瀕死の白鳥:菊地美樹 (2018.5.31)
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気品に溢れてとても美しい「瀕死の白鳥」を見ました。YouTubeに載っていた元新国立劇場バレエ団ソリストだった菊地美樹さんの踊りです。
2017年11月に江東区文化センターホールで行われた菊地美樹バレエアカデミー2017年発表会に出演した時のものです。
「瀕死の白鳥」は一羽の白鳥が怪我をして飛べなくなり、もがき苦しんで力尽きて死んでしまうまでを一人のバレリーナが表現するというものですが、全編トゥで立って細やかなブーレを繰り返すことで、足首の負担ははかりしれません。YouTubeには、2015年と2014年の「瀕死の白鳥」も載っていますが、回を重ねるごとに洗練されて魅力的なものになってきて、彼女の並々なる精進の跡が伺えます。
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バレエ「瀕死の白鳥」は、そのほとんどをパ・ド・ブーレで動き、時たまアラベスクで立ったり、翼のように腕を動かしたりという程度で、回転やステップの高度なテクニックは在りません。
かと言って、誰にでも踊れるかというとそういう物でもなく、ゆっくりとしたテンポのなのでごまかしがきかず、基本的な動きが多い分基礎がしっかりしていないとボロがでやすく、ベテランダンサーでも出を待つ時は脚がすくむほど緊張すると言われています。
しかも、出だしで、バレリーナは下手から観客に背を向けて登場するので、観客の容赦ない鋭い視線を背中に感じて、最も恐怖を感じる一瞬なのです。
私は「瀕死の白鳥」を好んで観てきたのですが、この気品に満ちた菊地美樹の「瀕死の白鳥」には、ことのほか感動を覚え、うっとりと見とれてしまいました。
菊地美樹は、ごまかしがきかないボロがでやすいこの踊りを、正確にゾクゾクするほど美しく魅力的に踊り、最初から最後まで一時も目を離せませんでした。 一度床に臥せり、最後の力を振り絞って立ち上がり、再び倒れてしまう演技の素晴らしさと、愁いを帯びた表情の豊かさと美しさに感動でした。 |
瀕死の白鳥(2017年) |
踊り終わってのレベランス。額にかすかに汗を滲ませ、膝をついて観客に向けて深々とお辞儀をする菊地美樹。緞帳がまさに降りきろうとした瞬間、体が僅かに震えました。
死に至る白鳥に自らの力を出し切って、思わずフッと息をついたのでしょう。「お疲れ様!!」と労をねぎらってあげたい気持ちになりました。
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菊地美樹の踊りを初めて見たのは、1997年の新国立劇場こけら落とし公演での「眠りの森の美女」のリラの精でした。
この時の菊地美樹は、日本人離れした若木のようなスラリとした魅力的なプロポーションで、長い手足が大変優美で、リラの精にぴったりでした。
こんなテンポのリラの精は初めてみたかもと思うくらいゆっくりなのに、一糸乱れなかったのは凄い。確かな技術で動きに隙がなく丁寧に表現していました。
アラベスクのコントロールが見事で、冒頭のピケ・アラベスクから最後のピケ・アラベスクに至る全てのところでコントロールが乱れないところに、テクニックの強靭さが表れていました。
とりわけ脚は上がるだけ上げたほうが良いといわれるグラン・バットマンは、軽々と無理なく高く上がり、軸足も挙げた足もつま先が綺麗に伸びてうっとり。
ラストのコーダでは、崩れてメロメロになりがちな、至難なイタリアンフェッテを全く破綻なく美しく決めたのは流石で、技術の確かさを見せました。
この時の主役のオーロラ姫は吉田都だったけれど、優雅で気品と優れたプロポーションで、はるかに菊地美樹が勝り、オーロラ姫は菊地美樹が踊ったほうが一層素敵な舞台になったのでは・・・、と思ったくらい。それほど菊地美樹の踊りは魅力的でした。
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リラに精(1997年) |
菊地美樹は、現在は菊地美樹バレエアカデミーで講師として後進の指導に当たっているようですが、さぞ優しく素敵な先生なのでしょう。
「リラに精」から約20年、菊地美樹は一層の高度な演技力・表現力を身につけて、美しいブーレを刻み、両腕もホネがないように柔らかく、悲しげな表現をしながら踊り続け、力が徐々に抜けて倒れていく理想的な「瀕死の白鳥」を踊りました。
「瀕死の白鳥」は、若さの芸術と言われるクラシックバレエの中で、振付けの自由度が高い分、年齢を重ねて踊り込むほど味が出てくると言う異色の作品です。
この舞台の数年前の2015年と2014年の「瀕死の白鳥」の踊りの映像も、YouTubeに載っていましたが、2017年の今回の映像の方が遥かに感動を覚えました。
「瀕死の白鳥」にかける菊地美樹の意地と情熱と、たゆまぬ努力の成果でしょう。敬服します。
クラシックバレエは、楽器などの道具を一切使わず肉体だけで全てを表現する人類の生み出した最高の芸術です。
菊地美樹が今後とも最高の「瀕死の白鳥」を求めて飽くなき精進を続けていくことを願ってやみません。
(2015年と2014年の菊地美樹の「瀕死の白鳥」は、こちら→ 2015年、2014年) |
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