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バレリーナと怪我            (2001.1.20)

 
ネットで知り合ったダンサー・JUNさんが、ご自分のホームページに次のように書いておられました。
『中学時代、私は「レ・パティヌール」という作品を仙台で踊った事がある。
パートナーがリフトの練習の時に失敗して、私はコンクリートの床に骨盤をたたきつけられた事があった。今も左の足のアラベスクがあまり上がらないのはそのためだ。冬になるとやはり古傷が痛む。右足も靱帯を痛めて以来痛い。
ダンサーは怪我をするものかもしれない。』
 
私の知り合いでも、怪我がもとでバレエを辞めてしまった方もおられます。
実際に怪我にあわれたJUNさんが書かれたのこの文章を読んで、あらためてダンサーの怪我の恐ろしさを実感しました。
 
ステージを所狭しと飛びまわるバレリーナ。軽やかに、風のように舞う陰には、全体重を一点で支えるトゥの先には、途方も無い負担がかかっていることでしょう。
ひとたび準備運動をせずに急に激しいバレエの動きをしたら、捻挫や肉離れ、ひどいときには、アキレス腱を切ったり、骨折したり、ということにもなりかねません。
また、パートナーの男性に高々と挙げられたリフト、真っ逆さまに転落・・・・ぞっとしますね。
こう思うと、華やかなバレリーナも、危険きわまる職業とも言えるでしょう。
 
ステージでは、多くのバレリーナの方々が、怪我をされたと聞いております。
森下洋子さん、斎藤友佳理さん、吉田都さん、草刈民代さん、牧阿佐美さん・・・・
吉田都さんは、2年ほど前、足首の怪我で半年ほど休まれ、日本公演をキャンセルされたのは記憶に新しいところです。斎藤友佳理さんは、足の怪我で再起不能とまで言われましたが、ご努力の結果、無事復帰され、元気に舞台を勤めておられます。牧阿佐美さんも、かつてアキレス腱を切った経験がお有りです。
海外でも、かつてフォンティーンの後継と言われたロイヤルのプリマ、アントニエッタ・シブリー。彼女はこの怪我がもとで関節炎が悪化、気の毒なことに、バレリーナとしての人生を断念するまでになってしまいました。
 
でも、ひとりだけ怪我と無縁だったバレリーナが居ます。マーゴ・フォンティーンです。
彼女は初めて舞台に立ってから引退するまで、一度も怪我をしなかったそうです。
なぜ彼女は怪我をしなかったのでしょう。
これには、彼女自身の毎日の体へのいたわりに加え、周囲の人たちの彼女への思いやりがあったと言われています。
その日のうちに体の疲れをいやし翌日に持ち越さない彼女自身の努力、それを助ける周囲の温かい目・・・、それだからこそ、彼女は、バレリーナとして比類なく長く舞台を務めることができたのでしょう。
英国の人々は、彼女を英国の至宝として極めて大切に扱いました。なぜなら、彼女は英国王室から男子のナイトにあたるディムの称号を授けられています。英国では芸術家として、バレリーナをこの上なく愛し、高い地位を与えている証でしょう。こんなところも、彼女が一切怪我をしないで居られたのと無縁ではないように思えます。
 
バレエは「一瞬の芸術」。「一瞬の輝き」を求めて、毎日厳しいレッスンを続けているバレリーナ。
ステージを踊り終えて、彼女がカーテンコールのレヴェランスで見せる満面の笑みは、何ものにも勝る美しいものだと思います。
この時、観る側もつい嬉しくなって、「ご苦労様。怪我が無くて、無事終わって良かったね!!」と、心から労をねぎらってあげたい気持ちになります。
私たちに夢を与えてくれる天使:バレリーナ。彼女たちが、くれぐれも怪我という災難に会わず、何時までも美しく踊り続けてくれるよう、願ってやみません。

 

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