リサイクル行動の心理(グローバルネット98年3月号掲載)

 本当は雑誌の記事をそのまま写してきてはいけないのでしょうが、グローバルネットの満田さんのご厚意で、全文を掲載させてもらうことになりました。内容は、修士論文以来の環境配慮型行動についての研究から生まれた物ですが、自分でも、今回の物は結構わかりやすくかけたかな、と思っています。

 読売新聞3月29日の朝刊1面に編集手記があるのですが、そこでも紹介していただきました。


 環境問題に対処していくにあたって、私たちのライフスタイルを変えていく必要性が大きくクローズアップされています。大部分の人が認識はしているのですが、環境問題に対する取り組みは建前だけではなかなか動けないというのもまた事実です。総論賛成各論反対とはよく言われますが、頭では環境のことを配慮すべきだと分かっていても、いざ行動に移す段階になると踏み出せないということがあちこちで聞かれます。

■リサイクル行動のモデル

 こうした、望ましいとわかっていても、自分からは取り組めないといった状態は「囚人のジレンマ」と呼ばれる事例でよく説明されています。

 まず前提として、自分にとっての損得を点数で表すことにします。点数が高いほど望ましい状態であり、複数の選択肢がある場合には自分にとってより望ましい状態(点数が高い方)を選ぶという設定をします。

 ここで地域グループでリサイクルを始める場合について具体的に考えてみましょう。自分の損得に影響を与える要素を挙げてみます。例えば、地域の全員がリサイクルを行うのであれば、それだけ環境が良くなるでしょうからプラスの点数になります。また、自分がリサイクルを行う場合には、その分負担がかかるのでマイナスの要素とします。仮に環境が良くなる分を5点、行動することによる負担分をマイナス2点としてみると、次のような点数表ができあがります。

 

     自分以外の地域全員
          する  しない
  自分  する   3  −2
      しない  5   0

 表を見てみると、自分以外の地域全員がリサイクルを「する」、かつ自分も「する」場合(3点)のほうが、自分を含めて全員がリサイクルを「しない」場合(0点)よりも点数が高くなっています。つまりこのリサイクルについては、確かにみんなで取り組んだほうが望ましいと言えます。

 しかしよく見てみると、自分以外の人がリサイクル「する」場合「しない」場合のいずれでも、自分はリサイクル「しない」ほうが点数が高くなっています(3点<5点、−2点<0点)。最初に点数の高い方を選択するという設定をしましたので、必然的に自分の行動はリサイクル「しない」ことになります。他の人も同じ考え方をする場合、全員が同じように「しない」を選択するため、結局地域でだれもリサイクルしないことになってしまいます。全員でリサイクルした方が望ましいのは判っていても、だれも自分からリサイクルしようとしないという状況がここで生まれてしまいました。

 

■ジレンマの検討

 では、こうしたジレンマは解決できないものかという疑問がわいてくるでしょう。リサイクルしたら負担がかかるという点がそもそもの問題点ですから、リサイクルの負担を軽くする、協力したら得になるようにすることが最も本質的な解決策になることは言うまでもありません。ただ正面から改善するのは社会的にコストもかかり、大変なことが多々あります。

 ここで先ほどのジレンマを実態にあわせて修正してみます。先ほどは、自分の望ましさを「環境の改善」と「取り組む負担」の2つだけで説明しましたが、それだけで全てが説明できるわけではありません。例えば、もし周りで全員が取り組んでいる時に自分だけが取り組まなかった場合、周りの目が気になって居心地悪さを感じることがあるでしょう。その状態がよくないと感じるならば「望ましさ」の点数を低くするべきでしょう。

 先ほどの数字の設定に、自分以外の全員がリサイクルをしていて自分だけがやっていなかったときの「居心地の悪さ」をマイナス4点として追加した点数表を次に示します。

      自分以外の地域全員
      する  しない
自分 する  3  −2
   しない 1   0

 この結果、先ほどとは異なり、皆がリサイクルしている場合には自分もする(3点>1点)、皆がしていないときには自分もしない(−2点<0点)という日和見的な行動パターンが導かれます。こちらのほうが日本人的な行動パターンで、実際にあり得そうな感じがしますね。

 この場合、全員リサイクルしない状態も安定ですが、全員リサイクルしている状態も安定して存在することが言えるため、一歩前進とみなせるでしょう。残された問題は、まったく取り組んでいない状態から全員が取り組む状態へ、どのように移れるかということになります。

 

■周りを意識する態度

 まず本当にこのような行動がありうるのかアンケートで確かめてみました。京都で実施したアンケートでは「買い物の時に包装の少ない野菜を選ぶ」行動に関して周りの認識について尋ねています。現状で取り組んでいない人に対して「周りで全員が取り組んでいたらあなたも取り組むのか」という質問をすると、9割近くの人が取り組むと回答しています。また、周りで何割の人が取り組んでいたらあなたも取り組みますかという質問に対しては「過半数の人が取り組んでいたら」と回答する人が最も多くいました。

 確かに周りの人の行動がかなり気になるようです。新しい取り組みをする場合には慎重になりがちですが、他人が実際にやっていれば、安心して取り組めるということでしょうか。

■連鎖反応

 周りを見ながら自分の行動を決めているということは、非常に面白い現象を引き起こします。ここで、あなたと、Aさん、Bさんの3人グループを考えてみます。Aさんは自分から行動することはしないけれども、誰かやっていたら自分もリサイクルするという受け身の態度です。Bさんはリサイクルに関心が無く、全員がやっていれば仕方なく自分も協力するという人です。単純に考えるとこのグループが揃ってリサイクルをするのは難しいように見えます。

 この状態であなたがリサイクルをしない場合、当然何事も始まりませんから協力率は0のままです。

 しかし、もしあなたがリサイクルを始めるのであれば、Aさんはあなたにつられて参加してきます。すると関心のなかったBさんも、周りであなたとAさんの両方やっているのを見てしぶしぶ協力することになり、結局全員がリサイクルに協力することになってしまいます。つまりあなたの行動が、全員を協力に導く鍵になっているのです。

 先ほどのアンケートでも周りの人数を見ながら判断している人が大部分でしたので、こうした状況は十分あり得るでしょう。環境の取り組みをしかねている多くの人は、こうしたきっかけを待っているだけかもしれません。

 

■ジレンマの解決に向けて

 こうした構造は、行動をしていないときに「居心地悪さ」を感じるところから始まっています。つまり、周りでたくさんの人がやっていることが明確に分かったほうが起こりやすいことになります。

 そのためには特に難しく考えることはありません。例えば、自分がリサイクルしていることを世間話するだけでも、それが聞き手にとっては「周りで実際に取り組んでいる人がいる」という重要な情報になります。一人からその話を聞いただけでは態度を変えないかもしれませんが、別の人もやっていた、テレビでも話をしていた、親戚もやっていたとなると、自分の生活を見直してみようかという気になるのではないでしょうか。

 こうして皆が取り組み始めれば、自然と環境を考えて生活することが常識になってくるのだと思います。よくドイツなどの先進事例が紹介され、なぜそこまで取り組めるのか不思議になるくらいですが、決して別の世界の話ではありません。

 これだけ多くの人が環境のことを考えている社会ですから、ちょっとしたきっかけで大きく常識が変わる可能性があります。一人の力で改善できる量は限られていますが、もしかしたらあなたの踏み出すその一歩が、全員が行動を始めるきっかけになるかもしれません。


お問い合わせ、感想などありましたら鈴木(ysuzuki@mti.biglobe.ne.jp)まで。お気軽にどうぞ。

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