ローラン・プティのバレエ「カルメン」は、タバコ工場、酒場、寝室、通り、闘牛場の前の1幕5場の構成ですが、
カルメンとホセの二人だけで踊る寝室の場以外は、付け足しといった感じで面白くない。
「プティ版カルメン=語れる美脚」と言われますが、美脚が最高に楽しめるのが、この寝室の場なのです。
寝室のパ・ド・ドゥには、ジジ・ジャンメールのカルメン、ローラン・プティのホセという映像があり、さすが振付した本人プティと夫人の踊りということで、 やはり息のあった二人、といった雰囲気で、濃密な空気が流れるような気がします。 ジジ・ジャンメールは、自慢の脚線美をこれでもか!というほどに見せ付けてくれます。 太すぎもせず、細すぎもせず、バランス良く美しい。うっとり見とれてしまうほとキレイな脚。 ショート・カットのヘアスタイルもよく似合う。ただしアップになると顔は??。また、終盤近くのアラベスクは、普通は右足で立って左脚を挙げるエファセなのに、 クロワゼのポジションだったのが気になりました。 → 対照的なのがアルティナイ・アスィルムラートワとジャン・ブレックスによるもの。繊細な中に漂うほのかなお色・・・、妖しい魅力を感じるカルメンです。 すっきりと伸びた長い脚を最大限に使って、プティの理想を忠実に再現したと思わせるような、美しい女性美を表現しています。 彼女の踊りを観ていると、ワガノワ・スタイルとはこういうものなんだなとしみじみ感じます。しなやかに余すところ無く伸びる筋肉、 非の打ち所の無いプロポーションとライン、誇り高くて、近寄るのも憚られるような、完璧に造形されたバレリーナという感じなのです。 本来の悪女的なカルメンのイメージとはやや違うように思うけれど、気品と色気を兼ね備えた優雅なカルメンで、これはこれで、なかなか魅力的です。 → ちょっと変わっているのが、タマラ・ロホとLienz Changのもの。 ロホは、自由奔放な悪女というキャラクター作りが明確だけれど、一方でカラっとして、何処か突き放したような空気も漂っていて、 女性らしさ、艶めかしさというよりは、大胆で動物的な雰囲気が感じられました。 ロホは日本の多くのダンサーと比べても、背が低くプロポーションが今一だし、脚も短くプティの言う「語れる美脚」には程遠い。 180度開脚を軽々とこなすし、終盤のグッと堪えたアラベスクのバランスはビクともせず、強靭な脚力と平衡感覚は素晴らしいので、もう少し脚が長くて綺麗だったら、さぞ魅力的だろう・・・と思ってしまう。 → |
もうひとつ興味深いのが、ヴィヴィアナ・デュランテのカルメン、熊川哲也のホセのもの。
ヴィヴィアナ・デュランテは、オーロラ姫など清楚なプリンセスのイメージが強くセクシーな場面もあるカルメンのような役には向かないのではと思っていたけれど、
どうしてどうして、まったく別人のように見えた。
ヴィヴィアナ・デュランテのひたすらポワントで床をつんつくつんつくしていた仕草は魅力的だし、ひとつひとつの仕草やねっとりとした動きからカルメンという女性の意志が伝わってきて、あまりの迫力に自然と視線が彼女を追ってしまった。
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夫婦であるジジ・ジャンメールとプティさえ軽く触れるだけの口付けだったのに、
ヴィヴィアナと熊川哲也は、お互い胸を押し当てた抱擁したり、かぶりつくように唇を押し付けた濃密なキスをしながらの180度のアラベスク・パンシェなど・・・。
ヴィヴィアナは結婚して子供もいるけれど、ロイヤル時代には熊川と親密な間柄だったそうだから、
その時の恋の再現なのか、息もぴったり(?)。旦那のナイジェル・クリフが見たら激怒するのではないかと思われるほどラブラブな感じでした。
終盤ヴィヴィアナが胸から腰までを熊川の体にぴったり押し付け、お互い密着するような際どいポーズをし、熊川が前後に腰を揺らすと、
ヴィヴィアナはたまらないという感じで目はうつろ。
フィニッシュでは、180度まで開脚したアラベスクパンシェの後、鋭いトゥの先で立って支えの手を離し、揺れをグッと堪えて決めたアラベスクのポーズの美しさにはうっとり。ロイヤル時代からの定評あるバランスのキープは健在でした。
垂直に両足を挙げて、再び胸を思い切り押し付けて静止。
ヴィヴィアナは息も絶え絶えで、胸は大きく波打ち、高く挙げた両足は大きく揺れ、二人とも目も虚ろで、快感に我を忘れて恍惚の世界にのめり込んでいるような光景でした。
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ヴィヴィアナの首筋や背中は汗でびっしょり。汗が汚らしく見えるバレリーナも多いけれど、ヴィヴィアナは全くそうではなく、 むしろ汗まみれの姿に爽やかささえ感じるのは、彼女本来の気品の現れでしょう。 → |
ヴィヴィアナ・デュランテは、とても小柄だけれど、頭は小さく手足がスラーっと長くてまっすぐでスタイルがいい。
カルメンの衣装はほぼレオタードに近いので、プロポーションの美しさが良さが一層際立って見えた。
柔らかい華奢な体を思い切りしならせて、しっとりと、かつドラマティックな表現が魅力的。
またバランスを決めた姿も、彫刻のようにとても美しい。
批評家の佐々木涼子が、かって「デュランテの踊りは、時として弱いところがあって、
それを内面的表現に傾けるから不安定になる。肉体的な面で、もう少し強化することを期待したいところだ
(バレエピープル101(ダンスマガジン編集部・1993)。」と酷評?していたけれど、このカルメンの踊りを見る限り、
肉体的な課題は克服したようだし、精神的にも強くなったようで立派。
島田衣子や中村祥子に見られるように、結婚し子育てを両立できているバレリーナは、心身ともに充実して、踊りに厚みがでてくるようで、
ヴィヴィアナ・デュランテも、歴史家・伝記作家のナイジェル・クリフと結婚し男児をもうけて、上品なお姫様イメージに加え、強さと色気を兼ね備えて、
一層魅力的な女性ダンサーに成長したように感じました。現役を退いてバレエ指導者となっているようですが、さぞ素敵な先生なのでしょう。
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プティ振付「カルメン」熊川哲也,ヴィヴィアナ・デュランテ
出演 ・ドン・ホセ: 熊川哲也 ・カルメン: ヴィヴィアナ・デュランテ ・エスカミーリョ: ウィリアム・トレヴィット ・盗賊の首領: マシュー・ディボル 収録: 2000年6月 NHKホール 振付: ローラン・プティ 音楽: ジョルジュ・ビゼー 演奏: 江原功 指揮、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団 美術・衣装: アントニ・クラーヴェ |
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