XII.樹霊



  1)神樹
 神聖な力より生え出でた樹木。穏やかな性格を持ち、他者に恩恵をもたらす。神話の時代から、永劫の時の彼方まで生き続ける。他の神ほど活動的でないにせよ、ほとんどそれに近い存在であると言える。


     イグドラシル 《Yggdrasill》  出身地:北欧
 いつから存在しているかさえはっきりしない、世界樹とも言われるトリネコの巨木。枝は全世界の上に広がり、幹は天を突き抜けてそびえ立ち、天上の妖精の国アールヴヘイムを支えている。
 この巨木は3本の根に支えられている。1本は霜の巨人たちが住むヨツンヘイムに伸びている。根の先端には巨人ミールが守る叡知の泉がわき出ており、根はこの水を吸収する。もう1本は死者の国ニヴルヘイムへ伸びて、フヴェルゲルミルの泉に達している。そこには恐ろしい龍ニーズホッグが巣くい、絶えずその根を齧り続けている。最後の1本は天界アースガルドへと伸び、過去・現在・未来を司る3女神たちが守護している、あらゆるものを清める泉ウルザンブルンへとつながっている。
 神々の黄昏ラグナロクのときに、炎の神スルトの投げた火で燃えて倒れ、全世界は海中に没するとされる。

     ハオマ 《Haoma》  出身地:ペルシャ
 神格化された樹木。ゾロアスター教において神聖なる植物の神であるとされ、また天上神として「信念において正しい死の敵対者」とも呼ばれ、大地と天空を媒介する存在とされていた。
 現在ではどのような植物であったかは不明だが、液汁には薬効があると言われており、この樹から作られる神酒ハオマは霊的な万能薬で、あらゆる傷や病気を治すといわれた。インドのソーマに近い酒。一種の興奮剤の原料であったとも言われ、宗教儀式の際に用いられていたと考えられている。

     久久能智神 《Kukunoti no kami》  出身地:日本
 日本記紀に登場する、樹木の神。五穀や樹木の育成を守護する、豊饒神でもある。「久久」とは、草木の成長する状態を表し、茎を意味する言葉である「智」は男性を表す接続語とされることから、男性の樹木を司る神であるという。
 日本は樹木と深い関わりを持った生活が根付いていたため、生活を支える樹木を祀り、また神の宿る依代とされることも多かったと言われる。

     マヤウェル 《Mayawell》  出身地:メキシコ
 アステカ時代の伝承に登場する若い女神で、魔神ツィツィミトルの孫であると言われる。
 この女神はケツアルコアトルともに、人間の文化に酒による楽しみを与えようと考えて下界に降り、大樹の枝となったが、孫娘を連れ出されたことに怒り狂ったツィツィミトルに見つかり、ケツアルコアトルともども体を引き裂かれた後に食べられてしまった。再び元の姿に戻ったケツアルコアトルはマヤウェルの遺骨を集め、簡素な墓を作った。この墓から、酒の原料となる竜舌蘭の最初の芽が生まれたと伝えられる。

     ナルキッソス 《Narkissos》  出身地:ギリシア
 河神とニンフの子で、非常に美しい姿をした青年であったナルキッソスは、ニンフや乙女たちに慕われていた。あるとき妖精エコーにすげなくしたことで怒りを買い、水たまりに映った自分の姿にしか恋できない呪いをかけられた。彼は自分の姿の映った水辺を離れることができず衰弱して死に、その名のついた水仙の花に姿を変えられた。
 ナルキッソスは春の植物の成長を司る神でもある。古代ギリシアで春になると行われた「花神祭」での人間を生贄として自然に捧げる風習が、花の神であるナルキッソスと重なって生まれた物語であると言われる。

     ダフネ 《Daphne》  出身地:ギリシア
 ギリシア神話に登場する、河神ラドンの娘のニンフ。
 アポロンに求愛されて逃げおおせず、父に助けを求めたところ木に変えられた。それが彼女の名「月桂樹」で、以来アポロンの樹となる。

     おしらさま 《Osira sama》  出身地:日本
 東北地方で信仰されている家の神。おしらとは蚕のこと。約1尺の一対の棒に男、女、家畜などを描いた頭をつけ、「おせんだく」と称する布片を幾重にも着せる。
 巫子(いたこ)がこれを両手に取って祭文を語るのを「おしらさまあそばせ」という。棒は桑の木が多い。このときに唱えられるおしら祭文では、オシラサマの由来と養蚕の起こりが語られる。
 関東、中部地方では蚕の神で、桑の枝を持った女神の掛け軸を祭る。
 『遠野物語』に倒錯的な悲恋の物語がある。



  2)妖樹
 植物の姿をした悪魔たち、いわゆる木霊である。自らの意志を持って活動し、人間に取り憑いて殺してしまうものもいる。


     エス 《Es》  出身地:全世界
 フロイトの提唱した原始的自我。夢判断で自分の精神が異常になったとき、夢に木として現れるというもの。正確には本来の「エス」とは別物だが、ここでは人間のダークサイドとして同一視されている。本能に近い部分といえる。

     アールキング 《Ar king》  出身地:ドイツ
 その名に「榛の木の王」の意味をもつ、邪悪な樹霊。ドイツ南西部に広がる巨大な森林地帯シュワルツワルト(黒い森)に自生する樹木、榛の木の支配者である。森に訪れた人間を巧みに惑わしては破滅へと導くという。
 榛の木は湿った土壌に生え、痩せた土地でも成長を続けると言われる樹木で、なかでもアールキングは最も強い生命力を持っていると言われる。

     ザックーム 《Zaccoum》  出身地:アラビア
 イスラムの聖典『コーラン』にみえる、地獄ジャナンハムに生える樹木。悪魔の頭のような奇怪な果実が実るといい、地獄に堕ちた罪人はこれを食べさせられる。腹が一杯になると、今度は煮えたぎった湯を飲まされるのである。

     アルラウネ 《Arlaune》  出身地:ドイツ
 ドイツのロマン主義文学が生んだ仇花。処刑された男の血を吸って育つ。もともとはドイツの民間伝承に伝えられる血に染まった深紅の、蘭に似た幻花の精である。名には「秘密に通じている」という意味がある。
 この花を鉢植えにして部屋に置いて眠ると、夜な夜な美女がベッドにやってきて、男の精を吸っていくという。
 また、マンドレイクに似たような性質を持っていたという話も残っている。

     スクーグスロー 《Scuge throw》  出身地:スウェーデン
 妖精伝説に登場する森の精の一種。前面から見ると美しい女性の姿をしているが、その背中は樹木そのものであるといわれる。
 森に訪れた狩人の銃に息を吹きかけて幸運を授けたり、森の中で旅人が眠っている際に炭焼きの火を守るが、見返りとして人間の男性に愛を求めてくることがある。全面の美しさに惑わされた男性は、背面の姿を知った途端に逃げ出してしまうと言われている。

     マンドレイク 《Mandrake》  出身地:ペルシャ
 マンドラゴラとも。ペルシャ語で「愛の野草」という意味。根の先端が二股に分かれていて、人間のような姿をしている植物のことで、万病に対する万能の霊薬とされ、実の部分には麻酔や睡眠薬としての効果が、人の形をした根の部分には媚薬としての効果が、さらに毒草としての効果もあるという。男女の性別があり、男のマンドレイクにはハート形を逆さにしたような形の、女のマンドレイクには丸いオレンジ色の実が地上になる。
 貴重な薬草だが、引き抜かれる時に世にも恐ろしい悲鳴を上げ、それを聞いた者は死んでしまう(または気がふれるとも)ので、手に入れるのは非常に困難である。魔術的なこの植物を引き抜くには、黒い犬の首に紐をつないでその紐をマンドレイクの頭部の草の根元に結び付ける。その後、犬の餌を紐が届かない所に置いて、人間は急いで遠くに去る。翌朝には抜き取られたマンドレイクと犬の死骸、そして手付かずの餌が残っているという寸法である。
 一般には朝鮮人参のことではなかったかといわれている。

     山椒 《Sansyo》  出身地:中国
 山中に棲むと言われる樹木の精。鬼の一種であるとも言われ、夜になると人里まで下ってきては人間を襲い、犯すという。その姿は梁に届くほど背が高く、熱したウリのような顔色をしており、眼光は輝いて口は盆のように大きく、三寸ほどのまばらな歯が生えているとされる。
 民家の戸をつかんだ跡が残されており、5本の指によって穴が空けられていたという。また、一本足だという説もある。

     樹木子 《Jubokko》  出身地:日本
 下を通る人間を捕まえ、生き血を吸う怪木。多くの死者を出した戦場などに生えた木が妖怪化するといわれている。

     オードリー 《Audrey》  出身地:アメリカ
 映画『リトルショップオブホラーズ』に登場する鉢植えの花。人語を解し、花屋の店員になつく。しかし、彼に恋人ができたことを知ると、次第に大きくなり、ついには店をぶち破って暴れるのだ。


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