小林ひかるは、ロイヤルバレエのバレリーナ。
ロイヤルバレエのHPによると、現在彼女は、ファースト・ソリストという肩書き。
主役も脇役もこなさなければならず、時にはプリンシパルの代役を任されることもあるという、バレエ団では最も忙しい立場でしょう。
ロイヤルバレエでは、マーゴ・フォンティーンの十八番だった、「眠れる森の美女」のオーロラ姫の役は、限られたダンサーにしか与えられないそうで、
日本人では、吉田都と小林ひかるの二人だけだそうです。それだけ彼女は、バレエ団からの信頼が厚いのでしょう。
彼女は、「英国ニュースダイジェスト」という日本語情報誌のコラムに、2010年6月から、2013年5月までの3年間、「バレエの細道」という記事を載せていました。
内容は、バレエ作品について、出演した舞台の感想、バレエの技術について・・・など、様々ですが、現役のダンサーでなければ語れない内容のものもあり、
私は、初回から毎回、とても興味深く読ませてもらいました。
幾つかを紹介します。
○「眠れる森の美女」出演前の恐怖
「舞台袖にいる私の観点では、前に進めば舞台、後ろに進めば更衣室、どちらにするか!と、逃げ出したくなるくらいの緊張が積もるときなのです。それに登場のときの音楽ときたら……
映画『ジョーズ』のテーマ曲に聞こえてきてしまうのは私だけでしょうか!?」
(第1回 優雅な姫の舞台裏)
出を待つ間の、恐ろしくて、いてもたってもいられない気持ちが伝わってきます。
○映画「ブラック・スワン」について
「何とアメリカン・バレエ・シアターに所属している、友人のサラの名前がナタリー・ポートマンのボディ・ダブル(何らかの事情で役者が演じられない部分を代わりに行う人物)で出ているではないですか! ・・・私からすれば、友人のサラが気の毒で仕方ありません。・・・がんばれサラ!」
(第12回 ブラック・スワン)
ボディ・ダブルとして名前が出ている友人サラの立場を気遣う、小林ひかるの優しい気持ちが感じられます。
○トウシューズについて
「つま先はバレエの美を構成する重要な一部というのはもちろんですが、でもそれだけではありません。トウシューズを脱いだバレリーナの裸足を見たことがありますか? 。
美とはうって変わったものが目に飛び込んできますよ!」
(第17回 バレエの美、トウシューズ)
トウシューズと一体化して、甲のしなるつま先の美しさの代償として、つま先のマメはつぶれて傷ついて、絆創膏だらけ・・・。
バレエの美は、過酷な犠牲の上に成り立っているということなのでしょう。
○バレリーナの食生活について
「私は何でもバランス良く食べるようにしており、これは絶対に食べない、という決めごともありません。
バレエ・ダンサーは健康的な強い体があって初めて仕事が成り立つので、体が細ければ良いというものではありません。それに骸骨のような体が踊るのは魅力的でしょうか。やはり女性は、ある程度、女性らしい体の線がある方が、私としては魅力的だと思います。
モデルの世界でもサイズ・ゼロ・ブームという風潮がみられましたが、牛蒡(ごぼう)に服を着せて、何が魅力的だと言うのでしょう。
美を追求するのは私たちの仕事の一つですが、人間の体は正直なので、間違った美を追求すると長持ちしません。やはり何と言っても健康が一番!」
(第26回 バレリーナの食生活)
かって、草刈民代が「太るので、肉は絶対に食べない」と言っていたのを聞いたことがありますが、
これでは力も出ないし、ガリガリのバレリーナなんて少しも美しくない。バレリーナは体力勝負。小林ひかるの言葉に納得です。
○悪夢について
「よく見る悪夢ナンバー・ワンは、音楽が鳴っていて自分の出番がきたのに、舞台にたどり着けないというシチュエーション。
舞台はすぐ目の前のはずなのに、ドアを開けても舞台がない……!?――一体何回、このような夢を見たことでしょう。
そしてナンバー・ツーは、舞台の上で踊っているのに振り付けを知らず、何を踊っているのか分からない、というシチュエーション。
何とかして振りを思い出そうとするのですが、全く知らず、手も足も出ない。そのほか、舞台の上でトゥシューズが脱げてしまう、間違った衣装を着て舞台に出てしまった、
などなど、舞台に関する様々なハプニングが夢に出てきます。」
(第31回 バレエ・ダンサーの悪夢)
映画「ブラック・スワン」のヒロインのように、舞台への恐怖が夢となって現れてくるのかもしれません。
「舞台には魔物がいる」というアダム・クーパーの言葉を思い出します。
○極め付きは、彼女のご主人でありプリンシパルのフェデリコ・ボネッリのこと。
「主人はベテランの女性プリンシパルからのご指名が多いため、彼と私はまだ、ロイヤル・バレエ団の本拠地であるロイヤル・オペラ・ハウスで一緒に踊ったことは一度もありません。日本で行われるガラ公演など、外部の仕事で踊ることはありますが、やはりホーム・シアターで一緒に踊りたいというのが本音です。
『本物のカップル同士で踊っていて、リハーサル中にケンカしない?』と聞かれることがあります。確かに身近な人だと本音が容赦なく出てきてしまうことがたびたびですが、仕事場では仕事のパートナーとしてわきまえるよう、お互い努力しています。」
(第18回 バレエ講座: パドゥドゥ)
フェデリコ・ボネッリは、「眠れる森の美女」のデジレ王子役でアリーナ・コジョカルの相手を務めたこともある優れたダンスールノーブル。
この小林ひかるの言葉、ご主人の自慢や、おのろけも感じられますが、何とも微笑ましい。二人が公私共に、切っても切れない最愛のカップルだという証拠でしょう。
いつまでも幸せでいて欲しいと思います。
ちなみに、熊谷哲也は本拠地コヴェントガーデンで一度も「眠れる森の美女」の王子役を躍らせてもらえなかったそうで、
いくら踊りは旨くても、ロイヤルバレエのプリマやスタッフから、ダンスールノーブルとしての信頼を得られなかったということでしょう。
ファーストソリストという地位を相撲にたとえるなら大関。「準主役を踊る」立場ですが、大関が優勝争いに絡むように時には主役も踊る。
パリ・オペラ座のようにバレリーナの定年を定めている所あるけれど、ロイヤル・バレエ団に定年はないとのこと。
「自分がうぬぼれない限り、踊れない時期は自分でわかるはず。もちろん、退団を宣告される場合もありますが、とにかく今の私は踊り続けるだけ」と彼女は言っていました。
(→こちら)
頑張り屋さんですね。でも無理をして体を壊さないようにして欲しいものです。この「バレエの細道」、2013年5月で終わってしまったのが、とても残念です。ダンサーとしての仕事の合間にペンを執ることは大変でしょうが、できれば今後も書き続けてくれたら嬉しく思います。
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