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アンセルメのベートーヴェンの交響曲全集    (2002.5.1)

アンセルメのベートーヴェンの交響曲全集は、1958年から1964年にかけて作られ、LPレコードで発売されました。私はそのころ高校生だったのですが、録音の良さで当時のオーディオ雑誌ではチョットした評判になったのですが、音楽評論家には、ドイツ的でないベートーヴェンと酷評されていたのを覚えています。
 
「恐らく彼がやったことは早過ぎた」(フランソワ・ユドリー)と言われるように、当時は、ベートーヴェン演奏といえば、ワルター、カラヤン等々、ドイツ系の指揮者による演奏が支配的でした。彼らの演奏のロマン的な虚飾を廃し、原典に回帰すること目指したアンセルメの演奏解釈は、当時の批評家連中には希有に聞こえたに違いありません。
けれど、ディジタル時代になって、オリジナル性重視の昨今、アンセルメの真摯な芸術観が評価され、改めてアンセルメのベートーヴェンの解釈は見直されてきたようで、この全集はCDでも発売されました。
それにしても、当時、第九にサザーランドを始めとする豪華な独唱陣を起用し、ベートーヴェンの交響曲全曲録音という偉業を断行したレコード会社(英DECCA社)のアンセルメに対する信頼と敬意の大きさが伺えます。
 
アンセルメのベートーヴェン交響曲全集のCDは5枚組。わずかにノイズが載っているものもありますが、1960年代に作られたと思えないほど良い音です。おそらくDECCAに残されていたオリジナル・マスターテープから入念にディジタル化されたのでしょう。
演奏は、全体に弦楽器の響きが薄く、管楽器に偏った感じで、管楽器が思いもかけない音量で聞こえてきてびっくりすることがあります。この辺が好みの分かれるところでしょうが、こんな解釈もありうるのかと感心もさせられます。
 
私が特に気に入っているのが第6番「田園」です。軽く流しながらも、古典的な格調を持った、なかなか良い演奏だと思います。第一楽章では田園の喜びや田舎の空気といったものをとてもよく表現していて、各々のパートが美しい音を奏でたバランスの良い演奏です。第二楽章は少し速めのテンポで、それぞれの楽器がメロディーをとてもよく歌っていて、自然に小川のせせらぎが感じられるようで、とても気持ちの良い演奏です。この音色のバランス感の良さはアンセルメの最大の特徴だと思います。弦のさざ波の中からファゴットのソロが浮かび上がって来て、それがわざとらしくなく自然に出てくるのところがとても感じよいのです。
第三楽章も同様に良い出来だと思います。農夫の踊りでは、低弦の威力の上に充分な力感のある音楽が展開します。楽しげに踊る姿を彷彿させ、彼がバレエ音楽の指揮で名をなしたことを改めて思いださせてくれます。
第四楽章はティンパニーの質感のせいか、雷雨は迫力では今一歩の感じです。でも迫力はないものの、箱庭の嵐のようで、これはこれで結構面白いと感じました。
ともあれ、のびやかな歌が、牧歌的な広がりと、晴れやかな感謝の喜びの歌とうまく噛み合っていて、この「田園」はなかなか聞き応えのあるものではないかと思います。


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