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「瀕死の白鳥」:渡邊順子、2004年11月よこすか芸術劇場   (2004.11.23)
表面的でない奥深い美しさ

注)渡邊順子さんの踊りの感想です。渡邊順子さんのお許しを得て掲載させて頂きました。

素晴らしい「瀕死の白鳥」を見ました。よこすか芸術劇場で開かれた骨髄バンク登録推進活動「命のつどい」での渡邊順子の踊りです。

渡邊順子が、「瀕死の白鳥」でよこすか芸術劇場のステージに立つことが決まったとき、彼女の意気込みは、大変なものでした。 渡邊順子は、師である谷桃子、故メッセレル女史を敬愛していますが、彼女は次のように語っています。
「1991年5月にメッセレル先生を訪ね、イタリアのミラノに一週間ほど滞在し、ミラノ・スカラ座バレエ団でメッセレル先生のレッスンを受けられた時、 『JUNKOは本当によ〜く谷に似ている』とおっしゃった一言がこの頃よ〜く思い出されます。」 「谷桃子先生は『中途半端』が嫌いな方。私も『瀕死の白鳥』に関しては中途半端な踊りを踊りたくないと思うのです。 ですから今年の11月21日に踊る『瀕死』で10回目、『瀕死』を徹底的に踊り抜きたいと思っています。 踊れば踊るほど『瀕死』には、今度こそもっと上手に踊りたいと思う気持ちが生まれるのです。その気持ちがある限り私は『瀕死』を踊り続けたい。 メッセレル先生が『私はJUNKOの瀕死が大好きです』そうおっしゃってくださった言葉を大切な心の宝箱にしまい、『瀕死』の練習に取り組みます。」

そして、11月に入り、彼女は練習に、本格的に取り組みました。「1991年・2000年・01年・02年・04年に踊った『瀕死』のビデオを見ながら振付の解釈をもう一度考え直してみました。 後ろ向きでパドブレを踏みだんだんとアームス(手)の表現が大きくなり客席側に振り向きポーズをとるのですが、そのあたりから自分なりの解釈をもう一度考え直し事にしました。 死んでゆく白鳥を表現するにですから、もっとアームス(手)で白鳥のはかなさを表現したい。 一つ一つのポーズをもっと美しいラインにするのは、どう変えればいいのか。細かくビデオを見ながら勉強しました。」
そして迎えた本番の日、彼女の持てる力をすべて出し切って、これまでよりはるかに見事な「瀕死」を踊りました。 渡邊順子が今までに踊られた、どの「瀕死」よりも心がこもっていたように感じました。 淡いライトの中に、背中を向けて一羽の白鳥が浮かび上がります。しかし、白鳥はしだいに動けなくなり、うずくまってしまう・・・。必死に立ち上がろうとするのですが、ついに力つきてしまいます・・・・ 。 丁寧にまた正確に刻むブーレ、しなやかに波打つ腕。 それは、夢を見ているよう・・・・、それはそれは、素晴らしい踊りでした。私は、うっとりと見入っていました。 神経の行き届いた指先の動き、波打つ腕のしなやかさ、細やかなブーレ・・・ 、どれをとっても、言葉に言いあらわせないくらい美しい。 ”死に至る白鳥”そのもの、といっても、言い過ぎではないと思います。 舞台で、ビデオで、著名なバレリーナ、プリッセッカヤ、マカロア、モイセーエフ、草刈民代・・・・。 かつて、これらの「瀕死・・」を観ました。それぞれ、とても素敵です・・・ 。 でも今回の渡邊順子の「瀕死・・」は、これらよりはるかに新鮮な驚きと感動を、私に与えてくました。 踊り終わってのレヴェランス、大きな拍手の中に、深々と、頭を下げる渡邊順子。ご自身の感動にのめりこんでしまったのか、最初は茫然自失のような表情。 でも、ご自身も会心の踊りと納得したのでしょう、すぐに満面の笑顔に変わりました。わずか数分の踊りなのに、息を切らして、美しい胸は大きく波打っていました。 力の限り踊り抜いた、一羽の美しい白鳥がそこに居ました。

(ダンススクエア鈴木紳司氏撮影)
一週間ほど前、渡邊順子と、「バレエは、舞台上は華やかに見えるけれど、 レッスンも過酷。 でも、その辛さがあるからこそ、表面だけではい奥深い美しさがある」というあるダンサーの言葉に対して、「『表面的でない奥深い美しさ』う〜ん、いい言葉ですね。」と言っていましたが、 自らこの「奥深い美しさ」を追求し、懸命に練習し、見事に獲得してしまったのだから凄い。尊敬してしまいます。 「瀕死の白鳥」は、今回で10回目だそうですが、この作品は躍り込めば躍り込むほど、味が出てくると言われています。来年、再来年・・・、渡邊順子がどんな「瀕死」を踊ってくれるか楽しみです。 会場の出口で、「骨髄バンク」の募金を受け付けていました。渡邊順子の素晴らしい踊りにつられて??、募金を奮発して、気持ちよく会場を後にしました。

感想をホームページに載せるにあたり、この原稿を渡邊順子さんに送り了解を求めた際、以下のコメントを頂きました。掲載させて頂きます。
「私自身の『瀕死』の感想は『がんばった!』と言う感じかしらね。でも、次に挑戦する時はもっといい『瀕死』が踊れると思います。9月の時は体調もよくなかったので3分の『瀕死』の曲を選びましたが、今回の「瀕 死」は体調も回復したため4分の曲で踊りました。4分を踊り抜くのは体力的にも精神的に も疲れます。
踊れば踊るほど『瀕死』の奥深い作品の中身に難しさを感じることもあります。 難しいと感じるからこそ、頑張って踊り抜きたいと思う。そい言う気持ちが芽生えた ことに感謝しています。『瀕死』と言う作品に出会ってから自分に負けない自分を目指すようになりました。 『瀕死』と言う作品から私は常に様々な事を学んでいます。 これからも『瀕死』を踊り続けていきたいと思います。」
  (JUNバレエスクール 渡邉順子)

(ダンススクエア鈴木紳司氏撮影)

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