青海神社(煙の宮)


上皇のご遺体を白峰で火葬したところ紫煙がおりて文字となり、その後に玉が残ったと伝えられる場所

青海神社


鳥居に崇徳天皇の額


青海神社


鳥居に崇徳天皇の額


本殿





説明板


由緒

保元の乱後崇徳天皇當國に遷行あらせられ
長寛二年(西紀1164)八月二十六日府中村鼓ヶ岡に
崩御遊ばさる 同年九月十八日戌の刻玉躰を白峰山に
荼毘し奉りし時當地(現社地)紫煙棚引其の中に
尊号白く顕れ暫時にして消え失せたる跡に一霊玉残れり
依て春日神社祠官福家安明宮殿を造営し
天皇の霊を奉斎すと云ふ
夫れより崇徳天皇煙の宮とも又文字とも奉稱す
爾来里人氏神として崇敬せり則霊玉は天皇ご所
持の品にして今も殿内に奉蔵せり延宝五年(西紀1677)の
棟札現存す明治五年(西紀1872)村社に列せらる
明治四十年(西紀1907)十月二十四日神饌幣帛料
共進神社に指定せらる

1 祭神 顕仁尊(あきひとのみこと)(崇徳天皇)
     藤原璋子命(たまこのみこと) (待賢門院)
2 摂社祭神
   (以下 略)


「府中村史」(S38.9.10, 元村長栗林三郎編集発行)より





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