される。ラテン語の[sylva(名)森]と、ギリシア語の[nympe(名)妖精]の合成語と言われる。森の中を風が吹き抜ける時、最も感知しやすかったからであろう。
 シルフは捕らえ所のない空気や風のイメージにふさわしく、自然の存在と超自然的な存在の間にあるものとされる。美しく華奢な乙女の姿をとり、女性名詞のシルフィード《Sylphid》の名で呼ばれることもある。またサハラ砂漠から地中海にかけて吹く熱風シロッコは男性版のシルフとされる。人間の男性と恋をして結ばれれば不死となると言われており、そのためか人間に対して熱烈な恋愛感情を抱いているという。
 シェイクスピアの戯曲『テンペスト』では、シルフの一種としてエアリエルという精霊が登場する。彼女は魔術師プロスペローの遣い魔として立ち回り、騒動を引き起こす。

     ノーム 《Gnome》  出身地:ドイツ
 地の精霊。ノームの名は「地下に住む者」という意味の言葉からきているとも、「知恵」を表すギリシア語からきているとも言われる。パラケルススが錬金術師ということを考えると、「智恵を司る者」すなわち「錬金の奥義を知る者」としての意味を考えた方がいいかもしれない。
 人間の手のひらぐらいの大きさで、赤い三角帽子と可愛らしい青い服に身を包んでいる。老人のような顔で髭の生えた小さな人間の姿をしており、性格は陽気で明るく、木の下に穴を掘って家族単位で生活しており、適量の酒やパイプ煙草を楽しみながら暮らしているという。老人の顔をした小人の姿で描かれることが多く、400歳程度まで生きると言われる。一般に男性は赤、女性は緑の色をした三角帽子を被っているという。
 人間が地上を歩き回れるように、彼らは土の中を自由に動き回ることができる。鉱石や宝石の在りかを知っている彼らは、地下の宝が悪い人間の手に渡らないように守る役目を持っているという。



  2)御魂
 神道において、神の霊魂の働きを固有の性質と機能を持った存在として分割したもの。霊魂は荒御魂と和御魂の二つの働きを持ち、和御魂はさらに幸御魂と奇御魂の働きを持つとされる。これらは互いに補完しあい、またそれぞれが並列な存在であるとされる。


     幸御魂 《Saki mitama》  出身地:日本
 四魂のひとつ。人間に獲物をもたらす。「愛・益・育」の働きを持つとされる。人に幸福を与えるとされる神の霊魂である。「運」を司る。

     奇御魂 《Kusi mitama》  出身地:日本
 四魂のひとつ。不可思議な力をもつ神霊とされる。
 健康の力になるとされる。超自然的な力をもって人間に対し奇端をもたらす「奇跡」を行い、「智・巧・察」の働きを持つとされる。

     荒御魂 《Ala mitama》  出身地:日本
 四魂のひとつ。荒く猛き神霊。戦時や災時に現われる魂であり、神威を畏れる信仰の所産であるという。物事マイナスの事象へ運ぶ働きを持つとする説や、「勇・進・果」の働きを持つとする説などがある。

     和御魂 《Nigi mitama》  出身地:日本
 四魂のひとつ。柔和、精熟などの徳を備えた神霊または霊魂とされる。
 荒御霊が鎮められて、穏やかな状態になるとにぎみたまになるという。物事をプラスの事象へ運ぶ働きを持つとする説や、「親・平・交」の働きを持つとする説などがある。



  3)造魔
 錬金術におけるホムンクルスやゴーレムのことで、一般的には土で作られた人造人間のこと。額に《emes》(ヘブライ語で真実)と刻まれており、最初の《e》を消すと、ゴーレムは途端に瓦解するとされる。《mes》は「死」を意味するからである。


     禍霊 《Magatsuhi》  出身地:日本
 災害、凶事を起こす霊力。枉津日神、禍日神の略称。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)がみそぎのときに落とした黄泉の国の汚れから化生した神。
 「耶蘇」は《Jesus》の中国音訳語を、日本の字音で読んだもの。
 「大」がつくことによって、神の名となる。

     ガルガンチュア 《Gargantua》  出身地:フランス
 中世の修道士フランソワ・ラブレーが1532年に書いた巨人の冒険譚『ガルガンチュワとパンタグリュエル物語』に由来する。
 『ガルガンチュワとパンタグリュエル物語』は全5巻連作をなし、第1の書『ガルガンチュア』は1534年に刊行された。パンタグリュエルの父、巨人王ガルガンチュアを中心として、人文主義的教養と民衆的な笑いを最大限に活用し、中世末の文化、社会を痛烈に批判したもの。ガルガンチュアの受けた新教育、ピクロコル王との戦い、テレムの僧院建立などが物語の中心。

     ドリーカドモン 《Dolly Qadmon》  出身地:不明
 《Adam Qadmon》は人間の原型を表すヘブライ語。カドモン《Qadmon》はそれを表す錬金術用語。《Dolly》は「人形」の意であろう。


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