「多度津町青木北山」

 
真鍋左衛門尉



「讃岐の伝説」武田明・北条令子著(S51.4.10、角川書店)より
ちなみに武田明氏は多度津出身の民俗学者で、多度津町長になったこともある。(Wikipediaなど)
左衛門尉

ここで、多度津町青木(おおぎ)北山の真鍋左衛門尉は武士であるが、山階の真鍋三氏は巫女である。

真鍋左衛門尉池はどこにあるのだろう? 真鍋左衛門尉と刻まれた地蔵尊のある墓所に隣接して池があるが、これは「こめや池」と呼ぶそうな。

真鍋左衛門尉池はさくらチャンネルにも記事があります。
平成22年11月現在、↑もう存在しません。

真鍋左衛門尉の墓もどこにあるのか?
中谷の墓地にもないし、宿地(しゅくじ)の共同墓地(写真↓)にもない。
宿地墓地 宿地墓地

上の右の写真の宝篋印塔風の仏塔は、地元講中が共同で建てたもののようである。
(施主:當村講中、願主:庄屋大谷重兵衛、天明元年十一月日)
H21.11.22 R02.4.3


宿地の墓地の奥、道路をはさんで北側に古い墓石の寄せ墓があるが、墓石同志が隙間なく並べられていて、碑文は読めない。しかし、外側に面している墓石を見る限り、ここにも左衛門尉の墓はなさそうだ。

本題からはそれるが、宿地墓地からそう離れていないところには宿地古墳もある。




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