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ギエムの「クラシックバレエはバランス」に思う   (2002.6.11)

20世紀のクラシックバレエ界において、世界最高のバレリーナと言われたシルヴィ・ギエム。その後、彼女は、マッツ・エックに傾倒し、純クラシックから離れてしまいましたが、彼女は、「クラシックバレエはバランス」という言葉を残しています。「でも、それだけのこと」とも言っています。本当にそうなのでしょうか。「クラシックバレエのバランス」について私の感じていることを述べてみます。
 
シルヴィ・ギエムは、かつて、180度を超える凄まじいまでの開脚と、トゥに根が生えたようで微動だにしない長〜いバランスで観客を圧倒しました。私は180度を超える開脚という新体操まがいの神業は、いかにも曲芸的で、下品に感じて好きではないのですが、長〜いバランスは、少なからず、多くのバレリーナに刺激を与えたようで、ギエムに負けじと、長いバランスに挑戦するバレリーナも出てきたように思います。 中村祥子は、「バレエの楽しみは『オフバランス』。音を聴きながら、遊ぶ、挑戦する、音楽をひっぱる、自分のバランスをため、どこまでいけるか・・・・」と、バランスに挑戦しているそうです。  
私は、バレエは曲芸ではなく「芸術」ですから、観客がバランスの長さだけを期待し、踊りそっちのけでオリンピックの判定ムードのようになってしまうのはどうかと思いますが、懸命にバランスに挑戦するバレリーナの努力に、わくわくして手に汗握ってしまうのも事実です。うまくいってホッとしたバレリーナの満面の笑みを見ると、自分も嬉しくなってしまいます。
 
バランスの魅力が最高に発揮されるているシーンは、チャイコフスキーの「眠りの森の美女」の第一幕「ローズアダージョ」だと思います。プティパは、最高に難しい振付を主役のオーロラ姫に強いました。王子にサポートされてアチチュードで立ったオーロラ姫は、王子の手を離して独り立ちします。次の王子の手に掴まるまで、姫は、じっと長くバランスをとり続けなければなりません。こう書くと「ローズアダージョ」=バランスの長さを競う踊りのように見えてしまいますが、決してそうではないと思います。オーロラの登場で小走りに出てくる足の運び、バラを受け取る時の仕草など「パ」や「ポーズ」以外の体の動きや、至難な技にも終始失わない柔和な表情など、バレリーナの織りなす「ローズアダージョ」全体の流れが美しければ美しいほど、この「アチチュード・バランス」が引き立つのです。踊りの「味」はそんなところにあるのだと思います。
ローズアダージョでは、前後2回、バランスのシーンがありますが、数あるクラシックバレエの最大の見せ場であり、技術的にも最高に難しく、ベテランのバレリーナですら、とても緊張する場面と言われています。 もしバランスが崩れたら・・・と、常に「失敗」の不安がつきまとうからです。万有引力に逆らうバランス、・・・・当然です。マーゴ・フォンティーンですら「このバランスで失敗したらバレリーナはおしまいです」といっているくらいです。
バレリーナが、10分近くもあるこの曲を思い通りに踊り終えて観客の拍手に迎えられた時、彼女は、張り詰めた緊張が一気に解け、汗がドット噴き出し、理想の技をやり遂げた誇りで最高の満足感と恍惚感に浸ると言われています。
 
このローズアダージョ、私が最高に感動し、忘れられない舞台があります。吉岡美佳さんのオーロラ姫です。吉岡さんは、このローズアダージョのバランスを徹底的に研究してこの大役に挑んだそうです。「クララ」(新書館)にこの記事が載っていました。一部を引用させて頂きます。
「ローズ・アダージョはどんなバレリーナにも大変です。リハーサルの時は自分が出来るギリギリのところまでバランスをとってみるようにしました。調子のいいときはそのままずっと立っていられそうなこともありました」。「調子よく踊れそうだと思っていても、いざ本番となるとうまくいかないことがあります。舞台ではどんなにキャリアのある人でも緊張するものです。知らず知らずのうちに上半身に力が入って足元がぐらつきやすくなってしまいます」。「そんなときにバレエの基礎を見につけているかが問われます。基礎を疎かにしていない人は土台がしっかりしているので、本番の舞台に強いのです」 ・・・・・。吉岡さんは、公演直前までプリエやタンデュといった基本的なパを繰り返し繰り返し練習し、本番に臨んだそうです。
本番のローズアダージョ。息をのむバランスを見せて観客を沸かせました。王子の手を静かに離して頭上にあげ、しっかりとバランスをとります。やわらかな表情に気品があふれ、上げた腕はまろやかな円を描き、バランスの長さはありあまるほどで、時間が止まったかのようでした。まるで細いトウの先に根が生えているよう。サポートの4人の王子もうっとり見とれているようでした。観客は総立ち。鳴りやまぬ拍手と喝采。踊り終えた、吉岡さん、白い肌には汗が光り、多きく肩で息をしながら、ぐっとこみあげてくるものが有ったのでしょう。涙ぐんでいたようでした。 ダンサーとしてこの上ない喜びを感じた瞬間だったのに違い有りません
このようなシーンを見ると、一層バレエが好きになります。バレエって本当に良いですね。
 
こんなに素晴らしいクラシックバレエ。なぜ、ギエムは離れていってしまったのでしょう。マック・エックの振付は少しも感動しないし、むしろ二度と見たくないという嫌悪感をおぼえます。私の頭が古いのでしょうか。

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