JR線のうごき

JR線営業キロの移り変わり

● 概況

発足当時と現在の営業キロ比較
 JR旅客 北海道東日本東海西日本四国九州
1987.4.121262.4 3173.97529.81990.45281.6880.72406.0
2006.5.119835.9 2499.87405.81970.84982.6855.22121.7
増減-1426.5 -674.1-124.0-19.6-299.0-25.5-284.3
減少分[%]6.7 21.21.61.05.72.911.8

「国鉄再建計画法」に基づく特定地交線廃止・転換のうち、第3次指定路線の多くは分割民営化後に行われました。分割後から1990年4月にかけて相次いで廃止され、その多くは第3セクターに移行しましたが、JRとしてはかなりの減少となっています。

特に目をひくのは1989年4〜6月。北海道の「長大4線 (標津・天北・名寄・池北)」廃止 (池北線以外はバス転換) で一気に550km減少しました。そして、特定地交線の廃止がすべて終了した1990年から整備新幹線の開業が始まる1997年ごろまでは、安定した傾向が続いています。

JR営業キロの変遷
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国鉄時代、1985年4月1日に12線区(計203.7km)、民営化直前の1987年3月には1ヶ月で612.5km(8線区)減ったことも。


● いい旅チャレンジ…何万km?

国鉄〜JR営業キロの推移
期間・日付 総キロ数比[%]
1983.10.1-10.31国鉄時最高 20922.098.40
1987.3.31国鉄最終日 19240.490.49
1987.4.1民営化当日 21262.4100.00
1987.7.1-7.12民営化後最高 21264.9100.01
2003.12.1-2004.3.12民営化後最低 19823.393.23
2006.5.1-現在 19835.993.29

国鉄〜JRにわたる10年間の一大キャンペーンだった「いい旅チャレンジ20,000km」。その根拠となる「2万キロ」(旅客線に限る) ですが、白糠線を皮切りに全国各地で相次いだ特定地交線の廃止で、国鉄末期に大台を割りこんでしまいます。国鉄最終日は1万9千キロ台も危うくなる 19,240.4km でした。

分割民営化時、それまで在来線の「線増」扱いに過ぎなかった新幹線は独立路線として計上されることになりました。これは新幹線施設を独立法人「新幹線保有機構」に移譲し、保有機構からJR3社にリースする形態を取ったこと (その後買い取り)、また一部の区間で新幹線と在来線の所属が異なることに対処したものと推察されます。

新幹線の営業キロは並行在来線のものを使って設定されました。これは線増扱いだった国鉄の計算方法をそのまま引き継いでいます。在来線と運賃が異なる混乱を避ける意図もあったでしょう (きっぷの「経路」では新幹線・在来線を選択させるようになったのですが……)。このため在来線が経路変更で営業キロを変えると、新幹線も同時に営業キロが変わることになります。1999年のJR九州・鹿児島本線枝光〜八幡の経路変更では、会社が異なり運賃ベースも違っているにもかかわらず、JR西日本の山陽新幹線が影響を受けました。

一方1997年開業の北陸新幹線では在来線の廃止が前提だったため、はじめて新幹線の建設キロをもとに営業キロを設定し、そして旧信越本線よりも営業キロが増加することになりました。

ここで小さな疑問。「線増」扱いにしては、国鉄時代に毎年発表されていた各路線の「営業係数」(収入を得るために必要な経費の百分比) で「東海道・山陽新幹線」は黒字路線の常連だったはず、なのですが……?

閑話休題。新幹線の3区間4線、合計で約2,000kmもの増加によって総営業キロは一旦2万キロ台を回復、21,262.4kmになりました。しかし特定地交線全廃の結果1990年には再び大台を割り、民営化後最低となった1995年の深名線廃止時には19,834.2kmまで落ち込みました。その後わずかに増加したものの可部線の一部廃止でふたたび最低を更新。2006年5月1日現在 JR旅客6社総計 19835.9km です。

なお、JR旅客各社はこのほか短絡線や貨物線などの免許も保有しているので、各社が公式に発表する営業キロ数の合計はこれよりも多くなります。


● 今後の見通し

整備新幹線と並行在来線
新幹線開業km 在来線廃止km増減
北陸新幹線高崎〜長野117.4 信越本線横川〜篠ノ井76.8+40.6
東北新幹線盛岡〜八戸96.6 東北本線盛岡〜八戸107.9-11.3
九州新幹線新八代〜鹿児島中央137.6 鹿児島本線八代〜川内116.9+20.7

2万キロに160kmほど足りない(非営業線・貨物・連絡航路を入れるとかろうじて……)総営業キロ数ですが、今後はどうなるのでしょうか。

まず増加側ですが、整備新幹線の開業が続きますが、在来線の経営分離が同時に行われることになっています。事実、第一弾の北陸新幹線 (長野新幹線) は 117.4km を計上するも、「横軽」をふくむ信越本線の一部廃止で差し引き 40.6km の増加にとどまっています。その後についても右表のような感じで、たいして増えていません。減ったケースもあります。

在来線関係での開業・延伸予定は、大阪外環状線 (新大阪〜久宝寺) くらい。これ以上大きく延びることはないと言い切ってよいでしょう。

減少側はというと、とくに特定地交線指定から除外された線区について、その後情勢の変化で鉄道への依存度が急激に低下しています。また鉄道事業法の改訂により路線廃止の手続きが簡略化されたこともあって、可部線の閑散区 (可部〜三段峡) が2003年12月1日に廃止されるなど、従来のような線区ごとの廃止といった形に必ずしもこだわらなくなっています。

これらのことを考えると、今後2万キロを回復するかどうかは非常に微妙といえます。