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井上バレエ団「眠りの森の美女」         (2003.7.27)

井上バレエ団が「眠りの森の美女」を上演すると知って、急いでチケットを買いました。
私は、井上バレエ団がとても好きです。このバレエ団、東京の世田谷という高級住宅地に本拠を置いているせいもあってか?、 穢れを知らない良家のお嬢さん達の集まりといったような、とても品の良い洗練された雰囲気が感じられます。 だからと言って、年二回開かれる公演は、お嬢さん芸のおさらい会といったようなものではなく、 プロのバレエ団として、少しの妥協も許さず、一糸乱れぬ群舞やステージの細部までまで行き届いた、中身の濃い本格的なものなのです。 かと言っても、贅を尽くした松山バレエ団や牧阿佐美バレエ団のステージとは違い、こじんまりとした中に、 細かなところまで気を配った、とても品がよく気持ちのよい舞台なのです。 故井上博文氏による「バレエ小劇場」の意図を引き継いでいるというところでしょう。
そんな訳で、古典バレエの中では特に豪華で贅沢な出し物といわれる「眠りの森の美女」を、井上バレエ団がどのような 舞台を作り上げるか、とても興味がありました。
 
今回のステージ、各幕とも、どちらかというと、全体的にはったりがなく、踊りは控えめ。しかし、心の動きを的確に表現するというように、 よく考えられて工夫されて演出だったように思います。
主役は、藤井直子さんと島田衣子さん。お二人とも、この井上バレエ団のプリマらしい?、小柄で可愛らしいバレリーナ。 どちらも見たかったのですが、迷ったあげく、今回は島田さんの舞台を見ることにしました。
私は、今まで井上バレエ団の公演では、藤井直子さん主役の舞台を見てきました。島田衣子さんが主役で踊るのを 見るのは今回が初めてです。最近、井上バレエ団の公演以外でも、あちこちで名前を見かけるのですが、島田さんが、 オーロラ姫という大役を、どんなに、魅力的に演じてくれるかとても楽しみでした。
この島田衣子さん、期待にたがわず、素晴らしいオーロラ姫でした。
第一幕オーロラの出、「ちいさくて,ほそーい」彼女が表われると、観客からは、思わず、拍手とともに「可愛い!!」の囁きが聞こえました。 細面の、少し古風な顔だちに、柔らかで優しく爽やかな気品をたたえて、まさに、お伽の国の王女様といった雰囲気。
島田さんだけでなく、井上バレエ団のダンサー達は、総じて、小柄な方が多いようで、これが、かえって、このバレエ団には、 大柄なダンサーの多い外国のバレエ団にはない、可愛らしさ、親しみやすさがにじみ出ており、それが、このバレエ団の魅力にもなっていると思います。
にこやかな美しい笑顔に、軽やかなステップの島田さん。若いお姫様の初々しさに溢れています。16歳の誕生日が嬉しくてたまらない様子。 ひとしきり踊ってローズアダージョ。ベテランのダンサーでも足がすくむほど恐怖を感じると言う有名なアチチュードのバランスの場面。一転、笑顔が消え、険しい表情に変わりました。彼女の神経がピーンと張り詰めたのが伝わってきます。 おそらく彼女、この場面、初めての経験なのでしょう。緊張のほどは、計り知れません。 歯を食いしばって、笑顔を忘れて、必死に難しい技に挑む初々しいダンサーの姿は本当に美しいものでした。私も、じっと、瞬きを忘れて見入っていましたが、島田さん、4人の王子を相手に、本当に素晴らしいバランスを見せました。 しっかりアンオーまで腕を上げ、上げた腕は、まろやかな円を描き、本当に優雅。バランスの長さもたっぷりで、一瞬時間が止まったよう。思わず息を呑みました。バランスを終えて、最後のアラベスクをピタッと決めて、ほっとした島田さんが見せた満面の笑み、本当に美しかった。 観客は興奮し、怒涛のような拍手が沸き起こりました。
このバランスの成功に気を良くしてか、島田さん、この後に続くローズアダージョのヴァリアシオン、第二幕、幻想の場と、 まさに、エンジン全開といったような、素晴らしい踊りでした。
そして極め付きは、第三幕、グラン・パドドゥ。バンジャマン・ペッシュの力強いサポートに支えられて、それはそれは、美しい、見事な踊りでした。 難しい3度のフィッシュ・ダイブ。寸分の狂いもない正確さでバッチリと決め、ブラボーの嵐を誘いました。 それにしても、この二人のパドドゥ、実によく気があっていました。島田さんは、ペッシュの腕の中で、思うままに泳ぎ回った魚という感じでした。 パドドゥが終わり、万雷の拍手に応えてのレヴェランス、島田さん、本当に嬉しそうでした。苦しいレッスンが実を結んだこの瞬間、ダンサーとして、この上ない喜びを感じたに違いありません。 この後、ベッシュが島田さんに「うまくいって、よかったね」とでも言っているように、やさしく彼女をエスコートして、舞台の袖に下がっていった姿がなんとも微笑ましく感じられました。 
 
この井上バレエ団の「眠りの森の美女」は、プロローグと第二幕から、物語の流れを損なわない程度に、いくつかの場面のカットしていたものの、 ほとんど完全に近い全幕の上演。東京バレエ団のように、二幕をばっさり切り捨ててしまうような演出と違い、「幻想の場」もしっかり入っています。 私は、「眠り・・・」は、オーロラ姫の成長記録ですから、「幻想の場」カットは疑問に思います。「ローズアダージョ」の初々しい少女は、「幻想の場」で恋を知り、第三幕のパドドゥで妻となるので、物語の進行に従って、主役の感情も高まっていくわけで、やはり「幻想の場」をカットしない演出が本来の姿だと思います。
逆に、主役にとっては、出ずっぱりで、長丁場の過酷なマラソンのようなもの。あまりはじめにハッスルしてしまうと、終わりでバテてしまうので、力の配分がとても大変です。でも、島田衣子さんは元気いっぱい。最後まで、いささかの疲れも感じさせずに、見事に踊りぬきました。
カーテンコールのとき、島田さんが、オーケストラの奏者に花束を投げようとしたのを、思いとどまり、そっと手渡した姿が、 彼女の優しく慎ましやかな性格がにじみ出たようで、実に可愛らしくて素敵でした。
また、第二幕と第三幕の間に休憩を入れず、一気に続けた演出は良かったと思います。王子によって目を覚まされたオーロラ姫が、 そのまま、結婚式に入っていく・・・というわけで、物語の流れがとまらなくて良かった。
それから、特に感心したのは、主役をはじめ、コールドバレエのダンサー一人一人に至るまで、靴音がほとんどしませんでした。 全てのダンサーが、音を立てずに踊るよう徹底的に訓練されている、これは素晴らしいことだと思います。 
ピーター・ファーマーの美術は,幻想的でたいへん美しくて、とても良かったと思いますし、堤俊作指揮、ロイヤルメトロポリタン管弦楽団も頑張っていました。 バレエのオーケストラの中には、音をはずして、ステージのダンサーが気の毒になるようなチャチなものもありますが、今回はそんなことはなく、ダンサーも、しっかり音楽に支えられて、踊りやすそうでした。

井上バレエ団にとって、「眠りの森の美女」は、1980年以来、23年ぶりとのこと。それだけに、このステージにかける、ダンサーとスタッフの意気込みを感じました。
「山椒は小粒でもピリリと辛い」といった、井上バレエ団の底力を感じさせてくれた、素敵な舞台でした。
ますます、井上バレエ団が好きになりました。
「ブラボー、ダンサーさん!!。ブラボー、スタッフさん!!」 
 
   オーロラ姫: 島田衣子、王子: バンジャマン・ペッシュ
   リラの精: 鶴見未穂子、カラボス: 原田公司
   フロリナ王女: 宮嵜 万央里、青い鳥: 今井 智也
   美術:ピーター・ファーマー
   管弦楽:ロイヤルメトロポリタン管弦楽団、指揮:堤 俊作
   2003年7月27日、文京区シビックホール

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