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2つのモーツァルトのピアノ・ソナタ全集のCDがあります。
一つは、1960〜70年代の真空管アンプ時代のアナログ録音、もう一つは、1986〜91年の最新のPCMディジタル録音で、
ともにCD5枚組のアルバムです。いずれもオーストリア出身の女性ピアニスト、イングリット・ヘブラー(Ingrid Haebler、1929年〜)の演奏です。
この2つのCD、一人のピアニストが演奏したとは思えないほど違って聞こえます。
アナログ録音とディジタル録音の違いだけではありません。明らかに演奏スタイルが違うのです。
旧録音では、ヘブラーは遅めのテンポをとっています。これに引き替え、新録音は速めです。
また旧録音では、左手の音が小さめで、あくまで右手の音の補佐のように弾いています。
新録音では、左手の音も右手に対等にやりあっているようです。
この2つの録音は20年以上空いています。この間にヘブラーの演奏スタイルが変わったのも当然だと思います。
ヘブラー本人が次のように語っています。
「若い頃の私は性格的にも引っ込み思案で恥ずかしがりでしたから、それが演奏にも出ていたようですね。
最近は、まあ自信もつきましたのでそれが出ているのかもしれません」(新CDの解説書より)。
そして「20年、30年前と、もし音楽が変わっていなければ、無駄に生きてきたことになりますよ」と。
この言葉に、相当な高齢にもかかわらず、あえてモーツァルトのピアノソナタ全曲録音に挑戦した、ヘブラーのモーツァルトへの愛着と意気込みを感じます。
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一人の女性ピアニストが成し遂げた2度のモーツァルト・ピアノソナタの全曲録音。並大抵のことでは達成出来ない大偉業だと思います。
好みは別として、あえてどちらが良いとは言いません。
どちらも、青春時代と熟年時代それぞれに、一人の女性ピアニストがベストを尽くして奏でて作り出した珠玉の名品であることには間違いないのです。
ヘブラーは、ソナタの旧録音と同時期に、モーツァルト・ピアノ協奏曲の全曲録音も成し遂げています。これも遅めのテンポで、旧録音とよく似た穏やかな演奏です。
→ ヘブラーのモーツァルト・ソナタ全集のCD、(左)旧盤、(右)新盤
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