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眠りの森の美女〜:シム・ヒョンヒ、カン・ミヌ、ユニバーサルバレエ   (2016.5.11)

とても興味深い「眠りの森の美女」の映像がYouTubeに載っていました。主役のダンサーが初々しく、かつ、美しく、うっとりと見とれてしまいました。オーロラ姫を踊っているはシム・ヒョンヒ(Hyunhee Sim)という若いダンサーです。 韓国ユニバーサルバレエの2015年の公演の録画のようなので、 シム・ヒョンヒは2014年入団でデミ・ソリストになったばかりのようなので、彼女の主役への起用は、大抜擢というところでしょう。 多くの古典作品では、主役の女性はパートナーと二人で出ていくのが普通ですが、ローズアダージョでは、オーロラ姫は一人で出ていかなければなりません。 この緊張は大変なもので、パリオペラ座のプラテルは「出を待つ時足の震えが止まらなかった」とか。吉田都は「ローズアダージョの前は逃げ出したくなる」と言っていました。 経験を積んだエトワール達でさえこうですから、おそらく主役が初めてのシム・ヒョンヒの緊張ははかりしれません。 にも拘わらず、小走りに登場したシム・ヒョンヒ、笑みを浮かべ、全く顔が強張っていないのは大したもの。跳躍は軽快。トゥの先で細かく動いても、ジャンプして着地しても、全くと言うほど乱れないのは偉い。これは素晴らしい技術だと思います。

ひとしきり踊ってローズアダージョの中で最難関のアチチュードのバランス。 片足ポワントでバランスのポーズを取り続けるという、いかにも背骨と腰にきそうなこのシーン。さすがにシム・ヒョンヒの表情が険しくなりました。 王子の手を離し独り立ちしようとするのですが、握り締めた手がギクギク震えて、なかなか離せない。 「離せるかな!。離せるかな!!」と固唾を呑んで見ていたところ、恐る恐る、それでも意を決して手を離した・・・。でも、ほとんど上に手を挙げられず、横滑りのようにして、次の王子の手に、しがみついてしまった。 「失敗したらどうしよう・・・」と、恐怖におののく気持ちがありありで、「苦痛と緊張を強いられる悲劇のバレリーナ」と言う感じで、痛々しかった。 いやはや、ハラハラ、ドキドキ、きつそうでしたが、反面、この頼りなさが却って新鮮に感じました。 ケネス・マクミランの未亡人デボラ・マクミランは、 この場面について「…原版を振付けたプティパという人は少しばかりサディストだったのではないかと思います。かわいそうなオーロラ!…」と言ったそうですが、 「オーロラ姫は、なにも片足で完璧にバランスを保つ必要はないのだ。一人では立っていられないという心許なさこそが、 オーロラ姫の初々しさを強調しているのだから。そもそもそれが、本来の振り付けの意図だったのではないだろうか。」(佐々木涼子:バレエの宇宙(文芸春秋)) という見方もあり、振り付けのマリウス・プティパは、いつバランスを崩すかわからないハラハラ感を出すことで、 オーロラ姫の初々しさを意図的に演出していたとも言えそうで、今回のシム・ヒョンヒは、そういったプティパの意図したイメージに合っていたと言えるかもしれません。
シム・ヒョンヒが最も輝いたのは、第2幕、幻想の場だと思います。 「眠りの森の美女」第2幕は、オーロラ姫16歳の誕生日から百年の時を経た時代の想定。 狩りへ向かう途中のデジレ王子は、善の精リラに導かれ、オーロラ姫の幻影と出会い、 王子はその人こそ運命の相手だと確信するという場面です。 第1幕の華やかさとは異なり、オーロラ姫には、心を置き去りにしてきた人形のように、能面を思わせる無表情で一心に待ち続ける乙女の心を表現する演技が要求されます。 全幕上演では、第1幕の「ローズ・アダージョ」の緊張から解放された直後の場面だけに、つい力を抜いて、疎かにするバレリーナも居るようですが、初めて王子がオーロラ姫に出会う重要な場面なので、まじめに演じてもらいたいものです。 シム・ヒョンヒは、溢れんばかりの気品を備え、クラッシック・スタイルの美しさに満ちた可愛らしいダン-サーで、クラシックチュチュ姿は本当に美しい。彼女の背筋から脚へと続く、しなやかな曲線を描くシルエットは、人間の肉体が描き出す極限の美とも言えそう。 アチチュードのポーズは、ため息の出るくらい美しい。見せ場のグラン・バットマン。脚が無理なくフワッと挙がる。この場面、日本の人気バレリーナが脚をもっと高く垂直近くに挙げたポーズを見たことがありますが、 いかにも開脚の凄さを見せびらかしているようで、品が無かった。シム・ヒョンヒのそれは節度をわきまえていて、とても上品で美しい踊りでした。 高速のシェネを巧みにこなして、両足のトゥで立ってピタッと止まる難しいフィニッシュ。 止まった瞬間わずかにトゥがブレたけれどご愛嬌。必死に堪えてトゥの先のズレを抑えて、一瞬見せた険しい表情が、何とも言えず魅力的で、「お疲れ様!!」と労をねぎらってあげたい気持ちになりました。
第3幕、オーロラ姫とデジレ王子のパドドゥ。王子はカン・ミヌ( Minwoo Kang)、韓国ユニバーサルバレエのソリストです。 二人の息はピッタリで優雅なアダージョでした。ただシム・ヒョンヒは、地位が上のパートナーに遠慮したのでは?、と感じたところがありました。 その為でしょうか、男性に負担のかかる華やかなフォッシュダイブを省いてしまいました。 これは少し考え過ぎのように思います。所詮パドドゥのアダージョは女性の踊りで男性は介添え役です。男性にしっかり支えてもらって女性は自ら最高の美を披露すれば良い。男性に遠慮することはないと思います。 シム・ヒョンヒの繊細な心が裏目に出てしまったのかもしれません。 慎ましやかな気品に満ちた踊りはシム・ヒョンヒの最強の武器ですが、次回はパートナーに負担をかける位、大胆になって、思い切り自分の得意技をアピールしてするような冒険するのも良いのでは、と感じました。
YouTubeのこの映像は鮮明ですが、多少上下に伸びた感じです。恐らく元の映像はもう少し横長の正しいサイズでしょうから、その映像を載せて頂けるとあり難いです。
Hyunhee SIM - Sleeping Beauty act1,Aurora
Hyunhee SIM - Sleeping beauty act2
Hyunhee SIM, Minwoo KANG - Sleeping Beauty act3

シム・ヒョンヒがローザンヌバレエコンクールに出演した時の映像が載っていました。 16歳の初々しい素敵な踊りです。
Prix de Lausanne 2009 Selection 15-16 Years Old - Hyunhee Sim


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