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ダンスール・ノーブル       (2008.12.01改)

パ・ド・ドゥのアダージョ。バレリーナが自分の最も美しいポーズを披露する最大の見せ場です。 足を180度近くもあげたアラベスク、高々とリフトされての空中でのポーズ、そしてまっさかさまに落ちるような息を呑むフィッシュダイブ・・・等、バレリーナは、一人では到底出来ない華やかなポーズを、男性の助けを借りて披露します。 二人の呼吸が合わなかったら、女性はバランスを失ってフラついたり、最悪の場合には、転落、大怪我・・・ともなりかねません。
かつて、「白鳥の湖」の黒鳥のパ・ド・ドゥで、とんでもないサポートの男性の失態?を見たことがあります。 アダージョの終盤近く、女性が左足のトゥで立ち、右足を挙げてアラベスクのバランス、 男性の手を離し、独り立ちしてグッと堪えて持ちこたえる場面。 女性はギリギリまで頑張り、バランスが危うくなりかけところで、男性が俄に女性のウェストをホールドという妙技は、男女が力を合わせて生み出す「瞬間の美」で、観客の興奮の拍手を誘うところです。 ところがこの日、女性は調子が良くなかったのか、なかなか男性から手を離せず、離したとたんフラフラしてバランスが定まらなかったのです。 声を出せないバレエ、女性は「早く支えて!!」と心の中で叫んでいたのでしょうが、男性は、何故か一向に女性を支えようとしなかった。 哀れ!!、女性は、グラグラする揺れを必死に堪えて、一人でバランスを持ちこたえらざるをえませんでした。 背中が大きく反り返リ、「もう限界、耐えきれない!!」と、女性がたまらず右足を床に降ろしそうになった時、男性は、はっと我に返り、 とっさに女性のウェストを支えたので、間一髪女性は転倒を逃れたのでした。まさにヒヤヒヤ、手に汗握りました。 この時は本当に女性が気の毒だった。男性に「しっかりしろよ!!」と言いたくなりました。 サポートのタイミングを誤り、女性に恐怖に陥れるなんて、パートナーとして失格ですよね。
こんなアクシデントがあったものの、女性は慌てず、最後の難関、片手で支えられたアラベスクのバランスでは、 名誉挽回とばかりしっかり支える男性に助けられて、フラつきを懸命に耐えながらも、思い切って高々と足を上げたポーズを 長く保ち、観客の大きな拍手を誘ったのです。
こうしてみると、女性の技が成功するか否かは、相手の男性如何にかかっているといっても過言ではないでしょう。 それほど、クラシックバレエの舞台で、サポートの相手の男性は、女性にとって重要な存在です。
「ダンスール・ノーブル」とは、プリマ・バレリーナやソリストのパートナーを務める男性舞踊手のこと。 正統派バレエダンサーと解説しているのを見たことがありますが、何が正統なのか?  女性をうまくサポートしてくれ、かつ主役の王子様として似合う気品あふれる男性が、正統派バレエダンサーということなのでしょうか。 パ・ド・ドゥのアダージョでは、完全に男性は女性の引き立て役です。 ダンスールノーブルという言葉は、自分自身が美しいのはもちろんのこと、相手の女性の魅力を最大に引きだすことが出来る人にのみ与えられた、クラシックバレエの男性ダンサーにとって最も名誉あるものだと思います。 男性ダンサーは、自分が踊るだけでなく、相手の女性に最高の踊りをさせることが出来なければならないわけです。 ステージの奥でグラン・パ・ド・ドゥのスタンバイをしているとき、どんなに経験を積んだバレリーナでも緊張するでしょう。まして、経験の浅い女性ダンサーのプレッシャーははかりしれません。 そんな時、力強い男性パートナーの存在は、彼女にどんなにか強い安心感を抱かせることでしょう。
 
こうした中で、私の頭にまず浮かぶのが、ウラジミール・マラーホフです。彼ほどダンスール・ノーブルという言葉がふさわしい人は、他にいないでしょう。 彼は日本でも何度も踊っていて、日本のファンも多いようですが、私も数年前に彼の踊りを見て、一目でファンになりました。 パ・ド・ドゥのアダージョでの彼の女性に対するサポートは、微笑ましささえ感じる素晴らしいものです。 彼のパートナーに対する心配りは比類ないものがあります。女性の動きをしっかりと見て、がっちりと女性を支え、女性が完全にバランスを確保したのを見届けて、そっと手を離します。 女性から見ても、これほど頼りになるパートナーは他にいないでしょう。どんな時でもしっかりサポートを受けられるという安心感から、存分に自分の踊りができると思います。 本当に女性への思いやりに溢れています。まさにバレエの貴公子という言葉が相応しい。
かって、東京バレエ団の公演では、吉岡美佳さんと見事なパートナーシップを見せてくれました。これぞパドドゥという素晴らしい踊りでしたが、楽屋でのスタンバイの時、緊張して極度に神経質になっていた吉岡さんに、「そんなに緊張しなくてもいいよ。何が起こっても僕が助けてあげるから」と言って、落ち着かせたととのこと。吉岡さん、どんなにか心強く感じたことでしょう。
 
日本人ダンサーでは、森田健太郎さん。彼もダンスール・ノーブルという言葉がぴったりで、彼の踊りからも、本当に女性への思いやりを感じます。 彼は、ある雑誌のインタビューで、「女性が不安定になったとき、僕がさっと出て助けてあげたい」と言っていましたが、この気持ちこそ、バレエの女性のサポーターとして最も大切なことだと思います。 私は、彼がパートナーを務めた女性、藤井直子さん、平山優子さん・・・の、安心しきった伸び伸びとした踊りをみました。
 
パ・ド・ドゥで、主役の女性を引き立て、サポート役に徹すること、それはそれは、大変で、難しいことだと思います。
この点に欠けているダンサーは、どんなに踊りが上手でも、ダンスールノーブルとは言えないと思います。
ロイヤルバレエのプリンシパル吉田都さんは、相手の男性について、次のように言っています。 「合わない人のタイプは共通していて、自分のことしか考えられない人です。 たいていは、女性をサポートした後に男性のソロが入ってきますから、自分のことを考えてなるべく体力を消耗しないように・・・・・という人は、その集中力の欠如が体から伝わってきます。 例えばトゥシューズで立っていて、それを支えてもらうとき、何ミリか重心がずれるだけで、ふくらはぎ、腿の負担が変わってきてしまうものなのです。 パ・ド・ドゥは、同じ演目でも相手が変われば表現が劇的に変わります。その変化の楽しさを共有できるパートナーが理想です。」(文藝春秋,MIYAKO) 「自分のことしか考えられない男性」、つまり「女性への思いやりのない男性」は、パートナーには相応しくないのです。
 
パ・ド・ドゥはバレエの華。男女のパートナーシップが生み出す「一瞬の美」の極致です。 この「一瞬の美」を求めて、連日厳しいレッスンを続けるダンサー達。 私は、今後も、ダンサー達の昼夜の努力、精進をしっかりと受け止めるよう心がけて、彼らと一緒にバレエのステージを楽しみたいと思います。

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