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下村由理恵さん芸術選奨受賞おめでとう (2003.5.1)
先ごろ、文化庁は芸術各分野で優れた業績を上げた人に贈る2002年度(第53回)芸術選奨の受賞者を発表しましたが、舞踊部門では、「ジゼル」の好演で下村由理恵さんが選ばれました。
由理恵さんの「ジゼル」は絶品とはいえ、彼女はフリーの身なので、バレエ団をチェックしていればいつでも彼女の踊りを見られるというわけでもないし、体格も小柄で、必ずしもバレリーナとして見栄えがするというわけでもありません。
けれども、地味に、でも着実に技術と経験を積み上げてきて、確かな踊りを持っている・・・。そんな彼女が受賞したからこそ意味があると思います。嬉しいことです。
ファンの一人として心から、「おめでとう」と祝福したい。
下村由理恵さんの言葉「ダンサーは商品だと思うのです。だから相当魅力がないといけない。そのためには楽だけしていてはだめ。辛い思いをすればするほど後で返ってくるものは大きいと思うんです。」(バレリーナのアルバム(新書館)から)
私は、この言葉が大好き。自分を「商品」と言い切ること、そう簡単に出来るものではありません。故、三波春男さんの言葉「お客様は神様です」に、通じるところがあります。
最近よく「下村由理恵さんの舞台は見逃せない」という言葉を耳にします。この言葉、私も、なるほどなと思います。彼女のステージを一度見ると、また見たくなり、ついつい公演会場へ足を運んでしまいます。
下村さんの踊りからいつも感じられるのは、「観客への誠意」です。「手抜き」ということが一切ない。つまり、「いつも最高の自分を見せよう。観客に不満を与えまい」と懸命に頑張る気持ちの現れ。
プロなら当然といえばそれまでですが、なかなかこんな「プロのバレリーナ」は居ません。
彼女は、特定のバレエ団に属さないフリーのダンサー。「自分の力を試してみたかったんです」。1980年の中頃、フリーになったきっかけだそうです。当時はフリーのダンサーがほとんどいなかった頃。リスクの大きさははかりしれません。
私は、このころ彼女が踊った「青い鳥のパドドゥ」が印象に残っています。キュートでバネが効いて・・・・。でも可愛いらしい中に、"凛とした雰囲気"。将来のプリマを予感させました。その後、文化庁派遣在外研究員としてイギリスに渡り、スコティッシュ・バレエで活躍、トップバレリーナとしての名声を築きました。
私が持っている映像の中で、最も好きなものの一つに、下村由理恵さんのオーロラ姫の映像があります。ある地方の「眠りの森の美女」公演に、下村由理恵・篠原聖一夫妻が客演した時もので、一般の市販のものではありません。多分、発表会の記録などを手がける会社が撮影したもので、あるバレエ愛好家の方から譲って頂いたものです。市販のビデオや放送に比べて、決して画質は良いものではありませんし、脇役やコールドも、あまり優れているとはいえません。でも、主役の下村由理恵さんの踊りが実に魅力的なのです。
鈴木晶さんが「下村由理恵は、役にのめりこむバレリーナ」と言っておられましたが、その通りだと思います。由理恵さんは、単に踊るというだけでなく、本当に物語に溶け込み、役に成りきっているのです。おそらく、この「眠りの森の美女」でも、「オーロラ姫」自身になって、物語とともに感情が高まっていったのだと思います。初々しい、オーロラの出〜ローズアダージョ。16歳の少女の胸のときめきを体一杯に表現しています。思わず、素敵なオーロラだなと思う瞬間です。「幻想の場」では恋を知った揺れ動く女性の心をとても細やかに表現しています。踊り進むにつれての、由理恵さんご自身の感情の高まりが目に見えるようです。そして最後のパ・ド・ドゥでは、最愛の夫、篠原聖一氏の腕に抱かれて、体中で、妻になったうれしさを表現しています。二人で助け合って作り出すハーモニーの微笑ましさに、見ている方も嬉しくなります。
このビデオの中でも、特に好きなところが「ローズアダージョ」。由理恵さんは、「ローズ・アダージョが終わるまで緊張しますね。やはり4人の王子との呼吸が難しい」(ダンスマガジン)と言っていましたが、この公演でも、出だしのアチチュードのバランスでは、ハラハラするところもあって、必ずしも好調でないようでした。
でも、プロムナードを伴う最後のバランスにさしかかった時、彼女は本領を発揮しました。ゆらゆらとする上体のゆれを必死に堪えて、誰も真似のできないくらい長〜い長〜いアチチュードのバランスを保ちました。
3人目の王子の手を離してから4人目の王子に一切触れなかったのは凄い。怒濤のような観客の拍手を誘いました。この時の彼女、「絶対に決めるんだ。」という意気込みをひしひしと感じました。最後は、アラベスクをばっちり決めてにっこり。観客に最高の自分を見せるんだと、懸命に努力する由理恵さんの姿、感激しました。
改めて「ダンサーは商品」という彼女の言葉の重みを感じました。
由理恵さんのバランスへのこだわりは、他の作品にも表われています。目を見張ったのは「ジゼル」第二幕のソロ。片足を後方に上げたアラベスクのまま軸足でゆっくり回転する場面。普通、軸足を動かすたびに身体が小刻みに上下するバレリーナが多いのですが、彼女は回転盤に乗ったまま回っているようにスムーズなのです。
本当に驚きです。彼女のたゆまぬ稽古の賜物なのでしょう。
日本は、フリーの芸術家にとって、必ずしも住みやすいところではないと思います。
そんな中で、下村・篠原さんご夫妻が、懸命に頑張って生きている姿には、感動を覚えます。下村由理恵さんのいつも変わらぬ可憐で気品に溢れる天使の舞い、素晴らしいテクニック。これも毎日の厳しい精進の結果だと思います。
由理恵さんのステージから自然にわき出てくる懸命に頑張っている気持ち、そして、美しい笑顔。この笑顔を見るとこちらも幸福な気持ちになってしまいます。
下村由理恵さんの踊りは観るたびに新しい発見があります。彼女が故郷の福岡でリサイタルを開いたとき、多くのダンサーが賛同して集まったと聞きました。由理恵さんの人望の厚さだと思います。また、後進の指導にもことのほか熱心な方だとのこと。
彼女の言葉、「ダンサーは商品。だから楽をしてはならない」。凄まじいばかりのプロ意識。
下村由理恵さん!!。いつまでもお元気で、息の長いダンサーとして、私たちに素敵な夢を与えて下さる天使で居て下さることを願ってやみません。
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