三宝について

 

李遠国 著、大平桂一・大平久代 訳 《道教と気功》 (人文書院)
「著者自身による最重要術語解説」 より

 

 気功内丹経典で使われる精・気・神は独立した専門用語であり、医学書に登場する精・気・神とは区別する必 要がある。広義の精は身体全体にかかわっている精で、五臓の精もそこに含まれる。狭義の精は生殖にかかわる精(液)である。これらをきち んと区別するために、内丹経典では、元精・先天精・真精(以上は広義の精)、後天精・交感精(以上は狭義の精)などのように特定の言葉を 冠して呼んでいる。『石函記』(『許真君石函記』と思われるが、『道蔵』本に該当個処が見当らない)は言う、「元陽すなわち元精であり、 深遠な場所で発生する。元精には形がなく、元気の中に棲みついている。もし外からの刺激を受けて動きだし、元気と分離してしまうと、凡庸 な精に変化してしまう、また明代陳眉公『宝顔堂秘笈』の「聴心斎答問」は次のように言う。「精が先天の状態にある時には五臓六腑の中に貯 蔵されており、盛んに活動しているものの形を成してはいない。ところが後天的感情の影響を受けると、後天精に変化してしまう、これらの記 述は内丹経典の精をうまく説明している。精とは生命機能を指し、内分泌とかホルモンの概念に近く、医学書に出てくる生理的精とはちがって いる。内丹家はこの形質をもたない元精を内丹煉養の丹母であると考え、生命の源泉を探るうちに、生命の元素は元精にあるとみなすに至っ た。元精が朽ち果てると人は衰老に向かう。元精が新たに発生すると人の寿命は延びる。精力を盛んにすることは、身体の活力回復の基礎とな る。この元素と神・気が凝集すると内丹が出来上がる。内丹経典で使われる精の陰語は非常に多く、宋代翁葆光『悟真直指詳説三乗秘要』には 精の別名が八九種類挙げてある。ここでは参考のために常用されるもの二○種類を列挙しておこう。坎・庚・四・九・金・月魄・白雪・金液・ 水虎・玉蕊・黒亀精・潭底日紅・郎君・北方河車・坎戊月精・生於壬癸・上弦金半斤などみな精の別名である。

 

人体の生命活動を構成する基本的物質である。『難経』には、「気は人間の根本である。根が断ち切られれば茎 や葉は枯れてしまう」とある。人体内部では分布している位置・機能・性質の違いによって異なった名称で呼ばれている。まとめると、主なも のには次の四種類がある。

  1. 元気。祖気・真気とも呼ばれる。先天の一気を受け、腎臓と命門に 貯蔵されている。しかし後天的精気の補給を絶え間なく受ける必要があり、さもないとその作用を十分に発揮できなくなる。
  2. 宗気。水や穀物を飲食した結果発生する気であり、吸いこんだ大自 然の気と結合して完成する。胸部に蓄積され、呼吸を制御し発声にもかかわり、血液運行促進の役割を担っている。
  3. 栄気。水や穀物から変化して出来た精気である。脾臓・胃で生成さ れた後肺に運ばれ、経脈に入って全身に栄養をゆきわたらせる。だから栄気とよばれる。
  4. 衛気。水や穀物が変化した精気の一つである。衛気の性質は動きが 素早い上に順応しやすく、どこにも浸透し、脈道の束縛を受けずに経脈の外側を運行する。体表を防衛し、外部の邪気を防衛する機能を 持っているためこの名がある。

 内丹経典にはこの他にも先天の気・後天の気という区分がある。『崔公入薬鏡』は次のように言う、「先天の 気と後天の気を得る人はいつも酔ったような良い気持になれる」。先天の気は始源の祖気を指し、後天の気は呼吸の気を指す。元代の内丹家王 道淵は言う、「神仙修行は先天の一気を採取して丹母とすることに尽きる。後天の気とは、吐いたり吸ったり、行ったり来たり、体内を運行す る気である。吐けば天根に接し、吸えば地根に接する。吸うと竜が歌い雲が起こるような、吐くと虎がうなり風が生ずるような感覚が得られ る。細長く息をつなぎ、先天の祖気に帰ってゆく。身体の内と外が混然一体となって内丹が形成されるのである」。

 

人間の思考・意識の活動を指し、顔の表情・知覚・運動などの生命現象をコントロールする主宰者である。神に は物質的基礎が不可欠である。神は先天の精から生まれ、食物から変化した後天的な精気の補給なくしては、作用を維持発揮することはできな い。神は人体の中枢と言えよう。神気が盛んであれば、身体は強健となり、内臓の機能も活発になり調和がとれてくるし、神気が分散すると、 正常な生命維持機能はことごとく破壊されてしまう。古代の人々は大脳や中枢神経のある種の作用と心臓を結びつけ、「心臓は神を宿す」と考 えていた。『黄帝内経素問』宜明五気篇は、「心は神を宿し、肺は魄を宿し、肝は魂を宿し、脾は意を宿し、腎は志を宿す」と述べている。 神・塊・魂・意・志などの用語によって、異なる中枢神経の活動及びそれぞれ内臓に対して生ずる病理的影響を区別しているのである。実際は すべて心(原注 大脳)が主宰している。だから五臓がもたらす生理的病理的現象が外に表われたものをひとまとめにして「神」と呼んでお り、それはわれわれが「神気」と呼び慣わしているものに他ならない。気功内丹の修煉は煉神を中核とし、築基の段階から煉神還虚に至るま で、すべて神がコントロールする。内丹経典にはこの他元神と欲神の区別が存在する。元神は生まれつき備わる先天の性で、欲神はその後形成 された気質にかかわる性である。張伯端著『青華秘文』に「心は神の宿舎である。心は何よりも秀れた理性を備え万物を制御する。性命どちら も心に深くかかわっている」とあり、「心は帝王の位置にある。無為の境地であれば作用するのは元神のみ、有為の境地であれば作用するのは 欲念のみということになる」とも述べてある。だから彼には次のような発言もある、「心が静まると神が完全になり、神が完全になると本性が 顕現してくる」。翁葆光の『悟真直指詳説三乗秘要』の中では神の別名が八九種類挙げてある。ここでは参考のために常用されるもの二○種類 を列挙しておこう。離・甲・三・八・木・日魂・烏髄・青娥・真汞・巷芽・玉液・火竜・水銀・赤鳳髄・山頭月白・青衣女子・太陽流珠・離己 日光・生於丙丁・下弦水半斤などみな神の別名である。