太玄女

(《神仙伝》より)

 太玄女は、姓は 顓、名は和といって、幼少のころに父を喪った。ある人が母子の人相をみて、二人とも長生きしないといったので、悲観して 気に病んでいた。つねづね言っていたのは、「人間として世に生きるのに、一度死ねぱ二度とは生きられない。まして寿命の 限りも近いと聞いては、道を修めるよりほかに延命の法はない」とて、ついに旅に出て良師を訪ね、心を浄め道を求めた。仙 人王子喬[一説には玉子]の術を会得し、長年これを実行するうちに、ついに水に入っても濡れず、真冬の雪の日でも、氷の 上に単衣でいて、それで顔色も変わらず、身体も温かく、それを幾日でも続けることができるようになった。
 また、役所・宮殿・域市・家屋などを他処へ移動させることもできた。見たところは何の変わりもない。指させば、たちま ち所在が消える。門口や櫃の類で鍵が掛かっているものでも、指させば即座に開く。山を指させば山が崩れ、樹を指させぱ樹 が折れる。再び指させば、また元どおりになるのであった。弟子をつれて山間をゆく。日が暮れると、杖で石を叩けば、忽然 として門が開く。その中に入れば、家屋・調度・敷物・帳の類から酒食の用意まで、日常と変わりもない。たとえ万里の長旅 でも、どこへいっても常にそうであった。小さな物をたちまち家屋ほどに大きくしたり、大きな物をたちまち毛の先ほどに小 さくしたりすることもできた。あるいは、火を吐いて空に漲らせ、息を吹きかけると、すぐ消える。また火炎の中に坐して、 衣服も履も燃えないようにもできる。あっというまに老翁になったり小児になったり、あるいは車馬になったり、なんでも自 由自在。三十六種の術を使って効験著しく、起死回生、無数の人を救った。どんな物を服用しているのかわからず、またその 術の伝授を受けたものもなかった。顔色はいよいよ若返り、頭髪も鴉のように真っ黒であったが、忽然として白目に昇天し 去った。